
 | ネイテイブスピーカーの発想を垣間見る
 | たとえば完了形をつくる際、我々日本人は
have + p.p. を覚えていて、このルールを忠実に守ろうとする。
では、以下の例をみてみよう:
( x ) Piping work for the building: Vendor shall prepare necessary pipe.
の英文チェックを頼まれたネイテイブ(英語を母国語として生まれ育った人)は、この文脈から
判断して、 pipe を pipes と修正する。
一方、この添削結果を受け取った我々は、自分のミスはほんの些細なものであったという感覚しか持たない。これは日本語の名詞に単数と複数の区別がないことに起因する。
しかし、ネイテイブにとってpipe
と書くことは致命傷に近い。
なぜなら、この単語ひとつのミスで、この書き手が絶対にネイテイブでないことが一目瞭然であり、そうした視点でしか、続く文章を評価してもらえないからである。
have + p.p.
を守ろうとする意識と同じ重さで、pipes
と書く発想が求められていることを、常日頃から意識しようとすることが先ずスタートラインとなる。
例: I ate a chicken last night.
これでは、聞いたネイテイブはぞっとする。このことは、以下名詞(Countable,
etc) のコーナー参照。 |
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 | 冠詞
 | 会話中に、何の前触れもなく ”東京駅と横浜駅とで電車を乗り換えなければならないんだ”
このセリフを英語で表現しようとして、
( x ) I have to change the train at Tokyo station and Yokohama station.
と言ってしまったならば、
聞いたネイテイブは怪訝な顔をするであろう。
原因は冠詞 the にあるが、では、なぜおかしいのであろう?
正確には、I have to change trains at ........と言わなければならない。
指定席券を持っている場合や乗り継ぎ計画が予めはっきりしている場合は別として、
一般には乗り換える電車は不特定多数あるため、冠詞を付けて特定はできない。
the
を付けたために、今まで乗ってきた電車の模様替えでもする(しかも2度も)ことを
イメージせざるを得ない。
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 | 「関係詞によって限定されていれば、冠詞
the が付く」この固定観念が日本人には根強い。
I lost a present which my friends gave me on Christmas day.
which 以下を見ると、友人が複数いることがわかる。
いくつものプレゼントの内、どれかひとつをなくしたという意味で、
a present が論理的に成立し、which
以下で限定されていることとは無関係となる。
ついでに、I lost the present which my friends........と、the present
とした場合には何が起きたことになるであろう。
この場合は、友人がくれたプレゼントを全て無くしたことになってしまう。
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 | 名詞
 | 税関は、なぜ customs なのか?
特定の区域を他と区別する意味で、複数を取っている。
同類の言葉に、heights (高原)、works (工場)、headquarters
(本部)、等がある。
領海の意味の territorial waters
の場合、つながっている海でも、国家という権威のもとに
数えられないはずの水・海 (water)
が分割されて複数形に早変わりする。
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 | 巷に”日本語”英語が氾濫するあまり、某国営放送局のアナウンサーでさえ以下のような
この世に存在しない”日本語”英単語をあみ出してしまう。
( x ) presentator である。 presenter(ラジオ、テレビなどの司会者)ならば存在する。
commentator という単語と勘違いしているように思えてならない。 |
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 | 名詞(countable,etc)
 | 日本人の盲点:名詞の単数、複数
日本語では、羊が何万頭いようと「羊」:名詞に数の概念を持たない我々は、
ネイテイブスピーカーがぞっとするような表現をしていることが少なくない。
例1 「僕のフィアンセはとてもきれいなロングヘアでね。」の英文として:
1) My fiance has beautiful long hairs.
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hairs と言った瞬間から、話し手が髪の毛を数えられるものとして認識して
いることを聞き手は感じ取る、と同時に、そのフィアンセなる女性に同情的な
気持ちを持つであろう。
なぜだろう?
数えられる程度しか頭髪が生えていないということは、結婚をひかえた女性の
身の上で何か深刻な健康上の問題をかかえていると、言っているようなもの
だからである。
正しくは、My fiance has beautiful long hair.
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2) I ate a chicken last night.
Mr.ジャイアンツが連発する「バッター」=「バットマン」ならば笑い話で済むが、
この例は、何か不吉なことさえ感じさせる。
これでは、鶏を丸ごと一羽平らげたと言っているのである。
I ate chicken last night.と書くべきところ。

 | 論理的な文章構成
 | I didn't become a doctor because I liked the profession.こうした文は極力避けるべき例と言える。
この例は、(その職が好きだったからこそ、医師にはならなかた) と、
(医師にはなったが、それは好き嫌いの価値基準からではなかった)の両方の意味にとれるからである。
Although I liked the profession, I didn't became a doctor. 或いは、
I became a doctor, but not because I liked the profession. のどちらかを選ぶ必要がある。
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 | 思わぬ落とし穴 
 | 仮にガールフレンドと土曜に会っている間の会話としよう。夕食をいっしょにするつもりでいて、相手にもそう話していたが、その日の夜に友人が訪ねてくることを急に思い出した時の第一声に、
I'm going home. で切り出す場合と、I will go home.
では相手の印象はどう違うであろう?
古い文法書などをみると、「be going to は、口語ではしばしばwill
の代わりに用いられる」と書かれていたりするが、実際にはそうではない。
be going to と will ではニュアンスがだいぶ異なる。
be going to :
はっきり決めてある予定や、話している時より前に決めたことを言う場合に使い、
will :
話す瞬間に決めたり、思い出したりしたことを言う場合に使う。
I'm going home.
では、「夕食をいっしょにするんじゃなかったの?いいかげんな人ね。」という印象を持たれても仕方ない。
この場面は、I will go home.で切り出す場面ということになる。
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 | 形容詞
 | 日本の中学生の英作文でこんな文を見たことがある、
This summer is hot. この中学生は学校の英語の成績はピカイチである。
この中学生はやがて”外人”と仕事をするやり手のビジネスマンになることもあるであろう。
しかし、この発想のままだと、以下のような事態も予想される。
海外駐在中の日本人ビジネスマンがネイテイブとパブに行った。飲み物を聞かれて、
I am beer. 笑えない話である。
とどめは、やはり日本人ビジネスマンが同行しているネイテイブに向かって、
You are dangerous. (横断歩道での日本人のセリフ)
これらの根底に流れている発想は全て同じと言って良い。そして、教科教育のレベルの高さと発する英文の適切さが比例しない良い例でもある。
夏は暑いのがあたりまえだから、例年以上に暑いと言わないと真意が伝わらない。
It's terribly hot this summer.ぐらいにしないとまずいであろう。
パブに行った相手が改まった相手ならば、I would like to drink beer.
ぐらい。でなければ、
Beer, please. という発想が必要である。
相手がテロリストならいざ知らず、「You are dangeous. =
君は危険だ」では言われた相手はきょとんとしてしまう。
Watch out! 「危ない!」これぐらいは覚えておきたい。 |
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 | 助動詞(技術文書で)
 | 動詞で言い尽くせない部分に、言わば書き手の主観を吹き込むのが助動詞
例1 AA
Corp.could receive the license document last month.
例2 Anyway we could have a very good factory visit to have
exchanged precious information with you.
could の落し穴
日本人は 「could =
〜できた」と解して疑わないが、ネイテイブスピーカーは決して
この例の様な状況で could は使わない。
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この件に関するあるネイテイブの弁(英国人):
「自分は、在日10年近くになるが、日本人が I could do...と
発言するときは、I was able to do...あるいは I did...と
言いたいのだと、自分の中で’翻訳’して聞いているのだ。
could は、「できる可能性があった」と言っているに過ぎず、
「実際にやってできた」とまでは言えていないのだ。
だから、ネイテイブはこういう場面で could は絶対に使わない」ということである。
同様に、I can do it. には、「やろうとおもえばできるけれど....」の含みがある
点に留意
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 | 不定詞
 | 部屋に風を入れようとして「ちょっと窓をあけてみてくれない。」と頼むつもりで、
Try to open the window. と言ったとしても、
相手の理解は「この窓はどこかこわれているの?そんなに開きにくいなんて」、あるいは、「窓ぐらい僕にも開けられるよ。へんなことを言うやつだな」といった具合になってしまう。
なぜか?
Try + to +
動詞 の場合は、動詞がしようとする動作がかなり困難か、不可能な場合をさす。
正しくは、 Try opening the window. と言う。
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時間の概念
例1 She has been smoking thirty cigarettes today:
これを聞いて、けげんな顔をせずに腹の底から笑うためには、売れっ子のコメデイアンが
演じるテレビ番組でも観ている状況以外には考えられない。
それ以外の場面でネイテイブがこのセリフを聞いたならば、眉をひそめるしかない。
「ひとりの人間が、口に一度に30本のたばこをくわえたまま、その状態を維持しつつ
朝から今まで続けていた」と言っているようなものだからである。
言おうとしたのは、She has smoked thirty cigarettes today.(今日は30本もたばこを吸ってしまった)
例2 「今月末までにそのデータを送りなさい」の英文として:
Send the data till the end of this month.と書いたならば、
「月末まで、夜も寝ずに延々と送り続けよ」と言っているようなもの。
till を使うと、ある行為が終了時点まで続いていることを示す。
この例では、by を使って、「月末までの、ある時点で送れば良い」という
表現にしなければならない。
 | 受け身形
 | 海外経験の豊富なビジネスマンンでも受け身形がきちんと書けない人が案外多いのには驚かされる。
(x) I was stolen my watch. この類のミスがその典型。
(正しくは、I had my watch stolen.)
He gave me the wine. の受け身形が
I was given the wine.と書けるのを、他の全てに当てはめているような印象を受ける。
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 | 行為を受けること、ある事態を被ることは受身形でなくても表現できる点も見逃せない。上記の
I had my watch stolen. が良い例
この類の勘違いが、以下のような滑稽な英文を作り上げることになる。
(x) I fell asleep while I cut my hair. (自分で自分の髪を切っている間に眠ってしまった。)
これを聞いたネイテイブは、ぎょっとするであろう。
髪を切る行為者は、自分以外の誰かであるから、
I fell asleep while I had my hair cut. が正しい。 |
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 | 慣用句
 | アメリカに留学中のある夜、隣の家が火事。あわてて消防署にダイヤルし、
第一声が、Will you come on time. であったらば、消防士はきょとんとしてしまう。
「消火に間に合うようにすぐに来い、ならわかるが。 これはいたずら電話か?」こんなふうに思われてもしかたない。
Will you come on time. は、時間通りに来てくれの意味。
正しくは、 Will you come in time.
慣用句を間違うと、来て欲しい消防車が呼べないこともありうる。
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