第三条――――麻倉葉と麻倉葉王
























――――双子が羨ましい。






ホロホロは物心ついた頃から幾千回でも思ったことを今日も思った。

それは一時の憂いに乗せて鳥に呟くようなものではなく、より切実さを込めたものだった。

ただ浮かんで流されるだけの雲を、一人で見上げる。

別に雲が暢気だとか、そういうことを思っているわけではないが、なんとなく無感動なものに思いを馳せる。



「面倒だなぁ…」



双子には双子の辛さがあるかもしれないと考えを巡らせつつも、ホロホロが恨みにも似た目をやめることはない。

毎日のように呟いているこの切なる願いは、時を経て歪んでしまったかのようだ。

そのことを、まるで遅れておとずれる筋肉痛のように、たまに認識する。

ホロホロは、その度にどうしようもない疲弊を感じていた。

今がその典型パターンでもある。



「面倒ォ?碓氷、お前ナメてんのか」

「自分が今どんな状況にあるかわかってんのかァ!?」

「………」



あからさまに高圧的な怒声が、人垣の一部から聞こえた。

ホロホロは辟易していたが、心の中では溜め息混じりに言っていた。

『ナメてるわけじゃねェけど、無意味に積み上がった夏休みの宿題程度には面倒だと思ってるさ』と。

現在、下校途中だったホロホロは、閑散とした広い駐車場で他校生に囲まれている。

ちなみに全員男で、明らかに口汚い。

ホロホロを取り囲んだ目的も、容易に想像がつくほどに。

やらなければいけないとわかっているものの、その量とかかる手間を考えるとやる気が失せる。

勉強嫌いのホロホロとしては、小学生の頃から染み付いた定型思考だ。

最早、生理現象と言っても過言ではない。



「………お前らさぁ」



とりあえずホロホロは、空色の頭を掻きながら大儀そうに始める。

それこそ、机の横で無言の重圧を与えてくる宿題に仕方なく挑むように。



「少しは発展性のあることに力と時間使ったらどうだよ?復讐なんてのは、一番無駄なことだと思うんだオレ」



同音異義語である『復習』についても、ホロホロは同じ考えを持っている。

その日の授業の復習などするよりは、明日の為の体力回復に勤しんだ方が良いという考えである。

端的に言うと、勉強に関わることなどしていられるか、ということだ。



「もっと面白いこととか、格好良いこととか、色々手ェつけてみろよ。本気になりゃそれこそ楽しい毎日だぜ」



そう言いつつ、勉強に対しては一度もそのような言葉を当てはめたことは無いが。



「こんだけのことする気合も仲間もあるわけだし、ここは一発市内警備隊とか結成すればいいじゃん。お前らならやれるって」

「妙なこと押し付けようとしてんじゃねェよ!」

「しかも何オレらのこと何でも知ってるような口利いてんだコラァ!」



ホロホロは讃嘆したつもりだったのだが、相手は馬鹿にしたと取ったらしく、激怒する。

それが二十人の輪唱となれば鼓膜がしびれることこの上ない。

次第に姿勢を低くする周囲に、戦闘開始の意思を垣間見ると、ホロホロは気分でシャツのボタンを一個外した。

そして、身の内に在るもう一人の自分、あるいは悪友に問う。



「ホロケウ。お前は何か言うことねェのか」

『頑張れ』

「それってオレに?奴らに?」



傍から見たら単なる独り言なので、ホロホロを囲む不良たちは不快感を爆発させキレた。



「何ぶつぶつ言ってんだオラァ!!」



本当に独り言だったらどれだけ楽かと、ホロホロは荒々しい叫びの中で思った。









生まれついてのものは今更、誰にも、どうしたって変えられない。

それはホロホロもわかっている。

しかし、巨視的に見て、無いものねだりをしてきたからこそ、人は進歩してきたと言えよう。

電灯をつくって絶えず光を生み出し、飛行機をつくって空を飛び、電話をつくって音の距離を縮めた。

挙句と言うのも妙かもしれないが、宇宙にまで飛び出し、ゴミやらなにやらを撒き散らしてさえいる。

ところが不思議な事に、人の有り様というものは望んだとしてもなかなか変わらない。

小さなものは個人の性格、大きなものは世界の戦争。

変えたいと願っても、なかなか、変わらないのだ。



人は自らの悩みに客観性を受け付けなくなる。

だからこその悩み。

そもそもホロホロの抱える悩みというものは、周囲でさえ客観性を持って正しく理解するのに苦労する。

本人はなおのこと苦労しているだろう。



碓氷ホロケウと碓氷ホロホロは先天性二重人格者だ。

生まれながらにして一つの体を二つの人格が交互に支配し、互いに偏った生活を送っている。

一卵性双生児ならぬ、二魂性一生児といったところか。



「はあ…一発頬に食らったみてェだ」

『またピリカに怒られるな』

「誰の所為だ、誰の」



この先天性二重人格者、略称、先二人格者という者は、世間からの認識がまだまだ薄い。

それは、世界的に見ても絶対数が少ないという点や、様々な疑問の解決が難しいという点が大きな要因である。

故に先二人格者そのものの存在を知らない人間も多く、そのようなものは得てして誤解をふっかけられたりする。

ホロケウとホロホロがその一例を、正に日常として持っていた。



『オレの所為だって言いてェのか?』

「だってそうだろ。今朝の喧嘩はお前から吹っ掛けたって、さっきコイツら言ってたし」

『コンビニの前でギャーギャー五月蝿かったから、蹴ってどけただけだっての』



ホロケウの人格が表面化している間に起きたいざこざが、倍になってホロホロに降りかかる。

先二人格者は体を共有している為に痛みを始めとする感覚をも共有するが、面倒事まで共有するのは少なくともホロホロは本意ではない。

地面に倒れこんでいる他校生たちは、ホロホロの言ったように、朝蹴飛ばされた人数の五倍、仲間を連れて復讐を目論んで来た。

その相手はホロケウのはずなのだが、生憎姿形に何の変化も無い先二人格者ホロホロを前に、彼らは率直にそれを遂行したのだ。

そして、返り討ちに遭う。

これは珍しいことでも何でもなく、どちらかというと被害者に近いホロホロも、多少諦めの感がある。

現に今まで何度も同じ事が繰り返され、ホロホロは喧嘩の相手をせざるを得なくなっていた。

しかし、碓氷ホロケウという名の生徒が百戦錬磨の不良である事は有名でも、その彼が先二人格者である事はあまり知られていない。

もっとハッキリ言ってしまえば、碓氷ホロホロという人格の存在を知らずに喧嘩を仕掛けるのだ。

しかし、体の主がどっちであろうが、喧嘩を仕掛けてくる者にとってはどうでもよいのだろう。

事実、ホロケウにしてもホロホロにしても、喧嘩で黒星をつけたことは殆ど無い。



彼らの妹を相手にした場合を除けば。
























翌朝の森羅学園高等部二年三組の教室は、一時騒然となった。

あの♂O氷ホロケウが今度こそ&s敗神話を破られたのかと、密かに息を呑む。

そんな異様な雰囲気の中、相変わらずのユルさで、麻倉葉が話し掛ける。

緊張の一瞬である。



「おーっすホロケウ。何、お前その頬どうしたんよ?喧嘩で負けたんか?」



ずばり、葉は教室内のほぼ全員が問いたかったことを口にしてくれた。

葉が指差すホロケウの左頬は、これでもかというほど腫れている。

それが喧嘩によって出来たものなのか、それとも――――。



「………違ェよ」

「んじゃ、妹か」

「………」



無言の肯定が、教室中をゆっくりと通り抜けていく。

やがて、期待にそぐわなかった落胆と共に、予想範囲内の結果であることに肩をすくめ、皆緊張を弛緩させていった。

そう、こういった事態もまた、ある程度日常なのである。

ホロケウは黙って席に座った。



碓氷ホロケウには、妹が一人いる。

名前は碓氷ピリカ。

今年この森羅学園高等部に入学したばかり、華の女子高生である。

入学から間もないにも拘らず学校の生徒からかなり注目されているのは、彼女自身の魅力からか、あるいは兄の所為か。

そう問われれば、ピリカ嬢には悪いと思いつつも、大概が後者と答えてしまうだろう。

何せ、去年までは頬に傷などつけて登校したことのなかったホロケウが、今年になってちょくちょく頬を腫らせてくるようになった。

その腫れをつけた者というのが、不良ではなく彼の妹だったからだ。

実のところ、ホロケウもホロホロも、ピリカに全く敵わないでいる。



「相変わらずスゲェなぁ。叩かれたのは昨日なんだろ?なのにまだ腫れてるもんな」

「叩かれたなんてレベルじゃねェよ。殴られたんだ」



今年の春までは受験に集中していたので、ピリカは兄を殴っている暇などなかった。

しかし無事に兄と同じ高校に合格し、新生活にも徐々に慣れ、余裕が出来てきた。

そこでまず敏感になったのが、兄の非行。

ピリカはホロケウやホロホロが喧嘩などして怪我をすると、容赦なく怒鳴る。

そして絶対の懲罰の如く、涙目になりながらグーで殴るのである。

これらの行動はひとえに兄の安否を気遣ってのことであるが、如何せんまず感情が噴き出してしまう。

幼い頃から、彼女は兄の破天荒さや自由さにはぐらかされ、悔しい思いもしてきた。

その蓄積した不満が、今になって拳で表れているらしい。

喧嘩などやめて欲しい、怪我をしないで欲しい、他人から悪く見られて損をしないで欲しい。

色々理由はあれど、大好きな、この世で一人の兄に、妹である彼女が出来る精一杯の主張だ。



「でも、ちゃんと謝ったんだろ?」

「ホロホロがな」

「どっちにしても、それならピリカも許してくれるさ。ウェッヘッヘ」



葉は一度だけ、ホロケウに用があって教室にやってきたピリカを見ている。

直接話したことはないが、一応お辞儀を交わす程度には面識があった。



「………なあ、葉」

「ん?」



葉の笑いを聞いていて、ホロケウはふと思い立った。

きょうだい、と言えば。



「お前は、兄貴のことを心配したりするか?喧嘩して帰ってきたら、怒るモンなのか?」



ホロケウは極力他人との関りを避けていた為、他の家庭の有り様を常識の範囲内でしか知らない。

故に、妹であるピリカの、腕を唸らせるほどの心配性振りには疑問すら抱いている。

片やホロホロはそれなりにピリカの考えを理解しているつもりだが、先二人格者はその思考だけは共有出来ない。

互いが持つ経験のみが、人格形成に影響を与えるのである。



「うーん…オイラの場合は別に、葉王が何をしようが心配なんてしねェけどな。何たって葉王だし」

「まぁ、あれだけしたたかなら、心配する方がおかしいか」

「そうなんよ。今日も学校来てねェし…でもやっぱり、ピリカの考えは普通だと思うぞ」



表現としてはどうかわからないが、とは言わなかったが、葉は自分の兄の言われ様も含めて苦笑する。

ホロケウは一人、



(オレがこの辺りで一番強いって証明出来りゃ、ピリカも安心すんのか?)



などと、全くベクトル違いなことを考えていた。
























ホロホロが眼を開けると、そこはやたらと色の濃い日影だった。

五時間目終了のチャイムが、影の中のホロホロを無視して響いている。

流石に元気いっぱいの陽射しを受けて眠るほど、ホロケウも夏を舐めてはいないらしい。

陽に焼けるということは特に気にしないが、なにぶん暑い。

なら外に出なければ良いのだろうが、何だかんだで室内は熱がこもって息苦しい。

寝るなら風のある日影が一番だった。

結果的に、昼寝は屋上の出入り口の突き出たコンクリ横で、ということになっている。

ただ、相変わらず煙草は吸うようで、直前まで吸っていたのか、ヤニの臭いが残っていた。



「………レンのヤツ、珍しいな」



眠気を覚ますためにホロホロは伸びなどしていたが、一向にレンは現れなかった。

陽の下に出るのが嫌で、扉の向こうで待ち伏せでもしているのだろうか。

やや不審気に、ホロホロが鉄のドアを引いてみる。

しかし、誰もいない。

ただ、三階へ続く階段が薄暗い視界に佇んでいるだけ。



「なんだかな」



変に警戒していた自分に呆れる様な気分で、ホロホロは階段を降りていく。

一段降りるごとに校内の喧騒が近づいてきて、今日のホロホロの一日はそこへ混じることで始まる。

はずだった。



「あ?」



階段の下、廊下の隅に、ホロホロは思わず不機嫌な声を漏らすほど気に食わない光景を見た。

二人、そこにいる。

一人は、黒髪と金の瞳。

見紛うはずのない、道レン。

そして、もう一人が、そのレンににこやかに話し掛けている。

ホロホロは眉根を寄せながら階段を駆け降りて行った。

自分に全く気付かない様子の二人に、少し大きめの声をかける。



「おい、葉王!」

「ん?あぁ、ホロケウ…じゃないか、ホロホロ?久しぶり」



レンに向けていた笑顔そのままに言ったのは、麻倉葉の双子の兄である、麻倉葉王。

朝には学校へ来ていなかったが、どうやら遅刻してきたらしい。

葉王はさすが一卵性双生児だけあって葉と顔がそっくりで、違うのは腰まで伸びる真っ直ぐな茶髪くらいだ。

ただ、葉王は葉よりも大人びた雰囲気があるようで、兄であるという事実以上に兄らしい。

それが異性にとっては一種のカッコ良さや色気に例えられるらしく、彼は相当モテる。

そんな葉王とレンの間に、ホロホロがズイと割り込んだ。

レンとの会話を中断させられる形になったものの、葉王は腹を立てる様子もない。



「いい加減、眼の色覚えろよな」

「灰色と黒なんて似たようなものだろう?」

「だからってアイツの名前でオレを呼ぶんじゃねェ」

「うーん…もう少し見分けのつくようにしてくれれば、僕だって間違えないのに」



腕を組んで首をひねる葉王。



「お前に合わせる義務はねェんだよ」

「尤もだけど、でもできることなら、髪型変えるとか何とかしてくれよ。あぁ、それじゃ、授業始まるから」



天井に備え付けてある時計を見上げて、葉王は話を切り上げた。

ホロホロの後ろに隠されてしまったレンに、態々体をかたむけてにっこり笑いかける。



「またね、レン」

「また会うまでには髪をどうにかしてこい。でなければ剃る」



恐ろしい風紀委員の言葉に苦笑しながら、葉王は二年一組の教室へと戻っていった。

葉王もまた、クラスが違うにも拘らずレンに注意され続ける生徒の一人だった。

蓮だけでなく、現在同じクラスである風紀委員からも、度々注意を受けているとのことだった。

ホロホロは葉王が教室に入るのを見届けてから、真剣な表情でレンを振り返る。



「何、話してたんだ?」

「大したことではないし、貴様に教えてはつまらん」

「お前なぁ…」



ホロホロが葉王とレンの会話を半ば強引にやめさせたのには、理由がある。

葉王は気まぐれに学校へやってきては女子に騒がれるが、一方でレンと何か話をしていることが多い。

勿論レンは葉王の校則違反について注意するのだが、それ以外にも会話のネタがあるらしいのだ。

同じ学校の友人同士、取り留めのない話をすることもあるだろう。

しかしそれだけでは割り切れないような、不穏な空気をホロホロは感じるのである。

そして今日も、その不穏な空気というものがレンの顔に張り付いている気がする。

その金色の瞳にも、微妙な輝きが隠されている。

何か、自分だけの愉しみを胸に秘めて、笑い出すのを必死に堪えているような…。



「レン。前にも言ったけど、葉王に妙なこと吹き込まれても真に受けるな」

「何故だ?」

「何故でも!どうせオレやホロケウへの嫌がらせなんだろう?」

「なんだ、聞こえていたのか。ならばこれからは、屋上から離れた場所で葉王と話をするか」

「………」



嫌がらせの相談だということをすんなり認めたレンに、ホロホロは車に酔ったような気分になった。

それに加え、葉王がこの時期に学校へやってきた理由を思い出して、より気分を澱ませた。
























「そうか、もう期末テストの時期なのか」



夕方になっても暑さの続く帰路で、蓮はさらりと呟いた。

片手にいつものように鞄を下げ、もう片方の手にはホロホロに渡された缶ジュースを持っている。



「まぁ、今のオレらには関係ねェけどな」

「そう言いつつ、貴様はテストが嫌いだろう?」

「小学校の時はやたら気ィ遣われてさ、態々オレとホロケウで別々にテスト受けさせられたモンだからよ。条件反射みたいな感じ」

「あぁ、そう言えば、そうだったな」



思い出したように納得して、蓮はピーチ味のジュースを口にした。



蓮の言ったように、森羅学園の期末テストは明後日に控えている。

そのために運動部は活動を停止しているので、ホロホロは部活に参加出来ない。

だが今日、葉王と廊下で出会わなければ、そのことを忘れたままグラウンドに出てしまっていたかもしれなかった。

葉王のおかげとはホロホロも言わないだろうが、偶然下駄箱で顔を合わせた蓮と共に下校することが出来ていた。



「それにしても、普段何もしてねェように見えるアイツが成績良いと、なんかムカつくよなぁ」

「貴様も似たようなものではないのか?葉がやたら羨ましがるのも、そういうことからだろう」

「そりゃあ、そうかもしんねェけど…」



麻倉葉王が学校へ来る主なきっかけや理由は、大きく分けて二つほどある。

一つ目は、単なる気まぐれ登校。

来たくない時には平気で一日サボるし、あるいは小旅行にまで出ているときがあるらしい。

らしい、というのも、双子の兄弟である葉にも行き先を告げずに行くので、何処で何をしているのかよくわからないのだそうだ。

あるとき京都の土産を貰って以来、葉は旅行であると半分決め付けている。

ちなみに、彼らの両親を含めた家族は、半放任主義を掲げている。

二つ目は、テスト直前となった時にテスト範囲を把握するための登校。

普段から無断欠席ばかりの彼が、何故態々学校へ来てテスト範囲など…と思われるかもしれない。

しかし彼は、たった数日の情報収集のみで当日好成績を収めてしまう強者なのだ。

どれほどの好成績かと言うと、入学してから一位と二位を独占する道レン、碓氷ホロケウに次ぐ三位を、やはりほぼ独占している。

葉いわく、葉王は昔から頭と要領が良いとのこと。

そう言いながらも、葉も兄の血を分けられているようで、案外成績は悪くない。

兄をはじめとした彼の友人網に、成績優秀者が多い為でもあるだろう。

わからない部分があればすぐに聞く事が出来るし、兄とは正反対に皆勤を続けているので、大体の授業は聞いているのだった。



「もしオレとホロケウの表面化する時間が逆転してたら、オレ留年とか普通にしてたかもな」

「いつそうなるやもしれん。少しは勉学に励んだらどうだ」

「今更か…でもその点、蓮はちゃんと自分で勉強してんだからスゲーよ」



一方、ホロホロと血を分けるどころか共有しているホロケウは、俗に言う天才肌である。

それはまるで、勉強に関する血液をホロケウがこし取っているかのような偏りぶりだった。

森羅学園のみならず、中学や高校のテストは大抵午前中に行われる。

当然、テストを受けるのはホロケウであり、ホロケウが好成績を収める。

だが、ホロケウとホロホロは学校で『碓氷ホロケウ』という一生徒とみなされているので、この成績はホロホロのものにもなる。

結果、ホロケウが勝手に問題を解いてくれる為に、ホロホロは勉強などせずとも済んでしまうのだった。

このような先天性二重人格者の数少ない利点を、葉は大層羨ましがるのである。

勿論、これはホロケウの頭が良いという偶然からなるものなので、正確にはそんな幸運にありつけたホロホロを羨ましがっている。

当のホロケウはと言うと、別段テストをやらされた上に成績だけ持っていかれている≠ニは思っていない。

学校の成績など大したことはないし、例えそれらが必要になったとしても、困るのはホロホロ自身だからだ。

尤も、これから碓氷ホロケウという人間がどう生きてゆくかは、まだ定かではないが。



「オレは単に好きだからやっているだけだ。勉強をしなければ、などとは思っていない」

「なら、そういうところはオレと同じだよな?オレだって、好きで部活に出たりしてるし」

「言われてみれば、そうなのだろうな」

「でもよ、レンの奴はただの負けず嫌いなんだろ?」



レンの場合、ほぼ彼の弛まぬ努力が実を結んでいる。

何でも完璧にこなさなければ気が済まない性質なので、勉強だけでなく運動でもそれなりに能力に長けていた。

好き嫌いや天性のものを頼るのではなく、身近な者への闘争心や敵愾心がそうさせるのである。

今のところは学生という身分にあるために、その努力は勉強や委員会活動に向けられている。

だがこの先、それらがどう変化するものかと、蓮の方は密かに心配だった。

逆に、このままであったらどうしたものかと、不安も抱いているのだ。

レンの辞書は、手加減や適当といった言葉が載っているページに、接着剤でも塗られているのかもしれない。



「そうそう。レンと葉王で思い出した。アイツら、またオレを嵌める相談してたんだぜ?」

「ほう?今度は何をされたんだ?」

「未然に防いだ!ったく、ホロケウにならどうせ効かないからともかく…」



蓮はホロホロのすぐ隣で薄く笑いながら、以前ホロホロが話してくれたことを思い出す。



葉王から入れ知恵されたレンが最初の頃やっていたのは、ちょっとしたイタズラ感覚のものばかりだった。

画鋲やボンドを上履きに仕込んだり、煙草を湿気らせたり、態と教科書を借りては落書きをしたり。

とにかく幼稚で、被害も小さなレベルだった。

ホロケウは煙草に関するイタズラ以外はあまり気にしなかったが、ホロホロは少々過剰に反応していたりした。

それがそこそこに成功し、味をしめたのは葉王なのかレンなのか、次第にイタズラはエスカレートする。

特に最近で蓮を唸らせたのは、体操着の奪取および売買である。

明らかに犯罪と思しき事態であったが、女子からの需要による大騒ぎに、ホロケウはおろかホロホロも脱力せざるを得なかった。



「ところでさ!期末テスト終わったらあとは夏休みだよな?蓮は予定あんのか?」



嫌なことを振り払うように(自分から言い出したのだが)ホロホロは夏休みの話題を取り上げた。

蓮は、そろそろ軽くなってきた缶を適当に振りながら、その物足りなさも手伝って軽く息をついた。



「夏休み…そうは言っても、日のほとんどをレンが過ごすからな。予定を立てようにも、どうにもならん」



蓮が今のように答えるのは、ホロホロにもおおよそわかっていたので、その上でこう言った。



「でも、夜なら蓮も出かけられるだろ?」

「…夜?」



立ち止まりこそしなかったものの、蓮はホロホロの言った時間帯を復唱した。

空に広がる闇夜と同じ色をした瞳が、提案者を見つめる。



「だから、花火大会とか、それでなくても普通のお祭りとか。必ずどこかでこの時季やってるんだし…」

「しかし、それを…」



親父が許すだろうか――――。

蓮は口にしなかったが、その雰囲気でホロホロも察した。



道家は、この市街の中でもかなり旧く、そして立場的に優秀な血を引いてきた家柄である。

その本家は中国にあるが、諸々の理由で、今は家族で日本に住んでいる。

こういった家には大抵、一方的過ぎるほどに決まった方針があり、蓮、そしてレンもそれを遵守してきた。

不必要と定められた事柄には触れず、危険とみなされた事柄には近寄らず。

自由を全く奪われているわけではないが、それ故に自由への憧れと羨望は、特に蓮の中でくすぶっている。

普段は父親を『父上』と呼ぶ彼が、その本人の居ない場所で『親父』と呼ぶのも、そんな思いの小さな火の粉の一部だ。

何でも良いから、父親の言いつけなり何なりを、密かに破っている気になりたかった。



「…親父さんだろ?そこんとこ、オレも考えてみたんだ」

「なに?」

「蓮の姉ちゃんに協力してもらえねェかな?」

「姉さんに…」



それなら、と、蓮も手元の缶を見つめて思いを巡らせた。



蓮の姉は、道家の中でも蓮の理解者と言える人物だ。

同時にレンの世話もよく焼いて、その通り手を焼いていたりする。

その彼女にこれまで幾度か助言や手助けを頼んでいたが、実はこれまで、ホロホロに関することは全く喋っていなかった。

それは単に喋るきっかけがなかっただけだが、だからなのか、俄かには浮かばなかった考えだった。



「蓮の姉ちゃんって優しいだろ。だったら、祭りについてきてもらうとか…それなら親父さんも変に疑ったりしねェよ」

「うむ。祭りは人が多いと聞くし、紛れてしまえば…」

「な?な?どうにかなりそうだろ?」



このちょっとした『作戦』の、単純さからくる成功率を、蓮はホロホロの声と同時に認めていく。

我武者羅に小細工をするとなると準備も面倒になり、支えを欠いた場合の修復が困難になる。

しかしこの場合、自分と相手(つまり蓮の父親)の双方から信頼を得ている蓮の姉を説得できれば良いのである。

そしてきっと、それは難しいことではないはずだ。

普段、人前であまり感情を顔に出さない蓮も、僅かに気持ちを高揚させていた。



「どうする?蓮」

「いいだろう。やってみる」

「イヤッホローイ!折角の夏休みだし、そうこなくっちゃな!」

「とりあえず、行く祭りが決まったら教えろ。姉さんに相談してみる」

「もういくつか決めてる!チラシとかもあるから、蓮の都合の良さそうな日のヤツ選べよ」



欣喜雀躍しつつも手早く祭りのチラシを取り出したホロホロに、蓮は無駄に感心した。

通りがかった公園で缶をゴミ箱に捨てて、渡された紙を見た。

場所や時間を、歩きながら確認していく。

全国から祭り好きが集まる大規模な祭り、盆踊り大会、太鼓祭り。

地元でも毎年開催されている祭りがあり、また隣町の河川敷では花火大会が催されるようだ。

日本へ来てからそう長くないものの、こういった娯楽に触れる機会は蓮に訪れなかった。

遮断されていたと言っても間違いではない。

日本の祭りがどのようなものか、知らない分迷う。

あるいは、共に時を過ごすであろう者のことを考えると、どれでも楽しそうに思えてくる…。



「今すぐじゃなくてもいいし、ゆっくり選んだらいいって」

「それなら、このチラシを借りていってもいいか」

「おう!」



蓮も乗り気になってくれたことで、ホロホロは安堵を超えて喜びを顕わにしていた。

昨年の祭りの時季は、友人たちと大騒ぎしながら屋台を回った。

自分たちで花火を用意して、その火で服に穴を空けたりもした(この時もピリカにこっぴどく叱られた)

そんな馬鹿をやっていた仲間は、今年もホロホロを誘っていた。

だが今年、ホロホロは蓮との計画を考えているため、返事は今のところ全て保留状態。

蓮との予定が立ってから、他の予定を組むことにしている。



「決まったらいつでもオレに声かけろよ」

「あぁ」



テストのことも学校生活のことも然程考えなくてよい二人にとっては、夏休みは尚のこと、目と鼻の先だった。
今どきの不良ってのはどうやって喧嘩おっぱじめるのかわかりません。
故にベッタベタな言いがかりだったりするんです(恥)
ホロケウは元々喧嘩っ早いのですが負けず劣らずホロホロも喧嘩強いみたいです。
というより嫌でもホロケウに負けた連中から喧嘩売られるので自然と強くなってしまった…みたいな。
麻倉ーズはこれまでの学園モノとそう設定とか変わってないと思います。
葉王は学校成績では三位に甘んじて(?)いますが悪巧み好きなお人。
今回のタイトルが麻倉ーズであるにもかかわらずホロ蓮中心で最後終わってますが続きます。
こんな日付になってテスト前の話とは…;


2004.07.16.(金)



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