■水の鳥
(2007年10月28日 更新)
「どうしようもない人生を生きるくらいなら、快楽の中で死なせてあげる……」
以上は単行本の帯に書かれていたセリフです。
帯に関して作者がどれだけ関与できるのかは解りませんが
恐らくは、これが「水の鳥」のテーマなんだろうと、勝手に解釈しています
「水の鳥」は短編集で、最後の七草編を除いては、
全て2000年と2001年に執筆、掲載された、少し昔の作品。
絵のタッチも微妙に異なるし、絶望に効くクスリを連載する前の作品なので、
七草編とその他ではテーマにも色々とぶれがあったりする(ように見える)のですけれども。
根本的なところは変わっていないように思います。
それではひとつひとつ、見ていきます。
□自滅編(「別冊ヤングサンデー」2000年1月増刊号掲載)
主人公はマユムラという名前のジゴロ。
この作品はかなり面白い。ギャグとシリアスのバランスが最高。
まず初っ端から「生きろ」という火の鳥(のようなもの)に反抗するマユムラ。
「生きろ」「やだね」開始2ページで死にたがっている主人公である。まあそれは夢だったわけだが、
その後、夢から醒めて綺麗な女とやっちゃうぜー、てな感じでシャワーを浴びて部屋に戻ってきたら
死 ね ゴ ミ ←(ケチャップ)
これである。
文章では伝わりにくいのだけれど、このシーンはかなり笑える。
その後、シャワールームに戻ると謎の女。
その女と共に精神世界へ行って夢をいくつか叶えるわけだけど、
このシーンも笑える。この手の妄想ギャグをやらせると山田先生は本当にうまい。
……そうかと思えば急転直下。シリアスに戻る。
その女の正体、そしてそのまま行けば、マユムラはどうなるか。
主人公とリンクし、ギャグにニヤニヤしていた読者は一気に醒める。
現実は、これだ。
このときの鳥肌感は最高である。
最後、女は消える。鳥の羽根を残して。
その女の正体は「水の鳥」だったのか、それとも女の告げた通りだったのか、
それともマユムラの幻想か。
例え幻想だったとしてもそれは祝福されるべきことだと思う。
何故なら、マユムラは自分で答えを見つけ出したということだから。
ラストシーンでは、マユムラを慕っていた少女の笑顔、そしてケンチン汁が、
暖かい気持ちにさせてくれる。
ラスト、確かにマユムラはある意味で「死んだ」
……ケチャップがギャグのつもりです。つまらなくてごめんなさい(´Д`)
いきなりですがこの作品は「水の鳥」の中だけではなく、
山田玲司先生の短編の中でもかなり好きです。
ギャグと、そこから一気にシリアスへと向かう展開は、7年前の作品ですが色褪せません。
主人公の「今のままで行き着く先」をはっきりと、山田先生の渾身の絵で、見せてくれます。
そのシーン、そして対比的なラストシーンの少女の笑顔がとても印象的な作品。
これだけでも「水の鳥」は読む価値有りだと思います。
□深海編(「別冊ヤングサンデー」2000年1月増刊号掲載)
オープニングのセリフは明らかにマジメなんだけれど、
好きな人、ごめんなさい、僕にはギャグにしか見えないんです……。
デザイナー、雪光海人が主人公。
愛人には19歳の女優、水崎愛香(ちなみに彼女は「NG」にも登場している→山田玲司作品登場人物辞典「ま行」)。
雪光はクルージングをしようとボートを借りようとするが、
「シノトリ」が出ると断れる。その後無理に出航し嵐に遭い、太平洋ひとりぼっちに。
そして水の鳥と出会う。
漁師の父親をもち、魚臭いとバカにされ、恋した相手にもフラれたこと、
それはずっと海人のコンプレックスだった。
最後の幻覚の中で彼を助けたのは初恋の相手でも愛人でもなく、父親だった。
山田玲司キャラがスターシステムで登場(ちょうどNGが連載されていた頃ですね)。
と言ってもなんというかマイナーキャラですし、
作品の起伏に乏しく、個人的にさほど評価していない作品です。
死の間際に手を差し伸べたのが、愛人でも初恋の人でも水の鳥でもなく、
父親だった、というのが作品を現していると思います。
もっとも、あの父親の手も、穿った見方をすれば水の鳥だったのかも知れませんが。
□エキゾーストタナトス(「別冊ヤングサンデー」2001年7月増刊号掲載)
首都高最速の走り屋、辻元勝(28歳)、
超一流のF1ドライバー、黒沢忍(30過ぎ)、
二人が主人公。
辻元は女をレース関係者に斡旋しつつ、快楽とドラッグに溺れ、
黒沢は一流のF1ドライバーでありながらもヒネた性格から仲間もおらず孤独である。
そんな二人がふとしたことから出会い、水の鳥を見る。
そして二人は互いの「未来」を見て、互いの人格を交換する。
その結果解る、大切なもの。周囲の人間関係。他人だからこそ解るもの。
この物語もいいです。入れ替えものというややベタな題材を使いつつも、
見させる展開になっているのはさすがです。辻元の関係者がやや良い人すぎる気もしますけど。
構成が抜群で、息もつかせぬ展開で、最後までもっていってくれます。
ギャグは少ないのですが、シリアスが冴え渡っています。「自滅編」で衝撃を与えた、
「今のままで行き着く先」が今回も健在ですが、遊びまわった辻元と、
努力し、栄光を掴み取った黒沢の二人の未来は……
黒沢はあんまりですが、レーサーという仕事を考えれば……。
辻元は遊びまわったツケがやってくるということでしょうか。
黒沢(身体は辻元)が水の鳥にゲームを降りる宣言するシーンはしびれます。
その絶望の未来を、辻元は「努力する価値」を見出すことにより回避し、
黒沢は「大切な人間」を見つける素晴らしさを見つけたことにより回避するのでしょう。
自滅編とは違う面白さ。感動です。
ちなみにこの作品に登場するレッドはアガペイズの赤井夏生にそっくりです。
これもスターシステムですね。
余談ですが黒沢、黒沢と書いていると最強伝説の方を連想します(^^;
□ぼろぼろなダチョウ(「別冊ヤングサンデー」2001年9月増刊号掲載)
ロングヘアーの女性、美村千影が主人公。
千影はごく普通のOLだった。彼氏もいた。ヒクツな生活だが、
まあ、ごく普通の生活だった。しかし彼女は交通事故で死んでしまう。
そして水の鳥と出会う。やりたいことをやれ、と囁く水の鳥。
千影はその後、美少女を誘拐しまくる。やりたいことをやる。その動機は不明だったが最後に解る。
ある少女の誘拐、その彼氏の登場。そして明かされる真実。
最後、千影はある砂浜で目を覚ます。果たしてその光景は、夢か現か。
読者さえ騙す展開。ミステリ調です。
最初に読んだときは、まずびっくりします。
もう1度読み返すと、千影にとって重要な人物が途中から登場しなくなることに気付きます。
また千影が少女を誘拐する理由も解ります。
事故さえも、それは実は事故ではなかったと解ります。
「水の鳥」のこれまでの主人公はどこかふて腐れていたり、
なんというかマトモじゃない人間ばかりでしたが千影は普通の女性です。
その千影が水の鳥と出会い、普通じゃない行動を起こしてしまうわけです。
普通の人生を歩んでいても、いつ、どこで水の鳥に出会うか、それはわかりません……。
ただこれまでの主人公との共通点は「死にたがっている」ということです。
何故、千影が死にたがっているのかという理由も1回目では解りません。
何度も読み返せる、味のあるスルメのような作品です。
□七草編(「別冊ヤングサンデー」2007年1月増刊号掲載)
竹宮春火が主人公。
春火は猛烈な祖父に育てられ、それに反発する。その反発はやがて体制への反発へと移り、
高校時代、親友のドガと共に東京空爆さえ真剣に考える。が、
その反発も意味が無いと悟り、女に明け暮れ、やがて起業し、成功する。
しかし絶頂は続かない。祖父と同じような教育を娘に施し妻に呆れられ家庭は崩壊。
会社も部下に反乱を起こされ悪事がバレ、逮捕。
出所後、春火は祖父のコネを使い、自衛軍の空軍に入隊。
ドガと再会し、東京空爆を開始する。
そしてその空爆は、祖父が進めている、無茶な発電所へと向かう。
その瞬間、春火と、その祖父が見たものは……。
……主人公の名前、ハルヒというとどうしてもライトノベルのあれを思い出すんですが、
名前しか知らないんです。面白いらしいのでいずれ読んでみたいと思っています。
この作品はかなり異色ですね。明らかに他の4編とは異なります。
水の鳥自体が、はっきりとは登場せず、幻想のように1コマ登場しているだけなんです。
春火とドガ、ユトリのチームと、その祖父と正助、みかげのチーム。
誰もが若い頃持っていたであろう理想と友情、それを壊そうとする現実への反発。
二つの世代を描いたドラマです。
祖父を、ただ管理体制と無茶な教育を押し付けるだけの単純な悪役ではなく、
それにも理由があった、そしてかつては彼にも春火の様な頃があったということが、
作品を綺麗に消化させていると思います。
水の鳥は、ギャグとシリアス、そして社会への山田先生の思いを、
バランス良く、しっかりと描ききった見事な短編集だと思います。
相変わらず、ギラギラとしたナイフを見せて斬り込んでくるなあ、という印象です。
巻末のコラムも山田節健在です。
コラムについても語ろうかと思いましたが、
語るとまだ読んでいない方にまずいし(ここまで書いておいて何を今さら)、
ここではコメントは差し控えますが、ただ、ひとつだけ言わせて貰うなら、
一番はっとしたのは「人間はやりすぎてしまう」の一言です。
それは自然破壊とか戦争だけではなく単純な復讐。
1人の女に騙されたら100人に仕返ししてやる、とか、そういうこと。
ごく少数の人間にいじめられることで人間全体を恨んだり、
学校に合わなかったからといって学校体制を全否定したり、
まぁとにかく極端から極端に走るってことです。
ちょうど今、自分がそういう精神状態だったりもしたので、
改めて考えさせられました。
ブルーハーツの歌にも、聖者になんかなれないが、
だけど生きている方が良い、とあります。
なんというか、自分の考えにしか過ぎないんですが、
水の鳥にはぴったりの言葉だと思います。
……堅苦しいことばかり書いてしまいましたが!
水の鳥は単純にに漫画として面白いと思います。
「絶望に効くクスリ」などの対談漫画より創作系の山田漫画が好きなんだー!
という方には是非おすすめです。読んでみてください。

水の鳥(こちらからamazonで購入できます)
かつて、食えるだけで幸せな時代があった。
生きてさえいれば夢が持てる時代があった。
将来は豊かになると信じられる時代があった。
しかし、「生きない」という希望はあっただろうか……?
戻る