AIR 夏影


 夏休み。
 すべての学生たちはその日を待ち望んでいただろう。
 一ヶ月以上の長期に渡る休暇は普段ではとても出来ないことを経験させてくれる。
 だが、そうでもないやつもいた。
 大気はボロアパートの一室でバテバテで倒れていた。
 「暑い・・・・・・」
 大気の部屋の家賃は比較的安い。
 なぜなら窓が西向きなのだ。
 不快感しか醸し出さない西日のガンガンさし込んでくるその部屋はゆうに40度を超える。
 また、冷房も扇風機も持っていない。
 そのためか大気の部屋はまさに人のすむ環境じゃなくなっていた。
 一応団扇はある。
 しかしそんなものこの部屋では何の役にも立たない。
 ただ疲れるだけだ。
 そして筋肉を使い熱を生む。
 その疲れと熱が余計暑くするのだ。
 はっきり言ってこの地獄にいるくらいなら大学があったほうがましだった。
 どうせ講義など聴かずに寝てるのだし大学の教室には冷房がついているのだ。
 こんなことならサークルにでも入っておけばよかった・・・・・・。
 などと無駄な後悔をしつつ大気は地獄の中で瞳を閉じた。
「あれ、寝てるの?」
 大気の部屋にいるはずもない少女の声が聞こえた。
 一応返事くらいはしようとした。
 しかし声にはならなかった。
 あまりの暑さで体内の水分が汗として出てしまい喉が完全に渇ききってしまったのだ。
 違う言い方をすれば脱水症状。
 下手をすればの話だが命を落とすことすらある。
「大気?」
 大気は顔を上げた。
 しかしやはり声は出ない。
「ま、いいや」
 よくない!!
 大気は声にならない声で突っ込んだ。
 しかしそれが美青に伝わるはずもない。
「それより大気、今から海、行かない?」
 行かない?と言う形を取ってはいるが美青が海に行く準備は完璧にできている。
 この場合は行かない?よりも付き合え!のほうが適切なのに気付くはずもない。
 一方の大気もそれに関しては反対意見はなかった。
 近いとはいえ自分だけで海など行く気は起きない。
 しかし誘われた以上断ってまでこの灼熱地獄にいる意味はない。
 大気は待ってました。とばかりに立ち上がった。

「相変わらずすいてんなぁ」
「そうだねぇ」
 地元の海は海水浴客が少なくテレビに映っているような芋洗いの状況で泳ぐ必要はまったくない。
 マナーの悪い客も少なくゴミなども落ちていない。
 非常に綺麗な海である。
 それに関しては非常に喜ばしいことだ。
 が、その分変なヤツも目立つ。
 GパンにTシャツ、バンダナという格好で泳いでいれば当然目立つ。
「大気・・・・・・お願いだからその格好で海に入るの止めて」
 水着に着替えた美青はいつもの格好で海に入る大気に言った。
「馬鹿か?せっかく無料で洗濯ができるってのに何でわざわざ脱がなくちゃいけないんだ?
 それ以前に――――」
「それ以前に?」
「俺は水着を持ってない!!」
 大気は胸を張った。
 胸を張って言うことじゃない。
 ちなみにうそ臭いがこれはほんとだ。
「大気ってなんでそんな貧乏なの?
 バイトとか結構やってたよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・なんでだろう?」
 
 歩いてでもこれる距離にある海にいつまでもとどまる奴はそうめったにいない。
 つまりもはや誰もいない。
 いるのは服が乾いていないという下らない理由で留まっていた大気と美青だけである。
 大気の部屋が地獄のように暑かった分今は涼しい。
 最も東の空では透き通る夜が始まっている。
 そして・・・・・・西の空では今まさに太陽が燃え尽きようとしていた。
「・・・・・・・・・・・・ねえ、大気?」
「ん?」
「あの日の事・・・・・・・・・・覚えてる?」
「あの日?」
「ほら、私と大気が始めてあった日」
「ああ、覚えてる。
 それがどうかしたか?」
「あの丁度1ヶ月前――――私のお母さんが死んだの」
 その口調に痛ましい物は何もない。
 完全に吹っ切っている、優しい声だった。
「それも――――お父さんの死んだ、丁度同じ日に」
 口調が口調だけに冗談のように聞こえる奴もいるかもしれない。
 しかし、冗談であそこまでするとは思えないしそんな冗談言うやつとも思えない。
「私が5歳の夏にお父さんが死んで――――丁度5年後の、私が10歳の夏にお母さんが死んじゃうん
だもん、大気ならどう思う?」
「次は15歳か」
「大気なら絶対言うと思った。
 でもそういうこといいたいわけじゃないの。
 ――――変な夢を見たの。
 なんだかよくわからなかった。
 けど、はっきりといえるの。
 5年前の夏の初めも、今年の夏の初めも、同じ夢を見たって。
 それから――――5年後も同じ夢を見るって」
「しょせん夢は夢だろ?」
 大気は美青に心配させないようにわざとなんでもないことのように言った。
 しかし本当はかなり気になっていた。
 あたりまえだ。
 こんな状況で、しかもそんなことを的確に言われて気にならない奴など居はしない。
 しかし――――それ以上に美青のことが気になった。
 美青は本気なのだ。
 すでに両親を失い、天涯孤独の状況にある美青には全てのことが不安に、そして恐怖に感じられるの
だ。
 むやみに不安がらせることを言うわけには行かない。
 俺にできるんならいくらでも美青の役に立ってやろう
 大気は密かにそう決めていた。
「そんな深刻になるもんじゃないだろ。
 むしろそんなふうに考えてるほうが体に悪いぜ」
「大気」
 話している間に沈んでしまった夕日の方角を見つめながら言った。
「その――――、
 私――――、
 私、ほんとは――――」
 美青は一度目を伏せ――――
「ううん、やっぱりなんでもないよ」
 といってにっこり微笑んだ。
「大気、今日は付き合ってくれてありがと。
 そうだ、今日晩御飯食べてく?
 付き合ってくれたお礼にご馳走するよっ」
 それはいつもの美青の笑顔だった。
 しかし、美青はもとより、大気も気付いていないことがあった。
 美青の顔はいつもよりずっと青かった。
「帰ろ?」
「ああ」
 美青は大気の手を握った。
 大気はその手を握り返した。 
 二人は歩き出した。
 自分達に残された、たった一つの帰る場所に向かって。



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