音楽を聴く?

 その惑星は小さな太陽系の中にあった。
 とても澄んだラベンダー色の空、燃える緑の木々、あまりにも透明な海や川、鳥はさえずり動物は駆け回る。
 そこには何一つ人口の建物はなく、生物たちの楽園のように見える。それなのに地上には、ただの一人も人間はいないようだった。
 しかし、その美しい光景を食い入るように見つめている一人の人間がいた。
 それは銀色に輝く髪といくぶん暗めの紫の瞳を持った、まだ二十歳くらいにしか見えない青年だった。
 きちんと耳の下で切りそろえられた髪、少しきつめに弧を描く眉、きりっと横に結ばれた薄めの唇、整った鼻梁。そして、それほど高くはない背丈は、スッと背筋が通っていてとても気持ちのよい姿勢だ。
 これだけ見るかぎりではどこかの王侯貴族といっても不思議ではない、そんな高貴さを感じさせる。だが、その雰囲気には消えてしまいそうな儚さも漂っていた。彼の見つめる瞳には、世を憂えた色がにじみ、絶望が見え隠れしている。
 青年は実際の目で風景を見ているのではなかった。スクリーンに映った自然を眺めていたのだ。
 彼の見ているのはひときわ美しさの目立つ湖だった。ひとつの都市がすっぽり入ってしまいそうなほど大きいその湖は、どうやら深さもかなりありそうだ。
 今、水鳥が獲物を見つけたのだろうか、急降下して湖面にたどり着き、また慌ただしく空に戻っていった。その後には鳥の残していった湖上の波紋。そこに陽の光が当たってキラキラ煌めき、見つめているととても眩しい。
 青年は目を細めた。
 それから再び画面に釘付けになる。その様子は手に入れようとしても決して自分のものには出来ないもどかしさを、見るものに感じさせている。
 すると、そこへ人の気配が───
「総統、ここにいらしたのですか」
 彼はゆっくりと振り返った。
 その目に、たおやかな女性の姿が映った。彼と同じくらいか、それとも少し下といった年頃である。
 柔らかそうな栗色の髪、色白で折れてしまいそうな細い腕、だけども髪と同じ色の瞳は人を魅きつけてやまない強い生命力があふれている。
 彼はそんな彼女を美しい宝石を見るような目で見つめた。
「やあ、ミーユさんでしたか」
「いやだわ。そんな他人行儀な呼び方」
 彼女は雪のように白い、その頬を染めた。すると、彼は両の掌を空に向け、肩をすくめておもしろそうに笑った。
 さっきまでの儚さは彼の表情からすでに消え去っていた。
「それなら、あなたも総統と呼ぶのはやめてください。ダートンでいいですよ」
 彼女は嬉しそうににっこりすると、彼の横に来て自分もスクリーンを覗き込んだ。
 ちょうど湖面は、爽やかな風にあおられてさざ波が立ったところだった。彼女もいとおしそうに湖を見つめた。
「あの湖ね。私たちの船が沈んでいるのは」
「そうです。あの美しい船が眠っている場所です」
「もしかしたら、もう二度と見ることのできない私たちの船が……」
 彼女の目にうっすらと涙がにじんだ。
「ミーユ……」
 彼の手が気づかうように彼女の肩に置かれようとした。
 その時、突然彼女がパッと明るい表情で振り返った。少し慌てて手を引っ込めるダートン。
「湿っぽくなっちゃったわねっ。ごめんなさい。今のは聞かなかったことにして!」
 彼は相好をくずして彼女を見た。
「だから好きなのですよ、あなた方は」
 それを聞くと彼女はプーッと頬をふくらませた。
「えーっ、みんななのー?」
 彼はクスクス笑った。
「もちろん、あなたは特に、ですよ。ミーユ姫」
 彼の言葉に、彼女は満足そうに頷いた。
「それより、何か私に用があったのではありませんか」
 話題を変えてダートンは言った。
「用というほどではなかったのだけど、あなたに一言お礼を言いたかったの」
「お礼とは?」
 ミーユは何とも言えない優しい顔で、にっこり微笑んだ。
「ありがとうございます。ノンとスプリンガーの結婚を許していただいて」
「なんだ、その事でしたか」
 ダートンは心得顔で頷いた。
「お礼を言われるほどのことではありませんよ。当たり前じゃありませんか、愛する者同士、結ばれることは」
「けれど最初の取決めでは、私たちを受け入れる条件としてこの惑星の者との婚姻を、とのことではありませんでしたか?」
 彼女の言葉に、ダートンはもっともらしく頷いてみせた。
「いかにもその通り。しかし、あなたは考え違いをしているようですね。必ずしも婚姻を結ぶ必要はないのです。大事なことは、あなた方の血が我々に入ることなのですよ」
 彼の言葉に、彼女はその白い肌をほんのり赤くさせた。


 はるか、遙か昔、ミーユの仲間たちは船に乗って故郷を旅立った。
 そしてコールドスリープの助けを借り、自分たちの惑星から五百億光年離れたこの惑星ジルベスターにたどり着いたのだった。
 しかしこの故郷に似た、自然の美しい惑星の住人達は種族としての黄昏を迎えていたのだ。
 もともとから大変長命な種族で平均二百年から五百年くらいの寿命を持ち、中には八百年から千年くらい生きた人もいたそうだ。その代わり子供を授かりにくくなってしまった。
 そのため人口もほとんど増えることが出来なくなり、現在では約二百名ほどしかこの惑星に人間は存在していなかったのである。そんな惑星ジルベスターに彼らはたどり着いたのであった。
 最初はやはり受け入れてもらえなかった。ここの人々はその科学力をもってしても再び繁栄を取り戻すことは出来ない。彼らはどうしても閉鎖的にならざるをえなかったのだ。
 そんなわけで何度も話し合いがなされた。そして、かいあって彼らがこの星に新しい風を吹き込んでくれるのでは、というダートンの言葉により受け入れられたのであった。
 つまりできるだけ多くの混血を残すこと、新しい血を入れることによってこの惑星の住人は種族絶滅を阻止しようとしたのである。
 ダートンはこの惑星の若き指導者だった。ずいぶん前に両親をなくし、今はたった一人の妹と暮らしている。彼の父は前総統であった。その父の後を継ぎ、ジルベスターの総統におさまったのである。

 かくして彼ら、異星からの移民者たちの種族を越えたナンパが始まったのであった。
 そういってしまうと愛もへったくれもなくなってしまうけれど、やはり根底を流れているのは愛である。
 結局は、この星の人達も何か大義名分がなければ快く異星人を迎え入れることができなかった、ただそれだけなのである。
 しかし、その大義名分がなかなかいい考えなのではないかと本気で思ったのも事実なのだ。本当に単純というか人がいいというか、それがジルベスターの住民の特色のようだ。
 もともと新しい血を入れるという考えはミーユ達のリーダーから出たものだったのである。そのリーダーはこの星の人々の特質というのを踏まえた上でこの発言をしたのだろうか。ふつう種族が違えばなかなかその種族の特質などわかるはずもない。
 もしそれがわかっていてそう発言したのなら、その人物は相当見る目があると言わなければならないだろう。

 ミーユは再びスクリーンに映るジル湖に視線を移した。
 ちょうど湖面に午後の柔らかな陽射しが映えていた。スクリーンを通して彼女の顔にまるで直接当たっているかのようにキラキラ見える。
 ダートンはそんな彼女の様子を目を細めて見つめた。その目はまったく愛しい者を眺める瞳そのものであった。
 彼は思わず抱きしめたい欲求にかられ、たまりかねてミーユに問いかけた。
「何か考え事でも……?」
 彼女はしばらく黙っていたが、振り返ってにっこり微笑んだ。
「ええ、あなたもあの湖のほとりに行ければいいのに、と」
 ミーユの優しさにダートンは感激し、彼女の目を見つめた。そこには限りなく深い愛情があふれていた。
 ジルベスターの人々は地上に出ることが出来ないのである。
 彼らの身体はたとえ柔らかな春の陽射しでも、たえることのできない体質に変貌していたのだ。地上に出て日光に当たったが最後、彼らは皮膚に多大な損傷を受けてしまう。
 いわゆる皮膚ガンのたぐいにおかされてしまうのだ。皮膚をおおう形の宇宙服のようなものを着れば出ていくことは出来る。だが生身の肌で自然の風を、空気を、陽射しを感じることは出来ない。それでは外に出たということにはならないだろう。
 ダートンはミーユから目をそらすと、まるでひとり言でも呟くようにポツリと言った。
「私が行けなくても、私たちの子供はきっとあそこまで行けるでしょう」
「え?」
 ミーユはパッと顔を輝かせ、正面を向いてしまった彼の顔を覗き込んだ。
「それはどういう事なの?」
 ダートンは拳を口元にやり、コホンと咳払いをすると極力威厳を保ってこう答えた。
「あーこほん……ミーユ、私と結婚してくれませんか」
 彼女はこの言葉を待ってたのよといわんばかりに満面に笑みを浮かべ、それから両手を頬に持ってきて遅ればせながら顔をポッと赤くさせた。
「もちろん! 喜んでお受けしますわ」
 ミーユはこの時世界で、いや宇宙で一番幸せな女になったと確信した。
 彼女はその容姿から、仲間たち以外の人間には昔から誤解されてきた。それはまあ悪い意味のものではないが、彼女としては有難迷惑なものであった。
 ふわふわとしたかわいらしい印象なので、さぞかしたおやかな女の子なのだろうと寄ってきた者は一様に彼女の本性を知ると去っていってしまう。
 しかしいつの頃からか彼女は自分の見かけで相手の本性を見抜くようになっていった。容姿と性格のギャップにたえられない人間はこちらから願い下げにしてしまうのだ。だからミーユの仲間たちは彼女にとってとても付き合いやすい友達となっていった。
 そしてダートンはそのミーユの容姿に惑わされることなく彼女の本質を見抜いた人物だったのだ。
「つらかったでしょう、今まで」
 初めてふたりきりで話をした時、ダートンはミーユにそう言った。仲間たちにさえそんな言葉をもらったことのない彼女には衝撃的なことだった。
 そしてその瞬間、彼女は恋に落ちた。
 それからというもの彼女の猛烈なアタックが始まったのである。みなぎる彼女のそのパワーはダートンの心を確実に捉えていった。
 そしてとうとうここまで彼女はこぎつけたのである。
 ふたりはお互い手を取り見つめ合った。のだが───
「お兄さま! あの人どーにかしてくださいませんか!」
 そこへいきなり誰かが飛び込んできた。
 少女だった。
 ダートンの妹である。この惑星でたった一組だけの兄妹。
 兄であるダートンと同じ銀の髪を長く腰まで伸ばし、瞳は同じ紫ではあるが彼女のは明るく煌いていた。兄によく似たとても美しい少女だが、両耳にヘッドホン型の補聴器をつけていた。
 ジルベスターの住人は全ての人間というわけではないが、彼女のように身体のどこかに欠陥を持っている者が多かった。
 彼女は自分の耳でまったく音を聞くことができない。その代わり身につけた補聴器は脳につながっていて、直接音を感知するようになっていた。
 デザインがよいのか、その機械はなぜか彼女にとてもよく似合っていた。だがその美しいはずの彼女は、穏やかな性格の兄とは違い少々わがままが目立つ少女であるようだ。
「どうしたんだ、ジャーナリス」
 さすがの彼もせっかくの雰囲気を壊されて少し不機嫌そうだった。
 ミーユの方は大いに不満で頬をプーッとふくらませている。
 ジャーナリスはそんなミーユに気がつくとますます嫌そうな顔をした。
「まー、ミーユさんったらまた来てたの。お兄さまの邪魔をしないでくださいな。忙しい人なんですから」
「………」
 ミーユは恐い目を向けただけで、何も言わなかった。
 ジャーナリスはミーユにツンッとしてみせると自分の兄に顔を向けた。
「あの野蛮人ですわ」
「野蛮人?」
 彼女は本当に嫌そうな顔をした。
「シンゾウのことです」
「彼がどうかしたのか」
 ダートンは何だといった表情を見せた。しかしミーユの方は黙っていなかった。
「ジャーナリス。シンゾウを野蛮人だなんて、どーゆーつもりなの」
「野蛮人を野蛮人って言ってどこが悪いのかしら」
 ジャーナリスはフンッとそっぽを向いた。
 彼女はミーユがどうやらずいぶん嫌いらしい。ミーユだけではない。移り住んできた異星人たちすべてが彼女には我慢できない存在だったのだ。
 人のよいジルの人々をたぶらかす悪魔のような彼ら。彼女の目にはそのように映っていたのだ。
 そして───
 ジャーナリスはチラリとミーユに視線を向けた。
 ふわりとした雰囲気の、いかにも可愛らしい感じをいやみなくらい周囲にふりまく女。そのくせ実は思ったことをズケズケと言う気の強いところがある───本当に下品な女だわ、と彼女は前々から思っていた。
 そんなミーユが自分の大切な兄と仲良くするのは彼女にとってたまらなく嫌なことであったのだ。お兄さまは自分だけのものよ、とジャーナリスは心で叫んでいた。
「それでジャーナリス。シンゾウがいったいどうしたというのだ?」
 兄の言葉でジャーナリスはここに来た目的を思い出したようである。
 まったくデリカシーに欠けるったらこの上ない人たちなんだから───そう心で思いながら彼女は自分の兄に顔を向けた。
「あの人、この私に自分の子供を生んでくれなんて言うのよ!」
 力をこめて彼女は言い放った。
「プッ……」
 ミーユは思わず吹き出していた。
「何がおかしいのよ!」
 ジャーナリスは顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
 なぜならミーユにはその光景が手に取るようにわかったからだ。
 彼らしいせまり方っていったらこれ以上はないくらいだ、と彼女は思った。


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