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一月十四日の日本シャーロック・ホームズ・クラブの東京例会で、峯太郎訳のホームズを特集して話し合いをしました。その席で、峯太郎は実際に英語ができたのだろうか、原書から直接ホームズを訳したのだろうかという話題になりました。「スパイ王者」の前書きではこう書いてあります。 ぼくも「シャーロック・ホームズ」の活躍する探偵のやりかたが、とてもおもしろくて、少年の時は訳本を、青年の時は原書を、ずいぶん熱中して読み、今なお読みつづけています。 ということは少なくとも英語を読むことは出来たことになります。しかし中島ひろ子さんはその場で、延原謙訳の「まだらの紐」と峯太郎訳が似通っている個所があると指摘され、もしかしたら延原訳が種本ではないかとの疑問を呈されました。たしかに当時ホームズの全訳は峯太郎か延原謙しかありません。 「実録アジアの曙・第三革命の実相」で峯太郎はインドの独立闘士チャンドラ・ボースらと会話をする際には …いきなり手を伸ばすと何か言った。英語だ、早口で解らない。私は調査部から英和と和英の字書を持ち出して来た。英和を相手にわたし、和英を自分が繰りひろげて、話しながら単語を見せあっては、「イエス」「オーライ」「ノー」など、うなずいたり笑ったり顔を振ったり、新来の客は今度アメリカから脱出して来た、インド革命の幹部党員、名は「グプタ」英国ロンドン政府がアメリカ・ワシントン政府に通告して、グプタの国外追放令を出させた、というのが、字書による対話で、やっと私に解った。 といった調子でした。少なくとも英会話は不得意だったことがわかります。しかし字書の助けだけでこれだけの内容が解るというのだから英語の読み書きはある程度の基礎が出来ているといっていいでしょう。特に相手はインド人だからかなりなまりは強いはずです。また士官学校時代にはエリザベス・ミリケンというアメリカ人宣教師にキリスト教について教えてもらっています。山下恒夫編「山中峯太郎年賦」によるとキリスト教関係の翻訳書を警醒社より出したともありますが、いまだそれは確認がとれていません。「戯曲人妻」(英クレメンス・デーン著、山中峯太郎、増田菊松訳、東光会、5月)という訳書もありますが、これは増田菊松が英文から訳したものを峯太郎が翻案したものですから、余り参考にはならないでしょう。英会話はほかの同時代の翻訳家がどれだけできたかというのも疑問ですから、いまのところ彼が英語ができなかったという結論にはなりません。いずれ新しい資料が出てくるのをまつことにしましよう。 ところで他の言語はどうだったのでしょうか。中国語はもちろん流ちょうだったでしょう。なにしろ中国で中国人に化けていたくらいですから、話せなかったらお話になりません。ドイツ語については同期の今村均将軍が回想録でこうかいています。 (峯太郎は)地方幼年、中央幼年の両校を共に首席で卒業している秀才。ドイツ人教官と殆ど対等に会話をかわし得る語学力をもち、入学のその日からおおくの注目を引いた。……しかるに山中候補生だけは、いつも自習時間でも机の上に開いているものはドイツ文の本である。皆が"なんであんなにドイツ文だけを見て鉛筆を動かしているのだろう"と不思議にしていた。本人は寡言。他の者と殆ど言葉をかわさない。だから誰もその訳を了解しないでいた。が、後になり、彼が変名でだした翻訳小説が、大阪毎日新聞の懸賞第一位に当選したとのことが皆に知られた。 ドイツ語は読み書き会話に不自由しなかったようです。ドイツ人の教官がいたからでしょう。ただ問題はこの翻訳小説です。残念ながらまだこの正体は追及していません。これからの課題です。 (2001/1/15) |