
By Asami Kashima

<後編>
ジュリアスがクラヴィスの異変に気付いたのは、マルセルがγ星系に送ったサクリアの量について話をしている時だった。
目を閉じているのは少し前から気が付いていた。だが、目を閉じているだけで眠っているとは思っていなかった。クラヴィスは寝ていなくても目を瞑っていることがよくある。話に耳は傾けていると思っていた。
この会議には自ら出席してきたのだ。わざわざ来ておきながら、居眠りなど……。
そう思いつつクラヴィスの様子を気にしていたジュリアスは、微かにクラヴィスの身体が揺れていることに気付いて、一気に頭が爆発しそうなほどの怒りに駆られた。
手にしている書類に力が入ったため、不自然に皺が寄る。紙がふるふると震えているのが、自分でも分かった。
「……クラヴィス、この件について、そなたはどう思う?」
怒気を含んだ地を這うより低いジュリアスの声が、会議の間に響く。波乱を予感して、室内は水を打ったように静まり返った。
自分が問われた訳ではないのに焦った顔をしたリュミエールが、会議テーブルの下でクラヴィスの身体を揺すっているのが見て取れた。大分前からクラヴィスの居眠りには気が付いていたらしい。
「クラヴィス、聞こえないのか?」
返事があるはずはない。相手はかなり熟睡しているようだ。リュミエールが必死に揺らすものだから、身体が不自然なほど左右に揺れている。もう少し力を入れれば、闇の守護聖は床にひっくり返りそうな勢いだ。
「クラヴィスッ!!!」
会議の間にジュリアスの怒声が響く。立ち上がり手の書類を握りつぶし、凄まじい眼光をクラヴィスに向けているジュリアスは、もう誰にも止められないほど怒ってた。
少しはやる気をだしたのか……と期待してしまった分、怒りの反動も大きい。
ジュリアスはバン!! と机を手の平で思い切り叩いた。怒り過ぎてチリとも痛みを感じない。
そこでようやくクラヴィスは、うっすらとだが目を開いた。焦点の定まらない瞳を、音のしたジュリアスの方へと向ける。
「……クラヴィス! そなた、一体何を考えているッ!!」
「………………」
「クラヴィスッッ!! 答えぬか!!」
「……眠い……のだ」
――――ブチッ。
血管が何本か切れたような音が、ジュリアスの頭の中で響いた。
もう腹が立ちすぎて何が何だか分からない。
恐ろしくゆっくりと、ジュリアスが息を吸い込む。
嫌な予感に中腰になったオスカーがジュリアスを止める前に、その口は開かれた。
「クラヴィスッ!! そなたを愛するこの気持ちを、どうすれば私は上手く伝えられるのだッッ!!」
……………………………………。
喉からグゥ……とか変な音を出したオスカーが、テーブルの下に沈没した。
ある者は顎が外れるのではないかと言うほど口を大きく開き、ある者は怒声を避けるために両手で耳を押さえたままのポーズで固まり、ある者は自分が耳にした言葉が信じられず、何ですかー、何ですかー、と呟きながら辺りをキョロキョロと伺っている。
もちろんクラヴィスも一気に目が覚め、怒りに燃えるジュリアスの顔を見つめていた。
「朝まだき、初陽に照らされたそなたの瞳が紫水晶の様に輝くのを、私がどれだけ美しいと思っているか知っているか!! 象牙の肌に触れるたび、私以外の誰の目にも触れさせたくないなどと、子供じみた思いにも囚われているのだぞっ! 漆黒に輝く射干玉の髪も細く美しい指も、全て私一人のものだと思いたいのだっ!!」
一気に捲したてたせいか、ジュリアスは肩で息をしている。だが、まだまだ言い足りないようだ。
「そなたの腕の中でそなたの温もりと優しさに包まれている時だけが、私が徒人のジュリアスに戻れる時なのだ! 私が恋人としてそなたに同じ歓びを与えられているとは到底思えぬが……もしかしたらそなたには迷惑なことなのかもしれないが……だが、だが私には最早そなた無しで生きることなど考えられぬッ!!」
ドン! と今度はテーブルを拳で叩き、ジュリアスは鋭い眼差しでクラヴィスを睨み付ける。
ジュリアス以外は皆それぞれのスタイルで呆然としていたが、沈没しているオスカー越しにオリヴィエが恐る恐る口を挟んだ。
「……ち、ちょっと、ジュリアス。アンタ、自分が何言ってるか分かってんの?」
ギッと自分に向けられた射殺されそうな視線に、ひぇええ! とオリヴィエの額に冷や汗が浮かぶ。
「聞いていて分からないのか! クラヴィスの余りの怠慢ぶりに、怒っているのではないかッ!!」
どこがよーっ!!
オリヴィエの心の声を無視して、ジュリアスはクラヴィスに視線を戻す。
「泉のように湧き出でるこの想いを、止めることなどできぬ! そなたを求める気持ちを抑える術など私にはない! そなたの全てを心から愛しているのだっ!!」
「…………アンタ、それのドコが怒ってんのよ。熱烈な愛の告白じゃないのさっ」
その言葉にジュリアスは「?」と再びオリヴィエの方を見た。困ったような微苦笑を顔に浮かべたオリヴィエが、自分を見ていた。そして隣に座っていたはずのオスカーが、なぜか床にへたり込み両手で頭を抱えていることに初めて気付く。
「そーゆーラブラブなピロートークは、二人きりの時にやって欲しいわよねー。ご覧なさいよ、みんな当てられて困ってるじゃない」
「……ラブラブ? 当てられる?」
そう言われてジュリアスは守護聖達の顔を見た。皆一様に赤面し、自分と視線を合わせないように目を泳がせている。
なぜだ? 私が何を言ったというのだ!? ラブラブとは何だ?
いくつもの疑問符を頭に浮かべながら、ジュリアスはクラヴィスを見た。他者にはその微妙な変化は分からないだろうが(リュミエールは赤面して俯いてなければ、気が付いたかも)、無表情なはずのクラヴィスまで微かに照れた表情をしている。
その顔を見て、ジュリアスは初めて焦った。
「……ク、クラ」
「…………なんだ」
私が何を言ったというのだ? と言うはずが、口から出た言葉は、
「そ、そなたを愛してるっ」
だった。
この時初めて、ジュリアスは自分が言った言葉を自覚した。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
あまりのことに卒倒しそうになったジュリアスの身体を、習慣で(?)咄嗟に立ち上がったオスカーが支える。
「ジュ、ジュリアス様! 大丈夫ですか!?」
「……●&×%$#@!*¥?!!」
大丈夫なわけがない。恥ずかしさの余り足に力が入らず目も開けられないジュリアスは、自分の長衣の裾をグッと握りしめ、首座の守護聖というプライドだけで何とか立っていた。
だが、とてもこのままこの場に居続けることは出来そうにない。
「オ、オスカー……少し、体調が悪いようだ。すまぬが、後を頼む」
らしからぬ小声でそう呟くと、身体を支えたまま後を続こうとしたオスカーを手で制して、退室するためにヨロヨロとジュリアスは扉へと向かった。
その後ろ姿に、クラヴィスが声をかける。
「ジュリアス……」
ビクリと震えたジュリアスが、ゆっくりと振り返る。
自分を見つめる紫色の瞳に、再び一気に頭に血が昇った。
「……大事ないのか?」
「…………す」
「?」
「す、すきすきすきすきーっ!!!」
そう叫ぶと光の守護聖は、転がる勢いで会議の間を飛び出て行った。
大混乱したジュリアスはとにかく一人きりになりたいと、宮殿の奥の森にある樹木の根本へとやって来ていた。
へなへなと力尽きたように膝を崩したが、それでも両手をついた地面に生えた雑草をギュウッ! と握り締める。
ここに来るまでに、会議の間で自分がクラヴィスに叫んだ言葉を次々と思い出し、あまりの恥ずかしさにジュリアスは何度も失神しそうになっていた。
恋人として過ごす時にも、閨の中でさえそうそう口に出したことのない、言えずにいた自分だけの秘密の想いを、あのように皆の前で臆面もなくクラヴィス本人に叫んでしまうとは!!
皆が私とクラヴィスの本当の関係を知るはずはないが、あのようなことを突然叫んだ私を気が触れたかと思ったかもしれぬ。もし万が一知っていたとしても、人前で房中を匂わす話をするなど破廉恥極まりない行為には違いない!!
「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
じっとしていられず、ジュリアスは無意味にバンバンと手の平で地面を叩いた。羞恥と怒りと苦悩がコロコロと入れ替わる表情は百面相を呈している。
特にクラヴィスの僅かに照れた表情を思い出した時、ジュリアスの羞恥心は極限まで高まった。
「次にどんな顔して会えばよいか……分からぬ……」
瞳が美しいだとか、象牙の肌だとか、自分のものだとか、温もりだとか、そ、そなた無しでは生きられぬだとか、さ、最後には、すきすきすき〜〜!?
自分が言った言葉を再び思い出し、うぬうぬと唸りながらジュリアスは一人身悶える。
息も絶え絶えになるほど一頻り悶えた後、ジュリアスは漸くあることに気が付いた。
「……なぜ私は、あのようなことを口に出したのだ?」
自分が言っているつもりだったのは、クラヴィスへの愛の言葉ではなく、職務怠慢に対する叱責だ。自分の意識とはかけ離れたことを話してしまうなど、知らぬ間に自分の身体に何かあったのだろうか?
そう思った時、どこからか自分に語りかける声があるのを、ジュリアスは微かに感じた。
……たし、わたし。
「誰だ?」
わたし、わたし。
「どこにいる? 姿を見せぬか!」
ここ。ここ。あなたはわたしのねのうえにすわっているよ。
わたしはこのきのせい。からだはないの。
「この樹の精霊……?」
ジュリアスは立ち上がり、傍らの樹木に手を触れると緑に繁る枝を見上げた。
前に来た時には白い小さな花を散らせていた枝は、今は小さな実を付けている。ジュリアスは長年この樹木を見てきたが、実を付けたのを見るのは初めてのことだった。
そう。わたしはこのきのせい。
きれいなひと、おはなしできてうれしい。
「……きれいなひと、とは、私のことなのか?」
そう。いつもわたしのそばにきてくれる、きれいなあなたをずっとみていたよ。
やさしい、きれいなひと、わたしだいすき。
きれいなひと、だいすきなひとに、ほんとうのきもちをいえた?
きれいなひと、ほんとうのことがいえるように、わたしちからをかしてあげたよ。
「本当のこと……力をかす? …………!!!」
樹の精霊の言葉に、ジュリアスは瞠目した。
……そうだ、身に覚えがある。
この場所で自分は何度クラヴィスに発した酷い言葉を悔いた思いを呟いただろう。
意識などしていなかった。独り言のつもりだったのだ。ここには自分一人しかいないと、分かっていたから。
だがその全てを、この樹木に聞かれていたというのか……。
「お前の仕業だったのか……」
自分が所構わずクラヴィスへの愛を語ってしまった理由を知って、ジュリアスはガクリと項垂れる。
クラヴィスを叱責する言葉と、自分がクラヴィスを想う言葉とを入れ替えていたのだ、この樹木の精霊が。
「だが、なぜ一介の樹木であるお前にそのような力が……守護聖である私に及ぼせるほどの力を持っているのだ?」
とてもむかし、じょおうさまというひとも、よくわたしのそばにきてくれたの。
やさしくてきれいなじょおうさま、たくさんおはなししてくれたよ
だいすきなじょおうさま、よろこばせてあげたくて、わたしいっしょうけんめいおはなをさかせて、みをつけたの。
そうしたらじょおうさま、とてもよろこんでくれて、わたしにちからをくれたよ。
みのりのひがくるたび、わたしのねがいを、ひとつかなえてあげるって。
だからわたし、おねがいしたの。
きれいなひと、だいすきなひとに、ほんとうのきもちをいえますようにって。
「………………」
ジュリアスはそっと額を樹木へと押しつけた。この樹木の願い事のためにジュリアスは身悶えるほどの恥ずかしい思いをさせられたが、恨む気持ちには到底なれなかった。
知らぬ間に自分を慕い、自分の幸せを願って往代の女王から授かった力を使ったこの樹木を、どうして責めることなど出来ようか。
「そういうことだったのか……」
背後からの聞き慣れた声に驚いて、ジュリアスは振り返った。
「クラヴィス! どうしてここに!?」
「お前の行き先が、分からぬ私ではあるまい」
歩を進めるとクラヴィスはジュリアスの隣に立ち、自分も樹木に手を触れる。
「……過去の女王のサクリアが原因だったとはな。愉しいことをしてくれる」
フッと楽しげな微笑を浮かべたクラヴィスの顔を見て、ハッとジュリアスは会議の間での出来事を思い出した。途端に顔が赤面するのが自分でも分かった。逃げるように踵を返したジュリアスの腕を、クラヴィスが掴む。
「まぁ、待て。逃げることはあるまい」
「〜〜〜〜〜〜!!」
暴れるジュリアスのもう片方の腕をも掴み、自分の方へと向き直させる。
「……フフ。私の全てを自分のものだと思いたいと……私無しでは生きられぬなどと、嬉しい想いを聞かせてもらえたな」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
あまりの恥ずかしさにジュリアスはグッと唇を噛んだ。クラヴィスの口調は決して揶揄しているものではなかったが、恥ずかしさに変わりはない。
「……噛むでない」
そう言ってクラヴィスはジュリアスの頬に唇を落とし、そのまま滑らせ唇を重ねた。驚いたジュリアスが、身を捩って顔を逸らす。
宮殿内で何をする! と叫ぶつもりが、
「そなたの口づけは、いつも私を翻弄するのだ!」
と叫んでしまい、ジュリアスは益々顔を赤らめる。茹で蛸のように赤くなったジュリアスの顔を見て、本当に珍しくクラヴィスは声を立てて笑ってしまった。その声を聞いて、ジュリアスがキッとクラヴィスを睨み付ける。
笑ったことに腹を立てたようだが、今この状態で潤みがちの瞳で睨まれても、可愛らしいとしか思えない。口を開くと何を口走るのか分からないので、これ以上文句を言うことは諦めたようだ。
……あなたが、あなたがきれいなひとのすきなひと?
頭上から樹の精霊の声がする。クラヴィスは僅かに上を向くと、精霊に話しかけた。
「……ああ、そのようだ。樹の精霊よ、お前の願い事、これも私も確かに受け取った。感謝する」
きれいなひとのきもち、きけた?
きれいなひと、ひどいこといってしまうって、いつもここでかなしんでいたの。
でもね、ほんとはきれいなひと、あなたがだいすき。
わかってあげてね。
樹の精霊の言葉に、ジュリアスはクラヴィスに手を捕まれたまま俯いてしまった。そんな様子を優しい眼差しでクラヴィスは見つめる。
「承知した……。ところでお前の願い事は、いつまで効果があるのだ?」
わたしがつけたみが、じゅくすときまで。
「だそうだ、ジュリアス」
そうジュリアスに声をかけたが、ジュリアスは俯いたままだ。クラヴィスは構わず話を続ける。
「……交換条件は、どうだ?」
「?」
交換条件? と、顔を上げたジュリアスが目で訴える。
「この樹木の実が熟するまで、極力お前には近づかないことにしよう。顔を合わせなければ、話をすることもないだろう。……私の執務室に怒鳴り込みたくなることがあったとしたら、お前が耐えるしかないがな」
執務中にジュリアスに叱責された内容を、クラヴィスが少しでも本気で受け取ることなど、実はなかった。
他の者になら言うはずのない辛辣な言葉を、思案無く吐き出すのは自分に対するジュリアスの甘えだと、とうの昔から分かっていたからだ。
だが、そのことはジュリアスには伝えない。伝えてしまったら、折角の自分の目論見が泡となる。
「それからお前が皆の前で言った言葉は、聖地に長く住まう精霊が光の守護聖であるお前に惹かれ、気を引くために悪戯心をおこしたとでも私から皆に伝えてやろう。……お前が色々弁解するより、私から話した方が皆も怪しまぬだろうしな」
その通りだと、ジュリアスも思う。この件に関して狼狽えずに皆に説明することなど、自分には出来そうにない。
「フッ、強ち間違いでもないしな。…………さて、私の方の条件だが……聞くか?」
いささかムッとしながらも、ジュリアスは了承の意志を伝えるために頷く。
「本来ならこのような場所ではなく、閨で聞きたいものだが……この樹の精霊の力は、宮殿内でしか効き目がないらしい。……致し方ないな」
「?」
何を? と言いたげなジュリアスの手をクラヴィスは誘い、樹の根本に二人で座り込む。
自分を見つめるクラヴィスの瞳が酷く優しいことに、この時ジュリアスは初めて気が付いた。
「……睦言の続きを、ジュリアス」
「!!」
思わぬクラヴィスの言葉に、ジュリアスは眉根を寄せ口をヘの字に曲げた。だが、顔は赤面したままだ。
「私は別に皆の前でも構わないのだがな……。さぁ、どうする? ジュリアスよ」
「〜〜〜〜〜〜!!!」
断れば宮殿内でまとわりつくことを暗に匂わせ、クラヴィスはフフと笑う。
そして赤く染まったジュリアスの耳元に唇を寄せた。
「今一度、甘い言葉をその唇から紡いで欲しい。……私の愛しいジュリアス」
光の守護聖が睦言を紡いだかどうかは、闇の守護聖と樹の精霊だけが知っている。
...FIN...