ツナグテノヒラホドケタカラダ 〜 i miss you 〜    By 鹿島麻美


「ひ……ぁ、ああ!!」
 上擦った悲鳴を上げ、深く貫かれる痛みに仰け反った小さな背を支えながら、手塚は宥めるように涙に濡れた頬に唇を落とした。
 きつく閉じられた瞼から、次から次へと溢れ出る透明な滴を舌先でなぞれば、応えるように赤く染まった喉がひくりと震える。
 いやいやをするように軽く首を振る少年の腕を取り自分の首へと絡ませると、もう自力では動かせなくなっている細い腰を両手で掴む。
 ゆっくりと持ち上げた後に腕の力を抜き、少年の自重で再び自分の上に滑り落とすと、腰の奥に甘い痺れのような快感が突き抜けた。
 自分の分身に纏わり付く熱く濡れた粘膜が、ビクビクと震えながらも離すまいと強く締め付けてくる。

 蕩けてしまいそうだ……。

 理性の吹き飛んだ脳の端でそう思いながら、手塚は細い腰を掴む腕に力を込めると、込み上げる欲望のままに大きく揺さぶった。
「ああっ!! ぁん……あああっ!!」
 耳元で吐き出される少年の熱い吐息も、掠れた悲鳴も、全てが自分を冒す強力な麻薬でしかない。
 幾度も交わり、濡れそぼったお互いの身体を繋げた場所から発する水音が、薄暗い部屋の中で淫靡に響く。
 少年の内部の一番感じる場所に、自身の熱を何度も何度も擦り付けると、たまらないのか肩に爪を立てられた。
 意に介せず、繰り返す律動が生み出す快感をただ夢中で追いかける。
「……に、みつ! 国光ぅっ……あ、あ!!」
 助けを求めるような声で名を呼ばれたので、一層奥深くまで熱を埋め込む。
 チリ、と直後に肩に感じた痛みにさえ、興奮した。
「も、だ、め……だめ! はぅあっ!!」
 そう叫んで少年が自分に強くしがみついた刹那、腹部で温かな液体が弾ける感触がした。
 力を無くした腕がズルリと自分の肩を滑り、身体ごと横に倒れそうになるのを両腕で抱き留めることで防ぐ。
「リョーマ……」
 自分の肩口に額を押しつけ、グッタリとしている恋人の耳元で名を呼ぶと、小さな肩がピクリと動いた。
「リョーマ、リョーマ……」
 囁くように何度もそう呼びながら、露わになっている柔らかな耳朶を食む。

 まだ……まだ足りないんだ、リョーマ。
 もっとお前を感じさせてくれ。

 祈るような気持ちで弛緩している恋人を抱き締めながら、よくもこれだけ飢えていながら、東京に戻ってから今までリョーマを抱かずにいられたのか、我ながら不思議だと手塚は思う。
 確かにお互いに忙しかった。
 肩の治療を終え九州から帰京できたのは、かねてからの目標であった舞台での戦いに、ギリギリ何とか間に合えるかという程、逼迫した日程だった。
 そして激闘の末勝ち得た栄光に、月を越してもなお自分達は周囲の歓喜の渦から抜け出せず、リョーマと二人きりで過ごせる時間が漸く持てたのは、9月も半ばを過ぎた今になってしまっていた。
 宮崎で、一人きりで治療に専念している間、人を抱く快楽を知った身体が疼かなかった訳ではない。
 昼は治療やテニスに意識を集中していても、夜になれば小さな恋人が瞼の裏に現れ悩ませるのを、無理矢理心の奥底に押さえ込んでいた反動だろうか。
 大きな瞳に自分だけを映したリョーマの、健康的に日に焼けた滑らかな肌に触れた瞬間、頭の中がショートしていた。
 こんなにも体格差が、体力にも差があるというのに、小さくて細い身体を暴く行為を止められない。
 貪り尽くされ、限界を超えて悲鳴を上げ啼いているのに、震える足を押し広げ、滾る熱を突き入れずにはいられない強欲な自分がいる。
「リョーマ……」
「んっ、……あっ!」
 まだ繋がったままの腰を緩く揺すると、リョーマがゆるゆると顔を上げた。
 瞑った瞼の縁から新たな涙を溢れさせ、苦しげに眉根を寄せている。
 誘うように開かれた唇は唾液で濡れ、熟れたイチゴのような真っ赤な舌が中から覗いていた。

 眩暈が、しそうだと思う。

 濡れた唇を自分の唇で拭いながら、深く重ね合わせる。
 差し入れた舌で、脅えたように喉の奥にあるリョーマの舌をそっと突けば、弱々しいながらも応えるように絡めてくるのが愛おしい。
 手塚は口づけながら、自分の上に座っていたリョーマの身体を、ベッドへと押し倒した。
 身の内に含まされた熱が角度を変え、その刺激にリョーマの唇はわなないたが、全てを奪うような手塚の激しい口づけに、その震えさえもかき消されてしまう。
 一頻り口腔を蹂躙すると、手塚はちゅ、と軽い音を立て銀の糸を引きながら赤く腫れた唇を解放し、リョーマに覆い被さっていた上半身を起こした。
 右足を手に取り自分の肘裏に膝を掛けさせ足を開かせると、再びリョーマの腰を両手で掴み自分の方へと引き寄せる。
「あ! ああぁ……うぅ!」
 再度深い所まで受け入れさせられ、喘ぎながら頭を振るリョーマの髪がシーツに零れて、パサパサと音を立てた。
 慰めるように、汗に濡れ額に張り付いた髪を手塚が指先で梳くと、閉ざされていた瞼がゆっくりと開く。
 泣きすぎて赤く充血した瞳が真っ直ぐに手塚を捉えると、シーツを握り締めていた利き手が宙を浮いた。

『くに、み……つ』

 自分へと手を伸ばしながら、声にならず唇だけで名を最後まで呼んだリョーマに、手塚は胸がつまる思いがした。
 過ぎた快楽は既に責め苦でしかないだろうに、それでも自分の情欲を受け入れようと、必死に身体を開くリョーマがいじらしくて堪らない。
 手塚は差し出された小さな手を取ると、汗ばんだ手の平に優しく唇を落とす。
 自分を癒すことのできる唯一の甘い手の持ち主に、感謝の意を込めて。



 背後から抱きかかえられ、手塚の腕を枕に、リョーマはベッドに横になっていた。
 もう、指一本動かすのも億劫なほど、身体が怠い。
 酷く疲れきってクタクタなのに、なぜか目が異様に冴えていて、眠りに付くことができないでいた。
 激し過ぎる行為で高ぶった神経の余韻が、まだ残っているのかも知れない。
 幾ら久しぶりとはいえ、こんなにも食い尽くされる様に抱かれるとは思っていなかった。
 明日はきっと、ベッドから動けないだろうと覚悟する。
 口には出さなくても、いつもは冷静沈着で威厳を湛えた瞳が欲望を剥き出し、怖いぐらいに飢えて自分を求めていたので、体力の限界は疾うに超えていたけれど、素直に受け入れてしまった。
 自分も欲しかったんだろう。辛いのに求め返して、随分乱れていたと思う。
 いつもは抱かれた後にこんな風に背を向けて寝ることはなく、自分が寝入ってしまわない限りポツポツと話をしたり、軽くハグしたりしているのに、今は何だか恥ずかしくて手塚の顔を正面から見ることができない。
 変わりに背中と頬の下で手塚の体温を感じながら、ぼんやりと視線の先にある手塚の手を見つめていた。
 ……自分に触れて、撫でて、抱き締めて、翻弄した、大きな手塚の手。

 やっと、戻ってきてくれたんだ……。

 手塚が帰京してから半月以上経ち、忙しい日々の中毎日のように顔だけは会わせていたが、熱を分け合い彼の腕の中にいる今、漸く本当に自分の元に手塚が戻ってきたことを実感して、リョーマは目を細めた。
 だが次の瞬間、胸にズキリと痛みを感じて息を詰める。
 それは手塚が不在の間、何度も何度も感じた痛みと同じもの。
 …………痛みの理由は解っている。
 こんなにも近くにいる今が一番痛いだなんて、皮肉だとリョーマは顔を顰めた。
「ふ……っ」
 耐えきれず声を漏らし、背を丸める。
「どうかしたのか?」
 すぐに心配そうな手塚の声が耳元でしたが、応える余裕がない。
 何でもないと首を小さく振るのが精一杯で。
「……どこか、痛むのか?」
 罪悪感を滲ませた声でそう言いながら、自分の身体を反転させようとする手塚に、力の入らない腕で必死に抗った。
 今、この顔を見られるのは嫌だ。
「リョーマ?」
「……やっ……やだ!」
 それでも振り向かせようと手塚が肩に手を置いた感触に、思わず小さくそう叫んでいた。
 背後で手塚が息を呑む気配がした後に、肩に置かれた手がそっと外される。
「………すまなかった」
 少しの沈黙の後、呟くような謝罪の言葉に、ああ、誤解させてしまったなと思う。
「違うよ……」
 そう言ってリョーマは、腕枕のために伸ばされたままの手塚の手に、静かに自分の手を重ねると指と指を絡ませた。
「リョーマ……?」
「ちょっと、顔を見られたくなかっただけ……」
 誤解を解くように、手塚の肘の裏側に軽くキスを落とす。
「ねぇ……俺、アンタが九州行ってる間も、ちゃんとしてたよ」
「…………?」
 自分のちぐはぐな行動と唐突な会話に、手塚が訝しんでいるのは解ったが、そのまま続ける。
「毎日学校行って、テニスして、ご飯も食べて、牛乳も飲んでた。牛乳はイヤだったけど」
「……ああ」
「コートにみんないるのに、アンタの姿だけがないの、すごくヘンだって感じた。ずっとアンタが隣りにいないのも、声が聞けないのも、こうやって触れられないのも、ヘンだった……」
「……そうか」
「でも、さ……、俺、何も……、何も変わらなかったんだ」
「………………」
「おかしなくらい、何も変わらなくて……。で、思ったんだ。アンタ、2カ月でちゃんと帰ってきたけど……もし、これが、1年や2年だったとしても、行った先が九州じゃなくって……例えば、地球の裏側だったとしても、俺は、何も変わんないで……毎日学校行って、テニスして、ご飯食べてるんだろうなって……」
 暫くの間を置いた後、感情を押し殺していると解る、酷くくぐもった低い声が背後で「そうか……」と呟くのを、リョーマは遠い気持ちで聞いていた。
 珍しく露わだった手塚の声音に含まれた感情を察することもできないほど、今は込み上げる自分の感情を抑えることだけで精一杯で。
 リョーマは絡み合う指に力を込めると、手塚の腕に顔を押しつけた。
「……でも」
 泣いてしまわないように、必死に声を紡ぐ。
「でも、だからって……、だからって、淋しくないなんて、思わないで」
「…………!?」
 自分の言葉に即座に身じろいだ手塚を止めるように、更に強く頬を腕に押しつける。
「いないのに……会えないのに……淋しいのに……、アンタは、イヤになるぐらい、俺の中で変わんないんだ……」
 耐えきれず、目から溢れた涙が手塚の腕を濡らした。
 思い掛けず突然に引き離されたことで、気付かされた痛み。
 全国までに戻ってくると誓った恋人を待つ短い間でさえ、増すばかりだったその痛み。
 そして痛みに眠れないでいた夜に、ふと、思い出してしまった手塚の留学話。
 今感じているこの痛みは、始まりでしかないと知ってしまった夜に、リョーマは初めて二人の未来を思った。
 手塚がより高い戦いの世界へと進むのならば、二人で居られる時間はこれまでと比べ物にならない程少なくなるだろう。
 それを自分は止められないし、止めようとも思わない。
 手塚の人生は手塚のもので、選択権は彼にある。
 けれど…………。
 手塚が選ぶ世界を、問わなくても自分はもう解ってしまってた。
 手塚に誘われ、芽生え始めた同じ思いを胸に、自分も戦っているからだ。
 より厳しく激しく熱い、遙か高みの世界への焦がれる思い……。
 誰よりも近い場所で手塚の思いを理解しながら、それでも手塚のいない未来を想像すると、リョーマの胸はキリキリと容赦なく痛む。
 一人きりで淋しさに震える、数え切れない夜が待っている。
 来年の今にはきっと、自分を抱き締める腕は遠い空の向こうへ。
 この人に触れられることのない、長い、長い日々。

 自由に会いに行くこともできない自分の幼さを、どれだけもどかしく思うだろう。
 そして募る不安と恋しさに、どれだけ自分は泣くのだろう。

 それでも。
 それでも、自分はこの手しかいらない。欲しくはない。
 時間や距離なんて関係ない。
 自分の中で手塚の存在は、揺らぐことのない場所に在るのだと教えられた。
「らしくない弱音を吐く俺は……キライ?」
 啜り上げながらそう言うと、咄嗟に背後から強くかき抱かれる。
 絡めた指先を手塚から強く握り返されたことで、リョーマは自分が思い至ったことを手塚が悟ってくれたことを知った。
「………そんなはずが、ないだろう」
 苦しげに言葉を吐き出した手塚が、肩に手を掛け振り向かせようとするのに、リョーマは今度は抵抗しなかった。
 泣き顔に雨のようにキスを落とす手塚に、『国光の方がらしくないね…』と思いながらも、慈愛のこもったの感触に胸の痛みが癒される。
 キスの途中に名を呼ばれて瞼を開ければ、切なそうに自分を見つめる手塚の顔があった。
 お互いの心を混ぜ合うように見つめ合った後に、手塚が思い切るように口を開く。
「俺も、同じ気持ちだ。…………だが」
 次に手塚が言う言葉が、リョーマには解った。
「……負けない、よね」
 そう手塚より先に言うと、自分の頬に当てられていた大きな手の上に、自分の手を重ねる。
「……俺も、負けないよ。アンタより、負けず嫌いだし」
 泣きながら告げた言葉だけれど、これが自分の真実の想いと決意。
 自分の言葉にフッと微笑んでくれた手塚に安堵する。

「I love you……」

 そう言うと、リョーマは手塚の手を自分の唇へとずらし、想いを込めてキスをした。
 そんなリョーマを、手塚は力強く抱き寄せる。

「愛している……」

 耳に吹き込まれる切なさを滲ませた声に、リョーマは手塚に縋る指先に力を込め、何度も頷いた。
 愛してる。
 俺も、愛してる。
 心からの想いを伝える時には、シンプルな言葉しか出てこないことも、手塚を好きになってから知った。
「でも、今は……、離さないで……」
 消え入りそうな声でそう呟くと、息が詰まるほど強く抱き締められた。


 どんなに離れたくないと思っても、側にいて欲しいと願っても、手塚が手塚で、自分が自分である限り、避けられない別離がある。
 だが、どれだけ互いの在る場所が離れようとも、この想いは決して無くなることはないのだと、心は繋がっているのだと、信じることができる。
 手塚とだから、信じられる。
 自分達は、決して負けないのだと。

 また一粒、涙がリョーマの頬を流れた。
 出逢えたことへの、喜びの涙が。



Fin   




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