袋中寺



那覇市小禄にある浄土宗のお寺さんです。
このお寺自体は戦後立てられたものなのですが、名称は、江戸時代の僧、袋中上人からきている様です。
袋中上人は1552年、現在の福島県いわき市に生まれます。その後僧として修行を積み、仏教留学の為に中国、当時の明の国に渡ろうとしましたが、豊臣秀吉の朝鮮出兵の影響で入国拒否にあい、その関係で、1603年に琉球に上陸しました。琉球では琉球王尚寧氏と親交を深め、今の那覇市松山公園付近に、琉球最初の浄土宗の寺院である、桂林寺を建て、浄土宗の布教を始めます。ただ、琉球は先祖崇拝をはじめとする土着の宗教が強く、仏教が庶民になかなか広まりません。そこで布教の為に、浄土宗の教えや念仏などを、琉球の人が好きな歌や踊りに取り入れて、念仏踊りを創作し、布教の道具としたものが、現在のエイサーの起源となったそうです。袋中上人は琉球にはおよそ3年間しか滞在していなかったそうですが、その影響は計り知れないものあったのですね。
ただエイサーの起源については諸説あり、念仏踊りなのに、歌詞の中に念仏や浄土宗に関する事が出てくるのが少ないのは何故かなど疑問な点もある様ですのでご注意下さい。
袋中上人が布教に努力をした浄土宗ですが、その後琉球を侵攻した薩摩が、琉球での仏教は臨済宗と真言宗に限るという一種の宗教統制を敷き、浄土宗は禁止され、途絶えてしまったかの様に見えましたが、エイサーを通じて脈々と生きながらえていく事になった・・・はずでしたが、やっぱりてーげーな沖縄だからか、いつのまにか浄土宗や念仏とは関係ない、男女の関係を歌った歌詞などになっていったのかもしれません。ただ今でもお盆の時期に演じられる事を考えると、やっぱり袋中上人の想いは現代の沖縄に受け継がれていったのでしょうか。
現在の袋中寺は、戦前袋中上人顕彰のために建てられ、戦争で灰燼に帰した檀王別院袋中寺を経て昭和50年に建てられたそうです。

★奥武山袋中寺
http://www.jodo.jp/47-051/





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