オメガ・ディスカス




パブスト式ラムジェット搭載戦闘機Ta283の3面図(※計画のみ)


このオメガ・ディスカス、エップ氏の証言によれば、戦時中、実際に試作され、ペーネミュンデにおいて試験飛行が行われたという。
しかし、その為には、機体よりもむしろ、動力として使用されるパブスト式ラムジェットエンジンの実現性が問われる事になります。
ラム・ジェットとは、高速で飛行する航空機自身の力で空気を吸入、それに燃料を噴霧して燃焼させ、推力を得るというもので、 機体自身が圧縮器に相当する為、理論的にはインテークと燃焼室のみというシンプルな構造で構成でき、 ターボ・ジェット以上の高速が得られるわけです。
(※パブスト式ラムジェットは、ドイツ人技術者オットー・パーブストにより考案された物)





ドルニエDo217爆撃機の背にローリン式ラムジェットを搭載して行われた実験(上)
ドルニエDo17爆撃機の背にゼンガー式ラムジェットを搭載して行われた実験(下)



しかし、ラム・ジェットが始動する高速に達するまでの補助動力、燃焼室の冷却等の問題を抱えたまま、 結局、実用化には至らずに終戦を迎えていることから、オメガ・ディスカスの実現性は非常に低いものといえます。

この様に、ドイツ第三帝国には、当時の技術水準では直ちに実現不可能、 或いは、戦局の悪化に伴うあらゆる資材の枯渇により、決して図面段階を出ること無く消えていった、 いわゆるペーパープラン機は数知れません。
恐らくはオメガ・ディスカスもまた、その一例に過ぎなかったのでしょう。

戦後、ドイツから多くの技術資料と共に、オメガ・ディスカスの設計資料を押収したアメリカは、 1956年までに、計4機の試作機を製作し、テストしたといわれています。
しかし、その時のデータや写真記録等は一切公表されておらず、真偽の程は定かではありません。
僅かに、当時製作された風洞試験用模型の写真が知られているのみです。




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