Monopolizer    By 鹿島麻美


 図書室のカウンターに座り、リョーマはやる気のない視線を窓の外へと向けていた。
 一年の中で一番寒い時期は越えたが、まだまだ凍てつくような気温の日も多い。
 しかし、今日の陽気は小春日和で外は案外暖かそうだ。
 退屈な図書委員の仕事なんか放り投げて、今すぐラケットを手にコートに走り出したくなる。
 だが、例え曇天で寒風吹き荒ぶ陽気であっても、こんなに精神衛生上悪い場所にいるぐらいなら、グラウンド20周でも30周でも走っていた方がよっぽどマシだと今、現在進行形でリョーマは思っている。
 小さく溜息を付くと、リョーマは視線を閲覧コーナーへと向けた。
 開室した一時間前と変わらぬ席、変わらぬ姿勢、変わらぬ表情で、元生徒会長・元テニス部部長という立派な肩書きを持つ恋人が、静かに自習に励んでいる姿がそこにはあった。


 最近の越前リョーマは不機嫌である。
 恋人である手塚の卒業が近いので感傷的になっているとか、そういう可愛いらしい理由ではないが、卒業ということが大きな原因であることは確かだ。
 二月も後半に入った頃から、手塚に対する女生徒からの告白が大激増していた。
 元々モテる手塚ではあったが、卒業という区切りに玉砕覚悟で告白を! と意気込む女生徒から、連日告白されまくっていることは、今や校内では周知の事実である。
 特に同時に高等部に上がる訳ではない下級生からは、普段から接点も少ないのにリミットが近いせいで、形振り構わないアタックも多いと聞いている。
 直に3年1組に出向き手塚を呼び出し、そのまま廊下で告白する猛者もいるそうだ。
 リョーマも休み時間等に偶然校内で手塚に出会うと、真っ赤な顔で今にも泣きそうな顔をした女生徒から、手紙やプレゼントを渡されている姿を見かけるようになった。
 手塚が部活を引退して以来、学年も校舎も違うせいで約束無しでは校内で姿を見かけることも偶にの出来事なのに、その自分ですら告白されている姿を何度か見かけているのだから、一体一日に何人に告白されているのか想像するのも馬鹿らしい。
 勿論その都度手塚は丁重に断っているのだが、やはりこう何度もそんなシーンを見せられたり(見せるつもりはないんだろうけど)、情報通を気取る外野からああだったこうだったとモテっぷりを聞かされるのは、恋人としては面白くない。
 手塚本人のせいではないのだから言ってもどうにもならないし、言うのも妬いてるみたいで悔しいので、今まで二人でいる時にこの話題を口に出したことはないが、確実に自分の不機嫌指数は増加している。
 壊滅的に感情の機微に疎い恋人が、それに気付いているとは思えないけど……。
 せめて先週のバレンタインに登校していれば、こんなことにはならなかっただろうに、と思う。
 親戚に不幸があったのだからこれも手塚に罪はないが、この日に登校していれば告白はこの一日に集中して一気に振ることができ、以後の単発攻撃の回数は大幅に減ったはずなのだ。
 それでも本人不在の下駄箱や机の周辺は、翌日まで山盛りのチョコレートやプレゼントで酷い有様になっていたが、女の子にしたって直接手渡しして告白できなければ、不完全燃焼だと思う子も多いだろう。
 まぁ直接手渡していたら、その場で突き返されていただろうとけど。オレもそうしたように。
 フン! と思いながらもリョーマは手塚から視線をずらし、彼から少し離れた席を陣取っている女生徒の一団を一瞥する。
 皆、頬をうっすら赤く染めながら小声でコソコソ話をしつつ、チラチラと視線を手塚へ送っていた。
 一時間前と変わらずに……。
 その一団の向こうにも沢山の女生徒が席に座り、少なからず手塚を意識して熱い視線を送っている。
 これだけの視線を気にも留めず、マイペースに自習を続けていられる手塚は相当の鉄仮面だ。つか、やっぱり鈍い。
 人のことは言えないが、注目されることに慣れている人間はこれだからもう……と、八つ当たりしたくもなる。
 でもそれだって手塚が悪い訳ではないことは重々解っているので、リョーマが私的諸悪の根元である女生徒達に『本を読むか自習をする気がないのなら、さっさと帰りなよ!』と、思わず怒鳴りたくなってしまうのは仕方がないことだろう。
 生徒会も部活も完全に引退し、比較的放課後の自由時間が多くなった手塚は、三学期に入ってからよく図書室で自習をするようになった。
 それに伴い女生徒の図書室使用率は、激しく右肩上がりである。
 中等部の人気者である元テニス部3年レギュラーが、手塚と一緒に自習することが多いせいもあるだろうが、それにしたって今現在も図書室の男子と女子の比率の差は激しい。
 どうして自分が図書当番の今日に限って、元3年レギュラーは手塚以外誰も姿を現さないんだろう。
 まさか今この場所で、一方的な熱波を送っている女生徒の誰かが、自分の恋人に何かをしかけるとは思えないけれど、遮る物も無く無遠慮にジロジロ見まくられている現状は充分ムカつく。
 誰でもいいから早く来て、国光をあの色目軍団からブロックしてよ! と、勝手なことをリョーマがジリジリしながら内心叫んでいると、手塚から閲覧机一つ分離れた場所に座っていた女生徒が、小さく「アッ!」と声を上げた。
 同時に某ネズミのキャラクターの形をした消しゴムが、机の上をコロコロと手塚の方へと転がって行く。
 どうやらポーズのために持っていた消しゴムが手から滑り落ち、運良く(?)手塚の方へと転がって行ってしまったらしい。
 手塚はその消しゴムを何の気無しに手に取ると、慌てて取りに来てペコペコ頭を下げる下級生に手渡した。
 ほんの少し指先が触れただけなのに、その女生徒は見る見る真っ赤になって……。
 赤面したままの彼女が席に戻ると、早速仲間達が無言でキャアキャア突っついたり軽く肩を叩いたりして、冷やかしている。
 彼女の様子から態と消しゴムを転がした訳ではないと解ってはいたが、照れながらも嬉しそうに消しゴムを握りしめているその姿や、彼女を羨ましそうに見ているその他大勢の女生徒を見たとき、イライラがピークに達したリョーマの中で、プツリと何かが切れた。
 衝動的にカウンターから出て、手塚の元へとスタスタと歩み寄る。
 自分が近付いて来たことに気付いた手塚が、ふと顔を上げた。
 視線が『何だ?』と問い掛けていたが、無視して目の前まで近づき、硬質の美丈夫を見下ろす。
「どうかしたのか?」
 今度はきちんと言葉で問われ、リョーマは応えに詰まってしまった。
 別に確固たる目的があって側に来た訳ではないのだ。問われても応えられる訳がない。
 黙ったままの自分を、椅子に座っているせいで自分より頭の位置が低くなっている手塚が、僅かに眉を顰めた顔で見上げている。
 いつもは自分が見上げているパターンの方が遙かに多いので(悔しいけど)、じっと自分を見上げている手塚の表情に、こんな時だというのに心臓がドキリと音を立てた。
 知らず知らず浮いた左手が、勝手に手塚の顔へと伸びる。
 近くの女生徒達が「キャ……」と声を立てたような気がしたが、動きを止められない。
 指先が頬に触れるまであと数cm、という所で、突然手首に強い力を感じた。
「何をする」
 手塚の冷静な声と、触れようとしていた左手を捕まれ引き離されたことで、リョーマは一気に現実へと戻された。
 ハッとして瞬きを繰り返す自分を、手塚の冷たい視線が射る。シマッタと思ったがもう遅い。
 …………解っている。今は校内なのだから、先輩後輩の態度を崩してはいけないことを。
 ましてやここは、気心の知れた仲間達に囲まれていたかつての部室ではなく、思いっきり公共の場である図書室なのだ。
 だが、不審な態度を取った自分が悪いと解っていながらも今に限って、只の先輩後輩の関係を貫こうとしている手塚の態度が許せない。思わず睨み付けてしまう程悔しい。

「スケコマシ」

 漸く手塚には聞こえるだろう程の小声でそう呟くと、リョーマは手塚の表情を確認する前に俯き唇を噛んだ。
 自分がとても惨めな気がして、胸にツキンと痛み走る。
 少しの間を置いて、俯いてる自分の頭の下から、大きな溜息が聞こえた。
 ……きっと、酷く呆れているに違いない。
 もうカウンターに戻るから、手を離してと言おうとしたリョーマだったが、次の瞬間なぜか右手も捕まれていた。
 驚いて顔を上げると、自分の両手首は手塚に拘束され、そのまま手の平が手塚の頬を包み込むような形で引き寄せられている。
 両の手に感じる温もりにリョーマは頭の中が真っ白になり、手塚の行動に周りの女生徒達は、今度は小声の悲鳴ではなく息を呑んでいた。
「……触りたかったんだろう? 好きにしろ」
 周囲の様子など気にも留めずにそう言った、リョーマの小さな手の平に包まれた美貌が微笑する。
 思いもがけない手塚の行動に暫くボ〜ッとしてしまったリョーマだったが、次第に今の状況を理解していくにつれ、徐々に頬に熱が上がってきた。
 全く、腹の立つ男だと思う。自分にこんな意味不明な行動を取らせ、人前でこんなに簡単に赤面までさせるなんて!
 それなのに当の本人は顔を自分に預けたまま、にっこり(リョーマ視点)笑っているのだ。
 女の子がいっぱいいんのに、迂闊に笑った顔見せないでよ、って思う。
 更にミーハーファンが増えたらどうするつもり? バカー!!
 悔し紛れにリョーマは頬に触れていた手を些か乱暴に剥がし、周囲に充分聞こえる大きさの声で言い放った。

「今はいい。後でアンタの部屋で好きなだけ触るからっ」

 自分のセリフにシーンと静まり返ったギャラリーを余所目に、リョーマはクルリと踵を返し、行きと同様スタスタと歩き出す。
 口の端には意地の悪い笑みが浮かんでいた。
 今日はもうこのまま部活に行ってしまおう。どうせ本を借りる生徒なんて一人もいないんだから、後で適当な時間に鍵だけ閉めに来れば充分だ。
 この状況に一人残された手塚の心境を考えると、最高に面白い。ザマーミロだ!!
 してやったりと少し機嫌が浮上したリョーマの背中に声が掛けられる。

「待っている」

 動揺の欠片もなく凛とした良く響く声でそう告げたのは、間違いなく手塚で。
 リョーマは再び頬に熱が上がるのを感じた。きっとさっきの何倍も赤い顔をしているだろう。
 すごすごとカウンターの中に戻り、しゃがみ込む。
 せめて少しでもこの赤面状態を解消しない限り、椅子に座って閲覧コーナーの方へ顔を向けるのはとても無理そうだ。
 ぷーっと頬を膨らませ、熱を冷ますように大きく息を吐いた後、リョーマは小さく呟く。

「まだまだだね……」


 翌日から手塚に付いて回る女生徒は激減し、別の意味での二人のファンが急増したのは言うまでもない。



END♪  




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