八日目
ロンドンにもどる朝だ。
チェック・アウトしてからかなりのみちのりをマンチェスター・ピカデリー駅へ歩く。パブのあるかどを曲がり、ちょっといったところがワトスン街だったのは偶然だろうか。そしてワトスン・モータースという自動車修理工場もあった。ガレージのなかにT型フォードがあれば傑作なのだが。
ほんの数分の差でインター・シティを乗りのがしたので、駅の書店をぶらついてみた。たいがいの大きい駅にはしっかりした本屋があるのがありがたい。かつてストランドにホームズが連載されていたころも、駅売りのしめる割合もばかにならなかったという話をきいたような気がする。また本ではないが多分書店で売っていたのだろう。ホームズの最大のライヴァル、ソーンダイク博士の「赤い母指紋」のなかで、駅の売店でかった指紋採集セットというのがでてきたはずだ。
古本収集家むけの雑誌をかい、駅のカフェテリアで紅茶をのみながら次の電車をまつことにした。ロンドンのチャリング・クロス・ロードの古書店街は日本シャーロック・ホームズ・クラブの某氏の失言で、シャーロッキアナにかんしては壊滅状態ときいているが、本当の古書店はどうやらこの地では通信販売が主流らしい。何軒かミステリー専門書店の広告ものっているのでチェックしておこう。
ブルームスベリのもといたホテルにもどったのは二時ちかくなってからだった。もう顔馴染みになっているフロントには昼ごろにもどるつもりだといっていたので、「おそかったね」と声をかけられた。
昼ご飯には前述したパブ「アルファ」のモデル、「プラウ」でとった。おきまりのビター半パイントになぜか海老カレー。日本のカレーはイギリスからはいったといわれるが、外米にしゃぶしゃぶのカレーのルーは、よっぽどインドのオリジナルのカレーに近い。
今日は午後しか活動できないが、せっかく大英博物館の近くにいるのだから少しは見物しないとバチがあたるというものだ。ホームズが毎日のようにかよった図書閲覧室ははいることができないが、せめてキングス・ライブラリーをみてその片鱗にでもふれるとしよう。有名なマグナ・カルタやヘンデル、バッハの自筆楽譜などがところせましとおかれているのに後髪ひかれながらいそいでみていく。ところがこのデリケートな古文書にむかってなんの遠慮もなくフラッシュをたく連中がいた。びっくりしてふりかえるとやはり日本人……いやいや、なんと韓国人だった。声高に韓国語でガイドする女性の旗にくっついていきながらフラッシュのたきほうだいである。なんと韓国の成長したことか。
ついでに目玉ともいえるエジプトコーナーを見学した。ここの通路の真ん中にすぐ手がふれられるほどのかこいだけで展示されているのが、アニメ「名探偵ホームズ」でモリアティ教授が盗みだしたロゼッタ・ストーンである。こうまで無造作においてあると、教授ならずともついつい手がでてしまいそうだ。
博物館の近くの古書店をひやかして、ホームズが登場するマンガをみつけた。どうしてもアメ・コミ風のタッチは好きになれないが、日本のホームズ・マンガとの比較もしてみたいので一応チェックしておく。
チャリング・クロス・ロードまで歩いていき、初日に足をふみいれていなかったバーゲン本専門店や新刊本店をみてまわった。バーゲン本ではたいして成果がえられなかったがちょっとはずれた新刊本の店のバーゲンコーナーではイラストいりの聖典やイラストいりのヴィクトリア時代の生活に関する本、ホームズのライヴァルのセクストン・ブレイクの本などが手にはいった。特にブレイクは雑誌に発表されたままの作品がおおいのでありがたかった。
両手に本をぶらさげて、地下鉄でナイツブリッジにいく。そろそろ家族への土産も考えなくてはいけない。それに一度はちゃんとしたアフタヌーン・ティーをとってみたい。
そこでえらんだのがハロッズだった。なにはともあれ五階の喫茶店にいき、アフタヌーン・ティーのセットをたのむ。もっともそれ以外のメニューがほしくても、まずこれを頼まなくてはいけないときまっているのだ。最初に出てくるのが紅茶とサンドウイッチ。紅茶は銀のティー・ポットに三杯ははいっているだろう。サンドウイッチも日本の喫茶店で単品で頼んででてくるくらいはある。つぎがスコーンがふたつにジャムと生クリームがどっさり。両方ともごってりぬって食べるのがイギリス風である。さいごに締めるのがケーキのアラカルトで、ウエイターが大きな盆にいろいろな種類のケーキをもってくるうちから自由に選ぶことが出来る。これだけ窓ぎわの席で景色をながめながらたべて七ポンド二十五ペンス(約千七百円)は決してたかくない。紅茶と称する色つき湯一杯で五百円やら七百円やらとる日本の喫茶店よ、反省せよ!
あたりの客はと見回してみると、右前にはフランス人の教育ママともやしのような息子のふたり。後の席には騒々しいアメリカ人の団体さん。右はやけにきどった恋人同士。前の席のカップルの彼氏はせっかくはこばれるサンドウイッチやお菓子には手もつけず、アイス・コーヒーしか口にしない。どうやら自分はおなかがいっぱいなのに彼女にせがまれてしぶしぶここに入ったらしい。
かわいいインド人の女のこの店員さんに見立ててもらって土産をかったあと、地上階の食料品売り場を閉店までぶらついた。ここはいくらいてもあきない。しかし今晩はバービカンでコンサートがある。いいかげんに切り上げていったんホテルにもどった。
今度こそは道に迷うまい。少し遠目だが道のわかっているムアゲイト駅からバービカン・センターにむかった。開演が七時四十五分というのは、サラリーマンが退社後奥さんと待ち合わせてレストランで夕食をとっても十分まにあうようにとの気遣いだろう。日本のコンサートではこんな細かいサービスは考えられない。
まずびっくりしたのが、ロビーの広さだった。その一角がレストランになっているほどだ。演奏前に夕食をとっておこうという人たちでにぎわっている横をあるいていきながら自分の席がある一階をさがす。しかしあまりにひろすぎて、どこがどうだかわからない始末だ。ようやく一階におり、プログラムをかってコンサート・ホールに入る。切符のもぎりはホールの入口でやっていた。つまりロビーまでは誰でも自由にはいれるのだ。
ばかでかいロビーにくらべてコンサート・ホールはこじんまりとしたもので、東京文化会館の三分の一くらいでしかないだろう。欧米の人はコンサートをただ音楽を鑑賞するだけでなく、社交や楽しみの場としてかんがえているということがよくわかった。
演奏は日本でも有名なクリストファー・ホグウッドのその手兵ザ・アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックで、ハイドンのマドリガル「嵐」、同じくハイドンの交響曲第八十六番、休憩後にモーツアルトのハ短調大ミサのモーンダー版イギリス初演だ。
演奏の内容までのべると長くなるのでやめておこう。ただし間の休憩が三十分もあり、巨大なバー・カウンターで好きな飲み物を注文することができるのだ。コンサート会場にバーがあるのは日本ではサントリー・ホールしかないというが、残念ながらまだそこにはいったことがない。私は白ワインを注文した。すりきり一杯グラスにそそいでくれて一ポンド三十ペンス(約三百五円)。どちらが安いだろうか。
ほろよい気分で後半の演奏を聞き終えて、今日はいい一日だった、とおもった。