兎にも角にも、物語の御紹介、及び製作について。
頂いた資料よりがっつり抜粋。
**********物語************
パリ、1919年。ドラマは過去へとタイムスリップを始める。
かつては豪華絢爛だったパリ・オペラ座。その栄華を偲ぶ品々が、廃墟となった劇場でオークションにかけられていた。そこには、老紳士ラウル・シャニュイ子爵(パトリック・ウィルソン)と年老いたバレエ教師、マダム・ジリー(ミランダ・リチャードソン)の姿があった。やがて、謎の惨劇に関わったとされるシャンデリアが紹介され、ベールが取り払われると、ふたりは悲劇の幕開けとなった1870年代当時へと一気に引き戻される。
パリ、1870年代。オペラ座では奇怪な事件が続いていた。
(c)2004The Scion Films Phantom Production Partnership |
オペラ「ハンニバル」のリハーサル中、プリマドンナのカルロッタ(ミニー・ドライヴァー)の頭上に背景幕が落下した。腹を立てたカルロッタは役を降板。代役を務めたのはバレエダンサーのクリスティーヌ(エミー・ロッサム)だった。喝采を浴びた彼女は幼馴染みのラウルと再会。だが、その喜びも束の間、仮面をかぶった謎の怪人・ファントム(ジェラルド・バトラー)にオペラ座の地下深くへと連れ去られてしまう。 |
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プロダクション・ノート
アンドリュー・ロイド=ウェバー、15年に渡る夢
「『オペラ座の怪人』は私のキャリアの中でとても個人的な作品だ」とアンドリュー・ロイド=ウェバーは語っている。1986年にロンドンで初演、1988年にブロードウェイでオープンした後、彼は早くも映画版の製作をジュエル・シュマッカー監督にアプローチ。だが、初演でクリスティーヌを演じ、『オペラ座の怪人』創作中は彼のミューズだった女優サラ・ブライトマンとの離婚により、製作は延期を余儀なくされた。運命のタイミングが一致したのは、それから10年以上も経った2002年12月のこと。ロンドンでディナーを共にしたふたりは、待ち望んでいたプロジェクトの着手を約束する。「ジョエルは驚異的なビジュアル・センスを持っていて、映画における彼の音楽の使い方は飛び抜けていると思った」とロイド=ウェバー、「『オペラ座の怪人』を観たくても劇場に行けない人が世界中に何百万人もいる。アンドリューの音楽を愛するその人々に映画版をプレゼントできると思った」とシュマッカー。ふたりはこの実り多い共同作業を15年間に培われた友情と信頼関係の賜物だとしている。「映画版は視覚的にもサウンドも素晴らしく、感情表現もより深い。舞台版とは異なる演出もあるが、本質は全く同じだ。それは私が望んでいたことに他ならない」。心を入れ込んだ作品の映画化は、ロイド=ウェバーにとっても真に満足のいく結果となったようだ。
シュマッカーとロイド=ウェバーにとって、キャスティングは大きな賭けだった。歌は作品全体を動かす大きな原動力だ。真に歌える人間であることはもちろん、シュマッカーは、ブレイク寸前の才能あふれる若い俳優の起用を考えていた。
ファントム役を見事射止めたのは、ジェラルド・バトラーだ。「この役には少々危険な荒っぽさ、そう、ロックンロール精神を持ち合わせた俳優が必要だった。ジェリー(ジェラルドの通称)はまさにロック風の素晴らしいテノールだね」とロイド=ウェバーは賞賛する。シュマッカーはバトラーの存在感に注目した。「『ドラキュリア』でのジェリーを見て驚いた。すごく美しい怪人になると思ったね」。それまで舞台版のことを知らなかったバトラーは、脚本を読みながらオリジナルキャストのアルバムを初めて聴いた。
「ぶっ飛んだよ。この音楽は信じられないほど感動的でパワフルだ。脚本を読み終わる頃には、僕の頬を涙が伝っていた。ファントムにはつくづく共感できる。彼の情熱、憧れ、芸術的才能、そして、彼が人生を通して味わってきた痛みと孤独にね」。
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2004年/アメリカ映画/カラー/シネマスコープ/ドルビーSR、ドルビーデジタル、dts、SDDS
/上映時間:2時間23分
サウンドトラック:ソニー・クラシカル
提供:ギャガ・コミュニケーションズ/アーティストフィルム
ギャガ・ヒューマックス共同配給
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それでは、もう少し肉迫してみませう。
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