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2000.12.17より


立見尚文


桑名藩出身で、幕末は洋式歩兵隊長として幕府瓦解後も各地を転戦し、北越戦争では長岡藩と協力し薩長軍をしばしば打ち破った。倒幕側に立っていた維新政府の高官も、立見の武功には頭が上がらぬ者もいたようである。日露戦争では最古参の中将として東北の精鋭第8師団を率いて戦った。黒溝台の戦いでは、日本軍左翼に進出したロシア軍の兵力を過小評価した司令部によって応援に廻った第8師団は逆に包囲される危険に陥り大苦戦した。この時、「奥州の健児たる者、他師団が5,6度の会戦で受けた損害を1度で負うべし!」と訓令壇にしていた長持ちを踏み抜いたのは有名である。但し、将兵からの信頼は厚く軍神のごとく慕われたと言う。明治40年、日露戦争の辛労から病を得て死去した。



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