どうにかしてみろ!    By 鹿島麻美


『ムカツク!』

 そう思いながら、リョーマは乱暴に部室のロッカーの扉を開いた。
 思い出すだけで、フツフツと怒りが湧いてくる。
 自分がこれだけ怒っているのに、いくら練習中だからってあのヘーゼンとした顔は何なの?
 少しは気にしたらどーだよ!!
 …………公衆の面前で自分にすまなそうな顔をするアノ人を想像すると、それはそれでキモいけどさ。
 でも昨日の夜に電話をくれたきり、何も連絡してこないなんてヒドイじゃん。自分が悪いくせにッ。
 メールぐらいよこせ。
 部長のバカー!!

 越前リョーマはその日怒っていた。
 正確には、前日の夜から。



 見たい映画があるので、休みの日に一緒に出掛けようと約束したのは、もう大分前のこと。
 自分が手塚宅に泊まり込むことは良くあるが、なかなか外に出掛ける時間と機会がない自分達なので、久しぶりのデートを密かにリョーマは楽しみにしていた。
 だがレギュラーとはいえお気楽一年の自分とは違い、テニス部の部長だけでなく生徒会長などとゆーご大層なモノまで兼任しちゃってる手塚が、非常に忙しい毎日を送っていることをリョーマは知っている。
 だから昨夜、急に生徒会の用事が入り行けなくなったと言われてしまっても、とても残念には思うけれど、こんな風に理不尽に怒る自分ではない。通常ならば。
 怒るには怒るだけの、ちゃんとした理由があるのだ。
 本当なら映画を見に行く約束をしていたのは、珍しく部活も休みのこの前の日曜日だった。
 土曜日の部活後、定番のお泊まりセットを手に内心ウキウキと手塚宅に赴いたリョーマだったが、久しぶりの完全休日の前夜、自分とは違った意味でウキウキしていた男(しかし全く顔には出ず)がそこにはいた。
 勿論自分だってエッチをしたいと思ってはいたが、彩菜さんの作った美味しいご飯を食べて、ぬくぬくと手塚家の大きなお風呂に浸かって、先に自室に戻っていた手塚を「くーにーみーつぅー☆」なんて甘えた声で呼びながら、自ら腕の中にダイブした己は正に鴨ネギ。
 次の日に映画を見に行く約束をしているのだから、軽いエッチで終わると思っていた自分にこそ、『まだまだだね』と高飛車に言ってやりたい。
 泣いて泣いて「もーヤダ、許して!!」と何度も頼んだのに、絶倫王と化した恋人は一晩中自分を離してくれなくて。
 翌日、目が覚めると真っ青な空に浮かぶ太陽は既に天高く、そして突かれまくってヨレヨレの自分はただのボロ雑巾だった。
 身体中が泥のように重く怠く、あらぬところはズキズキと痛み、映画どころの話じゃない。
 楽しみにしていたデートが中止になり、ふて腐れて布団でミノムシになった自分に、流石の手塚もバツが悪そうに何度も謝った。
 そして次の日曜日は部活が午前中のみなので、その後に必ず見に行こう(昼食奢りで)と手塚から約束してくれたから、ようやく機嫌を直して許してやったというのに……。
 それなのに、二回目の約束も破るってどーゆーコト?
 しかもその連絡をしてきた昨夜の電話もサイアクだった。
 どれだけすまなそうに謝られても、手塚は立場上その用事の方を優先しなくてはいけないと解っていても、自分には存分にブーたれる権利があっただろう。
 実際にはあまりしゃべくる方ではないので、ヨソユキ口調で何度か嫌味を言ってやっただけだったけれど。
 映画の公開は来週の金曜日までなのだ。平日に行けるはずのない自分達は、今週の日曜がダメならカンペキにアウトである。
 だが、そう言った自分に対する手塚の応えは、

『そんなに見に行きたいのなら、誰か他に誘える奴はいないのか?』

 なんて、火にガソリンをブッかける怒髪点もので。
 確かに見たい映画だよ。
 見に行こうと思えば、今までに一人でだって行けたし、テキトーに誰かを誘ってでも行けた。
 でも、なかなか予定のつかないアンタの都合に合わせたのは、ずっと一緒に行ける日を楽しみに待っていたのは、映画を見たいだけじゃなかったから……!
 気が付くと「バカ光!!」と盛大に怒鳴って電話をブチ切っていた。
 そんな自分は絶対に悪くないと、自信を持って言い切れる。



『超ド級エロ激ニブ天然男!!』

 口に出して叫んでも誰も信じないだろう真実を心の中で叫びながら、リョーマは腹立ち紛れに汗に濡れたシャツを勢い良く脱いだ。
「リ、リョーマ君っ! それ、どうしたのっ!?」
 直後に悲鳴のような声でカチローにそう言われ、「?」とリョーマは振り返る。
 するとなぜか一年トリオが、青ざめた顔で自分を凝視していた。
「何?」
「な……何って……越前、お前っ!」
「い、痛くないの〜?」
 ? 何を言ってるんだろう?
「痛くないの? って、何が?」
「な、何がって、自分が一番わかってるだろーがよぉ!」
「ちゃんと、お医者さんには行ったのっ?」
 …………?
「ねぇ、先生に言った方がいいんじゃ……」
「部長にも、ちゃんと報告しとかないとダメだぜっ。お前、練習参加すんのキツかっただろーによぅ」
「リョーマ君、意地っ張りだから〜」
 はぁ?
「ねぇ。勝手に盛り上がってるトコ悪いんだけど、何言ってるかサッパリ解んないよ。一体何が言いたいわけ?」
 そうじゃなくてもブチ切れ気味の神経に、意味不明な一年トリオの発言は益々リョーマを苛立たせた。
 彼らに向ける視線が、自然にキツイものになってしまう。
「何って……、お前のその背中!」
 背中?

「痣だらけじゃないか!」
「痣だらけだよっ!」
「痣だらけだよ〜!」

 見事にハモった三重奏にそう言われ、リョーマはハッと息を詰める。
 しまった!!
 手塚に対する怒りで頭がいっぱいで、すっかり隠すのを忘れてしまっていたが、今自分の背中には、週末に手塚に付けられまくったキスマークの名残が、鬼のように残っているのだ。
 実は自分は背中が弱い。特に腰の付け根や肩胛骨の窪みの辺りは、撫でたり舐められたりしただけで、身体が痺れてヘロヘロになってしまうほど。
 強く吸われたりしたら堪ったモンじゃない。酷く追い詰められていた時なんて、それだけでイってしまったこともあるぐらいで……。
 そのことを熟知している手塚だからこそ、週末はソコを重点的に責め立て、何度も何度も自分の身体を好き勝手にしてくれちゃったのだ。
 しかし、付けられた直後は真っ赤な花のような痕も、所詮は鬱血。
 時間が経つにつれ変色して、今は濃い紫と黄色がまざったような、まだら模様になってしまっている。
 パッと見、打ったり蹴られたりした痕に見えなくもない。
 何しろその数は尋常ではないのだ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 冷や汗がタラリと額を流れる。
 ウカツだった。
 今まで見つからないように着替える時は、さりげなく背中を誰もいない方向に向けたり、人がいない時を見計らって部室に来たり、どーしょもない時はトイレで着替えを済ませるほど注意をしてきたというのに、こんなにも堂々と脱いでしまうとは!
 今現在部室にいたのが、コートの片付け当番で帰り支度が遅くなった一年トリオと自分だけで、トリオには到底この痕が本当は何の痕なのか解らないだろうことが、せめてもの救いか。
「……何でもないよ」
 努めて平静にそう言ってリョーマは、急いで新しいシャツを頭から被り、着替えを進めた。
「何でもなくないよ! そんなに酷い痕なのにっ!」
「……まさか、また、山吹の亜久津みたいなヤツにやられたの?」
 そう余計なことを言ったカツオに、チッと舌打ちする。
 あんな特殊危険物がそうそういるかっつーの。
「どこの学校のヤツにやられたんだよ!」
「え? 本当にそうなの?」
「都大会が終わって、越前はここいらじゃ有名人だぜ! 狙われたっておかしくないよな!」
「そうか……、そうだね」
「リョーマ君がいくら強いからって、暴力を振るうなんて最低だよ! 勝負なら正々堂々とテニスで付けるべきじゃないかっ!!」
「そーだそーだ! 今度こそ中体連に訴えてやれよ!」
 案の定変な方向に進んだ勝手な会話に、返答するのも億劫だったが、ここはちゃんと否定しておかないと後々面倒なことになる。
「だから、何でもないって言ってるじゃん。違うんだから、余計なこと言いふらさないでよ」
「じゃあその痣、何なんだよ!」
 答えられるか!
「リョーマ君、無理しないでちゃんと先生や部長に相談した方がいいよ! 一人で抱え込まないで!」
「そんな怪我をさせられて、黙っていることないと思うよ〜」
「なあ越前っ、ドコの学校のヤツにやられたのか、ちゃんと話せよ!」
 あ〜〜もう! ウルサイウルサイウルサイッ!!
「いーかげ……」
「部室で何を騒いでいる!」
 んにしてよ! と続けるつもりだったリョーマの言葉は、突然部室に入ってきたテニス部部長によって遮られた。
「お前達、まだいたのか?」
「なになに〜、あっ、おチビみ〜っけ!」
「もう外、結構暗いよ」
 手塚に続いて乾・菊丸・不二らも部室に入ってくる。

 カンベンして…………。

 やっかいな時にやっかいな人達ばかりを引き連れて来た手塚に、リョーマはギロリと怒りの視線を向けた。
 部活も終わっていたせいだろうか。一瞬だけ眼鏡の奥の視線が揺らいだ気がしたが、すぐに現状を思い出したように、キビシイくオカタイ部長様の目に戻ってしまった。
「もう遅い。着替え終わったのならすぐに帰宅しろ」
「……っ、はっ、はい!」
 躊躇しながらもそう返事をした一年トリオとは違い、いつもなら何でもない手塚の命令口調に、今のリョーマは最高潮に腸が煮えくり返っていた。
 何だよ! 元はと言えば全部全部全部ッ、部長のせいじゃんか!!
 自分がず〜っとムカついているのも、苦心して背中を隠しながら着替えなきゃいけないのも、勝手に話を進めてウルサク詰め寄る一年トリオに言い訳しなきゃいけないのも、全ては目の前の偉そうな男のせいなのだ。
 それなのに、もう自分だって帰るだけだろうに、待ってろとも言わず、怒っている自分に、一言の言葉もないまま、すぐに帰れだと?
 …………………。
 リョーマは一年トリオへ視線を向けると、手塚に向かって指をさした。

「このヒトだよ」

 キッパリとそう告げた後に、心の中で『どうにかしてみろ!』と叫ぶと、リョーマは手塚と三年レギュラー達の横を通り抜け、さっさと部室を出て行くのだった。



 後に残され、「おチビ、どしたん手塚?」「さぁな……」などと呑気に会話している三年生達とは違い、大パニックに陥ったのは勿論一年トリオだ。
 蒼白な顔色でお互いの顔を見合わせる。
 リョーマは間違いなく手塚を指さし、自分に乱暴をしたのは『このヒト』だと言い切っていた。
 でもまさか、自分たちが誇るこの手塚部長が、自分よりもずっと小さな一年の後輩に、そんな卑劣な真似を!?
「お前達、何をしている。さっさと帰れ」
 どうして良いか解らず三人で固まりワタワタしていると、再び手塚からそう声を掛けられる。
 ビクリと肩を震わせた三人のうち、ギュッと強く拳を握ったカチローは、少しの沈黙の後に覚悟を決め手塚の方へと身体を向けると、勇気を振り絞って叫んだ。


「ぶ、部長っ!! 僕……僕っ、信じられませんけどっ、どうして部長っ、リョーマ君に乱暴したんですかっっ!?」


 三十秒後、部室は爆笑の渦に巻き込まれていた。
 実際に笑っていたのは三年生だけで、そんな三年生を一年トリオはポカーンと見つめていたのだが。
「…………越前の冗談を本気に取るんじゃない」
 三年生の中で唯一笑わず、なぜか眉間の皺を大増量させ疲れた様子の手塚が、痛むのか指先でこめかみを押さえながら一年トリオにそう言うと、「イジメたんじゃなくて、可愛がりすぎたんだよん☆」と、それまで涙を流して笑っていた菊丸が、彼らにはよく解らない突っ込みを入れる。
 そして、「ね〜っ」と言いながら隣にいる不二に”ニシシ”と意味ありげに笑いかけると、不二も肯定するように”フフフ”と笑った。
 そして乾までもが、「お前達にはまだ早い話だな。本来なら越前も同様なんだけどね」と言いながら、ククク……と不気味に笑っている。
 どうやらこの三人の間では話が通じているらしいが、一年トリオには解るはずもなく。
 そんな部員の様子を見ながら、手塚は厳しい表情で大きなため息を付いた。
 このような場で唯一手塚の身方になってくれるだろう青学の母は、残念ながら本日は私用で不在なのであった。



 結局収拾のつかない場で困り果てた一年トリオを救ってくれたのは、天才と呼ばれる先輩だった。
 トレードマークのニコニコ顔で「手塚が暴力なんて振るうわけないよ、安心して。越前のことは心配いらないから、もう遅いし早く帰ったら?」と言って、自分達を部室の外へと促してくれたのだ。
 そして今、狐につままれたような心境で、三人は暗い夜道をとぼとぼと歩いてる。
「何で先輩達、あんなに笑ったんだろ? おかしいことなんて、何もなかったのに……」
「わかんないよ……。泣くほど笑う先輩達なんて、初めて見たけどさ」
「それを言うなら、何で越前が痣を部長のせいだって言ったのかも、わっかんねーよなー」
「部長も不二先輩も、違うって言ってたもんね……」
「リョーマ君も、怪我している割に痛そうな感じがあんまり無かったよね」
「……変だよね」
「一体、何だったのかな……」
「わっかんねぇー!!」


 一年トリオが数年経っても解答できるかどうか解らない謎に頭を悩ませていた頃、手塚は部室という名の針のムシロで、リョーマからの制裁を痛いほど受けていたのであった。



END♪ 




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