【 archireview plus one 】 ご案内


毎月のarchireview(勉強会)と併行して、過去のゲストや参加者の方々の協力を得て、見学会を中心とする企画がいろいろと上がってきたので、シリーズ化しておこうかなと思いました。
こちらは、ジャンルとしての「建築」にあまりこだわらず、気軽に、思いつきでどんどんやっていこうと思います。(米正)



#4 ---------------------------------------------------
2004年12月4日(土)
『琵琶湖疏水 見学会』

京都再生を目指して計画された明治期最大の国家プロジェクト「琵琶湖疏水」を
、「昼は現場労働、夜は史資料三味、休みの日には調べ歩く」、「釜の哲人」平
井正治さんの案内と、平井さんが独自に収集+編集した希少な資料で辿りながら
、日本モダニズムの知られざる起源、そしてその光と陰を徹底的に明らかにしま
す。

コーディネート:平井正治さん+米正太郎

無縁声声-日本資本忠義残酷史 平井正治(署)


午前9時30分 JR大津駅改札 集合
第1疏水取水口→第1トンネル東口→第1竪坑→第1トンネル西口→天智天皇陵
→蹴上インクライン→蹴上発電所→疏水記念館


http://www.city.kyoto.jp/suido/biwakososui.htm
http://agua.jpn.org/biwacanal/top.html
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4381014448/qid=1098095207/sr=1-3/ref=sr_1_8_3/249-3561079-7588369

琵琶湖疏水
琵琶湖と京都を水路で結び舟運に利用する計画は,すでに近世初期から明治初期
までに何回も存在したが,実現したのは明治中期であった。幕末の動乱を経て,1869
年 (明治 2)に東京へ遷都されると,都としての地位と機能を失った京都の興隆の
ためにさまざまな積極的な対策が実施された。
第 1 疎水の建設は,81年から北垣国道府知事が積極的に推進した第 2期京都策
と呼ばれる計画として進められた。京都府御用掛に任じられた工学士田辺朔郎(1861
‐1944) の設計・指揮の下で, 85 年着工,90年に第 1 疎水第 1 期工事が竣工
した。
当初は大阪湾と琵琶湖間の通船が第 1の目的であり,ほかに水車動力による機業
,精米などの近代化や灌漑用水,防火用水など多様な目的を掲げていた。途中で
水力発電のほう方が有利なことが確認されたため,水車動力の予定を変更して89
年には蹴上発電所の建設が付帯工事として組み込まれ,91年送電を開始した。同
発電所は日本最初の一般営業用水力発電所で,95年にはこの電力によって日本最
初の市電が走り,西陣ほか市内の工場の電化に役立つなど,琵琶湖疎水事業は京
都市の近代化に大きく貢献した。また発電と舟運を両立させるため,蹴上には舟
をレールに乗せて急こう配の斜面を引きあげるインクラインが設置された。
第 1疎水の成功後,水力発電の増強と水道用水確保のため,1908 年に第 2 疎水
の工事に着手,12年に完成し,前後して蹴上浄水場も建設された。現在は上水道
水源としての疎水の重要性が高く,発電の比重は低下している。昭和初頭まで続
いた舟運はまったく廃止されたが,インクラインやアーチ構造の水道橋が,疎水
沿いの散策路とともに観光客を集めている。(世界大百科)

参加費:1000円(平井さんへの謝礼および資料代)
事前申込:不要
連絡先:米正 090-7557-9274(雨天の場合、ご連絡下さい)


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2004年11月(予定)
『ドナルド・ジャッド・家具 見学会』

コーディネート:山口孝さん+米正太郎

http://www.g-yamaguchi.com/


#2 ---------------------------------------------------
2004年9月19日(日)〜20日(祝)
『山陰建築ツアー&交流会』
(出雲建築フォーラム+米子ケンチクラボ 共同企画)

コーディネート:藤原伸一さん+米正太郎

19日(土)
■米子市公会堂(村野藤吾 1958)見学
■倉吉市庁舎(丹下健三+岸田日出刀 1957)見学
■三徳山三仏寺・投入堂参拝
http://www.mitokusan.com/
■東光園(菊竹清訓 1964)見学+温泉
■交流会+宿泊(出雲古民家塾)

20日(日)
■大社文化プレイス(伊東豊雄 1999)見学
■出雲大社見学
http://www.izumooyashiro.or.jp/
■出雲大社庁の舎(菊竹清訓 1963)見学
■小伊津漁村見学
■松江市内見学

○三徳山三仏寺
奈良時代に天台宗の修験道の行場として開山したのをはじまりとする古刹です。その国宝・投入堂は年輪年代法による測定により最古級の神社様式建築と判明しており、鳥取県の歴史的建築物としては最も貴重なものの一つとされています。さらに、片山知事をはじめとして世界遺産登録にむけての動きもあり、鳥取県を訪ねた折にここに注目する建築家も少なくありません。険しい道のりを辿った末に現れるこの国宝建築の特異性・神秘性とともに、堂の存する場の「空気」の違いに心酔してみてください。また、重文である文殊堂・地蔵堂なども、断崖絶壁にそびえる舞台建築として、一見の価値アリ、です。
○出雲古志古民家
出雲の建築家・江角俊則さんが出雲市はずれの古民家を改修され、その場を通じて様々なイベント・交流を展開されています。「出雲古民家塾」と呼ばれるそれのテーマは、『スローライフ』。電気はあるけど、電気しかありません。煮炊きはかまど、入浴は五右衛門風呂、そして囲炉裏…。今では過去のものとなった生活習慣とともに、いつもと少しだけ違った生活スタイルを。昔の「ケ」は、今や「ハレ」…???
○小伊津漁村
島根半島の、出雲市の北に位置する入り江の集落。幾重にも複雑に重なりあったその姿は、無秩序にも見え、まさに「迷宮」です。「山陰にもこんなところがあったんだ!」と思わせるその町並みを見て連想できるのは、あるいは、地中海・エーゲ海沿岸の斜面に広がる集落かもしれないし、あるいは、長崎の軍艦島かもしれないし、あるいは、宮崎駿のアニメに出てくる町や村かもしれません。巡るほどにワクワクする処です。


#3 ---------------------------------------------------

2004年11月21日(日)
『マルセル・デュシャン展(国立国際美術館)
カウンタープロジェクト』


「現代美術の父」にしてその変革者、「ダダイズムの巨匠」にしてその破壊者、
「20世紀美術に多大な影響を与えた」だけでなく「美術」の意味そのものを覆
したマルセル・デュシャン。
国立国際美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展開催に照準を合わせ
、「デュシャンを心底尊敬している」建築家・道家洋さんのお話を伺いながら、
いまだ知られざるデュシャンの魅力を発見しましょう。

コーディネート:道家洋さん+米正太郎+仙入洋

http://www.nmao.go.jp/



第1部:「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展 見学
午前10時 国立国際美術館 1階エントランス 集合
午後1時  再集合(→遊墨工房へ移動)
(別日程、別時間で展覧会見学予定の方は、第2部からご参加ください)

第2部:「マルセル・デュシャンを語る」
午後2時すぎ〜
会場:遊墨工房
  〒577-0032 大阪府東大阪市御厨6-3-26A
  Tel&Fax 06-6784-6489 Mobile 080-3790-0640(仙入)


*午後からご参加の場合、午後2時に地下鉄中央線長田駅C番出口を出たミニスト
ップ前に集合下さい。車にて送迎いたします。
それ以降からご参加の場合、遊墨工房に直接ご来場ください。

(地図添付/最寄り駅から徒歩15分程度です)

遊墨設計地図>>


参加費:1000円(道家さんへの謝礼+ドリンク・ツマミ代)
事前申込:不要

マルセル・デュシャン
"現代美術の父"とも、"ダダイスムの巨匠"とも呼ばれ、20世紀美術に多大な影響
を与えた人物です。フランスのブランヴィルに芸術一家の三男として生まれ、15
歳の頃から絵を描きはじめました。印象派からキュビスムまでの技法を短期間の
うちに習得した彼は、1913年に《階段を降りる裸体No.2》を出品し、裸体が階段を降りるというテーマがスキャンダルをひきおこします。
 1915年以降は主にニューヨークに住み、写真家であるマン・レイとともにニュ
ーヨーク・ダダ運動を展開する一方、「レディ・メイド」作品の代表例《泉》が
出品拒否に遭うなど物議をかもし続けます。その他にも、実験映画の制作や、展
覧会の企画、「ローズ・セラヴィ」という女性名での言葉遊び集の出版など多彩
な活動を行いました。
 1923年に《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも》(通称《大ガ
ラス》)を未完のまま放置して以降、もっぱらチェスに熱中し、芸術をやめたと噂
されていましたが、1968年に没した後、《与えられたとせよ 1.落ちる水 2.
照明用ガス》が公開され、沈黙の背後で実は周到に制作していた事実が判明し、
新たな話題を呼びました。
 従来の芸術家の概念からはずれた破天荒な行動で、一般社会からも常に注目を
集め続けたデュシャンは、実は何につけ懐疑の人で、芸術を根底から疑い独創性
なるものを信用せず、偶然に事を委ね、作者の存在すらも否定しました。たとえ
既製品でも誰かが指さして、芸術と呼べばそれが芸術作品になるのだ、というの
です。むろん、今では既製品を使うことも、他人の作品の流用や転用もとりたて
て珍しい表現手段ではありません。むしろ、伝統的な形式を拒絶したはずのデュ
シャンの方法論自体が、皮肉なことに現代美術の新たな伝統になりつつあります
。20世紀美術のどこにでも、デュシャンの影を見い出すことができるのです。(
国立国際美術館)

[展覧会名]マルセル・デュシャンと20世紀美術 
[会期]2004年11月3日(水・祝)〜12月19日(日)
[会場] 国立国際美術館(大阪市北区中之島)
〒530-0005 大阪市北区中之島4-2-55
[開館時間]午前10時〜午後5時、金曜日は午後7時(入館は30分前まで)
[休館日]月曜日
http://www.nmao.go.jp/duchamp/Duchamp.html





+1 report

2004年8月28日(土)
『最初の近代アパート、
近代アパートの 最期 ・・・
軍艦アパート(大阪市北日東町住宅)見学会』

コーディネート:稲村純さん+米正太郎


2004年9月19日(日)〜20日(祝)
『山陰建築ツアー&交流会』
(出雲建築フォーラム
+米子ケンチクラボ 共同企画)