明智文代夫人

 明智文代(旧姓玉村)は、さいしょ明智の敵役のひとりとして登場した。それは「魔術師」事件(1928年11月5日から1929年4月中旬)である。もともと宝石商の玉村商店の娘だったのが、「魔術師」の奥村源造にさらわれて、その娘としてそだてられたのだった。彼女の本当の家族は、父玉村善太郎、一郎二郎の兄と、叔父福田得二郎である。そしてこの事件の発端となった彼女の祖父は玉村幸右衛門という。

 この事件で善太郎、得二郎兄弟は死んだが、文代は玉村の家にもどることができた。「玉村家は一郎が相続して、宝石店の経営に当たり、二郎はその熱心なる協働者であった。」「文代は明智小五郎の女助手を志願して、彼の事務所の開化アパートへ、毎日のように通いはじめたのだ。」これが事件のあとの1929年4月末か5月初めごろだろう。

 文代の年は、いくつくらいだろうか。「魔術師」事件で文代が初登場したときに「美しい十八ばかりの娘だ。」と描写されている。さらにうまれたばかりに病院でとりかえられた、つまり同年齢の妙子を、去年の春女学校を卒業したといっている。さらに事件が終盤にちかずいた、1929年の4月にこの子供の取り替えを妙子は「二十年も前の昔話」といっている。だから文代がうまれたのは、1909年のことで、「魔術師」事件当時は19から20歳だったのだろう。

 その次の「黄金仮面」事件(1929年4月5日から6月18日)に文代が登場しないのは理解でないが、二つ目の「吸血鬼」事件(1929年9月末から11月末〜12月中旬)では「文代さんにとって、恋人明智小五郎の命令は、絶対のものであった。」と二人の仲は公然となっている。そしてこの事件の最後に「近々名探偵とその恋人の文代さんとが結婚式をあげるだろう。」とかかれているから、この年の末ごろに二人は結婚したとおもわれる。それは「人間豹」事件でも「明智小五郎は「吸血鬼」の事件の後、開化アパートの独身住いを引き払って、麻布区竜土町に、もと彼の女助手であった文代さんという美しい人と、新婚の家庭を構えていた。」とふれられている。

 彼女のひととなりは「吸血鬼」事件で「美しい文代さんは、よく似あった洋装の裾をひるがえして、快活に客をもてなした。彼女の小鳥のような明るい笑い声が、このいかめしい探偵事務所に、新婚の家庭のようなはなやかな空気をただよわせていた。」とかかれている。そして彼女の容貌は「空色の洋装がよくにあって、まゆがこく、目の大きい、美しい人です。」と「透明怪人」事件でいわれている。

 さらに「人間豹」事件で「文代夫人は弘子や蘭子とソックリの顔立ちではないか。」といわれている。その弘子は「恰好のよい唇」「八重歯を見せて甘えるように笑った。」といわれている。蘭子は「日本人向きの色っぽい声、ずば抜けて美しい顔、全部の青年男女を夢中に昂奮させる、不思議にも甘い微笑、十九の春のふっくらと成熟した肉体」といわれている。

 文代は「吸血鬼」事件で女助手として、初登場の小林少年にまけない活躍をし、「人間豹」事件でも命をかけた活躍をしている。しかしその後は家庭が中心になっていった。「怪人二十面相」事件(1931年10月11日から12月10日)では「名探偵は、まだ若くて美しい文代夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。」といわれている。

 明智夫人は戦争後も「虎の牙」(1947年春の18日間)、「透明怪人」(1948年春の15〜16日間)、「宇宙怪人」事件(1948から49年の冬三か月)等に登場しているが、「凶器」事件(1949年6月15日から28日)では「明智夫人は胸を患らって、長いあいだ高原療養所にはいっているので、彼は独身同然であった。身のまわりのことや食事の世話は、少年助手の小林芳雄一人で取りしきっていた。」と言われている。そして「化人幻戯」事件(1949年11月3日から12月21日)でも「明智夫人は高原療養所で病を養っているので、今は少年助手の小林とただ二人暮らしである。」といわれている。この年の春の「奇面城の秘密」事件にも文代はでてこないから、「宇宙怪人」事件がおわったあとに文代は入院したことになる。

 しかしそのかわり少女助手の花崎マユミが登場する。「妖人ゴング」事件(1952年3月30か31日から28か29日間)の冒頭で「マユミさんは明智先生のめいなんだよ。先生のおくさんのねえさんの子どもなんだよ」と小林が紹介している。彼女の「おとうさまは花崎俊夫という検事なの。」と自分でもいっている。文代の姉が花崎夫人なのだろう。しかし前述のように文代には一郎と二郎という兄がいるだけで、姉はいない。だから一郎か二郎の妻の姉、つまり義理の姉なのだが子供あいてには説明がむずかしいので単に姉といったのかもしれない。だから文代とマユミは血がつながっていない。なお彼女には「弟で俊一」という小学六年生がいる。

 彼女は1953年春から1954年にかけて発生した「妖人ゴング」、「仮面の恐怖王」、「夜光人間」、「魔法人形」、「塔上の奇術師」、「電人M」、「超人ニコラ」、「鉄人Q」の各事件に登場する。この二年間の事件で彼女が登場しなかったのは「探偵少年」事件と「魔法博士」事件のみである。それも「探偵少年」事件は少年探偵団が主役の探偵ゲームなので、登場しないのも不思議はない。しかし54年春の「海底の魔術師」、「赤いカブトムシ」事件、54年のいつかの「妖星人R」事件にはマユミ登場しない。マユミが探偵助手だったのは、たった二年間でしかなかったのである。

 マユミは「こんど高校を卒業したので、大学へはいるのをやめて、先生の助手にしていただいたの。」と「妖人ゴング」事件でいっているから、1953年に18歳だった計算になる。だから彼女は1935年うまれである。とすると探偵助手を引退したのは20歳になる。危険過ぎるから親がとめさせたのか、縁談が舞いこんできたのかのいずれかが、その理由だろう。

 しかし彼女の探偵としての活躍はめざましく、「塔上の奇術師」事件では淡谷スミ子と森下トシ子というふたりの中学一年生を弟子にしているくらいだ。なおこのころはまだ少年探偵団は女性に門戸をひらいていなかったようだが、マユミ引退後の翌54年の「赤いカブトムシ」事件では、「中学一年の宮田ユウ子ちゃんという、ついこのごろなかま入りをした、たったひとりのしょうじょだんいんです。」と記されている。

 もうひと家族、文代ゆかりの人物が登場する。それは1953年秋に発生した「超人ニコラ」事件に登場する「東京の銀座に大きな店をもち、宝石王といわれている玉村宝石店の主人、玉村銀之助」と「おかあさんのあき子さん」と「ねえさんは光子といって高校一年生、弟は銀一と言って中学一年生です。」 銀之助は、文代の兄の一郎の息子でその後をついだのだろう。だから銀之助は文代の甥にあたる。そして銀一少年は少年探偵団の一員でもある。しかしこの作品にマユミも登場するにもかかわらず、かれらの親戚関係についてはいっさいふれられていない。

              玉村家家系図

                           名前の横は生年

                 玉村幸右衛門

                    ・

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                    善太郎          得二郎

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     花崎俊夫=女    女=一郎 二郎 文代=明智小五郎

         ・      ・    1904 1909  1894

      ・・・・・・    銀之助=あき子

      ・    ・       ・

      マユミ  俊一    ・・・・・ 

       1935   1940   ・   ・

                 光子  銀一

                  1937  1940