「敵中横断三百里」
(大日本雄弁会講談社、3月)
山中峯太郎の代表作中の代表作といっていいだろう。「亜細亜の曙」をあげる人もいるだろうが、いかんせん子供向けの作品であり、大人が読むには少々紙芝居的であることは否めない。しかし発表場所が「少年倶楽部」だったとはいえ、彼の実録戦記は十分大人の鑑賞にも耐え得る迫力とストーリーがある。
山中の作品の特徴は、その第一行からの力のこもった読者のつかみにある。この作品でも、
神武天皇が国を建て給うて、紀元まさに二千五百六十四年の時、我が『日本』の力が、大いに振い起って世界の強国となるか、或いは、東洋の隅の弱い小国で終らねばならぬか、どちらかに極まるという一大国難に出会ったのが、日露戦役である。
と述べている。(ちなみにこの一段落でも、初版本とくらべて三一書房版では九箇所の漢字がひらがなに改悪されており、さらに次の「今でこそ…」という段落とつなげられている。)
この話は日露戦争のときの実話である。「沙河の対陣」の際に、建川美次中尉以下六名の騎兵がロシア軍の背後深く鉄嶺まで斥候として侵入して見事任務を果たした物語だ。この斥候の結果行われたのが奉天の大会戦であり、その勝利の日三月十日が陸軍記念日となったのである。
山中の作品に登場する兵士の特徴は、明朗で真摯、そして決断力があることであろう。このごろのアメリカの映画に登場する兵士とは正反対である。たとえば斥候の命令をうけて、
建川中尉は、この命令を聞き終ると、思わず武者振いした。全身の熱血が叫びだした。
(ああ己は武人無上の名誉ある任務を受けた。この任務を、己は死んでも全うしなければならぬ!)
といっている。そしてそれをきいた同僚は「実に武運の好い奴だな、貴様は!オイ、己は今日から兵卒に成って好いから、一緒に己を連れて行けよ」というのである。
【書名】 敵中横断三百里
【著者名】 山中 峯太郎/著
【出版者】 大日本雄弁会講談社
【初版年】 1931/03/10
【ページ】 388p
【大きさ】 19*14cm
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