オレとマクドナルド
[標準語バージョン]
チャレンジオレとマクドナルド
超ウルトラオレとマクドナルド
超スーパーオレとマクドナルド
燃えろ!オレとマクドナルド
進ぬ!オレとマクドナルド
進め!オレとマクドナルド
6周年記念オレとマクドナルド[第1章]
続・オレとマクドナルド2003
オレとマクドナルド2003
超オレとマクドナルド
ウルトラオレとマクドナルド
スーパーオレとマクドナルド
新オレとマクドナルド
続オレとマクドナルド
オレとマクドナルド
[方言、外国語バージョン]
Newワテとマクド[大阪弁]
ワシとマクドナルド[名古屋弁]
オラとマクドナルド[仙台弁]
McDonald's and Me[English]
我和麦当労[中国語]

マクドナルドの歴史
参考文献
ジョン・F・ラブ著「マクドナルド わが豊饒の人材」

1937年、アメリカのカリフォルニア州パサデナの東の国道沿いに、ディックとマックのマクドナルド兄弟はドライブインを開いた。兄弟がハンバーガーを焼き、店内のテーブル客にサービスし、駐車中のお客様には3人のカーホップが応対するというレベルの簡素な店だった。このちいさな店が出発点となり、1940年、ロサンゼルス東のサンバーナディーノにマクドナルド・ドライブインが誕生した。かつてはオレンジ畑の中心で、セブンス・デー派の根拠地であったサンバーナディーノは労働者の新興都市として発展していたが、その恩恵を多分に受けたのがマクドナルドだった。それが新しい時代のレストランの発祥になるとは、誰もが予想しなかったに違いない。マクドナルドは他のドライブインに比べて小規模なものだった。ただ、形が変わっていた。建物は八角形で、前半分の屋根からカウンターまでが窓になっており、厨房は丸見えで、これまでのレストランの常識を覆す構造だった。人目を引く設計が強みで、1940年代中ごろには、10代の若者の溜まり場となり、週末の晩には、駐車場に押し寄せる多数の車のお客様に、20人のカーホップがキリキリ舞いだった。売上は、毎年20万ドルを記録し、マクドナルド兄弟は一躍サンバーナディーノの成金の仲間入りをし、やがて地元の名家と肩を並べる社会的地位にまで躍進した。しかし、まもなく競争相手が現れ、攻勢を仕掛けてきた。1948年にマクドナルド兄弟の商法を真似た店が現れたのだ。また、それだけではなく、ドライブインの客層が10代の若者以外に広まらなかった。10代の若者の溜まり場になりすぎ、もっと幅広い客層を獲得するのがほぼ不可能となった。そして、従業員の定着率が極めて低かった。新たに参入したドライブインとお客様だけでなく、カーホップの奪い合いをしなくてはならない状況にあった。求人合戦に参入してくるのは同業者だけでなく、当時好景気だったカリフォルニアには高給を出す強敵はたくさんいた。お客様は10代の若者が多かったので、食器の無くなるスピードも速かった。兄弟が理想としていた、ファミリー客中心の健全なレストランではなかったのだ。マクドナルド兄弟の店は町で1位であったが、徐々に経営は悪化していった。そこで、兄弟は、経営方針を一新し、全く新しいタイプのレストランを作ろうと決意した。いったん軌道に乗った商売の方針を変えるのは、小規模な店の経営者にとって勇気のいることだった。しかし、過去3年間の売上を調べてみると、売上高の80%はハンバーガーだった。バーベキュー炉にいくらお金をかけても、売れるのはハンバーガーばかりだった。駐車場には車に乗ったお客様で溢れており、よりスピーディーなサービスをすることが最重要であることに気づいた。そして、売上量を増やす為、価格を低く抑え、セルフサービスに切り替えることにした。1948年にマクドナルド兄弟は、現に儲かっているドライブインを敢えて3ヶ月間かけて全面的にリニューアルした。カーホップが注文を出していた窓口でお客様自身が注文を出せるようにした。厨房内もスピード化、大量生産に備えて改良し、3フィートの標準型グリルをやめ、特注の6フィートのグリルを2台導入した。また、一回押すだけでケチャップやマスタードが一定量出てくるポンプディスペンサーなどを開発した。

インフォメーション節約生活日記節約生活日記 〜2006年〜節約生活日記 〜2005年〜

食器類は、ペーパーバッグ、ラップ、紙コップに切り替えた。これまでに25種類もあったメニューは9種類に減らした。ハンバーガーのサイズを若干小さくし、その代わり30セントだったハンバーガーを半額の15セントにまで値下げした。すべてのハンバーガーにケチャップ、マスタード、オニオン、ピクルス2個を付け合せるだけにし、異なる注文を出すお客様にはサービスを遅らせて対応した。こうして流れ作業が可能となると同時に作り置きもできるようになった。従来のレストランの常識を覆す大革命であった。しかし、当初このシステムは思ったほど効果が無く、売上は以前の5分の1まで落ちてしまった。それでもマクドナルド兄弟はくじけずに頑張った。努力は報われ、半年もしないうちに店は活気を取戻した。主な理由は新規顧客を獲得したことだった。カーホップが消え、ティーンエイジャーの客は来なくなったが、同時に悪いイメージも消えた。新しく幅広い客層、それは、「家族連れ」だった。安心して子供を連れて食事にいけるレストランがはじめて登場したのだ。八角形の店舗は窓が広く、内部が見渡せたので、オートメ化された厨房そのものがアトラクションとなった。この店舗デザインは、大人たちが抱く「安かろう、悪かろう」の考え方を打ち消すにも役に立った。改装後、はじめて来店されたお客様は9歳の少女で、夕食のハンバーガーを買って、家に持ち帰っていった。それはマクドナルドの将来を決める前兆だった。やがて子供たちが群をなして自分自身で注文できる唯一の店に押しかけてきた。子供たちに売ると言うのは、親をひきつけるチャンスである。マクドナルドが家族連れで楽しめる店であることを宣伝し、カウンターで接客をするクルーには、特に子供には気を配るよう教育した。
 
マクドナルド物語 ほのぼの店長育成ゲーム
ゲームボーイカラー 発売日2001.7.20 価格4,500円
このゲームは、1年間という限られた期間でポテトをバギングしたり、ミートを焼いたりするミニゲームでスキルを上げていき、コミュニケーションをとりながら5人のクルーを育てていき、店長を目指すゲームです。やり方しだいでクルーと恋愛や結婚をすることもできます。

ハッピータウン・マップ
マンション(入れない)コンサート会場マンション(入れない)遊園地
映画館女子クルー(2)の家幼稚園女子クルー(3)の家神社
公園(入れない)男子クルー(2)の家マクドナルド ハッピータウン店男子クルー(1)の家家(入れない)
水族館マンション(入れない)女子クルー(1)の家家(入れない)自分の家
ミニゲーム
[ポテトのバギング]
Aボタンでポテトをバギング、Bボタンでダウンされているポテトをリムーブすることができます。 SはAボタンを1回、Rは2回、Lは3回です。限られた時間ですべてのポテトをバギングするには ポテトがなくならないうちにどんどんリムーブする必要があります。

[ダイレクトオペレーション(フラットグリル使用)]
フラットグリルにダウンされているミートをターン、リムーブし、ハンバーガーを作っていきます。 Aボタンでターンし、Bボタンでリムーブできます。 煙が出てきたらターンし、再度煙が出てきたらリムーブしていきます。 早くリムーブしないとオーバークックになります。結構難しいです。

[カウンター]
POSに表示された商品の合計とおつりを計算して入力するゲームです。 間違えても入力しなおすことができ、時間制限はゆるいので簡単です。 でもあんまりのんびり計算してるとアウトになります。

[ウエイトの商品のお届け]
お客様のオーダーを聞き、カウンターパーソンにどの商品をお届けするかを聞き、 お届けに行くゲームです。どのお客様がどの商品をオーダーしたかをよく把握しておく必要があります。 時間制限はありません。

[ドリンカー]
オーダーの通りにドリンクを作っていきます。 コーラ、OJ、ウーロンの切り替えは十字キーの左右を動かして行います。 Aボタンを押している間ドリンクが出ます。 イエローラインっていうかてっぺんのふくらんでいるところの手前まで入れます。 少しでも多かったり少なかったりするとアウトです。