九日目

 明日の朝にはヒースロー空港にいかなくてはいけないので、実質的には今日がロンドン最後の日だ。普通の観光コースはほとんどまわらなかったが、ただひとつ心残りなのはウエストミンスター寺院をまだ見物していないことだ。昔書いた未発表の長編パスティッシュで犯人とホームズがここでおいかけっこをしたシーンをかいたことがあるので、いっそうそうおもう。

 ガイドブックには朝八時からあくと書いてあるので、朝一番に訪れた。しかしなんということだろう。八時からあいているのはほんの入口ちかくだけで、重要な聖歌隊席より奥は十時からだという。まだ一時間もあるではないか。あきれはてて座りこんでしまった。仕方がないのでパイプオルガンの練習をきいたり、埋葬者の墓碑銘をよんだりした。今ウエストミンスター寺院に埋葬されるのは国家的偉人だけだが、昔はたいしたことのないひともその仲間入りできたようだ。親の七光で埋葬された貴族の子供なども結構いる。僧院の回廊にはかつてピアノをならっていた頃にお世話になったクレメンティの名前も発見した。そういえば彼はロンドンにわたってピアノ屋になったときいている。

 ぼんやり礼拝席にすわっていると、あとからあとから団体客がはいってきた。日本人でも韓国人でもない。アメリカ人の年寄りである。日本のテレビ番組でなにかというとエセ知識人や外人タレントが日本人の団体旅行を批判するが、ほんとうはけっこう欧米人も団体旅行が好きなのだ。第一近代の団体旅行を発明したのはヴィクトリア時代のイギリス人トーマス・クックではないか。

 ようやく十時になって奥にはいることができた。十余年前におとずれたことがあったが今ふたたびめぐってみると、そのときのことがかすかに思い出される。日本人の団体客が入ってきたのでガイドの説明を盗みぎきした。けっこう歴史的にもくわしく、成る程と感心させられることもおおかった。団体旅行も馬鹿にできない。

 スローン・スクエア駅に地下鉄でむかう。今日は少々骨董品をのぞいてみようという算段だ。本当なら露店市を訪ねればいいのだろうが、あいにく郊外なのでなかなか時間が取れない。そこでキングス・ロードのマーケットをひやかしてみようというのだ。

 二軒ほどのぞいてみたが、午前中ということもあってなかにはいっている店も休みがおおく、まだ商品もヴィクトリア時代のものではめぼしいものもなく、まったくの空ぶりだった。ただひとつしんちゅう製の顕微鏡が魅力的だったが、私のさいふにはいっているポンドのこらずすべての値段だったので、泣く泣くあきらめた。

 フルハム・ロードにヴィクトリア朝の衣装をあつかう古着屋があると本で読んだので、てくてくあるいていった。ところがすでにその店はつぶれていまは不動産屋になっているではないか。なんとついていないことか! 重い足をひきずって開いたばかりのパブにはいりサンドウイッチとオレンジジュースで栄養を補給した。

 新潟支部の本間君がグロースター・ロード駅ちかくの図書館にホームズのギフトカードがあるといっていたのでとぼとぼとあるいていった。ところが、ところがである。そんな図書館などありはしないのだ。まわりの建物はすべて再開発のためにこわされてしまい、グロースター・ロード駅だけぽつんとたっていたのだ。その駅さえシートがかけられて明日にでもとりこわされようという有様だ。私は声もなかった。ホームズが「ブルース・パーティントン型設計書」でこの駅から線路にそって歩いたこともわすれて、がっくり肩をおとしたまま地下鉄にのりこんだ。

 帰国してからきいてみると、なんとライスター・スクエア駅の間違いだったという。激怒して本間君の新潟支部員のための土産をひとつ、頂戴した。

 ケンジントンの骨董の店をちょっとのぞいてからチャリング・クロスにもどった。昼はパブ・シャーロック・ホームズ二階のレストランでとるのだ。やはり一度はここで食事しなくては話にならない。幸運にもレストランはすいていて、「ホームズの居間」がみえる席に案内された。小海老のカクテルとビター、ヒラメのグリルと食後のコーヒーで十ポンド八十九ペンス。メニューをくれないか、といったら女主人はこころよく応じてくれた。こんなことをいう観光客がおおいのだろう。私が食事をおえようというころに日本人の女の子三人組がはいってきたが、ホームズの居間がみえない席でもとんちゃくしないところを見ると、どうやらシャーロッキアンではないらしい。

 満腹してから三度目のチャリング・クロス・ロードを北上した。しかし時間もないことだし本屋は敬遠して、前に目をつけていた煙草屋G.スミス・アンド・サンズにはいった。二、三坪の小さな店だが嗅ぎ煙草専門店として一八六九年に創業という老舗である。「べっこう製の箱から嗅ぎ煙草をとり出して嗅いでから、大きな赤い絹ハンカチで上着にこぼれた粉を払った」と「ギリシャ語通訳」でかたられているマイクロフトもこの店を訪れたかもしれない。奥から頭のはげた店主がでてきていんぎんに「May I help you, sir?」といわれる。この旅はつとめてネクタイをしめて行動したおかげで、日本人は子供にみられがちだというのにいつもsirあつかいされた。カウンターのカゴにかざられているクレイ・パイプがおめあてだったので、みせてほしいというと、ショーウインドウにもちがった長さのがあるといってくれたので、長、中、短の三種類みることができた。なんでクレイ・パイプにこだわるかというと、ホームズがいつもつかっていたのがこれだからだ。よくまちがってキャラバッシュ・パイプが映画でつかわれているが、ブレットの「シャーロック・ホームズの冒険」では聖典どおりつかいこんでヤニでくろくなったクレイ・パイプをくわえていた。長いのを二本と中くらいのを一本かった。一本はいつも新潟支部の会合につかわせてもらっている新潟の喫茶店「シャーロッキアン」への土産にしよう。

 さらに北上して映画専門店でベイジル・ラズボーンのスチール写真を何枚かかった。たなの上にはマンチェスターであったデイビイズ氏のホームズ映画の本もあった。

 一度ホテルにもどって荷物をおいてからリージェント街にいき、いくつか土産をかってからフォートナム・アンド・メイスンで茶をのもうとおもった。しかし混んでいるのであきらめて、地下鉄でベイカー街におもむいた。やはりもう一度こないわけにはいかない。前回買い忘れた駅の土産物屋でホームズのシルエットのはいったマグカップやTシャツをかった。パブ・モリアティも開店していたのでのぞいてみたが、柄のわるそうなあんちゃんたちがたむろしていたので退散した。ただ壁にはさっき購入したベイジル・ラズボーンのスチール写真がかざってあった。

 ホテルにもどって荷物をおいた。最後の晩くらいは豪華な食事でもしようか、とおもったがもうくたびれはてた体の自由がきかない。「アルファ」の候補であるパブ「ミュージアム・タヴァン」で食事をすることにした。しかし前にかいたようにあまり気分のいいものではなかったのが残念だ。

 しかしそう遊んでもいられない。いろいろかいこんでふくれがった荷物をどう鞄につめこもうか、算段しなくてはいけないのだ。明日の朝ははやい。昼には成田にむけて飛行機が飛び立つ。最後のビターをのみほしてから、ゆっくりホテルにもどっていった。