【'07-2】

寝言綺語'07-1

  

宵のうち


「宵のうち」では解り辛いからと
「夜の初めごろ」に切り替わった
 テレビの天気予報から「宵のうち」が消えた

 時として全面的に

 ことによると過剰にも思えるほどに向かっ腹が立ち
 ノートに書きとめておこう
 さて「よいのうち」と書こうとして

「宵」という漢字が書けなかったのである
「酔い」ならばすぐ書けたのであるが

「空間を貪り食いながら疾走する宵のうち」

 (2007.3.30)

彼岸

 父親が独居しているはずの生家へ電話をしたら、若い女性の声で「はい、オクムラです」と返事があった。

 いよいよ頭脳がアルコールでもって割れて砕けて溶けて散り、他人のオクムラ家へ架けたのかと思い、

「あの〜、わたくしもオクムラともうします」と、しどろもどろ答えた。

 相手は正常だった。親不孝な私に替わり、母親の仏壇を掃除しに来てくれていた女性だったのである。

 この場合、もっとも宜しくないのは、不精を決め込みすぐ電話に出ない私の父親である。それにしても私は、「家」というものがよく解らなくなっているのである。三界に家がないのである。三階にいると降りるのに手数がかかるからもう家なんざないよってことになるのである。

 (2007.3.21)

生活の改竄、隠蔽、捏造

 (燕遊のあとで)

 花海棠の根もとに猫ねむる
 黒い炎に灼かれていたのはいつの日か

 (2007.3.16)

朗読研究舎べらんめえ第五回公演  

 朗読劇 藤沢周平原作『驟り雨』
 立体落語 『ふたなり』
 二代目虎造の名調子に乗せて 『追分三五郎・追分宿の仇討』


 日時  □ 2007年3月10日(土) 開場午後1時、開演午後1時半
 場所  □ なかの芸能小劇場
     (JR中央線、東京メトロ東西線・中野駅北口を出て、
      サンモール、ブロードウェイ徒歩約8分です)
 入場料□ 1000円
 主催  □ べらんめえ
 出演  □ 山田二郎・奥村真・高橋芳樹
        秋浜三千子・清水美里・鈴木香千子・八隅早苗・山田百合子
 
 私は「巳之吉」役と「亀右衛門」役と「吉兵衛」役です。

 (2007.3.10)

わろき地球

 暖かい冬だった。きりぎりすのくせに、過ごしやすかった。きりぎりすのまま、浮かれて過ごした。きりぎりすはいざ知らず、夏になって、きっとしっぺ返しを食らうだろう。吉田兼好も言っているように、

「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑きころわろき住居は堪えがたきことなり」

 昔わろき住居に住んでいたころ、猛暑を逃れてデパートに入り浸った。今は各家庭がデパートになったので、デパートはあまり流行らない。

 (2007.3.5)


職業柄(3)

 西武池袋線沿線の、三階建ての一軒家に、看板がふたつある。「歯科」と「砥石工業所」だ。頭を傾げつつ、その前を行きつ戻りつし、思い切ってむかえの老夫婦に声をかけた。

「妙なことをお聞きしますが、お向かえは『歯医者さん』と『砥石屋さん』と、両方なさっているのでしょうか?」

 よく育ったアロエをばっさり切っていた老夫婦は一瞬キョトンとし、思いついたようにカラカラ笑ってこう言った。

「砥石屋さんが歯医者さんに三階だけお貸ししてるんですよ。歯医者さんの看板の方が大きいものねえ」

「私は歯を削ることと、刃物を研ぐことと、どこか似たところがあるのかと、いまずっと考えていたところだったのです。失礼いたしました」

 そそくさとその場を立ち去ったが考えてみれば、「歯医者」は「歯石を削り」、「砥石」は「刃物を研ぐ」。同じ石でも「削られる側」と「研ぐ側」で、立場は逆だったのである。

 (2007.2.25)

淀みに浮かぶ泡沫

 放逸、無慙の有様にて、家をも身をも忘れ、時間の経過をうまく把握できない状態、

「もうおひるよ」

 つまり、至りて愚かであり、
(端的に言えば「ばかねえ〜」)

 生活態度のたいそう宜しくない
(端的には「だめねえ〜」」)

 事態がつづいた。

 そのあいだにも歳月はといえば、標野の果ての、千草の下を流れる水のように、人知れず絶え間なく流れ、

『寝言』が二週間途絶え、浦島太郎のように老けた。

 (2007.2.24)

職業柄(2)

 新聞の折込に「境内スタッフ」という仕事がある。「境内内の清掃、片付け、行事の準備や後片付け、落ち葉や雪の片付けもお願いします」「資格:40〜60歳位迄」「給与:時給850円以上」とあった。「境内」の「内」とはどの場所を指すのか、「寅さんのお相手」はしなくてよいのか、疑問は残る。

 寅さんの時代には未だ「境内スタッフ」ということばはなく、「寺男」と呼んだ。援農の時代には「作男」ということばもあった。援交の時代には「洒落男」ということばは既になかった。われわれ作男は「酒乱同盟」を結成した。「境内内スタッフ」なら「アルチュールアソシエーション」と言うところだ。

 昨日、寺へ行くと、作務衣を着た寺男がいた。「制服貸与」とあるから、作務衣が制服なのだろう。居宅は番地を辿れば行き着くが、墓は番地で探しづらい。萌黄色の作務衣を着た作男の説明は要を得ない。供養塔を直進し、植え込みを左折し、階段を右折したが、なかなか対象地へは行き着かない。

 居宅の場合は居住中で、職場の場合は営業中で、さて墓の場合も居住中でよいのか、新築し、入居し、転居し、不在でよいのか。疑問は残る。

 (2007.2.9)

職業柄

「職業柄」は勘定科目に顕れる。箱のなかは玩具箱のようだ。

 宿泊費、衣裳費、技術費、製造費、出写費、製作宣伝費、製作請負費、特別修繕費、特殊映像費、予告編製作費、……

 見入っているとカメラが目の前にあった。

 (2007.2.8)

六色のクレヨン

 絵日記のような雲だ
 納戸のなかに潜んでいた
 半世紀まえの
 絵日記帖の雲のような
 詩は書けず

 地下六階の
 駅の壁に貼られ
 小首を傾げた
 女性歌手のような
 ふらんす語で唄えず

 離れ小島の
 斜面に建てた館に
 巧妙に人材を配置させた
 珠玉の謎は作れず

 一月の東京で
 ひまわりが咲いた翌日
 ベンチに腰掛け
 パンをくわえ
 築地の方を見あげると

 写真ならばモノクロの
 半世紀まえの
 クレヨンで描いた
 空の青と雲の白が

 泥に浸かり
 聖路加病院の
 屋根へと堕ちていった

 (2007.2.1)

大暗室

 私の居宅は袋小路の突き当りに位置し、三方が隣家に密着しており、どちらへも倒れそうもないから安心である代わり、青天白日でも室内は暗い。

 ところがそのマンションは、茅屋の暗さとは質が違っていた。電気工事中でエレベーターが動かないため、手探りで壁を探りつつ前進し、階段をそろりそろり昇ってゆく途中、懐中電灯が上からゆらゆら降りてきて、すれ違うと若い男女の人間だった。

 お先真っ暗でも行き先が明確ならば勘で動けるのだが、判っているのは室番号だけ。其処に現在、果たして誰が居住しているかいないかもはっきりしない。煙草を吸わないためライターもない。携帯電話をときおり点灯し、数字を追って目的の室番号を探し、おおよその見当をつけ、暗闇で写真を何枚も撮った。

 さて目的を果たし一階共有部分まで降りてくると、管理人らしき人物に出会った。何気ない会話をふたことみこと交わし探りを入れ、暗闇を共有するふりをする。彼はここへ来てまだ一年足らずだと言うが、建物自体は築三十年ほどだろう。

 (2007.1.28)

牢の跡

 一日に何度も道を聞く。検索ソフトから印刷した地図を持ち歩き、地図を上下左右し自分も右往左往するうち、その地図を示し、「私は今、地図上の何処にいるか?」尋ねるはめになる。たいていの人は親切に教えてくれる。教えてくれそうな人を見つける。

 目的の場所から最寄の駅へ戻るときは、「どこそこの駅は何処か?」で大丈夫だが、たまには失敗する。「ごでんばちょうの駅は何処か?」と尋ねたところ、ずいぶん遠いよ、ここは岩本町だから、との答えだった。「小伝馬」を「こでんま」でなく、「ごてんば」と言ったものだから、「御殿場は、ずいぶん遠いよ」と返したわけだ。惚けた人だ

 きょうは良い天気、マフラーの襟元が汗ばむ陽気。小伝馬町駅への入り口が四方にある四辻に立つと、牢の跡がどちら側だったか、もうさっぱり見当がつかない。

 (2007.1.27)

北の丸

 花のまだ咲いていない、千鳥が淵の桜をながめながら食う、ampmのおむすびは、固くしっかりと結べていないため、ぱらぱらと飯がこぼれる。しっかりしていない、集中していない、飯が集中していない。

 花もなく、わたしはすっきりしている。すっきりしている、覚醒している、わたしは覚醒している。

 向かえ側に座っている男は、ナイキの大きい靴を履き、使い捨ての容器に入った、カレーライスを食べていた。古希を過ぎた男女が、その前を斜めに通り過ぎ、花のない、桜並木をくぐっていった。

 おむすびをぱらぱら食いおわり、てくてく歩きはじめると、大山巌とうまの銅像のしたに、いくたりかのねぐらがある。フライパンに大鍋、ガスコンロに竹箒、大吾郎と書かれたニ、五リットルのペットボトル三本、傍らには供花もあった。

 堀の縁に青いテント二枚、大山巌のうまの、尻尾の先にはケットが一枚。

 (2007.1.24)

金槌と鉈が錆びた

 山吹の花が咲いた。
 お綾やお謝り、と
 私は言った。

 劇団四季では、
 母音だけに置き換え稽古する。

 「ああういおああああいあ
  おあああおあああい、お
  ああいあいっあ」

 (2007.1.23)

大寒

 枝を刈り落とされた樹々の老幹に、散髪したての清清しさが感じられる程良い気候だった。この歳になってようやく、年末に庭師を頼む家々が多い理由に合点がいった。省みて我が家を眺めれば、すぐ枝が圧し折れるほどの歳若い裸木が細々と萎び、枯れ果て、蓑虫や尺取虫が片寄せあっているように見えた。

 (2007.1.21)

特殊な魚

 近所に観賞魚の店ができた。午後二時半から午後十一時までという変わった営業時間だが、この辺は住宅地なので、帰宅途中、帰宅後の住民相手とすれば理に適っている。

 近頃は酒場でも、さまざまな営業時間を設定している。大方の店が閉まる深夜十二時から開店する店もあれば、朝まで営業している店がそろそろ閉まる早朝から始める店もあれば、昼まで営業している店も閉まる真っ昼間から、焼酎飲み放題歌い放題千五百円の店も二丁目にはある。

 話は魚屋であり、酒場ではない。その観賞魚の店は、海水魚と珊瑚を専らとする珍しい店だ。海水魚はじめると面白いですよ、そりゃあ熱帯魚の比じゃないよ。まあ熱帯魚も置きますけどね。

 海水魚と熱帯魚の使い分けに一瞬戸惑ったが、考えてみれば特殊なのは熱帯魚であって海水魚ではない、陸地は地球上の特殊な場所だと、店主は主張するわけだ。わたしはクロンチョンの聴こえる、『遊楽園』という名の海水浴場で育った。決して特殊浴場ではないし、確かに海水魚の種類は熱帯魚の比ではない。観賞魚だから海水魚が特殊だと錯覚していただけだ。

 翌日「金魚や熱帯魚も置きます」と貼り紙があった。「夜も営業します」と貼り紙のある酒場は、まだない。

 (2007.1.20)

歌舞伎座の足袋

 歌舞伎座の裏手のほう、万年橋側に沿って歩いていくと、ガードレールに足袋が干してあった。それも十足ほど、烏足袋でなく白足袋だ。またそれがすこぶる汚れている。ガードレールに干してあるくらいだから汚れていて当然なのだが、歌舞伎座の脇というのが妙な感じだ。歌舞伎座の出演者の足袋だとすれば、人によっては土方より動いているから汚れていて当然なのだが、ガードレールというのが妙な感じだ。歌舞伎座の脇道、文明堂から区民会館を過ぎ、第二上原ビルに向かう辺りを始終歩いている人にとっては不思議ではないかも知れないのだが、わたしは裏手を歩いたことが今までなかったので、不思議な光景に出くわした気がしたのである。

 (2007.1.19)

体内時計

 ダンゴムシが島々を食い尽くし
 ごぼうのようなにほんのあしで
 尻にまっかな火がついた
 バシリスクが水上を疾走し
 デルゲンデルと呟きながら目が覚めた
 丑三つどき
 やがて夜となる
 縁側のうたた寝から目覚めた午後の
 あの寄る辺ない陽射しもなく
 沈酔せず平臥せず乱取りせず下り果てず
 おおきくずれもせず揺れもせず
 いずれ朝になる
 丑三つどき
 昼と夜との区別を取り戻し
 泉下のひとを思いだし
 かんぬきのようなにほんのかいなで
 毀れたバックのチャックを縫いつけ
 砕けたはんぱな反っ歯を抜きとり
 尻にまっかな火がついた
 こたつのなか

 (2007.1.13)

米の袋

 東京都杉並区南荻窪「須藤商店」の店先に、『まぁいっぺん食べてみて』という米があった。五キロ1,150円だ。一昨日生家から戻ってきたばかりなので、価格と名古屋弁につられて買った。名古屋弁でなくても買った。

 で名古屋産の米かと思えば、さにあらず。オヤジによれば「袋屋」はほとんどが関西だという。『宮城産ささにしき』の袋も『新潟産こしひかり』の袋も、岐阜県や其の他の県で作っているらしい。岐阜県は関西ではないが、東京の人から見れば関西だ。それはさておき、観光地の土産物提灯を、青葉城の提灯も佐渡島の提灯も下呂温泉の提灯も、どこかの地域でまとめて作っているのと同じ理屈だ。

 さて私が買ったのは、宮城産や新潟産ではなく、複数原料国内産100%という内容の米が、須藤商店の推奨品として、『まぁいっぺん食べてみて』という袋に入って売られていたものである。

 (2007.1.5)

  
【'06-4】