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C58形蒸気機関車は、昭和13年から22年(完成年)にかけて413両が製造された貨客両用の中型機関車です。その頃の日本は、1934年(昭和9年)に満州事変を起こして大陸への進出を図り、低迷していた国内輸送も増加。1935年(昭和10年)には汽車の代名詞であり近代標準貨物機のD51が発注されました。当時、支線区間でも輸送量が増加し、貨物機D51の設計を支線用の中型機に活かした貨客両用の万能機関車として作られたのがC58形で、外観もD51をひと回り小さくした雰囲気です。鉄道省工作局で設計された同形式は、日本初の軸配置1C1(通称プレーリー)テンダー機で、それほど線路状態が良くない支線(丙線)も走れるように最大軸重は13.5tに抑えられ、最初の10両が1935年(昭和12年)に発注されました。ボイラーの圧力は16.0kg/uでC57形と同じ。シリンダー内径は480mmで行程は610mm。動輪の大きさは貨物用のD51と旅客用のC57の中間くらいで1,520mmと、タンク形近代万能機のC11形と同一です。性能的には近距離運用に重宝されたタンク機C11と類似している面もあります。運転台(キャブ)が密閉式になっているのも特徴で、戦争による灯火管制の影響もあったのでしょうか。テンダー(炭水車)は板台車を履く6-17形です。翌年1936年(昭和13年)に135両、1937年(昭和14年)には129両が発注され、3年間で274両が発注されました。その後は少数の発注にとどまり、1941年(昭和16年)12月には太平洋戦争が始まり、他形式は戦況の悪化に伴って材料や工法を落とした戦時設計機も製造されましたが、C58形は1943年(昭和18年)発注のC58368で一旦製造が打ち切られ、戦時設計によるものはありませんでした。 PALEO EXPRESSを牽くC58
363は太平洋戦争中の1944年(昭和19年)に川崎車輛で完成しており、1943年(昭和18年)に発注された基本設計に区分される車両としては最後に作られたグループでしょう。完成したC58363は、最初に東北の釜石機関区に配置され、1947年(昭和22年)に仙台機関区に移りました。当時、日本初の交流電化が完成したばかりの仙山線で予備機として使われ、昭和25年からは長町機関区の入換用機関車になりました。 予備や入替え用と、ここまでの経歴は少し不運ですが、昭和40年からは再び本線に復帰して石巻線、陸羽西線、陸羽東線、磐越西線と、東北南部や新潟で活躍しました。最後は新庄機関区に配置されて昭和47年10月に1,054,826Kmを走って廃車となり、引退後は国鉄から無償貸与された埼玉県の吹上小学校に保存。校庭で静かに余生を送っていました。 そして1988年3月に埼玉県熊谷市で開催された「さいたま博」の協賛事業として、秩父鉄道でのSL列車運転が実現。C58 363は牽引機として抜擢され、21世紀を走る唯一のC58形として華々しく活躍しています。 |
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