
By Asami Kashima

とある日の午前中、ジュリアスはいつものように聖殿の自分の執務室で、せっせと書類と格闘していた。
今は次代の女王を選出すべく、飛空都市にて女王試験中である。試験も半ばを迎え、女王候補であるアンジェリークとロザリアが育てる大陸の様子は、今のところはロザリアの方が優勢ではあるが、二大陸ともそれぞれ独自の発展を遂げ、終着地である中の島を目指している。
ここ最近は特に問題も起きず、試験も順調に進んでいることで、ジュリアスは機嫌が良かった。寿命が近い自分達の宇宙のことを考えると、そう安易に喜んでばかりはいられないのだが、滅び行く星々が多い中で発展して行く世界を見られるのはやはり嬉しい。
粗方の書類を片づけ、ジュリアスは執務机の引き出しから革張りの箱を取り出した。この箱の中には首座の守護聖の印が入っている。普通の書類の認定には直筆のサインだけで十分だが、重要な内容の書類の認定にはこの印が不可欠だ。守護聖全員のサインがなされていても、この印が押してなければ認定はされない。
今日はこの印を押す書類が2枚ほどあった。
「……ふむ」
ジュリアスは箱を開け印を取り出すと、手に持ちじっと見る。実は前に使っていた印は大分年期が入り、取っ手の部分などが僅かにすり減ったりもしていたので、この度新調したのだった。
新しい印は取っ手が大理石、印の部分は水晶で出来ている。稀代の職人に造らせたのだろうそれは、美術品としてもかなりの価値を感じさせた。
「美しいな……」
そう呟いてジュリアスは、判を押すために机上の朱肉へと印を近づようとした。が、なぜかツルリと指先が滑り、印を机の上に落としてしまった。
「!」
大理石の重さで『ゴッ!』という音を立てた印は、そのままゴロッと転がり机の上からも落ちる。見る間に床へと落ちたそれは、机の下に敷いていた厚い絨毯のおかげで粉砕を免れた。ホッとジュリアスは胸を撫で下ろす。
「なんと迂闊な……」
自分を叱しジュリアスは椅子から立ち上がると、印を拾うために屈もうとした。そこで珍しく、長衣に慣れているジュリアスにしては本当に珍しく、裾を踏みつけ身体のバランスを崩してしまった。
「……っつ!!!」
かなりみっともなく床に転がったジュリアスは、臀部に異常な痛みを感じた。かなり痛い。もの凄く痛い。とてつもなく痛い。不覚にも涙が出そうだ。何かが思いっきり突き刺さったような痛みである。
「くっ……」
思い切って床に手を付き起きあがり中腰になると、臀部の辺りからポロリと何かが滑り落ちた。
それは新品の印だった。
角がキラリと鋭利に尖った四角い大理石。どうやらその一角が思い切り自分の臀部に突き刺さったらしい。痛いはずだ。
出血しているのでは……と思って、ハッとジュリアスは目を見開いた。血という言葉と自分が怪我した部分と自分の執務服である純白のローブの色が、グルグル大回転で頭の中を巡る。
このままではいけないと、ジュリアスは急いで左手で長衣の後ろ側をピンと引っ張った。下穿きならまだしも、上着の長衣まで血で汚すことは出来ない。服の臀部に血が滲んでいるなど、大体理由は一つしか考えられないではないか。それだけは何としても避けたいジュリアスだった。
だが同時に、これからどうしたらよいのだろうと、ジュリアスは途方に暮れた。自分付きの執務補佐官に手助けを頼むにも、こんな情けない状態を見せられるわけがない。怪我をした場所が場所なだけに、自分で見て確かめることは不可能に思える。かといって手当のため医師を呼ぶには、やはり執務補佐官にこの姿を見せるしかないだろうし、また医師にも何故怪我をしたのかその説明と、そして何より尻丸出しで手当を受けなければならない!!
「そのようなこと……光の守護聖ジュリアス、断じて受け入れられぬ……!」
光の守護聖であることと尻の手当は関係ないと思うが、とにかくジュリアスは医師に見せることは速攻却下した。が、かといって他にどうすればいいのか、よい考えがあるわけでもない。
こうしている間も、臀部はかな〜り痛い。こんなに痛いと、そんなに深く肉が裂けてしまったのかと心配になる。そんなに多量に出血している感じはしないが、こうやって長衣を引っ張っていても、それも時間の問題のような気がする。
この時初めて自分の執務服が純白であることをジュリアスは呪った。
「暗色であれば何とか誤魔化せそうなものを……暗色……ん? そうだ! あれがいるではないか!!」
ジュリアスはジンジンズキズキ痛む尻を庇うようにゆっくりと歩を進め扉を開け、廊下に人が居ないことをよ〜〜く確認すると、そろそろと自分の執務室を出て行った。
コンコン。
かなり控え目なノックの音に、クラヴィスは右眉をピクリと動かした。返事をする気は元より無い。急ぎの用がある者なら、返事をしなくとも扉が開くことをクラヴィスは知っている。それ以外は面倒なので相手にする気がないのだ。
コンコン、と、また控え目なノックの後に、キィ……と小さな音を立てて扉が開く。外の明るい光りと共に、常とは違う高さで見慣れた金色の髪が見えるのを、クラヴィスは(?)と思った。
「……クラヴィス、私だ。いないのか?」
自分を呼ぶのはいつもより大分小声で頼りなさげな光の守護聖の声。視線を執務机の辺りにさ迷わせている。
「……こちらにいる。奥の、長椅子だ」
在室していることにホッとしたらしいジュリアスの安堵の息が、クラヴィスにも聞こえた。
常ならぬ様子にクラヴィスは横になっていた長椅子の上で身を起こし、ジュリアスに見えるように背もたれ越しに顔を出す。
「そなただけか? ……他に、誰もいないか?」
「私しかおらぬ……どうしたというのだ? 入ってきたらどうだ」
クラヴィスの言葉にジュリアスは頷くと、ヘッピリ腰の姿勢のままやたらゆっくりと執務室に入ってきた。扉を閉めると、これまた亀のような速度でクラヴィスの方へと歩いてくる。
「……何をしている? ジュリアス」
「これでも、精一杯早足のつもりなのだ……ううっ」
ヘッピリ腰のいざり足、しかも左手で自分の長衣の後ろ側をピンと引っ張ったまま歩いてくる光の守護聖は、かなり珍妙だった。
ようやく長椅子の側まで近づいたジュリアスの異様な様子に、流石のクラヴィスも立ち上がり手を差し伸べる。
「す、すまぬ……」
「別にかまわぬが、一体何を……いや、まずは座るがいい」
「そ、それが、座れぬのだ」
「?」
「し、尻が……尻が痛いのだ、クラヴィス! 何とかしてくれ!!」
「尻?」
「……尻に怪我をしたのだ! はやく薬を塗ってくれ。尻が痛くてたまらぬ!」
尻が尻がと叫ぶジュリアスの顔をよく見ると、眉がハの字になっている。完璧弱ってるモードだ。
幼い頃から自分自身に困ったことが起き、自力ではどーにも出来ない場合に、ジュリアスがクラヴィスだけに見せるのがハの字眉であり、非常に頻度の低いクラヴィスレスキュー発動のサインでもある。
何時にない俊敏さでクラヴィスはジュリアスのやたら豪華な上半身の装飾具を器用に脱がせると、身軽になったジュリアスを長椅子に俯せに横たえさせた。そして執務室の奥の間に行き棚から薬箱を取り出し、中身を軽く確認してからジュリアスの元へと戻る。
よほど痛むのか長椅子の上で悶えていたらしいジュリアスの足からは、ギリシャ風のサンダルが二足とも脱げていた。それでも律儀に長衣の後ろ側は引っ張ったままだ。よく腕が攣らないとものだとクラヴィスは感心する。
「……大丈夫か?」
「大丈夫、では、ないっ!」
「……そうだろうな」
「はやくしてくれ……」
「わかっている」
クラヴィスは薬箱を小さなテーブルの上に置くと、ジュリアスの胸から腹を膝に乗せる形で長椅子に座った。そして足下から上着にあたる長衣をたくし上げ、下穿きを露わにする。この時点でようやくジュリアスの左腕は自由になった。
腰紐を緩め下穿きの裾を割る。真白なジュリアスの太股と尻がクラヴィスの目に映った。
「相変わらず肌が白いな……」
「い、今はそのようなことを言っている場合ではないっ!」
「ああ、すまぬ」
下穿きをすっかり脱がせてお尻丸出しになると、クラヴィスは右側の尻の真ん中寄りに、赤黒い腫れと出血を見つけた。
普段は白くまろやかな皮膚が印の角の形に裂けて凹んでいる。
「これか……確かに痛そうだ。赤黒くなっているぞ。一体どうしたのだ?」
「…………床に落としてしまった首座印の上に、誤って転んでしまったのだ。その拍子に印が尻に……」
「クッ」
「笑うな!」
全部説明する前に笑ったクラヴィスに、ジュリアスが怒る。
「笑うなというのが、無理であろう……。お前にしては、迂闊だな」
「う、うるさい! それより、血、出血はどうだ?」
「下穿きに多少付いている程度だが……ジクジクと今も出てきている」
「やはりそうか……」
「……ビミョーな位置だな」
「……で、あろう。だから焦ったのだ」
「フッ……痔主など、あまり格好の良いものではないからな」
「そうだ! 本当なら致し方ないが、そうではないのに痔主の濡れ衣を着せられてはたまらぬっ!! あだだだだ!!」
「バカめ。尻に力を入れるからだ」
「〜〜〜〜!!」
長椅子に顔をつっぷしたジュリアスが、膝をバタつかせている。尻丸出しで暴れる首座の守護聖。あまり見られた姿ではない。
クラヴィスはガーゼでそっと傷口の血を拭った。すると裂けた皮膚の上に、首座の守護聖の印のデザインである、神鳥の片翼の形がハッキリと刻印されているのが見て取れた。
一瞬『神鳥印の光の守護聖』などとふざけたことを想像してしまって思わず吹き出しそうになったが、本当に笑ったらジュリアスが喚いてうるさいので、こっそり自分の足をつねって何とか耐えた。
再び滲み出てきた血をガーゼで拭いながら、神鳥印を見ないように薬箱に視線を移す。
「この傷なら……いつものでよいな」
そう言ってクラヴィスは聖地御用達の傷薬、某水の惑星産の『オロナ○ンH軟膏』を薬箱から取り出すと、右手人差し指にたっぷりとつけてジュリアスの傷にそっと塗り始める。
「い、痛いっ!」
「少し辛抱しろ……」
ぬりぬりぬりぬり。白い軟膏が傷全体に行き渡るように、クラヴィスは優しく必死に塗っている。
「いた……、クラ、クラ……ヴィス!」
それでもあまりに痛くて、ジュリアスは上半身を反らせた。その勢いのまま、無意識に長椅子の背もたれにしがみつく。左頬にクラヴィスの肩口が当たっていた。
「ジュリアス、大人しくしていなければ薬が塗れぬ」
「わ、わかっている……。だが、痛いのだっ!」
叫んだハの字眉の下の紺碧の瞳が涙で潤んでいる。その無防備な表情に幼い頃のジュリアスの泣き顔を想起して、クラヴィスが優しく微笑んだその時、突然トントントン! と軽快なリズムで扉がノックされた。
『クラヴィス、入るわよ〜』の声と共に、扉がガチャリと勢い良く開かれる。
とっさにクラヴィスは自分の肩布でジュリアスの下半身を出来るだけ隠した。そのジュリアスは既に石の様に固まっている。
書類片手に闇の守護聖の執務室を訪れたのは、夢の守護聖だった。
「あのさ〜、この間β−1星系に送った闇と夢のサクリアのことなんだけ……え!?」
自分の目に映った二人の守護聖の姿に、パサリという乾いた音を立ててオリヴィエの手から書類が落ちる。
クラヴィスの位置からは扉の側にいるオリヴィエの様子は見えないが、長椅子の背もたれにしがみついていたジュリアスからはよく見えた。色合いの違う青い瞳同士が、見開いた形で見つめ合う。
数秒後、先に口を開いたのは夢の守護聖だった。
「ややや、やっだー! お取り込み中だったみたいねっ。私は出直すことにするわ〜」
引きつった顔でオホホホホ〜、なんて態とらしく笑いながらオリヴィエは踵を返すと、そそくさと闇の守護聖の執務室を出ていった。ガチャリと扉が閉まる音が響く。
途端にクラヴィスとジュリアスはホ〜〜ッと大きく息をついて、肩に入っていた力を抜いた。
「お、驚いた……な」
「……全くだ。早々に立ち去ってくれて有り難かったな。ここまで入ってこられたら、お前が下半身丸出しなのを隠しきれないところだった。……ジュリアス、このような時は入ってくる時に、鍵ぐらいはかけておくべきだぞ」
「う、うむ、すまぬ。痛みが酷くて、失念していた……」
「フッ、仕方のない奴だ。まぁ、尻を見られて恥ずかしい思いをするのはお前だから、私は別に構わないが……」
「な、何を! い……たたっ!!」
「ククッ、尻に力を入れるなと言っただろうが」
「〜〜〜〜!!」
「フフ、早く終わらせることにしよう。また誰か来るやもしれぬしな」
「う、うむ」
クラヴィスの言葉に今度こそ、ジュリアスは大人しく薬を塗られるのだった。
一方闇の守護聖の執務室を辞去したオリヴィエの頭の中は、クラヴィスもジュリアスも思いもよらない方向へと大爆走していた。
「知らなかったわァ、騙されてたっ」「あの二人ってば、アア〜ン、もうっ!」「お似合いじゃないのぉ」なんてクネクネジェスチャー入りでブツブツ呟きながら荘厳な廊下を歩く姿は、ある意味かなり不気味だ。
ついンフフフフ〜、な妄想まで膨らませてしまって、口の端が緩む。何やらイっちゃってしまったらしい夢の守護聖は、反対側から歩いて来た同僚の二人が目の前に来るまで、その存在に気が付けなかった。
「よう、廊下のど真ん中で何一人でニヤついてんだ、極楽鳥。ついに頭がイカレたのか?」
「オスカー……」
二人の声に、ハッと我に返る。
「うるっさいわねぇ〜。あんた達こそ二人そろって……」
どこ行くのよ? と言おうとして、オスカーが報告書を、リュミエールが竪琴を持っているのに気付き、ニッと目を細める。
「あんた達ぃ、今はジュリアスんとこもクラヴィスんとこも、行かない方がいいわよ」
「どういう意味だ?」
「どうしてですか、オリヴィエ」
同時に返した返事に「んっふっふ〜」と笑ったオリヴィエを、オスカーとリュミエールは訝しげな表情で見る。
「今行ってもジュリアスは執務室にいないから無駄足だし、クラヴィスの執務室に行ったらお邪魔虫だってこと。キャハ☆」
訝しげな表情に困惑が混ざるのを、オリヴィエは楽しげに見た。二人揃ってのこんな顔を見るのは、そう滅多にないことだ。
「おい、何が言いたいんだ。回りくどい言い方はやめろ、ハッキリ言え!」
「オリヴィエ、何かあったのですか? 教えて下さい!」
「う〜〜ん、ど〜〜しよっかなぁ?」
「オリヴィエ!!」(←二人分の声)
「ちょ〜っ、ちょっ、声が大きいって!」
オリヴィエは指で合図しながら、壁際の柱の陰に二人を引き寄せる。
元よりこの二人に内緒にしようとは思ってなかった。吹聴するなんて悪趣味な気はさらさらないが、一人で秘めておくには勿体な過ぎるビッグニュースだ。
「い〜い、絶対に他言無用よ! ま、あんた達のことだから、言わなくたって口をつぐむに違いないけどサ」
小声で楽しそうに話し始めたオリヴィエに、オスカーとリュミエールはしっかりと耳をそばだてるのだった。
「う、うそだ……」
そう言ってオスカーは絶句した。リュミエールもとても信じられないといった顔で、オリヴィエを見る。
「嘘じゃないも〜ん。私はこの目でしっっかと見たんだから!」
「……本当に、ジュリアス様だったのですか?」
「守護聖仲間を見間違えるほど私の目は節穴じゃないよ、リュミちゃん。クラヴィスは後ろ姿しか分からなかったけど、ジュリアスとは目だってバッチリ合ったしね」
オリヴィエはその時のジュリアスの様子を思い出し、うっとりとした口調に変わる。
「いつもの眉間に皺寄せジュリアスとは思えなかったわ〜。長椅子の上でクラヴィスと抱き合ってるとこ見ちゃったんだけど、ビックリして私を見てる瞳が潤んでて色っぽいし、まぁたその顔が可愛らしくもあってさ、ふふっ。装身具なんかその辺にほっぽってあったから、あれはきっと、クラヴィスに脱がされたんだね。サンダルまで転がってたし。執務中のジュリアスにそれを許させちゃうなんて、ああ見えてクラヴィスってばかなり情熱的なのかも〜」
情熱的な闇の守護聖を想像して、オスカーとリュミエールはうう〜んと頭を抱えた。普段の様子からは全く想像出来ない。
「ジュリアスの肌ってやっぱり真っ白なのねぇ。生足なんて初めて見ちゃったわよ。な〜んのお手入れもしてないだろうにツルツルって感じでさ、と〜っても綺麗なの。羨ましいっ」
「オリヴィエ……ご覧になったんですか?」
「見たから言ってんでしょうが! ……もしかしたらジュリアス、マッパだったのかも。そう言えば、長椅子の下にジュリアスの白い服が落ちてたような気もするし……あーあ、ホントは私がとんだお邪魔虫しちゃったのよねぇ」
イチャイチャするなら鍵をかけてくれればいいのにぃ……とブツブツ言ってるオリヴィエの横で、オスカーは何を想像しているんだか焦点の合わない視線を宙にさ迷わせ、リュミエールは頬を赤く染めてモジモジしている。
オリヴィエは間違っていない。多少(?)妄想が入っているにしろ、自分が目で見て感じたことを素直に話しただけだ。
たとえ事実とはかけ離れていても。
炎と水と夢の守護聖が廊下で各々妄想街道大爆走しているその頃、闇の守護聖の執務室では尻の怪我の手当を終えたジュリアスが、身なりを整え終えようとしていた。
サンダルをはき直し、薬箱を棚に戻してきたクラヴィスと向き合う。
「世話をかけたな、クラヴィス。礼を言う」
「……なに、貸し一つにしておこう」
貸しという言葉に、ジュリアスがピクリと反応する。
「貸しではないぞ! 2年前、そなたが宮殿の階段で転んで尻を強打した時、湿布薬を貼ってやったのは誰だ?」
クラヴィスは「ああ……」と呟くと眉根を寄せ、辛そうに瞼を閉じた。
「息も止まるような痛みというのは、こういうことなのだとあれで初めて知ったのだ。今回のお前の怪我も痛そうだが、尾てい骨をしたたか打つ痛みというのも、かなりのものだぞ……」
「む……、確かに、あの時のそなたの尻の青あざは酷かったからな」
「半月は座るのにも苦労したぐらいだ……お前も暫くは気を付けろ。薬を塗って欲しければ、いつでも来るがいい」
「ああ、そうさせてもらおう。このようなことを頼めるのは、そなたしかおらぬしな」
「……フフッ、首座の守護聖殿でもか?」
「誰彼構わず尻など見せられるものではないだろう! 幼なじみのそなたであればこそだ!」
照れてそっぽを向いたジュリアスに、クラヴィスは口元だけで笑った。
そう、執務上では全く反りが合わず犬猿の仲と言われている二人だが、伊達に幼い頃から20年近く一緒にいるわけではない。個人的には今更仲の善し悪し等もない位で、居るのが当たり前の存在になっている。
当然実のところは、お互いに誰よりも気安く接することが出来る相手なのだ。
「そろそろ執務に戻る。邪魔をした」
そう言って歩こうとしたジュリアスだったが、一歩踏み出して顔をしかめる。
「……っ、流石に薬を塗ってもすぐに痛みが引くというわけではないな」
「当たり前だ。……大丈夫か?」
「来る時に比べればずっと楽だ。ゆっくりとならば……何とか普通に歩けそうだ」
「……扉まで手を貸そう」
「すまぬ」
クラヴィスはジュリアスの手を取り出口まで連れていくと、自ら扉を開けた。そっと顔を出し辺りの廊下の様子を伺う。
「誰もいないようだ……」
「ああ、最後まで手間をかけた。では、な……」
軽く微笑むことでジュリアスはクラヴィスに再度礼を言うと、闇の守護聖の執務室を後にした。
支えを無くして些か不安定な歩きになりながらも、ジュリアスは自分の執務室へと戻って行く。
その後ろ姿をクラヴィスが少し見やった後、何事もなかったかのように闇の守護聖の執務室の扉は閉じられた。
その様子を柱の陰から伺っていた三人の守護聖は、お互いの目を見合わせた。
「見たでしょ〜! 見たでしょ〜! 私ウソは言ってないんだから!」
「確かにあれはジュリアス様だ……あの方が、あんな風にクラヴィス様に微笑まれるとは……」
「いいえ、いいえ! それよりもあのクラヴィス様が、誰かのためにご自分で扉を開けて、しかも見送られるなんて……この目で見ても信じられません」
ジュリアスとクラヴィスが仲睦まじい様子よりも、いつも必要最低限以外はビクとも動かず他人に無関心な闇の守護聖が、誰かのために扉を開けたり見送りまでしている姿の方が、リュミエールにとっては驚きらしかった。
「あったり前じゃない! 恋人のためなら動かざること山の如し闇の守護聖だって、扉ぐらい開けちゃうのよ。結構フェミニストでもあるのかしら……って、ジュリアス相手じゃそうは言わないか」
情熱的でフェミニストな闇の守護聖……オスカーとリュミエールは再びうう〜んと頭を抱える。
「……気のせいかもしれませんが、ジュリアス様の歩き方、少しおぼつかないご様子でしたね」
「あ、ああ、俺もそう思った」
「やーねー、なーに言ってんのよ! クラヴィスとイチャイチャしてたんだもの、腰に力が入らなくなっちゃっただけじゃないの? フフッ、昼間っからお熱いわよね〜」
「………………」
「………………」
ケラケラと笑うオリヴィエとは対照に、自分の目で見ても事実(間違ってるぞ!)を受け入れかねているオスカーとリュミエールは、言葉もなくその場に立ち尽くすのだった。
その日の午後、重要な議題のある会議があり守護聖全員が会議の間に集まっていた。
会議中、話に熱が入り椅子に座る時に気を配るのを忘れたジュリアスが、一瞬だったが辛そうに顔をゆがめた。そのジュリアスを見ていたクラヴィスの眉が、これも一瞬だったが僅かに寄せられたのをオスカーは見逃さなかった。
クラヴィスは単に『ガーゼをもう一枚多めに敷いてやるのだったな……』と、思っただけだったのだが。
会議の後、皆が聞いていないのを見計らい「午前中にクラヴィスの執務室で長椅子に横たわっていたのは、書類を届けに行って長椅子で寝ていたクラヴィスの上に転んでしまったのだ」と、小声でオリヴィエにベタな言い訳(これでも2時間考えた)をしたジュリアスは、「い〜の、い〜の、私は理解者よ! キャハ☆」と意味不明なことを言われ、(?)と一人首を捻るのだった。
クラヴィスはクラヴィスでオスカーに、擦れ違いざま耳元で「少しはあの方のお身体を慮って差し上げて下さい!」などと強い口調で言われ、顔には出さないが内心首を捻っていた。
しかもオリヴィエには遠目でニヤついた視線を何度も投げかけられ、そして側に控えるリュミエールまでもが自分を見る度に、少しはにかみながらも何かを悟ったかのように優しく微笑むので、何とも居心地の悪い思いをしているのだった。
〜 おわじ★ 〜