大道を歩む  ─ 私の人生記録 2 ─ 毎日新聞社 2000.3.16 ¥1619

  タイトル    掲載ページ
まえがき  
恩師の故郷へ 1982〜1983
  恩師の故郷へ 1982(昭和57)6. 厚田村訪問
戸田記念墓地公園
恩師の心を、世界へ、世紀へ
1954(昭和29)恩師と厚田での思い出
「世界に仏法の灯をともそう」
青年と恩師
17
  建設は死闘、破壊は一瞬 1983(昭和58)1.2月
ガンジス川源流の写真
学会発祥の地 東京
「本末究竟等」の原理とリーダー論
庶民の中へ飛び込むことから始まる
火事被災者のお宅へ
27
  仏法と宇宙を語る 1983(昭和58)5.「仏法と宇宙を語る」の対談開始
糧となり励ましとなる文章を綴りたい
対談・執筆にあたって
宇宙時代とは人類の意識革命の時代
仏法と科学は「同志」 
36
  詩との対話の旅 1983(昭和58)6. 北米・欧州7カ国9都市への訪問
アラスカメンバーとの野外研修会
「詩は行動の文学である」
フランクフルト デルボラフ教授との対談
ドイツの共に長編詩を贈る
チューリヒ 「夕食後の時間を価値的に」
パリ ペッチェイ博士との対談
ユイグ氏との再会
パリの青年に長編詩を贈る
46
  創価高校、初の甲子園へ 1983(昭和58)8.8 第65回全国高校野球大会開幕
遠かった道のり
牧口先生の子息も、戦前、甲子園で活躍
57
  国連平和賞を受賞 1983(昭和58)8.8 国連平和賞を受賞
これからどう行動するか
1990(平成2)秋 デクエヤル国連事務総長との語らい
「国家が支える国連」から「民衆が支える国連」へ
「国家悪を超える」挑戦
難民救援募金で駅頭に立つ青年たち
1984(昭和59)4. 国立駅駅頭
「大人は己なし」
65
  東京富士美術館が開館 1983(昭和58)11.2 東京富士美術館が開館
文化は破壊・暴力の対極
こけら落としは「近世フランス絵画展」(企画・監修 ルネ・ユイグ氏)
絵画発展の跡をたどる画期的な展覧
「ミソランギの廃墟にたつギリシャ」
「アルコル橋のボナパルト」
精神の闘争なき文明はやがて衰退
75
国の宝とは民の心 1984〜1986
  十八年ぶりにブラジルを訪問 1984(昭和59)2.26 第一回SGIブラジル大文化祭
前日のリハーサル会場への訪問
三本のピコッロから出発した鼓笛隊
フィゲイレド大統領との会見
1966(昭和41)3. 2回目のブラジル訪問
「牧口常三郎公園」と「戸田城聖公園」
カンピーナス市からの特別顕彰
89
  水滸の誓い 1984(昭和59)5. 水滸会第一回野外研修から30周年
東京・奥多摩 氷川に青年研修塾がオープン
手作りの青年塾
1953(昭和28)7.水滸会第一期結成
生涯、師匠と同志を裏切らない  
100
  ″大きな母″と″尚文の国″ 1984(昭和59)6. 第6次訪中
周恩来夫人との会見
1980(昭和55)4. 周恩来ご夫妻思い出の自宅を訪問
新世紀の行方は青年の成長できまる
北京大学での講演「平和への王道──私の一考察」
尚文の国 中国
110
  甲子園球場で世界平和文化祭 1984(昭和59)9. 第四回世界平和文化祭
人間共和の組織と青年訓育の伝統
信仰の昇華を示す場 
21世紀はアフリカの世紀
化城からの新たなる出発を
120
  生命と仏法を語る 1985(昭和60)月刊誌「潮」で対談開始
使命の道を生き抜いてきた
1985(昭和60)10月末 東京女子医大付属病院へ入院
いのちの躍動を呼び覚ます
ユーディー・メニューイン氏との対談
131
  創価女子短大が開学 1985(昭和60)開学
高い理想と着実な研鑽で自己を磨く
キュリー夫人の彫像と若き苦闘の時代
1985(昭和60)4.9 入学式
「理想」「鍛え」「教養」の3指針
教育という聖業は永遠である 
139
  国の宝とは民の心 1985(昭和60)夏 新たな受賞の開始
桂冠賞(壮年部)白百合賞(婦人部)紅賞(男子部)栄冠賞(女子部)
牧口会長73歳の尊い殉教の生涯
広布のために闘う庶民群への賞賛を形に
称号は、すべて恩師への顕彰、同志の栄誉
SGI各賞
伝教大師 最澄「人こそ宝」 
150
  王子、王女よ、心に夢を 1986(昭和61)〜1987 『アレクサンドロスの決断』『ヒロシマへの旅』『太平洋にかける虹』『ホタルかがやく』連載
体験と事実が作品の「いのち」
″未来からの使者″を守るために
イギリスの童画家 ブライアン・ワイルドスミス氏
160
  自然との対話 1986(昭和61)1. 写真展「自然との対話」開催
生まれて2度目の写真撮影(1958.1.2)
写真は心で撮るもの
一瞬を永遠に留める″戦い″ 
169
  ケニア口承文学賞 1986(昭和61)9. ケニア口承文学賞受賞
口承文学の再発掘は自己の探求
人間のぬくもりをもった″魂の叫び″
相互理解は出会いから
仏法は伝承から出発
178
還暦を迎えて 1987〜1989
  ドミニカ共和国を初訪問 1987(昭和62)2.8 ドミニカ共和国を初訪問
″民主の父″バラゲール大統領
友の瞳に「生命の宮殿」の輝き
21世紀を担う青年達の活躍
日本からの親善交流団
191
  原水爆禁止宣言30周年 1987(昭和62)9.「核兵器─現代世界の脅威展」開催
歴史的な「宣言」1957.9.8 横浜三ツ沢競技場
師の意志を継いで世界へ
「立正安国」に見る仏法の平和理念
無私の献身と真心の行動
幻想の「核抑止論」
「仏法西還」を現実に
インド創価菩提樹園 
200
  フランス革命とロマン主義展 1987(昭和62)10.「フランス革命とロマン主義展」
フランス革命200周年記念公式行事第1号
「人権宣言」展示
民衆賛歌の芸術
結合は悪、分断は善
フランス革命の意義
周恩来総理のフランス革命に対する評価
「友愛・自由・平等」
慈悲の精神を社会の基調に
「人間革命」の重要性
人権とは戦いとるものである
民衆を守り民衆と共に
1957.7.3 大阪事件
権力の迫害は、戦う平和主義者の証 
221
  還暦を迎えて 1988(昭和63)1.2 還暦
松下幸之助氏との交流
全力で一日を生きる
私の寿命観の基準
長寿の心得
牧口先生 晩年の戦い
生をいかに生きるか
「耳順」(論語)という言葉の重み
日々が新しき希望への出発
不老不死とは 
243
  世界のウチナーンチュ(沖縄の人) 1988(昭和63)2. 沖縄訪問
沖縄の心″迎恩″
自他共の幸福を願う
ペルー訪問の思い出(1974.3)ペルー会館での結婚式
世界で活躍する沖縄の友
″県移民の父″当山久三の心意気
世界市民として生きる″沖縄の心″
260
  「人類の議会」への提言 1988(昭和63)6. 第3回国連軍縮特別総会への提言
恩師の国連への期待
平和への正道
1999.6. 明石康元国連事務次長と会談
SGIの国連支援活動
憎悪の連鎖を断ち切れ
「心こそ大切なれ」
国連支援活動に献身
278
  フランス学士院での講演 1989(平成元年)6.14 フランス学士院で講演
フランス学士院の伝統
威風堂々とした石造りの建築
東西に共通する芸術と精神性
各界の識者から多大な反響
未来からの使者との対話
鼓笛隊の少女達と 
294

大道を歩む  ─私の人生記録─ 毎日新聞社 1998.3.16 ¥1619

  タイトル    掲載ページ
まえがき  
世界への夜明け 1975〜1976
  世界への夜明け ─グァム─ 1975(昭和50)1.26 SGI発足 15
  第一期生 1971(昭和46)創価大学開学 23
  仏教西還 第三・四・五次訪中 32
  精神のための戦い 1974(昭和49)ルネ・ユイグ氏との出会い 40
  精神のシルクロード

1975(昭和50)5. 第二次訪ソ コスイギン首相との会談

モスクワ大学での講演「東西文化交流の新しい道」

50
  撮影所での語らい 1973(昭和48)映画「人間革命」封切り 58
  ハワイの友と 1975(昭和50)7. ハワイ・コンベンション 66
  幼子の瞳見つめて 1976(昭和51)4.16 札幌創価幼稚園開園 75
  「後継者の日」に寄せる思い 1976(昭和51)5.5「創価学会後継者の日」制定 84
  学は光 1976(昭和51)5. 創価大学通信教育部開設 93
  人間革命の歌 1976(昭和51)7月度本部幹部会で発表 102
  母の思い出と「母」の曲 1976(昭和51)8. 発表 112
  世界平和の日 1976(昭和51)「世界平和の日(10.2)」制定 123
  牧口常三郎先生 三十三回忌 1976(昭和51)11.18 133
人間の広場 1977〜1979
  関西との深き縁 1977(昭和52)1.5.6月 関西訪問 147
  お月さまの願い 1977(昭和52)9.27  157
  鼓笛の天使 1977(昭和52)11.3 第一回鼓笛隊総会  166
  人間の広場 1978(昭和53)1.27 杉並方南支部結成大会 176
  大樹めざして 1978(昭和53)4.9 東京創価小学校入学式  187
  功労の友との語らい 1978(昭和53)4. 功労者宅訪問  197
  新たな愛唱歌を発表 1978(昭和53)7.17 「常勝の空」作曲  207
  アショカ・ガンジー・ネルー 1979(昭和54)2. インド訪問  216
迫害と人生 1980〜1982
  黄塵万丈と文人墨客 1980(昭和55)春 第五次訪中  231
  人民の母 1980(昭和55)周恩来夫人宅訪問  241
  初のSGI総会をロスで開催 1980(昭和55)10.第一回SGI総会  250
  世界一周の激励行 1981(昭和56)5.9〜  260
  人材は大河のごとく 1981(昭和56)7.18 北条会長逝去  271
  ミラノ・スカラ座の来日公演 1981(昭和56)秋  279
  講演「歴史と人物を考察 迫害と人生」 1981(昭和56)11. 創価大学での講演  291
  世界桂冠詩人

1981(昭和56)12.「桂冠詩人」

1995(平成7)夏「世界桂冠詩人」

302
  「荒城の月」を大合唱 1981(昭和56)12. 大分訪問  312
  雪の秋田へ 1982(昭和57)1.10 秋田訪問  322
  関西青年平和文化祭 1982(昭和57)3.22 長居陸上競技場  332


私の履歴書 日本経済新聞社 1975.5.16 ¥800
聖教文庫版 聖教新聞社   ¥369
全集版 22巻 聖教新聞社   ¥2816

掲載ページは日本経済新聞社版による

  タイトル   掲載ページ
  序文   1
私の履歴書
  強情さま 父系先祖  11
  江戸っ子   15
  海苔漁   19
  庭ざくろ 糀谷三丁目 24
  短い春 小学校時代 28
  寒風の中を 新聞配達・修学旅行 32
  軍靴の音 高等小学校時代 戦争への思い 36
  汗と油 蒲田・新潟鉄工所 40
  血痰 昭和19年の夏 44
  散る桜 17歳 終戦の年  48
  赤焼けの空襲 昭和20年5月24日・空襲 54
  忘れ得ぬ鏡 ビルマに散った兄の忘れがたみ 58
  焼け跡の向学心 神田三崎町・東洋商業 63
  新しい職場 西新橋・昭文堂印刷 68
  森ヶ崎海岸 青春の思索の日々 72
  人生の師 昭和22年8月14日・出会い 76
  日本正学館 昭和24年1月3日・初出社 82
  「少年日本」廃刊   87
  給料なし 信用組合と大世学院の日々 83
  苦闘の日々 大森新井宿のアパートでの生活 97
  若い結婚 昭和27年5月3日・結婚 102
  布教

昭和28年1月男子部第一部隊長

「大作」改名の由来

107
  核廃絶

父の逝去

昭和32年9月原水爆に対する遺訓

112
  権力との戦い 昭和32年7月3日・入獄 117
  恩師逝く 昭和33年4月2日・恩師戸田城聖逝去 122
  第三代会長 昭和35年5月3日・会長就任 127
  人材を育てる 昭和37年夏「御義口伝」講義 132
  教育事業 創価学園・大学構想  137
  小説「人間革命」 昭和39年12月1日沖縄・執筆開始 142
  正本堂

昭和45年言論問題

昭和47年10月正本堂建立

147
  海外への旅 昭和35年秋・アメリカへ 152
  平和の波を 昭和50年1月創価学会インターナショナル発足 157
随想
  音楽のよろこび   165
  私とカメラ   171
  私の読書術   174
  一冊の本   177
  一枚の絵   183
  わが子に託して   189