プロフィール

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熊澤 厚樹


(1)1940年 サハリン生まれ
  12歳の時ラジオで聴いたチゴイネルワイゼンに感動しヴァイオリンを始める。

(2)山形大学工学部電気工学科に入学後山形フィル入団、大学に弦楽合奏団を創立(2001年創立40周年記念演奏会)。
  米沢市民オーケストラ設立の中心となり活動。

(3)大学卒業後北海道の工業高校の教員として帰道。
  滝川工業高校勤務する傍ら「滝川室内楽研究会」を立ち上げ仲間とコンサートを催す、
  吹奏楽の指揮し学校のクラブ吹奏楽団を全道一位にに導き滝川青少年吹奏楽団設立に関わる。

(4)江差高校転勤後昭和52年江差町民オーケストラを設立、北海道での初の町民オケとして話題になる。

(5)昭和58年小樽工業高校に転勤を期に札幌に「システィーナ札幌室内合奏団」を設立指揮者として現在に至る
  (2001年9月2日第18回コンサートを終了)。

(6)ヴィオラ奏者としても函館、室蘭、苫小牧、千歳などのアマオケでエキストラとして弾いている。

(7)2001年3月小樽工業高校を定年退職。

(8)20年ほど前より楽器制作も趣味としており、今までヴァイオリン、ヴィオラ、チェロなど20数本製作。

(9)10年前に続き第二回「自作楽器によるコンサート」を2001年11月5日ルーテルホールにて開催する。



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── ヴァイオリンに惚れて50年──

 

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’53 13才発表会にて

  私とヴァイオリンとの出会いは近所の子供達とチャンバラごっこをして遊んでいた頃ですがたまたま腹を空かし家に帰って芋を食べながらラジオで聞いた音楽でした。


 この世にこんな音楽があるのかとびっくりするやら感動するやら、すっかりこの楽器に魅せられてしまったのです。


 私の育った田舎町にただ一人ヴァイオリンを弾く方がおりまし た、貧しい私には勿論楽器が買えるべくもなくたまたまその方が持っていた『スズキ』 ヴァイオリンを借りて習うことになりました。


  ラジオで聞いたヴァイオリンと自分の出す音とのギャップの大きさに辟易しながらも高校に入るまでレッスンに通っていました。当時発表会で弾いたドルドラのスーベニール(思い出)は当時同門だった女の子への片思いと一緒になってほろ苦く思い出されます。

 

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大学時代のクァルテット
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大学三年生の時学友と

 高校時代は受験勉強を優先すると言うことでレッスンは中学まででしたが大学に入るや音楽を再開、オーケストラに入りたくて進学したみたいな感じです。


 地元のオケと大学オケそして自ら弦楽合奏団を作ると言うように勉強は趣味、音楽が本業のような4年間の生活でした。


 そのころ弾いていたヴァイオリンは子供の時に先生から借りたスズキをつかっていました。当時「スズキ」はヴァイオリンの代名詞みたいなもので外国からはほとんど入ってきてなかったと思います。


 「スズキ特1号」というヴァイオリンを見てその木目の美しさに魅せられて欲しかったのを覚えています。
 たしか10,000円でしたが親からの仕送りが3,000円の時代ですから全く高嶺の花でした。


 早く卒業して自分で稼いでヴァイオリンを買いたいと思ったものです。教員になって2年目ようやく楽器を買えるめどが立ち「スズキ」ヴァイオリンに特注して見事に綺麗な楽器を入手できましたが200,000円を払った割には音が気に入らず、返品してしまうことになります。


 この時期から楽器に対する執着が始まったようです。

 

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’91フィレンツェにて
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’93ミッテンヴァルドにて
ここ20年あまりは毎年ヨーロッパを尋ねて工房や楽器商をたずねて沢山楽器を見た

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壁にかかっているのが製作第一号
 イタリアの新作、ドイツのオールド等々自分で買える範囲のヴァイオリンを次々と買い替えをしていくのです。ヴァイオリンの音は値段と必ず比例しないものだと言うことまた木目の美しさもあまり関係ないことが分かってきました。


 1600年代に作られたものが今も現役として使われている楽器(木の箱)、古いほど木が乾燥して良い音がでる、ヴァイオリンの値段は3万円から3億円まである。


 この400年あまりに作られた楽器の数は数限りないこと。こんな事が分かって来るにつれ既製の楽器を自分の経済力の範囲でで選ぶことは不可能と思ったものです。


 江差時代初めてのヨーロッパ旅行でイタリアの楽器制作家と知り合い製作のノウハウを聞きひょっとしたら自分で作れるかもと言う自信みたいなものができました。


 材料の購入、道具の購入等々横文字の本を求め製作法を勉強しました。


 ほとんど独学でしたが2−3年に一度出かけるイタリア作家の工房で聞く勉強が唯一のよりどころでした。


 第1作が完成したのは1984年実に製作を決意して2年後でした。このヴァイオリンは家宝として居間に飾ってあります。
 以後約18年に渡ってヴァイオリン、ヴィオラ、チェロなど20本を越える作品を作りました。決して100%満足できる楽器はできませんが自分で弾くのには数百万円の楽器の価値があると信じている幸せ者です。


 夢は私の作った楽器が子、孫、ひ孫と100年後200年後にも使われていることです。


 とにかく身体が続く限り演奏に、楽器作りに挑戦し続けたいと思うこのごろです。

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