(14) 年代学の危機

先日3月19日に、日本シャーロック・ホームズ・クラブ全国大会に出席した。そこで京都の住田忠久氏にお会いした。氏は乱歩研究家で、ある本をご計画されているとのことだが、それは出版されてからのお楽しみということで、ここではふれない。しかし私も研究に非常に役に立つであろうその本を楽しみにしている。

さて、住田氏とすこし雑談をしたのだが、氏がいうには、乱歩の少年物が光文社からポプラ社に移った際に、物語の発行順の関係から、作中で言及される題名が変更されている場合があるそうだ。つまりたとえば、光文社で(1)(2)(3)という順番で出版され、これがポプラ社に移った場合(2)(1)(3)という順番で出版されたとすると、(3)のなかで「このまえの(2)事件」とかかれていたのが「このまえの(1)事件」と変更になったということである。

だとすれば、私が書いた「明智小五郎年代学」の証拠がくずれてしまうということになる。さあ、大変だ。

しかし乱歩の作品でしばしば改稿が行われているというのは成人向け作品ではよくあることで、「盲獣」などでは「鎌倉ハム大安売り」の章がそっくりそのまま、単行本になるときに削除されているということは有名な話である(現在春陽堂文庫で読むことができる)。乱歩の作品はこうして考えてみると、雑誌発表時、初版本、戦前の全集、戦後の全集、春陽堂文庫、とさまざまな版が存在しているので、真剣に研究する場合どの版を使っていいのかというのは重要な問題である。

私の場合はごく単純に、一番使いやすく一般に流布しているからという理由で講談社版を(戦後の全集および乱歩文庫)選択しているのだが、もちろん春陽堂文庫でも十分その条件は満たしている。しかし中相作氏がご指摘のように、校訂をきちんとして文章の異同もチェックした決定版全集をつくるのが理想ではある。しかし中氏がご自身でいっておられるように、それはいつ実現できるかわからない。であるから、まずは手元にある作品で最良の努力をすべきではないだろうか。

シャーロック・ホームズの場合も雑誌発表時と初版本ではいくつかの異同があり、それ自体が研究対象となっている。たとえばワトスンの妻の帰省先が雑誌では母のところとなっていたのだが、後で母はまえの作品で死んでいたことになっていた、と指摘され、単行本では伯母に変更された。しかし伯母もいないのでさらに議論をよんでいるのである。だが「母」版でも「伯母」版でもそれぞれに研究はされているのであり、どちらかを否定するということは行われていない。

どうも住田氏の指摘に対する弁明のようになってしまったが、いまのところ私は講談社版を最終版と考えているので、光文社版の少年探偵団シリーズをあわててあつめる気力もお金もない。ホームズにしてもいくつもの年代学研究が発表されているのだから、どなたか初版をテキストにしてやってみませんか?

(2000/3/23)