2009年キャンプ
3年ぶりのキャンプ。それぞれ忙しく3年前と同じく一人で出かけた。
目的は、「コウノマイ金山」での廃虚と「サロベツ原野」の広大な海岸線。
8月5日朝早く出かけ、佐呂間、遠軽を抜け、山の中をしばらく走っていきコウノマイ金山を探すがなかなか現れない。おっと煙突が見えて来たので、いよいよかと思って近づくが、なんと金山跡は立ち入り禁止になっていて入れなかった。がっかりして山を抜けて少し平地に出たら正面にちょっと風変わりな建物、というかよく見ると色がちょっと変わってるんだ。あとでわかるのだが、それは昔の駅逓だったらしく、道内でも珍しいらしい。それで、ちょっと車を止めて立ち寄ってみる。ちょっとした公園のようになっている空き地で二人のじいちゃんが、なにやらロープを地面に打ち付けている。駐車場の境界線を作っているのだ。話しかけて「ここは、何なんです?」単刀直入に聞いてみた。背の低いずんぐりむっくりのじいちゃんの方が駅逓のことやら、金山のことなどいっぱい話してくれた。
もう一人のじいちゃんが、駅逓の中を案内してくれて、そこは郷土資料館のようになっており、金山にあったものも展示されており、非常に参考になった。「銀色の道」という曲の作曲者が、この土地の出身らしく、さっきのじいちゃんが同窓らしい。ともかくその3人もこう之まい金山出身ということがわかり、定年をむかえ、いきがいのようにしてここを整備しているようだ。紋別市からは全然取り合ってもらえなかったらしいが、国が指定してくれたらしい。じゃ、補助金が出るのかと聞いてみたところ、半額しか出ない、もう半分は自分達でだサニャならん、ちゅうことで、年金でそんなたいそうなこともできんっということだった。なんだか残念だが、その3人のじいちゃんが一生懸命ブランコ作ったり、吊り橋作ったりしてるのを見てなんだか嬉しくなってきた。
キャンプ場に向かう。初めに計画していたキャンプ場に早く着き過ぎて、次に計画していたキャンプ場に向かう。日の出キャンプ場。ロケーションがいいのでそこに決める。ただ、あまりにも寂しいのとカラスがうるさい。
8月6日朝ラジオで広島の原爆の黙とう8:15があり、思わず自分も黙とう。この日は稚内まで走り、最北端の温泉に入るが、けっこう高くてたいしたことなくがっかりする。しかし、サロベツ原野には広くてなにもなくて満足。
8/7結局、同じところに2泊し、帰りは留萌方面に向かった。巨大風車があり驚く。前にも見たことあったが、その数が多くてびっくり。かみさんにお土産に稚内の土産物屋で買った携帯ストラップを持って帰る。




