か
海渡英祐
「伯林ー一八八八年」 講談社文庫 S50
P82 「(前略)そういえば、僕はつい最近、イギリス人の新聞記者から、昨年発行されたばかりの『ビートンズ・クリスマス・アニュアル』という雑誌をもらって、暇つぶしに読んだのだが、その中にも、謎ときの小説があってね。コナン・ドイルという男の『ア・スタデイ・イン・スカーレット』というやつで、これは密室ではないけれども……」
「ドイルなんて、まるで聞いたことのない名前だな。それに、ずいぶんおかしな題名じゃないか。染物屋むけの本みたいだ」
「うん、この題名にはちゃんと意味があるんだがね……ともかく、ここにもシャイロックじゃない、シャロック・ホームズとかいう名探偵が出て来て、快刀乱麻の解決を見せるんだ」
P86 「いったい君は、何を考えているんだ? 僕に探偵役をやれというのか? デュパンだかホームズだか知らないが、その真似をやれというのか?」
P171 岡本が話していたデュパンやホームズなどとという名探偵なら、こんなとき、どこから解決の糸口をつかむのだろう?
各務三郎
「疾駆する精神ーガードナー論」 「わたしのミステリー・ノート」所収 読売新聞社 1983
P86 (ダグラス・セルビー検事と悪徳弁護士カーの対決とくらべて)ここでガードナーは、完全にドイルのホームズ探偵対モリアーティ教授の小戦闘を模倣している。しかし、どうも豪華な調度品にゆったりとかこまれ、暖めたラム酒をすする老獪弁護士のほうに分があるとみなさざるを得ない。
「隣りは鵞鳥」 EQMM 1978 5月号
P114 (「リヴァー・サイドの殺人」キングスリイ・エイミスについて)
「少年から大人になろうとする思春期にある十四歳のピーターの好奇心と、この時期の少年のー大人が推測する以上にゆたかなー分別と想像力と推理力もみごとに描かれて」(訳者あとがき)いることのほうが、パズル小説としての出来栄えよりおもしろいし、独身マントン大佐の同性愛趣味を犯人が見破ってみせることなど、作者のシャーロック・ホームズ観をうかがわせて、にやりとさせるのだが、
「マイ・スイート・コーン」 EQMM 1978 7月号
P214 深夜、明かりを消してTV劇映画を見ながらこいつを何気なく口に放りこんでいると、いかにも間が抜けているという感じがする。もの悲しくなってくるんですねえ。ホームズととアイリーン・アドラーの子ネロ・ウルフや、J・D・マクドナルドのマッギー私立探偵の親類にあたるアーチー・グッドウィンなど、こんな気持ちなどけっして味あわなかっただろうな。
「マーロウ探偵にEがつく理由」 EQMM 1988 5月号
P286 ベリング=グールドの『注釈シャーロック・ホームズ』は、その極北にあるものでしょう。好きな作家なら骨の髄までしゃぶりたくなるはずですし、
「ハックルベリーの末裔たち」 EQMM 1988 3月号
P284 その点、名探偵ホームズは、紳士ということにこだわりつづけました。労働者階級から情報を得ようとするたびに、変装しなければならなかったのが、なによりの証拠です。
P285 つい最近、別の出版社の編集者は、「モリアーティ教授」の異名を奉ってくれました。狢よりもずっとよろしい。
「牽くか引かざるか(上)」 EQMM 1987 3月号
P283 ワトスン博士が何気なく洩らした一語によって、ホームズ探偵が事件解決の糸口をつかむ……つまり問題意識をつねに持ち、感性をとぎすましていなければ、すばらしいセリフを浴びつづけていても、なんらの感興も湧きません。
ガードナー、ジョン
「メルトダウン作戦」 高見浩訳 文春文庫 1985
P257 格別の天才やシャーロック・ホームズでなくとも、ここがマーカルディ村の中心部にあるマッケンジーのパン工場の庭だという見当ぐらいつくだろうな、とボンドは思った。
加納一朗
「浅草ロック殺人事件」 栄光出版社 S60
P92 「だれかに見咎められれば警察沙汰ですよ。住居侵入ですからね」
「見咎められなければいい。これもスリルがあって面白い。空家の冒険というドイルの短編があるじゃないか。それを地で行くようなものだ」
P115 好奇心でぼくはいっぱいで、宇都木君にも話したが、イギリスの探偵小説に″空家の冒険″というのがある……」
「ホームズの話ですね」
P116 とにかく、ぼくは″空家の冒険″を自分なりに実践したくて、横の窓があくのを幸い、そこからしのびこんだというわけですーこれは住居侵入罪になりますか?」
カミンスキー、スチュアート
「枯れ行く花」 木村二郎訳 HMM 1987 11月号
P67 グリフィスはまた立ちあがり、グラスを置いて、笑みを浮かべた。アブラハム・リンカーンか、シャーロック・ホームズのつもりなのだろう。
川島郁夫(藤村正太)
「黄色の輪」 「幻のテン・カウント」所収 鮎川哲也編 KoB S61
僕は今何の気のなくふとドイルの『深紅の糸』を思い出しているんですがね・・あの中に、RACHEという言葉がでてくるじゃありませんか。僕の小説もひとつRACHE ・・復讐という事にしておきましょうか……。
菅野昌之
「騙りの冒険めざしてーアガサ・クリスティーの誘惑第四回」HMM1987 4月号P95 自伝(乾信一郎訳、早川書房)によると、クリスティーは義兄が「ぼくがお目にかかりたいのは、ワトスン役が犯人となることだな」と述懐したことがヒントになった、と書いている。
P95 それはホームズ=ワトスン役の一元的な視角ですすめられる語りから、犯人の心理をふくめた多元的な騙りの饗宴へ読者を開放する様々な工夫の跡であった。