AIR Days


 青。
 何処までも続く青。
 ここが空だと気付いたのはいつだっただろう?
 自分が飛んでいると、いつわかったのだろう?
 それすらわからない。
 何もわからないままただひたすらに彷徨い続ける。
 羽を休める場所もない。
 励ましあう仲間もない。
 あるのは永遠。
 その永遠も崩れかけている。
「夏はおわらない。
 この夢の果てが無いように」

 またあの夢だ。
 大気はなんでもないといったけど、なんでもないはずがない。
 なんでもないただの夢ならこんなことがあるはずがない。
 こんなことが、あって堪る筈が――――

 大気は布団から這い出した。
 なんだか妙にすっきりした目覚めだ。
 ふと時計を見る。
 朝の8時。
 なぜだかわかった。
 美青が起こしにこなかったから寝たいだけ寝れたのだ。
 しかし何でまた今日に限って?
 まあいい――――というわけにはいかなかった。
 大気の中ですでに美青はそれほどまでに重要な存在になりつつあった。
 もちろん大気自身は気づいていなかったが。
 ――――たまには俺のほうから出向いてみるか。
 そういうことにして大気はアパートを出た。

「美青?」
 ドアベルを鳴らす。
 しかし人の出る気配はない。
 留守にしているのだろうか?
 そんな考えが浮かび――――即座に消滅した。
 一人暮らしの少女が朝の8時に何処に何をしに行くというのだ。
「美青!?」
 ドアを叩いた。
 何度も、何度も。
「たい・・・・・・・・・・き・・・・・・?」
 家の中から小さな、本当に蚊の鳴くくらい小さな少女の声が聞こえた。
「美青!!」
 大気は叫んだ。
 かなりの大声だがそんな事構っている場合ではない。
 かちゃ。
 玄関の鍵が開いた音がした。
「美青!!」
 大気は慌ててドアを開けた。
 そこには顔の青い少女が苦しそうに立っていた。
「馬鹿ヤロウ!!
 なにやってんだ!!」
「うん・・・・・・ごめん」
「馬鹿・・・・・・ヤロウ・・・・・・」
 大気は美青を抱きしめた。
「何でそんなになるまで・・・・・・。
 いや、何で・・・・・・俺は・・・・・・お前がそんなになるまで気付かなかったんだ?」
 どうしようもない罪悪感と無力感が全身を覆う。
「大気・・・・・・。
 ごめんね、心配かけて」
「喋るな」
 大気は美青を抱き、抱え上げた。
「た・・・・・・い・・き?」
「喋るな。
 病人はじっとしてるもんだろ?」
 自分にできること。
 大気のかんがえだした、最大の罪滅ぼしである。
 この程度のことしか出来ない自分が情けない。
 同時に、この程度のことでも喜び、微笑みかけた美青の笑顔が嬉しかった。
 大気は慎重に1歩1歩歩くと、美青をベッドに寝かせた。
「大気」
 美青は体を起こした。
「喋らずにじっとしてろって言っただろ」
 大気は言った。
 しかし美青は
「大気、お願いだから聞いて」
 とはっきりといった。
 大気はうなずいた。
「私――――空を飛んでるの」
「空を?」
「うん。
 鳥みたいに。
 青い空の中を昼も夜もずっと飛び続けるの。
 休むこともなく、ずっと」
 淡々とした口調ではっきりと言う。
「昔は一回だけだったの。
 5歳のときこの夢を見たんだけど――――朝起きて、私すっごく疲れてて青い顔してて、幼稚園まで
休まされて、その日お父さんが死んだの」
 記録を引き出すように一瞬からだの動きを止める。 
 そしてふぅ、と一息つくと続きを言い始めた。
「次に見たのは10歳の誕生日の5日前。
 この夢を毎日見るようになったの。
 見るたびに朝起きるのが辛くなって――――すっごく起きると疲れてるんだ。
 それでも無理して学校通ってたんだ。
 けど――――5日目にお母さんも死んで――――それでもその夢は止まらなかった。
 私――――嫌で嫌でたまらなかった。
 だから――――死にたくなって――――」
「手首を切ったのか」
 美青は黙って頷いた。
 大気にも続きがわかったらしい。
 というよりもそこから大気が関わってきたんだろう。
 わからないはずもない。
「その日以来あの夢は見なくなったの。
 正直すっごく嬉しかった。
 大気は私を救ってくれたんだって思って。
 それまで死ぬことしか考えてなかったんだけどその日の夜あの夢を見なかったから。
 でも――――また見始めてたの」
「いつからなんだ?
 その夢を見始めたのは」
 美青は目を伏せ、意を決したように言った。
「海に行く前の日」
「な・・・・・・ッ」
 大気は自分の鈍さにとことん嫌気がさした。
 海に言った日から2重間近くたっている。
 あの日からどんどん弱っていく美青に気付いていなかったのだ。
「大気は悪くない」
 大気の気持ちを察したように美青は言った。
「悪いのは全部私。
 大気まで巻き込んだ私が全部悪いの」
「馬鹿こけ。
 何でお前に罪がなくちゃいけないんだよ。
 わりぃのは全部あの夢だ。
 あの夢――――意地でもとめてやる。
 いや――――もうそんな時間もない・・・・・・か。
 悔しいな」
 大気は美青を抱き抱えた。
「海にいこう。
 最後にもう一度」
 大気は言った。
 美青は黙ってしばし考え、そして頷いた。
 冷たい美青の小さな体を支える両腕に力をこめた。
 その体は驚くほど軽かった。



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