おいワトソン、おはようくらい言ったらどうかね
ロンドン巡礼の旅




                                   平山 雄一
                   一日目

「ホームズは、わすれたころにやってくる」ということわざはないが、まさにこれこそはシャーロッキアンが肝にめいじなくてはいけない一文だ。いつどこの新聞、雑誌、テレビにディアストーカーをかぶったおじさんが登場するかわからない。私の今度の命の洗濯の旅も、いきなりホームズの奇襲攻撃をうけた。
 八月十七日の夜、成田発ロンドン・ヒースロー行きの英国航空機に乗りこんだ私は、備え付けの英国航空の雑誌「HIGH LIFE」を手にとった。
「きたねえ雑誌……」
 どうやらしばらく飛行機に乗らないうちに、客がもってかえらなかった雑誌は、つかいまわしているらしい。高い金を払わせるわりにとみにサービスはわるくなっているようだ、と文句をいいつつめくっていくと、機内サービス放送の番組欄で「金ぶちの鼻眼鏡」を発見したのだ。三十分もののラジオドラマ形式で、ホームズはロイ・マーゼン、ワトスン役はジョン・モファット。こいつはのっけからついているわい、とさっそくイヤホンを用意し、チャンネルを7にあわせた。しかしドラマがはじまるまでが長かった。そのまえにスポーツニュース、ビジネスワールドなどが二時間ちかくあり、それにくわえて私のディクテイション能力では全く歯がたたないのだ。しかたがないので音楽のチャンネルにわせておいて、これぞとおもう時間にチャンネルをカチャカチャまわしつづけたのだった。さぞ隣のひとはうるさい思いをしたことだろう。
 ようやくホームズのドラマがきけたのは日本時間で夜中ちかく。ぼうっとした頭では英語の芝居などわかるはずもなく、ときどき「ホームズ」とか「ホプキンス」とかいう言葉をひろいあげて悦にいっているだけだった。

 十数時間にわたる難行苦行の末、いよいよあと少しでロンドンに到着しようというころに、朝食がだされた。免税品に目もくれずにただうろうろあるきまわっていたアンカレッジと、トイレに行った以外すわったままの人間の腹には多少こたえたが、高い料金をはらっているのだし、他に楽しみもないので口にはこんだ。一方で正面の映画スクリーンではロンドン観光案内がはじまった。みるともなしに目の端でとらえていると、いつのまにかディアストーカーを手にした女性が出ているのにきがついた。しかし時差ボケの私の頭は「おや、出てるな」といった程度の反応しかしめさなかった。
 ところが次の場面にきりかわったとたん、朝食を口に運ぶ右手がとまった。口を半びらきにしたまま画面をみつめつづけた。これからロンドンで会うことになっている、高名なシャーロッキアン、スタンレー・マッケンジー氏が登場しているではないか。
 彼はディアストーカーとインヴァネスに身をつつみ、レポーターの女性とパブ・シャーロック・ホームズの名物、ホームズの部屋でホームズの魅力について語っているのだ。あわててイヤホンを耳につっこみ、食事もそっちのけにして画面に集中した。しかし悲しいかな、たった五分にもみたないインタビューはあっというまにおわってしまった。これについてはマッケンジー氏にきいてみることにしよう。

 ブラック・リストに私の名前はのっていなかったらしい。とがめられることもなくイギリスに入国できた。しかし朝の六時ではどうしようもない。カフェテリアでしばらく暇をつぶしたあと、まえもって調べておいたホテルに電話をかけた。しかしやはりシングルではなかなかみつからず、数軒かけてやっと大英博物館近くのベドフォード・プレイスに宿をとることができた。
 チェック・インまで荷物をあずかってもらうと、さっそく町にとびだした。なにしろロンドンは寒いのだ。持参する洋服はなるべく少なくし、ここで買い求めるつもりだった。観光客におなじみのリージェント街におりたつと、半円型のとおりにそって北へ向かった。オースチン・リード、バーバリーズ、アクアスキュータムなど、おなじみの銘店がつらなっている。ウインドウ・ショッピングをしながら品定めをする。いちおうみんな目をとおしてみたところで、ちょっと頭をひやそうと、おもちゃのデパート、ハムレーズにはいってみた。もしかしたらホームズ関係のおもちゃでもないかな、と思ったのだ。
 下から順にすみずみまでみていく。イギリスのおもちゃの特徴は、いまだに昔ながらの人形や模型が主流をしめていることだ。日本のデパートではばをきかせているコンピューターゲームはほとんどみかけない。テレビのキャラクター商品も影がうすい。プラモデルは子供のおもちゃというよりも、専門店でマニアむけにあつかわれているようだ。
 人形コーナーに注目。ホームズ人形はないか。
 あったあった。昔で言う鉛の兵隊、今はメタル・フィギュアとよばれているものは、根づよい人気がある。兵隊さんたちにまじって、ホームズ・セットがあった。ホームズ、ワトスン、モリアティ教授、警官、そしてなぜか花売り娘の五人で十四ポンド少々である。けっこうな値段である。それに出来もあまりよくないので、買うかどうかは保留しておこう。
 大きな人形のほうにいってみると、赤ん坊の人形とか女の子の人形などがほとんどで悲観的になったが、エスカレーターのわきにやはりあった。ヘンリー八世などの歴史的偉人の三十センチほどの人形にまじって、市松模様のインヴァネスをまとったおなじみの人物の人形があったのだ。十九ポンド九十九ペンス。目が青なのが不満だが、これ一個しかなかったので買ってしまうことにした。
 昼にキドニーパイをパブでたべたあと、例のマッケンジー氏に電話をした。マンチェスターであう予定のノーザン・マスグレイヴ会員のキャスリン・ホワイト嬢の返事と行き違いになってしまったので、電話番号をしらないかとたずねたところ、調べてあげようと申し出てくれた。また、シャーロック・ホームズ・ジャーナル編集長のニコラス・ユテヒン氏に電話をかけたが、あいにく外出中だった。
 オースチン・リードでジャケットをもとめて袖の調節をたのんだあと、ピカデリー・サーカスをまわってリージェント・ストリートを下った。ペル・メルを横切るとウォータールー・プレイスである。左手にみえるのは元コックス銀行、いまではロイド銀行になっている。ここの地下金庫がワトスンのブリキの箱がおさめられているのだ。ここをすぎるとカールトン・ガーデンにまじわる。ヨーク公爵像につづく階段をはさむ建物のうちの右側が、元ドイツ帝国大使館である。ヨーク公の階段をおりていくと、その途中の両側に古びた木の扉がある。むかって右側のドアこそ、フォン・ヘルリング男爵が「ヨーク公記念塔の階段に面した小さなドアから貴君がこの暗号簿をもちこむ」とフォン・ボルグにいったものにちがいない。
 ザ・マルのアドミラリティ・アーチをくぐって工事が真っ最中のトラファルガー・スクエアにでた。その一角、青い板べいでかこってある工事現場に、ホームズのシルエットが描かれた看板があった。「ザ・シャーロック・ホームズ・レストラン・アンド・バー」とある。パブ・シャーロック・ホームズではないようだし、ここに新しい店でもできるのだろうか。
 車で大渋滞のトラファルガー・スクエアをようやくのことで抜けきると、ナショナル・ポートレート・ギャラリーである。ヴィクトリア女王、エドワード七世などの王族たちにくわえて、バーナード・ショー、ブロンテ姉妹らの文学者の肖像画がところせましとならべられている。しかしどうしてコナン・ドイルの肖像画がないのだろうか! 聞いたこともない文学者の肖像画がれいれいしく飾られているのに、世界でもっとも有名なイギリス作家の肖像が死蔵されているのは理解にくるしむ。
 売店でヴィクトリア女王やショーのハガキを買い、チャリング・クロス・ロードを北上した。ここはロンドンの「神保町」といわれているが、ずっと規模はちいさく、店の数も十分の一くらいだろう。イギリスの古本屋は通信販売が主らしい。一軒一軒覗いていくがホームズ関係のめぼしい本はみつからない。あとで聞いたところによると、ホームズクラブの某氏がこの通りを本に紹介したため、日本人がみんな買いあさってしまったらしい。 しかし一本右におれこんだセシル・コートのある一軒でストランド・マガジンの合本を数冊みつけた。見返しには「シャーロック・ホームズ・コメンタリー」の著者であるマーチン・デイキン氏のサインがはいっている。いま新潟支部ではこの本をテキストにして読書会をしているので、なにか因縁のようなものを感じた。そのうちホームズがのっているのは一冊だけで、もう一冊はホームズのライバルのマーチン・ヒューイット、またいくつかはホームズ以外のドイルの短編がおさめられていたので購入し、日本への郵送をたのんだ。
 ホテルに一度かえって一息ついたあとマッケンジー氏にふたたび電話すると、ホワイト嬢のつとめるブロンテ記念館の電話番号をしらべていてくれた。氏とは月曜日の十一時に会うことを約束し、さっそくホワイト嬢に電話をかけた。やはり手紙が行き違いになっていたのだ。ノーザン・マスグレイヴ会長のデイビッド・デイビイス氏が休暇のアメリカ旅行から日曜日にかえってくるので火曜日はどうか、と彼女は提案した。すぐさまOKしたのはいうまでもない。しかし
「どうしたらあなたがわかりますか。なにか目印はありますか」
と彼女が言うので、
「この季節ではディア・ストーカーは暑いし、第一もってきていませんよ。きっとマンチェスター・ピカデリー駅におりたつ唯一の東洋人でしょう」
「それなら、あなたの名前をボール紙に書いてもっていましょうか」
「ああ、空港でそういうのをみたことがあります。でも、なにかシャーロック・ホームズに関係したものを見つけて手にもっていきましょう」
 昼にマンチェスター・ピカデリー駅の改札で待ち合わせることにした。
 ユテヒン氏以外は都合がついた。彼らに会うときに着るジャケットを、オースチン・リードにとりにいくことにしよう。