極秘ミッション    By 大貫ユエ


 夜の11時過ぎ。
 こんな姿をしてこんな時間に外を出歩くなんて、自分でも想像出来なかった。
 いや、今回の件は明らかに自分の失態なのだからと、大石秀一郎は反省しながらも足早に人気の無くなった往来を歩く。
 夜の住宅街はシーンと静まり返っていて、何だか不思議な空間だった。
 いや、むしろ誰にも会わずにコトを済ませてしまいたいと切に願う。
 こんな自分、警察官に見られたら即、職質されるのは間違い無いかもしれないと焦るのも当然だと思う。
 

 つい先ほど、家族が不在だからと言う理由の元に呼び寄せた菊丸英二とベッドに雪崩れ込もうとしていたのだ。
 

 翌日は学校も休みだし家族は誰もいないしで、こりゃもう何でもアリですぜウハウハと思った矢先。
「あ……」
 大石は雰囲気に似つかわしく無い間抜けな声を上げた。
「どしたの? 秀」
 半裸状態の英二に首を傾げられ、その仕種が可愛いなんて思いつつも自分のミスを告白しなければならなかった。
「ゴメン、英二」
「いきなり何? まさか勃たないとか?」
「いや……そうじゃなくてさ」
「どしたの?」
「アレ……切らしてるんだった」
「アレ?」
「うん……つまり、ゴムなんだけど」
 本当にウッカリしていた。
 けれど、中学生なのでそう簡単には入手出来ないのも事実である。買うタイミングとか、色々と難しい。
 こんなこと思ってるのは、自分だけなのかもしれないが。
「ええ〜〜っ!?」
 英二は少し大きな声を上げて、眉をつり上げた。
「じゃあ、エッチ無し?」
「えっと……それは俺もイヤなんだけど、中出しする訳にも行かないし」
「お風呂でする?」
 確かに、風呂場ですれば後は楽かもしれない。英二の提案に頷きかけた大石だったが、踏み止まった。
「買って来るよ」

 やっぱり、風呂場でするなんてちょっと何だし。
 不安定な体位とかで英二に負担掛けるのも俺的にどうよ? って、思うし。

 セックスに対して未だドリームな大石がベッドから降りてパジャマから私服に着替え出すのを見ていた英二は、何かを思い付いたらしく、ニコニコ顔になった。
「ちょい待ち、秀」
「何だ?」
「買うって言っても何処で買うの?」
「コンビニ……は、マズイか」
 近所のコンビニの店員とは顔見知りである。
 少し離れたコンビニまで行くには時間がかかり過ぎる。
「ねぇ、近くに自販機あるじゃん」
「あ、それはそうだけど」
 大石の自宅から徒歩5分の場所に小さなドラックストアが有り、そして店に前にコンドームの自販機が有ることを英二は思い出したのだ。
「近場過ぎないか?」
 もし、誰かに見られたら……身の破滅(?)である。
「でも、俺……そんなに待てないもんね」
 英二の唇を尖らせて上目遣いで見る攻撃に、大石は無条件で白旗を上げた。
「解ったよ」
「んじゃ、俺も一緒に行く!!」
「そりゃ、嬉しいけど」
「そんでね、俺にグッドアイディアがあるんだな〜」
 英二はニコニコと上機嫌だった。



 英二曰く『グッドアイディア』が、今の大石の姿だ。
 まず、大石の家に来た時に英二が被っていた帽子を目深に被らされて、英二が長兄から拝借して来たらしい映画マトリッ●スに影響受け過ぎてるんじゃないの?仕様のサングラスを掛けさせられ、挙げ句の果てには冬でも無いのにたまたま持っていた冬物の黒いロングコートを着せられていた。
 そして、英二が一緒に行動する筈なのに、お互いに携帯電話を所持している。
 英二の帽子がオレンジのニット帽だから大石にはとても似合わなかったし、妙に浮いてるのは言うまでもない。ちなみに前髪は帽子の中に押し込まれている。
 英二から指示されて面食らった大石だが、何やら楽しげな彼についつい言うことを聞いてあげてしまうのであった。
 対して、一緒に歩いてる英二はトレーナーにジーンズという普通の姿だから、大石の異常さを余計に強調してしまっている。
 目的地に近付いて来た。
 ドラックストアのシャッターは下りているが、ドリンク剤やらジュースやらの自販機は眩しい程に営業中である。
 そして、それらに並んでひっそりと佇んでいる、お目当ての物の自販機も営業中だ。
「んじゃ、俺はここで待ってるから」
 英二はいきなり立ち止まり、ドラックストアの隣の民家の塀の陰に隠れるようにしゃがんで身を潜めた。
「えっ? 俺一人で行くのか?」
「俺はここで見張り役なの!!」
「見張り役?」
「そ。だから、秀は頑張ってミッションコンプリートなのだ!!」
「了解。しっかり見張ってて」
 大石はもう諦めの境地で、お目当ての物を目指した。
 こうなったら早く買って、早く帰って、早くヤッて……。と、急ぎ足になってしまうのは当然のことだろう。
 幸いにも誰にも遭遇しなかったので、大石はスタスタと目当ての物を買おうとした。
 が、その時。
 コートの内ポケットに入れたあった携帯電話が振動した。
「っ!?」
 慌てて取り出すと、光る画面には【英二】の文字と電話番号が。
「もしもし?」
 通話ボタンを押してから声が響きやすいことを考慮して、なるべく小声で話す。
『こちら、コードネームK』
「はぁ? 何だい? 英二」
『極秘ミッション中は英二じゃなくって、コードネームKだってば!! アルファベットのK!!』
「……解ったから……そんな大きな声だと、電話で喋ってる意味が無いから」
 電話から、そして背後から英二の声が聴こえるので、大石は苦笑しながら宥めるように言うと、わざとらしい咳払いが聴こえて来た。
『大変だって、20メートル前方にポチ発見!! 作戦変更、リ●ビタンD』
「ポチ? リポビ●ンD?」
『ポチが通り過ぎるまで、リ●ビタンD買うの!! じゃあね!!』
 英二に一方的に通話を切られ、何だろうと前方を見れば、確かに……。
「なる程……」
 犬を散歩させているらしい人影が歩いてくるのが見える。
 仕方無いので、大石は目的の物の自販機の横にあるドリンク剤の自販機に千円札を押し込んだ。
 買うつもりなど無かったのだが、犬と飼い主が通り過ぎるまでごまかしておかなければならなかったので、英二の言った通りにリポビ●ンDを買う。
 ガコン。
 と、音がして瓶が取り出し口に落ちて来る。
 大石はそれを取り上げ、コートの右ポケットに押し込んだ。
 そして、何気に背後を伺うと、大石の立ち位置の近くで犬がいきなり歩みを止めたのだ。
(マ、マジですか……?)
 犬は何やら急に催してしまったらしく、立ち止まった後にチョコチョコ動き回ってから……。
(しかも、大きい方ですか……。)
 大石はまたもやリ●ビタンDを買ってしまった。
 ガコン。
 瓶の落ちる音がやけに大きく感じられた。
 それをコートの左ポケットに押し込む。
 飼い主が後始末に手間どっている。
 ガコン。
 大石は、もう一度右ポケットに瓶を押し込むハメになった。
 犬と飼い主は、まだ立ち去る様子が無い。
 ガコン。
 リポ●タンDの重みだけが増して行くのだ。
 4本も買ってしまった。飲むつもり等無いのに。
 ようやく邪魔者(?)が立ち去って行き、大石は今度こそとコンドームの自販機前に移動して硬貨を入れて行くのだが、途中で手が止まった。
「ひゃ、100円足りない……」
 目的の物は500円だった。
 所持していたのは千円札一枚だけだったのだ。それだけあれば足りるだろうと思っていたので。
だが、予定外の出費が600円もあったので、残りは400円しかなかった。
 慌てて、携帯電話を取り出してリダイヤルボタンを押した。
『ほいほ〜い。こちらKだよん』
 と、脳天気な声がすぐに聴こえて来た。
「英二……じゃなかった、K、緊急事態だ」
『どした?』
「こっちに来てくれ。100円足りない」
『あちゃ〜。 了解』
 通話を終えると隣の民家の塀の陰にいた英二が、何故か身体を屈めて周囲をキョロキョロと伺いながら走って来た。
「悪い。予定外の出費があったから」
「4本も買ってたもんね。ちょい待って……」
 ジーンズのポケットに手を入れて、英二は自分の所持金を取り出した。
 大石に渡す前に、手の中の硬貨の金額を確認する。


「あっ!! 俺、20円しか持って無いや!! 80円足んないっ!!」


 二人は顔を見合わせると、どちらともなく手を差し出し握り合いながら走り出した。
 足りない80円を取りに戻る為に。
 走りながらも、20円の所持金を出して見せた時の英二の困った表情が、メラ可愛いかったと思っている大石である。

 ちゃっかり手を繋いで走る二人は、堂々と往来で手を繋げることにばかり喜んでいる。特に大石は、もう一度妙な恰好のままここに戻って来なくてはならない自分の現実については完全に思考回路から抜け落ちていた。
 


 初めからやり直し。



END   




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