涙の雫のように雨は降る
窓の外は雨だった。
ざあざあ降りではないが、しとしとと陰気に降っている。
「申し訳ありません……」
ゆううつな気分で窓に目を向けていた私は上司に視線を移して告げた。
「明日休ませていただきたいのですが」
書類に目を通しながら無造作に判子押しをしていた彼は、顔を上げずに答える。
「またかね」
「申し訳ありません……」
私は呪文のように繰り返す。そうすれば相手の機嫌をそこねることなくすむのではないか───そんなような気がしたからだ。
すると、彼は手をとめ顔を上げた。私の表情を見て取ったのか、ため息をつく。
「仕方ないな。ま、親孝行と思って頑張りなさい。いや、それとも……」
彼は続けて言う。
「ババ孝行と言うべきかな」
その言葉はどう考えても皮肉にしか聞こえない。
上司の真意を推し量るように、私は目を細め注意深く表情を窺った。
彼は笑っていた。しかし、その笑顔は言葉に隠された悪意を感じさせる。
自然と怒りがこみ上がってくる。このままでは口汚く何か叫びかねない。
「係長……」
私は感情を極力抑え、それでも毅然として言い切った。
「それは言い過ぎだと思いますが」
「ああ、それはすまなかったね。とにかく、まあ、頑張りたまえ」
彼は反省の色もなく、どこ吹く風を決め込んでいる。急に脱力感が身体を支配し、私はもう何も言い返せなくなってしまった。
「では、お先に失礼します」
そうひとこと告げ、職場を退出しようと振り返った。その目の端に、上司がふざけたような仕種で片手を振るのが映る。
私は事務所の扉を少々乱暴に閉めることによって、腹立ちを紛らわせるしかなかった。
次の日、私は祖母の家に向かった。
今日は昨日の天気が嘘のように晴れ渡っている。
やはり晴れはいい。上司の心ない言葉で傷ついた気持ちが癒されていく。
「ごめんね。いつも仕事を休ませて」
今朝のこと。母はとても申し訳なさそうにそう言った。
「何を言ってるのよ。母さんこそ毎日のように仕事を休んでるじゃない。私もいつもというわけにはいかないけれど、出来るかぎり休んで、おばあちゃんについててあげるから」
私は母にそう言ってやった。安心させてやるためである。
「うちだけがどうして……」
母は悔しそうにぼやきながら仕事へと出ていった。
「まったく、その通りだわ」
母の小さな背中を思い出しながら、私は腹立たしく呟いた。そして、顔を上げる。
「空が青い……」
所々に雲がたなびいていたものの、確かに空は気持ちのよい青色を見せていた。
暑くなりそうだ。もう夏がきたような錯覚を感じさせる。だが、まだ梅雨明け宣言はなされていない。
私は前方に見える一軒の古びた家を見つめた。それは祖母の家だった。
私の母の母親である。七十五才になる。
去年のこと、歩行中ころんで脚を折ってしまい、それ以来寝たきりになってしまった。
おまけに最近では痴呆が始まってきたらしく、家の者は目が放せない状態だ。
私の母には兄がいた。伯父である。
祖母と祖父は、その伯父と伯父の嫁である伯母と四人で暮らしている。伯父夫婦には娘がふたりいたが、すでに嫁いでいて今は遠くの空の下で暮らしていた。
伯父はもちろん仕事をしているから、男であるためになかなか休めない。
伯母も仕事をしていた。うちの母のようにパートかと思いきや、正職員としてみっちり働いているらしい。
「娘の気持ちとしては、時子さんには仕事を辞めてもらって母をみてもらいたいよ」
母はいつもそう言う。
だが、すでに嫁に出た身。たとえ目と鼻の先にいるとはいえ、兄嫁には面と向かって言えないのが辛いところか。
聞くところによると、伯父たちの結婚は祖父母に歓迎されてなかったということだ。子供が出来てしまったから渋々認めたという経緯があったらしい。
だから、伯母は結婚してからもずっと仕事をやりつづけ、家には居つかなかった。私には何となく、その気持ちが分からないではなかった。
当時、舅である祖父は仕事をしていたから顔を合わせなくてもよかったが、姑である祖母は家にいたからだ。自分のことをよく思っていない人間と、四六時中顔を突き合わせていなければならない辛さというのは幾ばくだろう。
「とはいえ、寝たきりの老人をほっぽっといて、普通、仕事やれるか?」
私は吐き捨てるように言った。そう言ってしまってから、私は辺りを見回した。
誰もいない。滅多なことは言えないと胸を撫で下ろす。
(同じ屋根の下に暮らしてるんだから、少しは考えてくれてもよさそうなものなのに)
そう、どんなに気に入らなくとも、自分の連れ合いの親ではないか。それを近くにいるからといって小姑に任せきりにするとは。
顔を見るのもイヤだと言うのなら、家を出ていけばいい。そうすれば私たちが一緒に住んで面倒みてあげられるのに。それを執拗に出ていかないということは───
「財産か……」
私はイヤな気持ちで呟いた。
今でこそ古ぼけた家屋に住んでいるが、祖父たちは、かなりの土地持ちなのだ。金銭も銀行に莫大とはいかないまでも預金されてあると聞く。
「この世は金っていうことか。ああ、いやだいやだ」
私は頭を振った。いつのまにか辿り着いた玄関を、しばしのあいだ見つめる。そして、ため息をつくと中に入っていった。
「ん……」
私の身体を揺らす人がいる。
「はっ!」
慌てて目を開けた。
どうやら私は寝ていたらしい。
寝たままでも見れるようにと、付けっぱなしにしていたテレビからワイドショーの司会者の声が聞こえている。祖母と一緒に見ていたのだが、いつのまにか眠ってしまっていたようだ。
祖母はベッドに横たわり、こちらを見ていた。私を揺らしていたのは祖母のようだ。
「ごめん。おばあちゃん。私寝てたみたいだね」
目をこすりながらそう言う私に、しょんぼりとした顔を見せる祖母。
「疲れてるのにすまんなあ」
その言葉に私は首を振った。
「ううん。どうってことないよ。どうしたのかな。あ、もしかして、あれ?」
私は縁側に置いてあるポータブルトイレを指さした。
「すまんなあ」
祖母は頷いた。
「何を言ってんの。さ、肩を貸すからね」
祖母の身体を起こし、私の肩に腕を回させて畳に立たせる。
「いくよ」
そして、ゆっくりと歩かせた。
祖母の骨折はすっかり完治していた。しかし、なぜか歩けなくなってしまったのだ。支えがあれば、しばらくのあいだだけ立っていることはできる。だがもう、ひとりで外を歩くことはできないのだ。
(かわいそうに…)
私は祖母を便座に座らせながら、涙がこみ上がってくるのを必死にこらえた。
──ガラガラ……
それからしばらくして、玄関の開く音がした。
「誰だろう」
私は玄関のすぐ横のトイレにいた。さきほど祖母が用を足したものを便器に移し、ざっと洗い流す作業をしていたのだ。
私はトイレから出た。
「おじいちゃん……」
「ああ、照子か」
祖父はそう言ったきり、さっさと台所へと行ってしまった。黙ったまま見送る私。
祖父は最近、ゲートボールに夢中だ。確かに定年退職して畑仕事しかやることのなかったのが、ここにきて趣味と呼べるものができたということは喜ばしいことだ。
しかし、寝たきりの連れ合いを放っておいて、毎日、それこそ一日中興じているというのは感心しない。困ったものである。
ものの五分と経たないうちに祖父は、何を口に入れてきたのかモゴモゴさせて台所から出てきた。
「おじいちゃん」
私はズックをはく祖父の背中に向かって声をかけた。
「さっき、おじいちゃんを訪ねてきた人がいたよ」
「誰だった?」
「コウコウキョウの人って言ってた。今度の日曜日に伺いますって」
「そうか……」
祖父はそれだけ答えて出ていった。
私はバケツを持ったまま見送り、それから祖母の部屋へと戻っていった。
もうひとつの困りものが宗教だ。
幸光教───噂によると、かなりの老人が入信しているそうだ。
祖父は、もともと無神論者だった。それが祖母の痴呆が進むようになってから、誰にたらしこまれたのか、いつのまにか幸光教に入信していたのだ。かなりの額の御布施を払っているらしい。どうにかやめさせることはできないものだろうか。
「おばあちゃん!」
部屋に戻ってみると、祖母がベッドの上で苦しそうに身体を折っていた。
「どうしたの?」
慌てて駆け寄る。
「脚が……」
祖母は右脚をさすっている。肉のそげ落ちた皮と骨ばかりの手が痛々しく目に映った。
「痛むの?」
私は屈むと、祖母に代わってさすりはじめた。
「いいよ。私がやるから」
そう言いながら、私は心をこめて、祈りをこめて、一生懸命さすってあげた。
(おばあちゃんの脚の痛みがなくなりますように。歩けますように)
私は心で呟きながら、手を動かした。そうしながら、目に涙がたまっていくのをとめることができない。
自分勝手な祖父を呪い、伯母を呪いながら私はいつまでも手を動かしつづけた。
そして、夕方になった。
まだ伯母は帰ってこない。祖父は帰ってきたが、隣の応接間でテレビを見ている。
祖母はよく眠っていた。起こさないように私はそっと呟く。
「晩御飯の用意もしなきゃならないのかな」
そして、私は立ち上がろうとした。
──ガラガラ……
そのとき、玄関の開く音がした。
(伯母さんかな?)
どしどしという縁側を歩く音がする。それは母だった。
「まだ時子さんは帰ってこんかね」
その問いかけに私は首を振った。
「おじいちゃんは隣の部屋にいるよ。そろそろ晩御飯をつくらなきゃって思ってたんだけど………」
──ガラガラ……
そこまで言ったとき、またしても玄関の開く音がした。今度こそ伯母だろうか。
「もう! 我慢できん!」
母は声を荒らげると玄関へと向かった。
私はそこから動けなかった。黙ったまま見送る。すると、すぐに母の大きな声が聞こえてきた。
「今日ははっきり言わしてもらうけんね!」
「…………」
母の声はよく聞こえるが、伯母の声は小さくて聞こえない。
私は、いつのまにか耳をそばだてていた。
「あ……」
我に返って祖母の寝顔を見やる。
まだよく眠っているようだ。
母はマシンガンのごとく罵りの言葉を繰り出している。今までのうっぷんが一気に爆発したというところか。
すると、隣の応接間のテレビのボリュームが上がった。
私は祖父のその行為に何だかとてもイヤなものを感じた。自分だって伯母のやっていることが気に入らないくせに、なんで何も言おうとしないのだろう。
(面倒を見てもらえなくなるとでも思っているのだろうか)
いや、そうではない。母の言うことには、伯父がいるからだそうだ。
祖父は伯父がかわいくて仕方ないらしく、伯母を追い出すと伯父も出ていってしまうのではと危惧しているのだ。
「昔から兄さんばっかり!」
いつだったか母は語気も荒くそう言っていた。だから、もしかしたら祖父を憎んでいるのかもしれない。自分よりも兄をひいきしていた昔のことを、今でも何かにつけ私に愚痴るからだ。
しかし、祖母のことだけは心から愛しているようだ。
「母だけはわたしをかわいがってくれた」
祖母のことを喋るときの母は、本当にいい顔をする。だから実家のそばを離れられないのだろう。
元気で生きているうちはいい。しかし、こうやってひとりでは生きていけない身になった祖母を見捨てることは、絶対に母には出来ないことなのだ。
「言わせてもらうけどね!」
すると突然、伯母の声が聞こえた。
「ボケ老人の相手も大変なんだよ。目を放したすきに余所の家に上がり込むし、人の物は取って帰ってくるし……あたしがどんなに恥ずかしい思いしてるか、あんたは知らんからそんなこと言えるんだ」
「恥ずかしいって……そりゃあんまりだ。自分の亭主の母親だろーが!」
母の声が震えている。怒り心頭に発するといったところか。
だが、伯母も負けていない。
「あんたにとっては実の親だろ! めんどー見るのは当たり前じゃあないかっ!」
私は、祖母が起きやしないかと気が気でなかった。
──ドシドシドシッ!
誰かの足音が聞こえてくる。こちらにやって来るようだ。
顔を覗かせてきたのは母だった。
「照子。帰るよっ」
「母さん……」
私はもう一度祖母の寝顔を見やった。
大丈夫。起きる気配はない。私はそっと立ち上がった。
そんな私を待たずに母は身をひるがえすと歩きだした。応接間には見向きもしない。祖父がいるとわかっているはずなのだが、完全に無視して通りすぎる。
「照子。早くしなさい!」
そして、ここぞとばかりに大きな声で私を呼んだ。
「…………」
私は返事をしなかった。
もたもたしているのに苛立ったのか、母は私を待たずに玄関を出ていってしまった。
一方、私はというと、玄関に向かう途中で台所をのぞいた。
「伯母さん」
一応声をかけたほうがいいかなと思ったのだ。
「おばあちゃんは今寝ています。夕方に少しお粥さんを食べていますから、たぶん今夜は何も食べないと思います」
そう言うと、背中を見せていた伯母は振り返った。
「ああ。すまなかったね、てるちゃん」
伯母の顔はとても疲れているようだ。私の目に、その顔が焼きついて離れなくなってしまった。
「…………」
重苦しい気持ちで玄関を出る私。
「母さん……」
母は私を待っていてくれた。
その顔は疲れているように見える。伯母の顔と重なって見えてしまう。私はさらに気持ちが沈んでいくのを感じた。
それから、ふたりは黙り込んだまま家路についた。歩いて三分もしない場所なので、すぐに帰り着いてしまった。
家に帰ってからも、母は黙ったままだ。いつもなら愚痴の嵐が押し寄せるところなのだが、まったくそんな素振りもない。
私は少し拍子抜けしてしまった。
そして、その夜のこと。
「…………」
自分の部屋のベッドで仰向けになって、私は暗い天井を見つめていた。
今日のことが、頭の中でぐるぐると回っている。隣の部屋は両親の寝室だが、父が帰ってから母はずっと何か話している。声の調子から、きっと伯母と祖父の悪口なのだろう。
「はぁぁぁぁ───」
私は大きくため息をついた。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。いったい誰が悪いのか。
私は思い起こしてみる。
伯母の疲れ切ったあの顔───
私には分からない。
いくら、お金や土地が欲しいからといっても、あんな疲れた顔してまで祖父母に縛られていることないと思うのだけれど。
(もしかしたら……)
私は考える。
伯母は嫁に入ってから、祖父母に対して必要以上に気がねしていたのかもしれない。自分が気に入らない嫁であることをよく知っていたから、何とか自分なりにいい嫁になろうとしていたのかも───
だが、祖父母は認めてくれなかった。もしかしたら、これは伯母の復讐なのかもしれない。
認めてくれなくてもいい。
それならそれで、歯を食いしばってでもこの家に居すわって、すべてを自分の物にしてやると───
私は自分が、とても怖いことを考えているのに気がついた。
「まさかとは思うけど……」
それは分からない。
誰にも分からない。
伯母の心の中のことなど、本人にしか分からないことだ。
「…………」
そうしているうちに、私の意識は眠りの泉に沈み込んでいった。
私はその夜夢を見た。
伯母が背中を見せている。何か一心不乱に祈っているようだ。
ぶつぶつと呪文のような祈りの言葉が聞こえてくる。耳をすましてみるが、何を言っているのかまったく分からない。
ただ、髪を振り乱し、何かに取りつかれたように祈りつづけるその姿は、私に非常な恐怖を感じさせていた。
怖かった───ただもう、とても恐ろしくて、早くこの場から逃げだしたい気持ちでいっぱいだった。
でも動けない。まるで金縛りにかかったかのように動けないのだ。
「ひぃ………」
私は声にならない悲鳴を上げた。
突然、伯母が私を振り返り、にたりと笑ったのだ。
「!」
私は飛び起きた。
そこは自分の部屋だった。カーテンの隙間から朝の陽射しが射し込んでいる。梅雨にしては珍しく、今日もまたいい天気のようだ。
「夢か……」
私は汗びっしょりになった額を拭った。
「よかった……」
今日も一日が始まる。私は起き上がり、支度をするために部屋を出ていった。
「え?」
朝食のときのこと。みそ汁を飲もうとした私に母が言った。
「だから、父さんとも話し合って決めたの」
母はにっこりしている。
「おばあちゃんをうちに引き取ろうって」
「でも……」
私は水をさすようで心苦しかったが、思い切って言った。
「今までは、それでもおじいちゃんがついてたじゃない。うちに連れて帰ったら朝から晩までなんだよ。大丈夫なの?」
「大丈夫よ」
母はまるで気にしてないようだ。
「母さん、仕事辞めることにしたから。おまえにはすまないけど。でも、おまえだって、おばあちゃん好きだろ? だめだなんて言わないよね」
「そりゃ、好きだけど……」
確かにそれがいいような気がする。
でも本当にそれでいいのだろうか。もっと伯母と冷静に話し合ってみるべきではないだろうか。
それに、伯母が承諾しても、伯父はどうだろう。伯父は自分の母親なんだから、伯母よりはもっと違う考えを持っているかもしれないのに。
「さあ。これから忙しくなるぞ」
私の気持ちも知らずに、母は陽気にガッツポーズをしている。
窓の外の空が、にわかに曇りだした。まるで今の私の心境を代弁しているかのようだ。
今日はまた雨になるかもしれない。
しとしと雨の降りゆく中を、私は家に帰ってきた。
今日は会社で、また上司にねちっこく小言を言われてしまった。朝のことや、仕事のことで、私の気分は思い切りブルーである。
思わず家に帰りたくない気持ちが起こってくる。
「ただいま」
帰り着いた家も雨のせいで重苦しい。
「母さん?」
今日は仕事を休んでいるはずである。またもや祖母のところに行っているのだろうか。
「いないのかな……」
まだ夕方であったが、家の中は夜になったように真っ暗だ。私は応接間の明かりをつけようとスイッチを入れた。
「!」
思わず息を呑んだ。母が、まるで亡霊のようにソファに座っている。じっとして動かないので気がつかなかったのだ。
「どうしたの?」
私は恐る恐る母に近づいた。
母の顔は真っ青だった。何か尋常ならざる雰囲気だ。
「死んじゃった……」
「え……?」
私は我が耳を疑った。
なにを───え? 死んだって……
「ええっ?」
そして叫ぶ。
「誰がっ?」
「おばあちゃんが……」
「………」
私は驚愕のため、目を見開き、そのまま絶句した。一方母は肩を落としたまま、いつまでも顔を上げようとはしなかった。
雨が降っていた。
あれからずいぶんと時が経ったような気がする。しかし、実際には一日しか経っていないのだ。
雨はいつまで経ってもやまない。
しとしとと降りつづける。
祖母は白い着物を着せられて布団に仰向けになっていた。その顔は本当に安らかで、まるで眠っているかのようだ。
聞くところによると、夕べ眠った祖母を私が見てから、そのあと一度も目を覚ますことはなかったということだ。
(眠るように逝ったのね)
私は幸いだと思った。
きっと苦しみはなかったのだろう。
「おばあちゃん……」
私は平穏な顔をして眠る祖母の顔を見つめた。なぜか涙は出てこなかった。
「母さぁぁぁーん!」
母は泣きじゃくっていた。それも無理からぬことだろう。祖母を心から愛していたんだから。
伯母はいなかった。
台所で通夜に来ている人の夜食を用意しているらしい。
私はそっと抜け出すと、台所へ向かった。
(伯母さん……)
私は物陰から様子を窺った。伯母は背中を見せていた。ここからではどんな表情をしているのか分からない。
だが、少し髪が乱れているのがわかる。
「………」
一瞬、あの夢がよみがえった。
髪を振り乱し、一心不乱に祈りつづける狂気の伯母の姿を───
そんなとき、伯母が傍らの調味料を取ろうとして横を向いた。
「!」
私は驚いた。はっきりと見てしまった。
伯母の涙を。ちょうど一粒の涙が落ちるところを。
今夜は祖母の通夜───家中ひっそりと静まり返っている。
雨は相変わらず降りつづけている。
それはいつまでも果てがないかのように、静かに静かに降りつづけている。
母の涙のように。
そして、伯母の涙のように───
おわり
ども。(^_^;)
読んじゃいましたか?
暗いです。とっても。そして、何をいわんてしているかわかんなかったでしょ?
これは半分事実にもとづいてます。(爆)
これを読んで「伯母」や「母」や「祖父」のことをどう思いました?
私の書く現代物って、こんなふうにどうしても年寄りが出てきたりします。しかも、それはほとんどといっていいほど自分の祖父母がモデルだったりします。何もかも同じという設定ではありませんが。
私が伯母の夢を見たことも事実です。もっともこれに書かれた夢とは全然内容が違いますが。
子供の頃から伯母のことを母親に聞かされて育ちました。怖いものです。それって洗脳みたいなものです。
私もそういう親の吹き込みのせいで伯母を良く思っていなかった時もあります。でも、私は自分も姑のある身になり、さらに伯母の夢を見たおかげで、人に吹き込まれた相手の像というものがいかに虚しいものであるかに気づきました。
だからといって、私は母も悪いとは言いません。そして、もちろん今では伯母だって悪い人じゃないと思っています。伯母はたとえ血のつながりが私とはなくても、とても似ているところがあると思っています。不器用なんですね、何事に対しても。
そういうことに気づいた時、私は無性にこの話が書きたくなったのです。
こんな暗い話を最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。m(__)m
2000年8月25日(金)
だから〜何で今日もガキどもが騒いでるんだよっ(~_~メ)
