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『人はね。想いが逝かない限り、死ぬことはないんだよ』
「……………」 目が覚めた。 あたしの目に最初に飛び込んできたのは天井。 頭がぼーっとしている。 何か夢を見てたような気がした。 「想いが逝かない限り、死ぬことはない……」 あたしはぽつりと呟いた。 「ばあちゃん……」 そう。その言葉はばあちゃんの口癖だった。 たった一人、あたしを理解してくれた存在。 「……………」 あたしは自分の部屋を出て階下に向かう。 入った和室のガラス窓からの日差しが眩しい。 誰もいない。 いつものことだ。 八畳ほどの畳の間には真ん中に、足の低い座卓がぽつんと淋しく置かれてあるだけ。 きちんと片づけられ、ゴミひとつ落ちてない。 でも、あたしは部屋の片隅の一点をじっとみつめていた。 「ばあちゃん……」 それは仏壇だ。 すでに誰かが拝んだらしく、線香の煙が漂っている。 誰か? わかってる。だって、この家にはたった二人しか人はいない。 そして、今日あたしはここを出ていく。 もうこんなとこいたくない。 ばあちゃんがいなくなったのなら、もうここにはあたしの居場所はない。 あたしは再び自分の部屋に戻った。 「メールが来てる?」 もうすでに日課となった朝のメールチェック。 最近ではそれほどメールが来るということはなかった。 「二通来てる……誰だろ」 一通は─── 「ああ、がんちゃんか……」 高校の友達。 「はやく登校してきなよ……か」 いわゆる、あたしは登校拒否生徒。今年三年になった。 別に苛めがあったわけじゃない。何かトラブったわけでもない。 でも、なんでか無気力で、学校もどうでもいいって感じ。ばあちゃんが死んじゃうこの六月まで。 夏休みはもう目前。 でも、ばあちゃが死んでから学校に一度も行ってない。 もう出席日数も足りなくなっただろう。詳しいことはわかんない。 「……………」 パソコンの画面を見つめながら物思いに引きずり込まれる。 あたしの母さんは、あたしが小学生の時に病気で死んだ。 そのすぐあと、父は若い女と蒸発した……らしい。 ばあちゃんは何も話してくれなかったから。 「余計なことをアイツが言うから……」 苦々しい気持ちで吐き捨てる。 せめて仕事でどこか遠くに行ってるんだよって、それくらいの嘘はつけないのか。 「あたしはアイツを絶対許さない。アイツがばあちゃんを殺したようなものだ」 そう呟きながら、あたしはもうひとつのメールを開いた。 「エンジェルだって……えらくカワイイ名前じゃん。誰だろ、いったい……」 あたしはくすりと笑いながら読みはじめた。 『美和ちゃん、お元気ですか。 もう泣いてはいませんか? おばあちゃんは天国で元気にしています。 美和ちゃんは泣き虫だから おばあちゃん心配です。 これから毎日メールをしますね。』 「え……? これって……?」 それから毎日ばあちゃんからメールが来るようになった、死んだばあちゃんから。 そしてあたしは家を出るのをやめた。 『美和ちゃん、おはようさん。 まだ学校には行けないのかねぇ。 ばあちゃんはほんとに心配です。』 『今日はとてもいい天気だよ。 ちょっとくらい学校に行ってみないかい?』 『お空の上はとても気持ちいいよ。 でも、美和ちゃんも気持ち良くなれるよ。 これからもっともっとね。』 毎日、毎日……ばあちゃんから届く短いメール。 天国にいるはずの、死んでしまってここにはいないはずのばあちゃんから届く、やさしい言葉の数々。 これって幽霊なんだろうか。 もしかしてテレビとかに出れる? でも─── 実のところ、そんなバカみたいなこと信じていたわけじゃない。 ばあちゃんが死んだことは誰でも知ってることだ。 近所のやつら、学校のクラスメイト、親戚(それほどいるわけじゃないけれど)等々。 女とどっかにいる父も知っているだろうか? でも、どうでもいいことだ。あたしは父のことをすでに親とは思ってないもの。 じゃあ、いったい誰だろう。 『ばあちゃんはいつでも美和ちゃんのことを 傍で見守っているからね。 想いが逝かない限りいつまでもね。』 「想いが逝かない限り……」 この言葉。やっぱりこれはばあちゃんからのメールなんだろうか。 だってこの言葉は、ばあちゃんがあたしに語ってくれたものだ。 でも、誰か他の人に話していたかもしれないし─── 「……いいや。めんどくさいもの」 あたしはもうそれ以上考えるのをやめにした。 何にも興味が持てず、執着もなし、あたしっていったいなんのために生きているのだろう。 眠るのも、ご飯食べるのも、最近ではとってもおっくうになってきて、このまま死んじゃってもいい───そんな脱力感が身体全体を支配している。 それでも、毎日毎日届けられる一言のメールが、認めたくはないけれど、今のあたしにとって生き甲斐になっていたのも事実だった。 その日、いつもは朝から晩まで留守しているアイツが、珍しく家にいた。 「美和、今日も学校には行かんのか」 「…………」 あたしは相手の顔を見ないようにして黙ったまま飯を食っていた。まるでブタが餌をかっこむように味わいもせずに。(こんなこと言ったらブタに失礼か?) 「…………」 アイツがため息を吐いた。 ガタン─── あたしは立ち上がると、茶碗やなにやらをそこにそのままにして自分の部屋に戻った。 悔しい─── なんで人間は食わなきゃ生きていけないんだろう。 あたしはアイツの年金で食わしてもらってる。学校だって金がいる。 でもあたしはいわゆるヒッキーってやつだ。自分で言うことじゃないけど。 外に出るのがおっくうで、バイトなんてする気力もない。 家を出ようとしたのも、ネットで知り合った男が一緒に住まないかと言ってくれたからだ。 「美和」 その時、いつのまに来ていたのか、部屋のドアごしにアイツの呼ぶ声が。 「話があるんじゃが…」 「…………」 口なんか聞いてやるもんか。あたしはお前を許さない。 「大事なことなんじゃ、美和。ここを開けてくれんか」 「…………」 「美和?」 「うるせ───! あたしはおめーなんかに用はねーんだよっ! あっち行きやがれ、このクソジジイっ!」 「───」 ドアの向こうで息を呑む音がした。 しばらく人の気配がしていたが、そのうちアイツは立ち去った。 そう。あたしはジジイを許さない。 ジジイはあたしの父さんの父親だ。 定年まで家族のためにあくせく働いてきた働き者だった。そのてんだけは見上げたものだとあたしも思う。 だから、定年退職して第二の人生を歩むアイツに、以前のあたしはエールを送ったもんだ。これからの年寄りは大いに趣味を持つべきだ。 恋だっていいかもしれない。 人を愛する気持ちがあるってことはいいことだもんな。 でも、節度ある行動は大切だろ? あたしみたいなあばずれが言うのも変かもしれないけれど、一応連れ合いがいるんならもっと遠慮しなきゃいけないんじゃない? そう。ジジイはあろうことか、自分の通ってる社交ダンスの教室の先生とデキちまったんだ。 物陰から心ときめかすくらいなら、あたしも許せる。 だけど、アイツはプラトニックを越えてしまった。 あたしは知ってんだよ、何もかも。 ばあちゃんがあまりに悩んでたんで、あたしはアイツらがこっそり会っているのを探りにいった。 あろうことか、相手の女はあたしの母親と同じ年頃だったんだよ。 「奥様に悪いですわ」 夏の日の喫茶店。あの女はそう言った。去年の夏のことだ。 気づいちゃいなかっただろうけど、あたしはあんたたちの後ろにいたんだよ。 「洋子さん。すまない。だが私は自分の気持ちに正直になりたいんだ」 定年を迎えたばかりの老人とは思えないくらいにしっかりとした口調。 ジジイは本当にジジイとは見えないくらいに若々しかった。 背が高く、背筋もぴんとしていて、白髪の混じった髪だったけど、まだふさふさとしていた。 皺だってまだあまりあるわけじゃなく、笑うと目元に笑い皺ができるくらいで、本当に俳優さんみたいなステキな人なんだ。 あたしは密かに誇りに思ってたんだよ、あんたのことを。 だから……だからあたしはよけいに許せなかった。大好きなばあちゃんを裏切るようなことをするあんたのことが。 |
| ♪ワーク作曲「大きな古時計」♪by天慈 |