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Sleeping Beauty
By 鹿島麻美 |
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珍しく部活のない完璧オフの休日の午後、桃城武は陽気に鼻歌を歌いながら自転車を漕いでいた。
昨夜は朝練が無いのをいいことに、前々から見たかった映画のDVDを見たり、溜まっていたCDをMDに編集したり、クリアしてなかったゲームをしたりして夜更かしを満喫し、東の空が白み始めた頃に寝入って次に目が覚めた時には、到底朝とは言えない昼近い時間になっていた。 ブランチをお腹いっぱい詰め込みひと休みすると、すぐにじっとしていられなくなるのは、スパルタ運動部でレギュラーを張っているせいだろうか。 不摂生で多少のダルさを感じる身体をスッキリさせようと、愛用のテニスバッグを肩に担ぎ自転車に飛び乗って10分程。 そろそろ目的地である生意気な後輩の自宅が見えてくる頃だ。 後輩宅の近所にある彼の父親が住職を勤める寺にはなぜかテニスコートがあり、桃城もたまに後輩と一緒にそこで打ち合うことがある。 イコール後輩の家に押し掛ければ、打ち合う相手も場所も一気にゲットできるという算段だ。 アイツもゲームか何かで夜更かししたかもしんねーけど、いい加減起きてるだろう。いっちょ先輩に付き合って貰うぜ〜。 などと勝手な予定を立て越前家の前に着いた桃城が、休日なので一応呼び鈴を押し、いつものように「えちぜ〜ん!」と大声を上げようとした瞬間、ガラリとその越前家の玄関の引き戸が開かれた。 現れたのは銜えタバコに無精ヒゲ、締まりがない欠伸顔にだらし無く着崩した法衣姿の、見るからに生臭坊主……もとい、後輩の父親、越前南次郎だった。 ラケットを握った姿を見たことがないため、目の前の人物がその昔サムライ南次郎と呼ばれ、世界を席巻したプロテニスプレイヤーだと知った後でも、現在の姿とのギャップに今一ピンとこない桃城である。 「ヨォ、青少年!」 「あ、ども〜」 自分に気付いた南次郎に声をかけられ、桃城は頭を下げた。 呼び鈴を押したポーズのままだった自分に、南次郎が「オッ!」と声を上げる。 「わりーな、昨日からソレ壊れちまってんだ。リョーマなら自分の部屋にいっから、勝手に上って声かけてやってくれ。今アイツ以外は出払ってるからよ。オレはちょっと寺に急ぐんでな」 そう言うと擦れ違いざまにポン☆と桃城の肩を叩き、「ア・ナ・タ好みのア・ナ・タ好みの、女にぃ、なりたい〜♪」などと桃城の知らない歌を口ずさみながら、南次郎はスタスタと寺の方へと歩いて行ってしまった。 しばらく悩んだ桃城だったが、南次郎にそう言われた手前大声を上げることもできず、仕方なく自転車から降りると肩からテニスバッグを降ろし門柱に立て掛け、素直に越前家の玄関へと向かうのだった。 その頃南次郎も寺へと向かう足を止め、とある事を思い出していた。 ほんの少しだけマズったか? と眉を顰めたが、直後に「ま、いっか。後は野となれ山となれ〜!」とニヤつきながら大声でのたまい、近くにいたおばちゃんを大いにビビらせた後、再び寺へと歩を進めたのであった。 「お〜い、越前」 カラリと引き戸を開けた玄関口で、桃城はそう何度目かの声を階段の上に向かってかけた。 しかし相変わらず二階からの反応は一切なく、家の中は静まり返っている。 こうシーンとした雰囲気では、外からではヘッチャラでも、屋内で大声は上げにくい。 仕方ねぇ……と、桃城は靴を脱ぐと、玄関に上がり階段を登り始めた。 越前のヤツ、昼寝でもしちまってるのかな〜。 そうだったらやっぱ悪ぃよな……。 家に上がるのは初めてではないので、突然部屋に行くことにそこまで躊躇する訳ではないが(親の許可済みだし)、折角の休みに昼寝でもしてゆっくりしているのなら、無理に起こして自分に付き合わせるのは流石に気が引ける。 いつもは直ぐに出てくる越前が姿を現さないのは、寝こけている確率98%……などと逆光メガネの先輩の真似を脳内でしつつリョーマの自室前まで来ると、桃城はドアが5cm程開いていることに気が付いた。 「越前……?」 なぜか必要以上に小声で声をかけた後に室内を覗き、桃城は目を瞠った。 何だこの足の裏!? 確かに予想通りベッドで人が寝ていた。 越前の部屋のレイアウトは、ベッドがドアの方向に足を向けるようにして配置してある。 覗いてすぐに人の足が見えたので『あーあ』と思ったが、それは一瞬で次の瞬間にはその足の裏の大きさに驚いていた。 デカイ。 異常なデカさと言うわけではないが、その足の裏は確実に自分の足の裏よりもデカかったのだ。 勿論、越前では有り得ない。 よく見ると足の裏に続く足本体も、裏の大きさに見合って長い。もう絶対に越前じゃない(失礼な?)。 一体誰なんだ……? 好奇心を抑えきれずそろそろと室内に入り、桃城はベッドで眠っている人物をまじまじと見る。 非常に整った顔立ちの、若い男がそこで寝ていた。 カーテンが引かれているせいで、ほんのり薄い光の中でさえ長い睫毛が頬に影を作り、形の良い細めの鼻梁の下、薄めの唇がうっすらと開かれている様は、見る人が見れば色っぽいと表現しただろう。 生憎桃城には男に対してそういう表現を使うセンスはなかったが。 誰なんだ? オヤジさん、越前以外は出払ってるって言ってたじゃねーか? と、頭の中を?マークでいっぱいにしながらも、目の前で眠っている人物を見つめているうちに、桃城はフと気が付いた。 なんか、どこかで見たことがあるような気がする男だ。 今は閉じられているが、開いたらきっと意志の強い瞳が現れそうな、切れ長で少しつり上がり気味の瞼のライン。幾重にもレイヤーの入ったヘアスタイル。立ち上がったらきっと自分より高いだろう上背と広い肩幅。 半袖から覗いている腕の筋肉の付き具合に、自分と同じくスポーツをやっている男だろうということは容易に窺えた。 越前の個人的なテニスのコーチか何かなんだろうか? でもアイツの場合、オヤジさんっつー強力なコーチ(?)がついている。 う〜ん? と思いつつ視線を上げると、ある物が目に入った。 枕元の棚の上に置いてある、オーバル型の縁無し眼鏡。 うううう"ん!? と首を捻る。 逆光メガネの先輩みたいなインパクトはないが、確かに見覚えの有るその眼鏡。 もう一度眠っている人物に視線を移す。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」 咄嗟に口を手で覆い、叫び声を防いだ自分を力いっぱい褒めてやりたい。 なぜすぐに気が付かなかったのだろう? 眼鏡を外しているけど、見たことがあるはずもない寝顔だけれども、今目の前にいるのは自分が所属する青学テニス部の部長、手塚国光その人ではないか!! 気が付けば顔も髪型も身体付きも手塚以外には見えないのだが、ここにいるはずのない人物が、しかも普段の様子からはとても想像できない無防備な表情(桃城比100%)を晒して、気持ち良さそうにスースー眠っているという事実が、桃城の認識力を鈍らせていた。 しかし認識できたからと言って、桃城の混乱が収まるものでもない。 脳内の?マークは増える一方だ。 何で? どうして部長がここに? だってここは越前の部屋じゃねーか? 越前の家だよな? オレ部長ん家なんか知らねーし……って、さっき越前のオヤジさんと会ったじゃねぇか! 間違いなく越前の家で越前の部屋で越前のベッドなのに、寝てんのが部長って、世にも奇妙な物語? それともドッキリか!? 俺を騙して何の得がー!! 大混乱である。 ウガー! と両手で頭を掻きむしりつつ、そんな自分に気付きもせずに眠り続ける手塚に再び視線を向けた。 そして、とても穏やかな顔をして眠っている手塚ではあったが、その姿勢がかなり不自然であることに桃城は気が付いた。 まず第一に、身体がベッドの中央ではなく極端に右側に寄っている。 普通のシングルのベッドだ。自分よりも10cm近く身長が高い手塚には、少し窮屈なくらいのサイズだろう。それなのに真ん中に寝ないで、何で横向きでそんなに壁際に? 第二に、肩からまっすぐ横に伸ばされた右腕。 長いもんだから、指先がベッドの端からはみ出している。右肩が身体の下側になっているので、ずっとそんな形で寝ていたら、腕は痺れるし肩の関節が凝り固まってしまいそうだ。 そして残りの左腕は、緩いLの字を作り、手の平が右腕の肘裏を覆うように被さっていて……。 再び、う"ん? と思う。 この体勢、腕の配置、異様にベッドの片側に寄った身体……。 そう、まるで誰かに腕枕をしながら眠っていたようにも見えないか!? そう思い付いた途端、桃城は急にTシャツの裾を後ろからグイッ! と強く引っ張られ、内心『ぎゃあ!!』と叫びながら振り返った。 するとそこには、怒りも露わに自分を睨み付けている、生意気な後輩の姿があった。 なぜだかハンパじゃなく怒っているようで、掴んだままのTシャツの裾を乱暴に引っ張り続けている。伸びるじゃねーか。 怒りの理由が解らない桃城が、大きく口を開いて『何なんだよ!』と声をかけようとすると、リョーマは「シッ」と立てた人差し指を自分の唇に当て、視線をベッドへと向けた。 桃城も手塚が寝ていることを思い出し、アワワワと手の平で口を覆う。 お互い無言で、桃城はTシャツを引っ張られたまま、部屋の外へと出た。 そこで漸くかなり変な形に伸びきったTシャツの裾を解放し、リョーマは細心の注意を払って、ゆっくりそっと音を立てないようにドアを閉める。 そして桃城の存在を無視したまま、これまた静かに階段を降りて行くので、仕方なく桃城は後へと続いた。 玄関で靴を履き家を出て、そして門の外まで来た所で、リョーマは初めて口を開いた。 「サヨナラ、桃先輩」 そっけなくそう言うと、クルリと家の方へと身体を反転する。 「何だよそりゃあ!」 思わず桃城は言い返していた。 自分の言葉に振り返った後輩の視線はまだ怒りにメラメラと燃えていて、何時にない剥き出しの感情にちょっと引きそうになったが、このまま訳も解らずハイ・サヨナラでは納得が行かない。 「フホーシンニュウで訴えられないだけマシだと思って下さい。……俺、かなり怒ってるんっスよ。ワカリマセン?」 「俺は何もしてねぇよ! オヤジさんが呼び鈴壊れてっから、勝手に入って声かけてくれって言うから……」 「……あンのクソ親父ィッ!!」 桃城の返答にそう叫ぶと、リョーマは寺の方向をギッと睨み付けた。 怒りは今ここにはいない人物へと移ったようで、桃城はちょっとホッとしてしまう。 「ところで越前、何で部長が……」 「反則っス、桃先輩」 桃城にとっては当然の問いかけを、リョーマが遮った。 一瞬の沈黙の後、いつもの勝ち気な表情に戻り、ニヤリと口の端に笑みを浮かべる。 「せっかく必死に寝かしつけて、これから寝顔をじっくり楽しもうと思っていたのに、何の苦もなく見るなんて、桃先輩図々しいにもほどがあるっスよ。人の特権何だと思ってるんスか? 俺だって今日やっと初めて見たのに…………許せないっス。明日の部活覚悟しといて下さい。手加減ナシのマジで行きますから」 そう一方的に自分の言いたいことだけを言い切ると、リョーマはプイッと踵を返し、今度は振り返ることなく家の中へと戻って行ってしまった。 ご丁寧にもカチャ・カチャと、施錠の音までする。 そして越前家の門の前には、言われたことの意味を考えあぐね、石のように固まる桃城だけが取り残されたのだった。 出た時と同じように、そーっと、そーっと部屋のドアを開けると、リョーマは滑り込むように自室へと入った。 思いのほか眠りが深いようで、静かに寝息を立て続けている手塚にホッとする。 ベッドのすぐ横に腰を下ろすと、リョーマはじっとその寝顔を見つめた。 家族全員が出かけたからって、起こしたくなくて部屋のドアを少し開けてトイレに行ったのは、本当に大失敗だった。 閉まっていたらきっと桃城だってノックをしたはずで、そーゆー音で目が覚めない人ではないのだ。 トリ頭の(国光が泊まってるって知ってたくせに!)馬鹿オヤジが悪いとは解っていても、易々とこの寝顔を見た桃城に腹が立つ。 ムカツク、ムカツク、ムカツク――――!! 今日のこの日のために、自分がどれだけ策を練ったと思っているのだ。 夜は自分より遅く眠り、朝は絶対に自分より早く起きているこの人に、習慣のない昼寝をさせるまでにどれだけ苦労したことか。 人には殆ど見せたことのないだろう表情を、これまでに自分にだけは色々見せてくれたけれど、ただ一つ見たい見たいと思っていながら、今まで見ることが叶わなかったこの人の顔がある。 それは、寝顔。 別に手塚が無理をして、自分の寝顔を隠そうとしている訳ではない。 単に、時間的に合わないだけなのだ。 夜、手塚が寝付くまでコッソリ眠るのを我慢するのが一番手っ取り早いが、一緒に眠る時はそうも言ってられない状況が殆どで、朝の自分の寝ボスケっぷりは言わずもがなである。 というか、寝る前に非常に体力を消耗することをイタしているので、余計にリョーマは朝起きられないのだ。 それでも何とかして寝顔を見る為に、リョーマは大分前から計画を立てていた。 かなり入り浸り気味の手塚家では規則正しく時間が流れるので、実行は不可能だと踏んで場所は自宅をチョイス。 そして完全オフの前日でなければならない。そうでなければ、度を超した夜更かしなど手塚が許すはずがないからだ。 その時点で既にチャンスの日は少ない。 まず部活のせいで完全オフの休日など殆どないし、部活が無くても何だかんだと忙しい恋人を丸一日独占するのは、悔しいけれど難しいことなのである。 今日のこの日は、本当に千載一遇のチャンスだったのだ。 それでも先輩である自分が後輩の家に頻繁にお邪魔するのは……と遠慮する手塚を、あれやこれやと理由を付けて丸め込むのにもまた一苦労させられた。 実際には頻繁と言うほど、自分の家には来てくれないくせに。 それだったら後輩のくせに、ヒンパンに部長ン家にお邪魔しちゃってる俺はどうなんの? と、尋ねると「お前は構わないんだ」とか、スッキリしない返事をされたのだが。 まぁ何はともあれ自宅で計画は決行され、そして大成功を収めていたのだ。 お互いハードな練習を済ませた後に帰宅し、一緒に風呂に入り食事を済ませた後は、宿題を教えてもらったり、一緒に見たいテニスのビデオがあると言って一試合全部を見たり、わざわざレンタルしておいた最新映画のDVDを持ち出したりして、時間を稼いだ。 夜もとっぷりと更け、もう寝ようと誘う手塚をやんわりと止まらせ、慣れていないだろうTVゲームの、しかもRPGソフトの難易度☆5つのダンジョンを、お願い攻撃で無理矢理解かせたりもした。 その後しっかりイチャクラもして(頑張って初めてお強請りなんかもしてみたのだ)、二人とも眠ったのは4時近かっただろう。 自分は今朝かなり遅くまで眠っていたが、真面目人間の手塚は人様の家で寝坊するなんてことはなく、いつもより少し遅いが7時には起きて軽くトレーニングを済ませてきたらしい。 練習後の夜更かしにエッチに早起き。自分の計画通りに事が進み、流石に眠そうにしている恋人を見てほくそ笑んでしまったのは、絶対に秘密だ。 それから自分はブランチを、手塚も付き合って早めの昼食を済ませ、自室でしばらくイチャイチャした後に、「まだ眠い。昼寝する」と言ってベッドに横になったのはつい20分前。 眠いクセに「では俺は読書でもしている」なんてつれなく言う恋人にぐずり、「国光も一緒に寝てよ」と甘えてベッドに引きずり込んだ。 それでも人様の家で昼日中から寝入るのは礼節に欠けるなんて、ジジ臭いことを言い寝るのを渋る恋人に(人様の家の息子に遠慮なく突っ込むのは礼儀正しいのか? とそれこそ突っ込みたかったが、この計画のために耐えた)、午後は家族が全員出かけることを告げると、ようやく頑なだった手塚も横になったのだ。 しばらくすると案の定、満腹での眠気に勝てなかった手塚が、寝息を立て始めた。 自分はこの日のために、前々日からいつもより2時間は多く睡眠を取り準備していた。そのおかげか横になっても、睡眠不足気味の今日でも全然眠くならない。 それどころか、自分の前ではこんなにも素直に油断してくれる恋人が嬉しくて、目は爛々と輝き大コーフンだ。 初めて見た寝顔を満喫しながら腕枕の中で、やっぱり国光は寝顔もキレイでカッコイー!! などと思いながら一人ニンマリ悦に入っていたのだが、イチャイチャしている時に飲んでいたファンタのせいか、しばらくすると自然に呼ばれてしまった。 どうにも我慢ができなくなってきて、起こさないようにそ〜っと腕の中から抜け出し、二階の奥にあるトイレに駆け込んだ。 スッキリして、さぁ再びお楽しみの時間だ☆と戻って来たら、いつの間にか現れた桃城が手塚の寝顔を堂々と見下ろしていたのだから、桃城も驚いていたがもっと驚いたのは自分の方だ。 桃城は手塚が自分の部屋で寝ていることが信じられないらしく、酷くマヌケなビックリ顔をさらしていたが、だからといって許せるものではない。 油断しまくりの国光の寝顔を見られるのは、恋人である自分だけの特権なのだ!! タナボタ男め! ホントーに曲者じゃん! 槍で突いたろか!! 眠っている手塚の前では怒鳴れないので、モゴモゴ口の中だけで怒鳴っていると、手塚が眉を寄せ少し身じろいだ。 左手が何かを探すようにシーツの上を撫でている。 そっと手を伸ばし左手に触れると、ギュッと強く握り締められた。眠っているのに、口元が安心したように少し微笑んでいる。 探されていたのは自分だと気付き、リョーマの頬にポッと熱が上がる。 そうだ、今日は記念すべき国光の寝顔初見まくりデーなのだ。何時までも出歯亀曲者のことを怒って、イライラしているのは勿体ない。 そっと左手を持ち上げ寝返りを打つ素振りで懐に潜り込むと、当たり前のように手を肩に回され抱き締められた。 無意識の行動がとても嬉しい。すごく幸せな気持ちになれる。 『国光、ダイスキ』 そう心の中で呟いた後、自分も背中に手を回そうと顔を上げた時、手塚の白い首筋が丁度目の前にあることにリョーマは気が付いた。 ピョコリと悪戯心が騒ぎ出す。 ニッと口の端を持ち上げると、リョーマは白い首筋に唇を近づけた。 翌朝。 朝練前の着替え中のテニス部の部室に、菊丸の素っ頓狂な声が響き渡った。 「あ〜!! 手塚っ、首のそれ、もしかしてキスマークっ!?」 遠慮のない大声に焦った大石が急いで菊丸の口を手で塞ぐが、飛び出した言葉は元には戻らない。 恐れ知らずの菊丸の突っ込みに周りはシーンと静まり返り、気温が氷点下に下がった部室内で皆の視線が手塚に集まる。 確認の為に手塚の首筋に目を向けた大石の瞳にも、色鮮やかな赤い小さな痣が飛び込んだ。 心臓がドキリとするより、胃がジクリと痛んだのは多分大石だけだろう。 「ああ……これか。虫に刺されたのを掻き過ぎただけだ」 痣のある辺りを指先でなぞりながら平然と応えた手塚に、一気に場のムードが緩む。 「にゃ〜んだぁ。つまんなーい」 大石の手を口から外してそう言った菊丸の声に隠れて、 「ベタだねぇ」 「全く」 と言った糸目と逆光メガネの声がかき消されたのは、部員達にとっては幸いだっただろう。 だがしかし、二人の間近にいた一人のレギュラーだけが、不幸にもその呟きを耳にしてしまっていた。 そのただ一人のレギュラー桃城は、『えええ?』と思いながら、もう一度手塚の首筋の痣を確認すると、人形の様にギギギ……と首を回し、恐る恐る自分の隣で着替えているはずの後輩の顔を見る。 目が合った途端、待ってましたとばかりに不敵にニヤッと笑われてしまった。 桃城の頭の中で、走馬燈の如く昨日の出来事が駆け巡る。 腕枕の姿勢、すやすや眠る部長、キスマーク、越前のベッド、寝かしつけて、俺の特権、腕枕、すやすや、特権、ベッド、キスマーク………………。 今度はフリーズした桃城を目敏く発見した菊丸が、桃が〜! 桃が〜!! と、騒ぎ始めた。 大石が心配して駆け寄り、逆光メガネや一年トリオ達も側に行くのを横目で見ながら、リョーマは部室から出る。 「まだまだだ……よ」 口癖の言葉尻を少し変えて呟き、不敵に笑んだまま帽子の鍔をクイッと指で押し上げた。 その後、練習に出ても気もそぞろで思うように動けず、マムシにはバカにされ手塚には散々怒られ(部長のせいっス! とも言えず)、朝から横っ腹が痛くなるほどランニングをした挙げ句、放課後の練習ではリョーマから容赦のない悪意入魂のツイストサーブを何発もくらい、ブルーな一日を過ごす桃城なのであった。
END☆
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