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ペルー大使公邸人質事件

――日本は独立国家か――

日本政府外務省公式記録在ペルー日本大使公邸占拠事件…

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1997年4月23日作成 スタート・ページへ 1997年5月23日更新

§1 ついこの間、膠着状態が続いていると書いたばかりのペルー公邸人質事件が思わぬあっけないほどの解決を見た。現地リマ午後323分、日本時間 午前523分、70人規模の特殊部隊がテラスでサッカーに興じていたゲリラ側の虚を衝いて各所に仕掛けられた4kgのプラスティック爆弾破裂を合図に一斉に突入、複数の地下トンネルや、目を眩ませるスタングレネード閃光手榴弾を活用し、テロ制圧の基本通りわずか40秒間という短時間にトゥパクアマル武装ゲリラ14人全員を射殺することによって40分後には邸内を制圧することに成功したのだ。拘束されていた日本人24人、日系人7人を含む人質72人が127日ぶりにほとんど奇蹟の生還を果した。この突入により死亡したのは、人質ではペルー人最高裁判事一人、特殊部隊隊員二人の合わせても3人だけで、他は軽傷で済んだのだ。

異常に長い膠着期間を利用して、ペルー国家テロ対策本部はトンネルからも含め24時間監視、差し入れ用品にしかけた超小型盗聴器などの手段をフルに使って公邸内部の人質、ゲリラの状況、日課の行動を完璧に把握していた。この絶妙な突入のタイミングもそこから割り出されたもので、何らかの連絡手段により、人質の軍人など一部には事前に知らされていたようである。トンネルは平和的解決を標榜していた一月始めから24人の鉱山作業員を拘束し掘り始め、およそ二ヶ月半後の四月には完成していた。内部は絨毯を敷き、換気のための扇風機、作戦会議室が在るなど想像以上に立派な出来栄えだったようだ。



§2 この武力突入による解決は20日までには決断、21日にはカウントダウンに入っていたペルー フジモリ政権の独断で行われ、最も人質の数が多く大使館員とともに大使公邸を占拠された第二当事者ともいうべき日本政府には何の事前の知らせも相談もなく、橋本総理にはまさに寝耳に水の状態であったらしい。

結果が良かったから「私も立場が違っていたら同じことをするかもしれません」と笑っていられようが、要するに日本という国家がペルー側から事前に相談するに足るまともな相手と見られていないというだけの話ではないのか。日本が国際的に独立国家と認められていればこんなことは有り得ないはずだ。

人質に取られた日本人は、大使館員を除けばどれも松下、日商岩井、トーメン、丸紅、兼松、トヨタ、三菱商事、三井物産、味の素、日航クリエイトなどそうそうたる日本一流企業の現地派遣員である。彼等はあくまで日本企業共済組合の一員(企業戦士、経済戦士)であることによって人質となったのであって、日本国家を代表する一人一人の国民として見られてはいない。人質に取られた日本人個人の顔は企業名と肩書きとに遮られ見えてこない、少なくとも鮮明ではない。

橋本首相でさえ、国際的に日本国家の代表と見られているのか、はなはだ怪しいものだ。未だに戦前とおなじくパスポートに菊花紋章が付く天皇家が代表者と考えられているとすれば、それはある意味で日本の真実を突いているのである。この菊花紋章には現在法的根拠は存在していないが、法の支配より、日の丸同様慣習、習俗の支配によって、現在でも他の民間で使用することは事実上不可能になっている。

そして一躍バッシングの対象とされた青木盛久ペルー大使の、大使としての自覚と責任のなさをさらけ出した帰国後第一声と記者会見。(後記)


§3 第一当事者のゲリラにさえ、毅然とした統一意志を持った国家国民としてではなく、人質さえ取ってしまえば後はどうにでも金を絞り取れる甘ちゃんの田舎企業社員成り金と見られているから、日本人がこんなにも国際社会でテロの格好の対象――要するにカモ、要するに標的になるのではないか。

場合に依っては危険を犯してでも生命を守る自衛義務を負う国家の一員としてではなく、どこかの同盟国に対してとる「戦力なき軍隊」という経済優先とアメリカの意向とに挟まれた戦後日本の矛盾した虫の良さと同様、安全保障、自衛危機管理は外国、現地国家にお任せ、寄生して自分はもっぱら金儲けだけに専念する経済組織の一員、経済戦士として乗り込むから問題も、野村証券など日本のトップ企業が総会屋に対するのと同じ、いくら出せば平穏無事に帰してもらえるかという金の問題――内密に談合示談、金で解決、和解、癒着、腐敗という態度になってしまうのだ。


自分では立ち上がらず(自衛できず)犠牲、供物、賽銭、ミカジメ料、金品賄賂を払っても自分の味方につけた祖霊、守護霊、背後霊、氏神に呪力で守ってもらうというのが、日本文化に古代から温存されてきた祖霊呪術信仰の伝統だからである。古代においては、呪力こそがモノノフ<物部<モノノケ(物の怪)<モノ・タマの戦力であった。



あるいはこの祖霊、背後霊、守護霊、氏神より進んだ形としての生きたヤクザ者を用心棒としてミカジメ料を支払い共同体で雇うという伝統がある。この構造の上に「99%がヤクザだ」と言われる総会屋が暗躍し「野武士のようだ」と言われる経営手法の野村証券を業界トップにするような日本の株式会社組織が乗っかっているのである。野武士とはいわゆるモノノフハタモノヤクザゴロツキの類である。

右翼と同じ様に、用心棒ヤクザを巧く利用するつもりで雇い入れたのはいいいが、今度は軒下を貸したつもりが母屋まで乗っ取られる危険を背負うことになる。すなわち寄生ヤクザによって宿主は癒着一体化乗っ取られ憑依自滅の運命を辿るのである。

(NHKTVの)番組中では、関西山口組系鶴城の送り込んだ岡本専務には企業経営を乗っ取られ、関東住吉会には自社ビルを占拠されるという、両方のやくざの雄から散々な餌食になり、今年になって関係者が逮捕された三豊興業の例が紹介された。北海道でも新十津川温泉病院でヤクザと関係のある福田理事長に病院経営が乗っ取られ、勤務労働者側と激しい攻防を起こすという事件があった。(日記 MD 4/6)


本土に住む大半の日本人が、結局は沖縄基地の占領アメリカ軍を、プロ野球選手と同じ様に年間6476億円と言われる金丸信の「思いやり予算」金で雇った、いざという時の助っ人外人用心棒位にしか認識していないのもそのためである。

核抜き本土並みといいながらニクソンとの間に緊急時核の再持ち込みを認める密約があったことをその遺作(「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」 文藝春秋, 1994)で暴露した若泉 敬(沖縄復帰の陰の立役者で国際政治学者から佐藤首相付き補佐官になった)は沖縄問題が解決しない限り日本は独立国家ではなくアメリカの植民地であり続けると漏らしていたと言う。

日本共産党の志位和夫書記局長'97/11/13発表「判明した1969年11月の佐藤・ニクソン密約の新事実」(赤旗11/14)と、在日米軍基地からの自由出撃密約をめぐる米政府解禁文書(抜粋訳)

沖縄の基地問題は、実は沖縄の問題ではなく――勿論本質的にはアメリカの問題でさえもなく、敗戦とアメリカ占領によってうやむやにされたまま放置され軒下を貸したつもりが母屋まで乗っ取られる植民地化の危険を背負い続けてきた、戦後50年の日本と日本人の国家と民族独立の問題だからである。


§4 この事件のように人質の身の代金を要求するのでない場合には、だから、金以外の解決方法を知らぬ日本人は無為無策でおろおろするばかりなのだ。生命は保険のように金とは交換できるものではなく、金の所有以上に命を懸けた行動によって守るべき大切な価値があるのだということ、主権、権利と治安、安全――すなわち用心棒を雇うことによって守られるのではない自治、自衛は自ら立ちあがらない限り金では買えないのだということを、国家はテロリスト及び国民あるいは国際社会に対して実際に行動で示す準備が常日頃から出来ていなければならない。国家はそのつどその資格をテロによって試されているとさえ言えよう。これを国際社会に対して如実に示し一躍名声を高めたのは経済建て直しとテロにあえぐペルー国家とフジモリ大統領であって、ペルーの蔭に隠れて経済援助をしていた人質経済大国 日本ではない。

ペルー現地で問題になっている、国家情報部モンテシノス顧問の拷問などの疑惑、スキャンダルからくる政権支持基盤の弱体化を今回の派手なパフォーマンスによって回復しようとしただけだとする説もあるが、現実に日本人人質の生命が彼の決断によって救われたという事実は変わらない。但し特殊部隊に一旦捕らえられたゲリラが、その後処刑されるようにして殺されたという未確認情報があり、これがもし真実ならゲリラ全員を射殺した今回の救出劇そののものの評価が変わって来ざるをえない。

フジモリ大統領は自ら防弾チョッキを着てまで陣頭指揮を買って出、解放された外国人人質を喜び抱きかかえるようにして公邸の門に直接出迎えた。橋本首相は、今生きている人間の人命優先を唱えるのなら、アメリカヘ行ってクリントンと会談する前に、何を差し置いても先ず第一に自分が占拠され破壊された日本大使公邸に行き、青木盛久 大使はじめ大使館員と会い、日本人 人質を出迎え無事を確認するためだけでもペルーに直行するべきでなかったか。――実際に彼が強い希望により「いち早く」ペルーに出向いたのは、510日になってからだった。(後記)

――それとも'93から務める日本遺族会 会長として、「死んで」帰ってきた英霊のためには、靖国神社に国際世論の非難を押し切っても公式参拝するが、「生きて虜囚の辱めを受けず」(戦陣訓)の言葉通り「恥ずかしながら」生きて帰ってきた横井小野田帰還兵同様、ペルーから帰ってきた「生きている」人質企業戦士は空港にさえ出迎える価値はないというのか。死者、被害者、遺族の感情が何を差し置いても、生きている者の人権より第一に優先権を持つというのは、古代の死者崇拝、祖先崇拝宗教習俗の大きな特徴である。



§5 どうせ、人質の生命を第一に優先するように、とかどこの誰でもが考えつきそうなことしか進言できず、後は具体的な問題解決行動は何もしないで穏便に平和に平穏無事にと遠巻きに見守り呪文マジナイコトバを唱えているだけ(かつての靖国神社戦勝祈願、今は遺族会会長橋本龍太郎を先頭に平和祈願という祈とう呪術儀礼)、あまつさえ、「危ないですよ、クワバラ、クワバラ」と何もしないよう忠告して相手の足も引っ張りかねないという腰の抜けた不作為日本の行動パターンは、主権国家責任を負う第三当事者のペルーに先刻お見通しなのだ。こういう相手を対等なパートナーとは見なさず「知らぬあなたは蚊帳の外」とおいてけぼりをくわせたとしても、それを国際的に非難することはできないだろうというのは橋本総理とは逆の意味で妥当な意見なのである。

その意味で今回の事件は、人質は成日本(金で解決?)、犯人はキューバ亡命の可能性も匂わせるゲリラ(亡命で解決?)であるのに、仲間の釈放要求を出した相手はテロに屈しないが武力解決は――表面上――望まない主権国ペルーのフジモリ(釈放で解決?)であったというなんとも変則的な三すくみ関係がここまで膠着状態がこじれ長引いた原因であろう。結局最後まで日本大使公邸を占拠したことによる真の利益は一体何だったのかゲリラ自身にも勘案し切れていないうちに、その彼等が全員犠牲になって終わった奇妙な幕切れといえる。

何か行動を起こすことによる失敗も罪に問われるのは常識だが、自己の利益を守る自衛の義務を遂行すべき場合に何も行わなかった事によって生じた被害、失敗においても十分に不作為の罪が適用されるべきである。HIV薬害被害の厚生省の罪は、非加熱製剤の流出を未然に防止すべき立場にあった監督官庁が何もせず、国民の生命を守る公職義務を放棄して却って傍観黙視していた処にこそ激しく問われているのである。 (1997/4/23)

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