飛行球体







洋上を飛行する2機の軍用機と、付随する飛行球体.....
誰もが一度は目にしたことのあるこの写真は、太平洋戦争真っ只中の1943年、日本海上空にて撮影されたものである。

俗にフーファイターと呼ばれるこの怪物体は、主にヨーロッパ戦線の上空で頻繁に目撃され、 枢軸、連合の両陣営から敵側の秘密兵器として恐れられたという。

数あるフーファイター写真の中で、最も有名とされるこの一葉については、1943年、朝鮮−日本間の日本海上空ということ以外、 殆ど語られたことが無い。

写真から辛うじて得られる情報は、球体に追われる飛行機が、旧日本陸軍の九九式双軽と呼ばれる 爆撃機であり、これは紛れも無く日本軍の手により撮影されたものであるということ。 (※作り物である可能性を除けば、だが....)

『後方、敵機。 機種.....不明』、『我、不明機ノ追尾ヲ受ケツツアリ。』などといったやり取りがあったかどうかは知らないが、UFO(未確認飛行物体)という言葉さえ、未だ存在していなかったこの時代、居合わせたパイロットたちの心境は如何であったろう。








  それはさておき、1945年8月15日の敗戦までに、述べ2000機近くが生産されたというこの爆撃機は、大戦全期間を通じ、 あらゆる戦域において使用されただけに、所属部隊の特定など容易ではない。

だが少なくとも、朝鮮−日本間の日本海上空という点から、例えば、内地或いは満州に派遣され、対潜哨戒任務についていた部隊などとも考えられる。

機体に施されたマーキングや塗装なども、部隊を特定するうえで重要な手がかりとなる筈だが、 あいにくと写真は不鮮明で、およそディテールなど把握できそうに無い。







自作した画像では、機体上面に暗緑色、下面に灰緑色の標準的な明細塗装を施しておいたが、これは想像にすぎず、 実際には、どちらか一方の単色塗装かもしれないし、全く異なる迷彩であるかもしれない。

印刷具合、或いは気のせいにすぎないのかもしれないが、垂直尾翼も、何か機体とは別の色が塗布されているように思われる。 唯一はっきりと確認できるのが、胴体後部の白帯だが、九九式双軽にはごくありふれたものであったらしい。

やはり特定は難しいようだ。 だが、そんな実情とは裏腹に、この写真に関しては様々なエピソードが語られている。 中でもとりわけ多く散見されるのは、やはりナチスの秘密兵器にまつわるものだ。







実は、この球体はアメリカの新聞紙上でも報道されたように、ナチスが極秘裏に開発し、戦場に投入していた新兵器で、 クーゲルワッフェン(球体兵器)と呼ばれていた。

その一部は日独伊防共協定から、潜水艦を通じて日本にも譲渡され、 テスト飛行が行われていた。 そして、写真はその時記録されたものであるという。

他にも、大戦中、中国に駐在していたイギリス武官が1945年4月、『近頃、日本軍がリモートコントロール式の球形 飛行爆弾を防空兵器として使用している』と本国に宛て、打電したというものがある。







無論、これはあからさまな嘘である。 主にドイツからの情報に基づき、 日本でも誘導弾(ミサイル)の研究開発が行われていたことは事実だが、それらはいずれ(※イ号T型甲・乙、ケ号吸着弾etc...)も対艦誘導弾だった。

尤も、当時の日本の技術水準では、それらの実用化さえも困難であったため、 桜花などといった非人道的な有人ミサイルが生み出されてしまったのである。

紹介してきたように、第二次大戦におけるフーファイターのエピソードは数多く存在するが、まともな物は一つとして存在しないといっても良い。 いつの日か、真相が公の元に晒されることを願って止まない。

(続く.....かも)




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