a diary
2003年 1月 3日 金曜日
昨年も多数御来場いただきありがとうございました。
本年は更新頻度を上げる事が目標ですので、これに懲りず 御来場いただければと思います。
昨年は10月から体に異常が見られ下にも書きましたがマイコプラズマ肺炎に続き第2弾として
腎臓に石が出来てしまいました。しかも双子で未だ健在。
なぜ分かったかというと人生始まって依頼の血尿が出たのです。
これは本当にビビリました。(汗)
マイコのすぐ後だったので死ぬのかなぁと...
お医者さんに聞くと手術や破砕機でやる程度ではないので水分をいっぱい摂れば尿と一緒に
出るそうで、一安心でした。
この闘病日記もその内公開しますのでこう御期待!
でも正直 「第3弾!〇〇〇病」 なんてもう書きたくないです...健康が一番ですよ。
追伸 : 掲示板新しくしました。
My pneumonia fight against
a disease life diary .
2003年 10月 10日 金曜日 〜 11月 23日現在 (まだセキが止まりませんねぇ...)
約1ヶ月ぶりの更新です。
この間になんと人生初めての肺炎になってました。
細かく言うと 「マイコプラズマ肺炎」 と言いまして高熱が出てせきが止まらなくなります。
最高温度:42.3度
すごーい!(^-^)//""ぱちぱち
なんてやってる余裕はありませんでした。
そう、あの時はなぁ...モヤモヤ...
… … … 回想シーン … … …
金曜に熱が出てその日は早くに寝ました。次の日なんと熱が40度を超えさすがに
耐えられなくなり救急病院まで自転車を漕いで行く事になりました。
本人は真っ直ぐ漕いでいるつもりがフラフラとどうしてもなってしまいました。
仕方ありません。
早速病院に行くと休日だったため先生が1人しかいませんでした。
待合室でボーっとしながら5分、10分と待たされ苦しくなってきたので長いすに寝ようかなぁと
思ったときやっと中に通され診断してもらいました。その結果、
「腎臓にばい菌が入った」 ; ̄ロ ̄)!!
といわれ点滴を打つことに。
点滴が終わりかけてくると落ちが弱くなるので看護士さんがポンポンと点滴の落ちるところを叩くと常時点滴液が通過しているチューブ内に何か空洞が間に入って下にくるではありませんか。
例えるならジェットコースターが落ちるような感じで空気が刻一刻と血管に近づいてきたーっ!
.....Σヾ(;゜□゜)ノギャアアーー!!
看護士さんが腕の手前で空気を抜いてくれたので良かったですが、途中まで気付いているのかどうかドキドキでした。 熱が出てただでさえドキドキしているのに追い討ちをかけられました。
アベレージ40度台の毎日で貰った薬を飲んでも8度台が続きました。
連休だったのでその間はその時貰った薬でしのいでいましたが死にそうで、
「人はこうしてひっそり死んで行くんだなぁ」 と感じた日々でした。
連休明け再度診察してもらいに行くと 「肺炎かもしれないからレントゲンを取ろう」 と言われ
撮ることに。内心 「肺炎はもっと酷い症状のことだろう」 と思っていました。
しかーし甘かった。肺の写真を見るとなんとモヤモヤと曇りがあるではありませんか!
「肺炎だねぇ」
アッサリと審判は下り血液検査と点滴を受けることになりました。
看護士さんも慌しい中応対してくれたんですが血液検査だけと勘違いして一度針を抜いてしまい
「はい、終わったから受付で待ってて」
「え?点滴もといわれましたが?」
「あ、本当だ。ごめんねぇ、分かってたら一回さすだけでよかったのにねぇ...」 (;`O´)oコラー!
このとき貰った抗生物質が功を奏して熱が見る見る下がっていきました。しかしせきは一向に止まらず現在まで約3週間続くありさまです。
その後そこの病院の肺の専門の先生に見てもらいマイコプラズマだろうという診断でした。
「マイコは4年に1回はやるからオリンピック肺炎って呼ばれているんだよ」
と雑学まで教えてもらいました。
1週間後の診断でこの前の血液検査の結果を見せてもらい炎症値が通常 0.5 のところ
7.5 と異常な数値を示していて苦しい度合いを示していました。
「つらかったねぇ、大変だったねぇ」 と先生に頼んでもいないのに慰めてもらえました。
今年流行年みたいですので皆さんお気をつけて。
健康は 病気になれば 分かるもの
ではでは。