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    第8回 ベルナール・チュミ 「ラ・ヴィレット公園」
    2003年10月11日 井戸健治



    1、ラ・ヴィレット公園

    ジョイスの庭1976年〜1977年 ジェイムズ・ジョイス「フェネガンス・ウェイク」
    ロンドンにポイント・グリッドを設定しAAの学生にその各ポイント上の敷地に計画をさせる。
    ラ・ヴィレットのコンペ時は各ポイントにそれぞれ違う建築家がするという提案

    「点・線・面」の3要素のスーパーインポーズ(重ね合わせ)
    「点」→120m間隔の赤いフォリー(18世紀のフランスの庭園の東屋の現代版、10mキューブ、
        用途はキオスク、レストラン、ギャラリー、案内所等)
    「線」→東西・南北に伸びるギャラリー
    「面」→テーマ仕立ての庭
    スケッチをみると、いろいろなパターンを検討している。(ル・コルビジュエのヴォアザン計画の図も)

    機能的と形態の関係でモダニズムやルイス・カーンと比較すると
    5原則の「自立する柱と自由な平面」「フォリー」が機能上の構造を支える柱、「フォリーで囲まれた空間」が自由な平面(自由にコラボレーターが参与する空間・プログラムの変化に対応する空間)
    カーンでいうと「サーブド・スペース」→フォリーで囲まれた空間、「サーバント・スペース」→フォリー
    公園の主空間は広場・緑だとすると、建築的には「虚の空間」→カーンの主空間が「虚の空間」と類似では?

    アイゼンマンとデリダ
    デリダの「脱構築」とは 2項対立「本質と見かけ」、「神と人」など、前項が後項に対してヒエラルキー上、優位にたっているように見えても、実は後項を介してでないと前項を規定できないということ。脱ヒエラルキー。
    チュミはこれを「プログラム(ここでは用途)と空間」、「概念と経験」、「仮想と現実」という2項対立の関係を再考するきっかけとする。

    2、「建築と断絶」

    モダニズム、空間至上主義←これにたいして空間が誘発するイヴェントが重要
    原因と結果、形態は機能に従う、これは今もわれわれの建築を考える根拠として君臨し続けている。
    建築とは空間、イヴェント、動きが組み合わされたもの。

    「クロスプログラミング」→所与の用途とは違う用途で空間を使うこと。
    「ディスプログラミング」→いろいろな用途を内包させること。
    「トランスプログラミング」→「フランス国立図書館案」(図書館の上にランニングサーキット)

    チュミは建築は花火だ。役に立たないが価値があるもの。花など。

    3、 デコンストラクティヴィズム


    形としての(イメージとしての)デコンストラクティビズムと違うのでは(コールハースも)
    空間(ここでは公園)の別の(固有の)「空間」の認識装置(グリッド)→意味のヒエラルキーを脱した空間
    チュミの建築のデコンストラクションを表現するとすれば、ヒエラルキーをなくした建築(空間)

    4、コールハース案との比較

    縞模様とグリッドの違い。
    チュミは、フォリーの根拠の無い形態操作の自動化(ロシア構成主義的ではあるが)とグリッドが示す空間の座標化(空間利用者に働きかける認識装置)とその空虚な間としての空間(他者の介入の余地)。

    コールハースよりも妥協的。

    コールハースは経験的上(体験上)のカキワリ的(演劇セット的)面白さを追及?
    (縞模様の森が南北方向からだと引戸のスクリーン、東西方向からだと樹木のラインと空白を体験できる等)

    チュミとコールハースは、プログラムと空間の問題は同じ

    コールハース「錯乱のニューヨーク」では「ボクシング・グローブをはめて裸で(ビルの)N 階で生牡蠣を食べる。」

    AAスクール→IAUS(建築・都市研究所)
    →チュミ「マンハッタン・トランスクリプト」、コールハース「錯乱のニューヨーク」

    5、コンセプチュアルアート

    美術の本質は、視覚の対象となる物質にではなく、作品に関わる人間の見えざる意識や思索の側にある。
    フォーマリズム(作品の視覚上の形式的特性を重視する考え方モダニズム・ミニマリズム)に対する反発。
    ・ダニエル・ビュラン(8.7・幅の縦縞)
    カフェの日除等で用いられる無味乾燥な縞模様を使用←個性的な作風を侮るため
    日常的な空間に通常そこにはない何かの視覚的な要素を付加して、その空間の本来の固有の在り方を観客に意識させる。美術館や画廊の内と外その両方に設置。内部では美術品、外部では迷惑な行為(雨など自然の影響をうける。)
    「パレ・ロワイヤル広場」その場の建築物で象徴的なもの、目を引くものを自己の作品に取り込み、それをリピートする。空間に対する介入。
    ・オリヴァー・モセット(黒地に円一つ)
    ・ミッシェル・パルマンティエ(水平のストライプ)
    ・ニエーレ・トローニ(30・間隔の鉛筆の跡)
    ・ペーター・レール「無題(FO-29)」シリアル構成(ヒエラルキーがない連続)

    ・ソル・ルイット
    立方体、グリッドの繰り返し、バリエーション。シリアル作品(連続作品)
    立方体→文法的な仕掛け。だれにでも了解できるが特別の意味を持たない、それ自体でしかない。→芸術的な想像のみが可能になる。

    簡単に理解されない抽象性、訪れる人の問いを移す鏡としての公園を使ってほしい。(チュミ)



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