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国と厚生省がアメリカの警告=赤信号を無視することによって起った輸血感染によるHIV訴訟、脳外科手術における硬膜移植感染による、クロイツフェルヤコブ病訴訟についても、全体から見ればごく小数例で済ませるのならば、これから生じる臓器移植感染過誤犯罪についても、そういうのか。次に入った例は、臓器移植手術を申し出る等百年早い、と言うべき根本的な患者の取り違いミスである。

99/1/14asahi.com横浜市大病院で患者を取り違える手術ミス

 横浜市金沢区の横浜市立大学付属病院で、2人の患者を取り違え、それぞれに間違った手術をする医療ミスがあったことが13日、明らかになった。市と病院は、ミスがあったことを認め、2人の容体は落ち着いていると説明している。しかし、患者の病名や手術の内容については「患者の家族の同意が得られない」として公表を拒んだ。神奈川県警は業務上過失傷害の疑いがあるとして、関係者から事情を聴く方針だ。

 病院によると、2人の手術は11日午前から午後にかけてあった。関係者によると、1人が心臓、もう一人は肺に疾患があったという。病院の医師が執刀し、手術が終わった後に、取り違えたことに気付いたという。

 病院は11日、市にミスがあったことを報告。家族にも事情を説明し、「公立病院の責務として事実を公表したい」と説得した。しかし、同意を得られなかったという。12日には県警にも連絡したという。

 13日に記者会見した腰野富久病院長と富田日出男・大学事務局長は「患者や家族、市民に迷惑をかけて申し訳ない」と謝った。だが、手術の内容や経過、どうして取り違えに気付いたかなど、細かな点については一切話さなかった。

 そのうえで、どんなミスがあったのかについては、患者の家族の同意を得てから公表すると話した。

 「ミスの内容がわからないとほかの患者や市民に不安が広がるのでは」という質問には、「取り違えた患者の治療が第一で、まだ発表できない」と答えた。

 同病院は623床。手術室は11あり、昨年は約4000件の手術をした。(ボールド引用者)

99/1/15asahi.com看護婦が受け渡しミス、横浜市大病院が調査結果公表

 横浜市金沢区の横浜市立大学付属病院で、それぞれ心臓と肺の手術をする予定だった患者を取り違えて手術していた問題で、市と病院は14日、「手術室に患者を運び入れる際、看護婦同士が患者の名前を十分確認しないまま受け渡ししたため、誤った」との調査結果を発表した。執刀医らは手術中に患者が入れ替わっている疑いをもったが、患者がそれぞれ同じような病気を抱えていたため、最後まで手術してしまったという。

 病院によると、患者はともに高齢の男性で、1人は心臓、もう1人は肺を手術する予定だった。

 通常は看護婦1人が患者の乗ったストレッチャーを運ぶが、手術当日は病棟看護婦が患者の乗った2台のストレッチャーを1人で運び、手術室の隣にある「交換ホール」と呼ばれる部屋に同時に入れた。

 この看護婦は患者を1人ずつベルトコンベアー状のハッチウェイ(長さ約1メートル)に移し、ガラスの仕切りに開いた穴を通して、手術室側の看護婦に引き渡した。その際、ルールに従って病棟看護婦が患者の名前を手術室側に伝え、受け取る側の看護婦も復唱したが、互いに呼んだ名前が食い違ったのに気づかなかったという。

 受け渡しのときに手術室側の看護婦が患者の名前を勘違いしてしまったために、別の窓口で渡されたカルテも別人のものを患者につけて手術室に運び入れた。2人の患者は11の部屋に分かれた手術室の中で別々の部屋に運ばれた。手術は同時刻に始まったという。

 執刀医や主治医らは、手術の3日前に患者の顔を確認しており、手術の途中で患者の病状がカルテと違うことに気づいた。立ち会った医者の1人は、患者本人が運ばれてきたのか病棟に確認の連絡を入れたが、それぞれ肺と心臓に疾患があったことから、手術を終えてしまったという。また、2人とも手術中に輸血を受けたが、幸い血液型が同じだったため、輸血事故には至らなかった。 (ボールド引用者)

***

asahi.com99/1/31朝刊社会面には次の記事が並んで載っていたことが極めて象徴的である。

検証・横浜市大病院取り違え手術/確認怠り、ミス連鎖
伝わらなかった教訓──熊本市民病院、識別バンド義務化

看護婦、患者けってストレス解消──フジ、苦情殺到

(フジテレビ番組「ウォンテッド」に出演の看護婦体験談のあまりのひどさに、視聴者が反応したもの)

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医療事故市民オンブズマン メディオ:横浜市大病院だけじゃない 患者 “取り違え” 事故 “取り違え” 医療事故 報道リスト 付き

要するに、これらは、医療従事者が、患者を一人一人の「生命ある人間」として見ず、流れ作業で次々とやってくる「モノ」としてしか見ていない社会分業労働システムの必然的な結果なのである。

血液や臓器をその個人だけに与えられている唯一無二の存在と見なさず、免疫構造を破壊してまで他者のものと交換移植可能としようと考えるシステムにおいて、個体識別が不可能となり取返しのつかない組織的人権侵害が引き起こされることになるのはほとんど不可避であると言えよう。

「私とあなた」という人間個人どうしの間に、かけがえのない絶対的交換不能性を認める事が、護られるべき人権の大前提だからである。つまり自己の身体、精神、生命は一人にひとつずつ与えられた、唯一無二にして、独自性を持つ交換不能な存在であることが、他者に譲渡できないとする基本的人権の概念中に含意されているからである。

喩え本人が望んでも、他者に譲渡売買、(自傷、自害、自殺、人権放棄のような形で)侵害することができないとする基本的人権の概念中にこの交換不能性は含意されているのである。(自殺の禁止はここから導かれる。)メインファイル§4,5

断じて生命と、人権を守ろうとする倫理と法及び医療の論理の全体領域に、物質と商品流通の効率科学市場における経済交換部品論理を紛れ込ませるべきではない。それは、必然的に、ひとりひとりかけがえの無い身体と生命を、金で売買できる部品、商品として互いに等価交換可能とする思想を禁止、排除する原理を内に含まないからである。

さらに、ごく一部を、一部だからと無視できる数の論理は、物質的商品管理の民間ビジネス経済効率上の発想であって人間の生命を預るものの思想とは認められない。それこそは、学=官=業の癒着が起こしたHIV被害の根幹にある発想である。

そしてまた、こうした数の論理は、後で私がいう、生命を全体としてではなく、一つ一つの交換可能な部分、部品として見る非生命的論理に従うものであることを付け加える。

98/11/1 asahi.com 医療の改善へ弁護士らのインターネット11月1日発足

 患者の権利を基本に、医療の改善を進めようと、弁護士や医師、市民が集まり、情報交換をしたり、医療関係者らに提言や勧告をしたりすることを目指す非営利団体(NPO)「医療改善ネットワーク」(MIネット)を1日に発足させる。会ではインターネットを活用し、ホームページを開設して会員を募集するほか、電子メールを使った情報交換や医療事故法律相談などの活動を進めていく予定だ。

 世界医師会(WMA)が「患者の権利に関するリスボン宣言」(1981年採択)で、「良質の医療を受ける権利」「自己決定の権利」などを患者の基本的権利として規定するなどの世界的な流れの中で、日本でも患者の権利を基本にして医療を改善することが必要だとする人たちが集まって発足することになった。すでに弁護士や医師、市民ら約60人が会員として名を連ねており、弁護士の藤田康幸さん(東京弁護士会所属)が世話人になっている。

 今後は、医療行為に対する提言などをする「医療検討部会」、患者の権利を尊重する医療機関リストなどを提供する「医療機関部会」、医療事故にあったときの対処方法などの情報を提供する「医療事故部会」などを設けて活動する予定だ。電子メールをすべての会員に転送するメーリングリストなどで情報交換するなどインターネットを活用するのが会の特徴だが、インターネットが使えない人も参加できる。

 藤田さんは「幅広い市民を結集して、患者の権利にたったNPOを目指していきたい」と話している。問い合わせは、プライム法律事務所(03・3221・7251)へ。

(ボールド;赤字引用者)

「患者の権利」を基本に据えて考えるNPO医療改善ネットワーク(MIネット)ではこの事故をきっかけに

手術患者取り違え事故防止ガイドライン をまとめたが、そこには次のような文章が置かれている。

労災(労働災害)の分野では、「ハインリッヒの法則」というものが語られており、1件の大事故があると、そのまわりに29件の中小の事故があり、さらに300件のニアミスがあると言われている。大事故は突然起こるのではなく、発生する前にその下地がすでにあることが多い。

こうした根強い反対論の続出で、日本の移植医療が世界的水準から一歩も二歩も遅れるようになったのも、もとはといえば、あなた方、医療関係者が、過去にそれだけの過誤犯罪事件を引き起こした責任と反省を放置し続けて来たからであって、その医療遅延の結果はあなた方が甘んじて受けるべきであろう。

新しい高度な医療を解禁したために、たとえ一人でもさらに新たな事件、過誤、混乱を背負い込み問題を複雑化させる可能性があるならば、そのような医療はこの未熟な社会には時期尚早として中止するべきである。その新技術を受け入れなくしている未熟さの責任の一端は確実にあなた方にも存在するからである。

臓器移植法案可決、'97年10月16日施行に伴ない全国に配布している移植意志表示カード(臓器摘出に拒否の意志も表記可能)、いわゆる「ドナーカード」所持者の普及拡大が相当難航して進まない現実は、住民投票の結果同様、そうした日本の医療界全体に対する国民の信頼の度合いをダイレクトに反映しているものと受け取るべきであろう。

98/10/13asahi.com臓器移植法施行から1年、カード普及率3%

 昨年10月16日に臓器移植法が施行されてからまもなく1年。この間、脳死した人から心臓や肝臓などを摘出し移植する手術は、1例も行われていない。朝日新聞社は面接方式で全国世論調査を実施し、その背景を探った。臓器提供のかぎとなる提供者の意思表示カードは2000万枚以上配られているが、所持率は3%と低かった。脳死を人の死と認める人は53%、心臓死に限るとした人は38%で、前回の1996年9月調査と変わらなかった。世論調査とは別に行った臓器提供病院となり得る全国383施設に対するアンケートでは、準備が整っている病院は38%。すべての病院で態勢が整うまで、まだ時間がかかりそうだ。

 世論調査は4、5の両日実施した。日本臓器移植ネットワークや厚生省などがつくった意思表示カードは、郵便局や保健所、病院に置いてあるほか、多くの市町村が更新期などに国民健康保険証といっしょに郵送している。意思表示カードを「知っている」と答えた人は63%だが、所持率は3%。カードの存在自体は広く知られているが、入手するところまで至らない人が多い。

 人の死をどう考えるかでは、脳死派と心臓停止派との比率は96年調査と同じで、法律の成立・施行が国民の脳死に対する考え方に影響を与えなかったといえる。また、移植の進め方については「慎重に」が61%と、「積極的に」の25%を大きく上回った。

99/5/26 asahi.com脳死は「人の死」 52%――本社世論調査 比率動き見られず 

 《グラフ》 「人の死」の定義

 朝日新聞社は22、23の両日、電話による全国世論調査を実施し、脳死臓器移植についての考え方を尋ねた。脳死を人の死と考える人は52%で、高知赤十字病院で初の臓器提供があった直後の3月と、臓器移植法施行から1年たった昨年10月の二つの面接調査とほぼ同じだった。今月、慶応大学病院で2例目があったが、心停止を死とする従来の考え方と脳死派の割合は固定する傾向をみせている。また、海外に臓器移植を受けに行く状況については、40%が「おかしいと思う」と答えた。

 臓器移植法は、臓器提供を行う前提で本人同意のあるときに限って脳死を人の死としている。一方、厚生省研究班が先月、脳死を一律に人の死とする法改正案を出すなど、範囲を拡大する動きも。脳死派が50%前後で変化しない現状では、慎重さが必要といえる。

 意思表示カードやシールの所持率は7%。昨年10月の3%、今年3月の5%と比べ増える傾向にある。(ボールド引用者)

'97年の末、脳死状態になった男性からの臓器提供の意志が、ドナーカードの記入ミスのため実現されなかった事例が問題になっているが、それだけに留まるものではない。

また、この「ドナーカード」自体が、シンジケートにより偽造、変造されて大量に出回り闇値で取引され始めたら、日本の移植関係者はどう対処するつもりなのか?それだけでも既に警察が手を焼いている精巧な偽造紙幣、パスポート;パチンコ等のプリペイドカード変造、自販機変造コインを造るより、彼らにとって判子並みにたやすい事である。詳しくはわからないが、それを記入したのが確かに本人と確認する、IDカードのような生体識別が不可能なのではないか?臓器提供意思表示カード記入例

早い話が、本人の意識がなくなった後から、付き添い人が、どこででも配布しているカードを入手し、臓器提供の意志を筆跡を真似て記入して医師に提出しても現医療体制ではそれを見破る手段を持ち得ないのではないのか?命のかかった取返しのつかない意思表示についてそんな事態は想定していない、付き添う家族を疑うのは失礼だ、などというのは、無責任極まりない態度と言うべきである。

asahi.com 99/4/19家族同意でも提供──臓器移植法見直しへ 厚生省研究班が提言 
 厚生省研究班の「臓器移植の法的事項に関する研究」グループ(分担研究者、町野朔・上智大教授)は臓器移植法の見直しに向けて、脳死からの臓器提供は家族の同意があればできるようにする、とする内容の研究報告概要をまとめた。現行法では、脳死からの臓器提供は本人が書面でその意思を示していることが条件になっている。同法は施行から3年後に見直し作業をすることになっており、町野教授は「論議のたたき台、問題提起と考えている」と話している。

 概要では、同法に「本人が『臓器提供しない』という意思表示をしておらず、家族が提供の意思を書面で表示した場合には提供できる」という趣旨の記述を付け加えるよう提言している。

 現在、法の運用指針は意思表示ができる年齢について、民法上、遺言が可能な年齢などを参考にして15歳以上と定めており、このため子どもの脳死からの臓器提供は事実上できない。家族の同意だけで脳死からの臓器提供が認められるようになれば、結果的に15歳未満の臓器提供にも道を開くことになる。
(ボールド、赤字強調引用者)

患者本人が脳死状態のため意思表示できないだけで、拒否しているかもしれない臓器移植を目的とした組識切開が、本人の意思が尊重されることなく患者家族だけの意思合意によって法的に許容されるならば、死者を故意に傷つける遺体損傷の罪を犯すことに道を開くことになろう。

本人が『臓器提供しない』という意思表示をしておらず」というのは、単に拒否する意思を表示しなかったというだけであって、直ちに「臓器提供をしても良い」とする積極的な意思表示をしたことにはならないからである。無知や無関心なだけで、たまたま拒否しなかったという「どちらでもない」場合が存在するであろう。

特に患者が、「脳死、臓器移植」のような高度な判断が要求される生命医療について、意思表示責任能力のないと認められる未成年者、知的障害者、精神障害者、痴呆性老人の場合、代りになった家族が、結果的に脳死者本人の生前の意思を(装われた)善意で踏みにじってしまうという恐るべき未必の故意的犯罪を犯す可能性はないというほど、日本は倫理的に厳格な社会ではない。

99/9/2asahi.com 不在者投票で京都の特養施設、配布用紙に特定候補
職員代筆の例も 

 京都府亀岡市の社会福祉法人「利生(りしょう)会」(細川益邦理事長)が運営する同市内の二つの特別養護老人ホームで、園内で実施される国政選挙や地方選挙の不在者投票の際、投票直前に特定の候補者名を書いた紙が長年にわたり入所者に配られていたことが関係者の証言などで分かった。自分で候補者を選べない老人性痴ほう症の入所者については、職員がその紙を見て投票用紙に代筆していたという。紙は一部の入所者が配布していたが、園の支持する候補者の名前が書かれていることが多かったという。園側は「入所者が自発的にやっていた。問題になるとは思わなかったが、誤解を招くのであれば今後は改めさせたい」としている。

 公職選挙法は、投票所で正当な理由なしに第三者が投票に干渉する行為などを禁じており、自治省は「事実なら公選法に抵触する可能性もある」と指摘している。

 候補者名が書かれた紙が配られていたのは、特別養護老人ホーム「亀岡園」(入所定員50人)と「第2亀岡園」(同50人)。

 関係者によると、今年1月15日に投開票された亀岡市議選の場合、第2亀岡園では11日に投票所に出向けない入所者のために園内で不在者投票をした。

 入所者は投票前に職員の指示で会場の入り口付近に1列に並ばされ、長期入所者の男性から1枚ずつ紙を手渡された。紙は縦10センチ、横20センチ程度の白い紙で、ボールペンなどで、園が支持していた保守系市議の名が手書きされていた。

 入所者の中には、自分で投票用紙に記入できない痴ほう症のお年寄りも多くいたが、記入机のすぐ近くに「代筆係」の職員が待機し、入所者や介助係が持ってきた紙に書かれた候補者名を投票用紙に書き写した。その際、入所者本人が紙を書いたかどうかなどの意思確認は十分にしていなかったという。 (ボールド、赤字強調引用者)

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このような事態を未然に防ぎ、自らの人権、身体、生命を護るためには、「ドナーカード」に対して、「脳死判定および救命移植・摘出手術拒否カード」の発行、普及、携帯によって生前から明確に拒否の意思を表わしておくことが、不可欠となるだろう。実際、

オウム真理教 脳死は人間の死ではない!――臓器移植、オウムはこう考える における

3 脳死問題に宗教は答えを出せるか?で紹介・評価しているように、

当初から脳死を「人の死」とすることに反対する声明 平成3年12月3日をHP上で訴え、

生命倫理問題対策会議で本格的に宗教的立場から脳死・臓器移植反対運動を展開している大本教では、

「ノン・ドナーカード」を提案配布している。

しかも悪いことに、今回の臓器移植法には、臓器提供の意思を示した書面を偽造した場合の罰則規定が存在しない。

偽造、書き換えドナーカードで移植に合意したとみなし臓器摘出してしまってから、その事実に気づいても既に手遅れである。「返しゃいいんだろう;悪いね」と、臓器を、物言えず脳死と判定された持ち主に返すのか?

断じて生命と、人権を守ろうとする倫理と法及び医療の論理の全体領域に、物質と商品流通の効率科学市場における経済交換部品論理を紛れ込ませるべきではない。それは、必然的に、ひとりひとりかけがえの無い身体と生命を、金で売買できる部品、商品として互いに等価交換可能とする思想を禁止、排除する原理を内に含まないからである。

一度社会的法的に認可された臓器の流通に対し、値段をつけ商品として扱い利潤を上げよと、臓器売買民間ビジネスに連続的に移行するよう掛ってくる強大な産業社会市場の圧力に十分対抗できる思想文化倫理はどこに存するのか。

どこまでも増え続け、足ることを知らない物を中心とした欲望が一旦膨らみだしたら最後、自分と他人の人権を犠牲無視売買してまでもとにかく手っ取り早く実現させなければ気が済まないという気質が出来てしまったら、すでに取返しのつかない立派な犯罪予備軍というべきである。

「みんなで渡れば怖くない」と社会全体が病的危機に突入して「異常」になっていることに全員が見かけ上堅固に無自覚であるような社会、危機管理に愚鈍極まりない社会では、アレルギーと免疫反応は、こういう自己同一性を犯す侵入者に対して我々の身体全体が備え持ち、抵抗する警告であり、拒否反応ではないのか?

私自身、このような医療過誤の続発する現実を前にしては、好意的に見ても延命の移植手術を受けたいとは思わないし、私がもし、内部事情に精通している医師であったならなおさら、日本の病院では手術を受けることは可能な限り避けるであろう。自分の務めている病院に、自分の家族親類ですら入院もしくは一時的に収容されることを拒否する医者まで存在すると聞く。

一般の外来通院でさえも、いつ院内感染の犠牲にならないかと恐る恐る通わなくてはならないのが実態である。国と厚生省がアメリカの警告=赤信号を無視することによって起った輸血感染によるHIV訴訟、脳外科手術における硬膜移植感染による、クロイツフェルヤコブ病訴訟、腎臓移植による白血病感染についても、その他の薬害、感染症、検査ミス、誤診についても病院に治療を受けに行ったその行為が、新たな病気を造る原因となっているのだ。

安田基隆院長は、安田病院に自ら入院することを望むだろうか。

[毎日新聞'99年3月16日]<医療過誤>点滴に消毒薬 58歳の女性患者死亡 都立広尾病院
 東京都渋谷区恵比寿の都立広尾病院(岡井清士院長)で今年2月、入院患者の主婦(58)=千葉県浦安市=が点滴終了後に容体が急変し、死亡する事故が起きていたことが16日分かった。都衛生局などで原因を調べているが、他の患者に使う予定の消毒液を誤って投与された疑いが強く、警視庁は業務上過失致死容疑で関係者から事情を聞いている。公立病院では今年1月、横浜市立大付属病院で患者を取り違え手術する事故が起きており、本来は高いレベルにあるはずの医療現場の管理体制が改めて問われそうだ。

 同局によると、この主婦は2月8日に入院し、同10日に左手中指の関節リウマチの手術を受けた。主婦は11日午前8時半から9時過ぎにかけて、病室で抗生物質の点滴を受けたが、点滴のチューブを経由して注射器で薬剤を投与した直後から「胸が苦しい」などと訴えて容体が急変し、午前10時40分過ぎに心不全で死亡した。

 投与された薬剤は、血液が固まるのを防ぐ「ヘパリンナトリウム」の生理食塩水液(ヘパ生)のはずだったが、同病院の調査で、日勤の看護婦(29)がこの患者の点滴の準備と並行して、別の患者に使用する消毒液(ヒビテングルコネート液)を注射器に詰める作業をしていたことが判明。患者の病理解剖では急性心不全など他の死因が見当たらなかったことから、「誤って消毒液を投与した可能性が高い」と先月22日、警視庁渋谷署に届け出た。

 同病院の調査によると、看護婦が点滴の準備をしていたのはナースセンターわきの処置室。ヘパ生入りの注射器は夜勤の看護婦が6本ほどを作り、それぞれに「ヘパ生」とフェルトペンで書いて保冷器に入れた。点滴を準備した看護婦はこのうちの1本を取り出し処置台の上に置いた後、消毒液を同タイプの注射器で吸い上げる作業をしたという。このため処置台の上には、中身が異なる2本の注射器が用意された。

 「ヘパ生」、消毒液ともに無色透明の液体。注射器につめられた量もともに10ミリリットルで、取り違えやすい状態だったが、看護婦は消毒液の注射器には「『洗浄用ヒビグル』と書いた紙を張っておいた」と説明している。

 この看護婦は患者の病室に注射器を持って行き、実際の投与は別の看護婦(25)が行った。投与した看護婦は「注射器の『ヘパ生』の文字を確認した」と話しているが、患者の急変をうけて点滴を準備した看護婦が処置室にあった残りの1本を見たところ、こちらも「ヘパ生」と書いてあったと述べ、証言には矛盾もある。また、患者に使った注射器は使用後、医療廃棄物専用のボックスに捨てられ、他の注射器と混ざったため、現段階では中身は特定されていない。

 16日午後、病院内で記者会見した岡井院長は「薬剤の取り違えがあった可能性が高い。二度とこのようなことが起きないよう万全を尽くしたい」と陳謝した。

●司法解剖できず●

 都立広尾病院から届け出を受けた警視庁捜査1課と渋谷署は、業務上過失致死容疑で点滴を行った看護婦や病院関係者から事情聴取を続けている。

 同課などによると、病院から届け出があったのは患者が死亡してから11日後の先月22日。患者の遺体は届け出を受けた段階ですでに火葬されていたため、司法解剖による詳しい死因解明はできず、同課などは病院の診療経過や誤って投与されたとみられる消毒液のヒビテングルコネートの保管状況などについて詳しい捜査を進める方針。

 

北海道新聞99/3/19点滴用チューブに消毒液注入 市立小樽病院
 【小樽】市立小樽病院(森岡時世院長)の内科で十一日、看護婦が入院中の患者の点滴用チューブに血液凝固抑止剤と間違えて、注射器で消毒液を注入し、患者が血管に炎症を起こしていることが、十八日分かった。注射器には、薬の名前が書かれたラベルが張ってあったが、看護婦は確認しなかった。同様の単純ミスで、二月には東京都渋谷区の都立広尾病院で患者一人が死亡している。
 同病院によると、患者は市内の八十歳代の女性で、今月上旬から気管支炎で入院中。十一日午後一時半ごろ、看護婦が、点滴後に血液の逆流と凝固を防ぐための血液凝固抑止剤「ヘパリンナトリウム」と間違えて、たんの吸引器の消毒液「ヤクゾール」を注射器で注入した。

 二、三cc注入したところで、間違いに気付き、消毒液を吸い取ってチューブと点滴針を引き抜いたが、患者は痛みを訴え、消毒液が血液と交わる付近の静脈に軽い炎症を起こした。

 同病院によると、消毒液が臓器などに入ると、少量でも死亡する場合があるが、今回はすぐに注入を止めたため、「生命に別条はない」と言っている。

 事故当時、看護婦は一人で作業していた。消毒液は気管にたまったたんの吸引器の洗浄用として、血液凝固抑止剤と同じ型の別の注射器に入れてあった。二本の注射器には薬剤名を記した札が張ってあった。

 患者の家族は「炎症で済んだので、荒立てるつもりはない。ただ、あと一歩で命を落とす恐ろしい事故なので、病院側は注意を払ってほしかった」と話す。

 森岡院長は「あってはならないことで申し訳ない。注射器を確認しなかった単純なミスで、現在薬剤ごとに色分けするなど二重、三重の防止策を検討している」と話している。

 二月十一日に都立広尾病院で起きた死亡事故も、看護婦が点滴の際に、ヘパリンナトリウムと消毒液を取り違えた。

 市立小樽病院では九三年四月、患者の胆管を誤って切除する手術ミスが起きた。九七年五月にも、手術した患者の体内にガーゼを置き忘れ、同年十二月には血液型を間違えて輸血する医療事故を引き起こしている。

99/4/2 asahi.com体内に針残し、患者らに知らせず 琉球大医学部付属病院

 沖縄県西原町の琉球大医学部付属病院の医師が、3年前に執刀した県内の男性(70)の心臓手術の際に、半円形の針(長さ約1センチ)を過って患者の体内に残し、手術直後に気付きながら患者や家族には知らせず隠していたことが分かった。男性にはいまのところ異常はないという。医師は「針を取る手術は危険性が高く、影響も少ないと考えたが、説明すべきだった」として、1日に家族に報告し、謝罪した。

 医師と病院の説明によると、手術は1996年に行われた。同大医学部の教授であるこの医師を責任者に8人程度のスタッフが、上行大動脈瘤(りゅう)など心臓に関係する3つの手術を約6時間かけて実施した。集中治療室で胸部のレントゲンを撮ったところ、手術の際に使った針1本が残っているのが分かった。

 手術では、針が付いた糸40本程度を使ったが、使用後の確認はしていなかったという。

 患者を再度、手術室に運び、切開して心臓の周りを見たが、見つからなかった。医師は最初の手術で縫いつけた血管と心臓との境界付近に針が残っているとみていたが、「糸をほどいて探すのは、危険で、再手術はしない方がよい」と判断し、再び縫い合わせた。

 家族らに隠したことについて医師は「針を取り除く手術は患者の状況などから極めて困難で、患者や家族に説明しても、精神的にパニックになると思った。いま考えると家族だけでも説明することはできた。申し訳なかった」と話している。

 同病院の小椋力院長は「ミスは認めるべきだった。患者と困難を共有していく姿勢が大事だ。関係者に意識改革を徹底させたい」と話している。


99/4/6 asahi.com患者取り違え輸血――沼津市立病院 血液型も間違え 

 静岡県の沼津市立病院で、看護婦が患者を取り違え、輸血の必要のない人に、しかも別の血液型の血しょう成分を輸血するという二重のミスをしていたことが5日、明らかになった。体内に約100CCが入ったところで家族の指摘で気づき取りやめたという。患者に異常はなかった。

 病院によるとミスは先月13日に起きた。肝臓病で50代のB型の女性に輸血すべきだったのを、誤って消化器系の疾患で入院していた同じ病室のA型で80代の女性に輸血してしまった。約1時間後、付き添いの家族が血しょう成分の袋にB型と書かれているのに気づき、看護婦に連絡した。病院は経過をみたが異常はなく、患者は今月2日に退院した。担当の看護婦が勘違いをして、A型の女性のベッド際のネームプレートに「B型」と書き込んでしまったという。

99/5/9 asahi.com松江赤十字病院で、昨秋にも患者間違え輸血

 松江市母衣町の松江赤十字病院で、血液型がO型の男性患者に誤ってA型の血しょうを輸血していたことが8日、分かった。男性に輸血ミスによる異常はなかったという。同病院では昨年秋、2件の異型輸血が相次いで明らかになり、院長が辞職した。記者会見した武田博士院長は「このような事故を繰り返し起こし、おわびの言葉もない。職員の危機感が欠けていたと思う」と話した。

 病院の話では、男性は7日に胸部の手術を受け、午後5時ごろから主治医の指示で看護婦が成分輸血を始めた。160CCの血しょうを3回輸血する予定で、1回目は正しいO型だったが、2回目にA型を輸血、3回目の輸血を始める時、同じ看護婦が誤りに気づいた。同じ集中治療室にいた別の患者用の血しょうを間違えて使ったという。

 血しょうの袋には血液型ごとに違う色のラベルが張ってあり、血液型も記入されていたが、患者の名前は記入されていなかった。

 男性は輸血を受けて大量出血し、一時は生命が危ぶまれたが、その後、回復に向かっているという。

99/5/22 asahi.com横浜の病院で別の抗生物質を点滴 
 横浜市金沢区の「済生会若草病院」(横井正博院長、236床)で3月上旬、床ずれのため入院していた女性患者(95)に抗生物質を点滴する際、看護婦が別の薬剤の点滴パックと取り違えていたことが21日、明らかになった。患者は6日後に死亡した。死因は敗血症とされている。

 病院の説明によると、女性患者は3月1日に入院し、患部からばい菌が入るのを防ぐため、抗生物質の点滴を受けた。3日午後7時半ごろ、抗生物質「塩酸セフォチアム」の点滴パックが空になり、交換する際、看護婦が抗生物質「セファゾリンナトリウム」のパックを取りつけたという。

 点滴を再開して約5分後に、見舞いにきていた家族が、パックに記された患者名が違うのに気づき、ミスがわかった。看護婦は翌朝、婦長に報告したが、病院幹部には知らされなかったという。

 横井院長は「取り違えた抗生物質の効能はほとんど同じなので、病状に影響はなかったと思う。しかし、管理態勢を見直したい」と話している。

 

99/5/12 asahi.com看護婦の9割が“危なかった”体験──医療事故アンケート

 9割以上の看護婦が医療現場でミスやひやりとした体験をしたことがある――都内の病院の看護婦らでつくる「東京医療関連労働組合協議会」(赤尾関恵子議長)が、こんなアンケート結果をまとめた。最近、各地で相次ぐ病院での医療事故についても、9割近くが「だれにでも起こりえること」と答えている。同協議会は「看護婦の負担が大きすぎる実態を表す結果」と分析している。

 調査は、横浜市大病院や都立広尾病院での医療事故を受け、4月上旬に都内の都立、国立など20の病院で実施、病棟勤務の約2300人の看護婦らからの回答をまとめた。

 協議会によると、こうしたミスなどが大きな事故に至った例はほとんどないが、アンケートをまとめた看護婦からは「点滴を隣のベッドの人と間違えそうになった」「同僚が誤ったインシュリンの量を糖尿病患者に注射した経験がある」といった生々しい声も聞かれた。

 また、「ナースコールが鳴った時に詰め所にだれもいないことがある」「患者の病態を十分理解せずに仕事に入ることがある」との設問にはそれぞれ8割以上の看護婦が「よくある」か「時々ある」と答え、看護婦不足の実態も浮き彫りにした。

 同協議会は「各地の事故はひとごとではない。夜勤が1人しかいないので注射薬をダブルチェックできないなど、看護態勢が不十分な病院も少なくない」とし、今後、看護婦の配置基準の見直しなどを国に求めていくという。

***

より詳しい最新新聞報道については、メディカグローブ医療過誤

99/5/28 asahi.com 院内感染?2患者死亡――透析治療中、肝炎に 兵庫・加古川 
 兵庫県加古川市平岡町の診療所・福原泌尿器科(福原公医長)で、腎臓病のため人工透析を受けていた患者2人がB型肝炎を発症し、2月から4月にかけて劇症肝炎で死亡していたことが27日、兵庫県の調べで分かった。同診療所で治療を受けていた別の3人の患者もB型肝炎を発症し、転院して治療を受けている。県は患者が同診療所で同じ時期に透析を受けていたことから、院内感染による集団発生の可能性が高いと判断し、感染源などを調べている。

 県健康増進課によると、死亡したのは40代と50代の男性。いずれも慢性腎不全で同診療所に通院し、透析治療を受けていた。ほかの3人は高砂市民病院に転院して治療中だが、1人は重症。県は27日、同診療所で透析を受けている患者110人と職員に血液検査を実施したが、このうち3人の患者から新たにB型肝炎ウイルスが見つかった。

 40代の男性は発症した時期は不明だが、2月28日に死亡した。同診療所から保健所などへの届け出はなかった。50代の男性も発症時期は不明で、胃せん孔の疑いがあるとして転院し、4月26日に死亡した。転院先の病院からは1カ月後の5月27日に届け出があった。

 B型肝炎の集団感染としては、1994年に東京都内の診療所で4人が院内感染と見られる劇症肝炎で死亡した例がある。この後、厚生省は院内感染の再発防止策の強化を都道府県に通知している。

99/5/30asahi.com 院内で?11人結核感染し患者2人が死亡――福島・喜多方
 福島県喜多方市の医療法人「佐原病院」(佐原元院長)で、結核と診断された80歳代の男性患者のほか、この男性を看護していた看護婦ら病院関係者7人、男性と同じ病室に入院していた70歳代の男性、その孫2人の計10人が結核に感染し、80歳代と70歳代の男性患者2人が死亡していたことが29日、明らかになった。菌の鑑定を研究所に依頼中で、死因はいまのところ分かっていない。県は、院内感染の可能性が大きいことや結核予防法で定められた報告義務を病院側が怠った疑いが強いことから、週明けにも、医療法に基づく指導に乗り出す。

 県健康増進課などによると、死亡した80歳代の男性は昨年9月、肺炎の疑いで佐原病院に入院。11月に結核と診断され、結核患者用の病床がある県立病院に移されたものの、12月23日に死亡した。しかし、佐原病院は、発症の事実を当該保健所に届け出ていなかったという。

 また、70歳代の男性は、9月から11月までは80歳代の男性と同じ病室にいた。結核に感染したことが分かったため県立病院に転院したが、今年4月27日に死亡した。

 一方、感染した看護婦2人は発症して入院しているほか、別の看護婦4人は抗結核剤を服用している。さらに、死亡した70歳代の男性の孫で小学生の女児2人と、男性の看護実習生1人も結核に感染したが、発症はしていないという。

 佐原病院の診療科目は内科のみで、ベッド数は137。佐原院長は「県には、確定診断をした転院先から連絡されるものと認識していた。結果的に迷惑をかけ、反省している」と釈明している。

99/5/30毎日新聞院内感染:結核感染の看護婦2人 約1週間勤務 福島=替  
 福島県喜多方市の佐原病院(佐原元院長)で看護婦や患者ら計10人が院内感染し、1人が死亡していた問題で、結核に感染したと診断された看護婦2人がその後約1週間も同病院内で勤務していたことが30日、同県の調査で分かった。
 同県によると、県会津保健所は今年3月、昨年12月に結核で死亡した患者を担当していた職員や看護婦らについて検査を実施。その結果、看護婦2人が結核に感染したことが分かり、4月9日に検査結果を同病院に電話連絡した。しかし同病院は「自覚症状がなかった」との理由で、本人が症状を感じた同16日まで勤務させていたという。

 結核予防法では結核患者が出た病院は2日以内に県に届け出ることが義務付られているが、同病院は最初の結核患者が出た時点でこれを怠っていた。この事実が判明したため同保健所は関係者の検査を実施していた。県はこれ以上の患者が出る可能性は少ないとみている。また県は31日、同病院を立ち入り調査し、義務を怠った経緯などを調べ、改善指導などを行う。

 ●男性患者死亡を1カ月後発表

 佐原病院の院内感染問題は、今月28日に男性患者1人と看護婦2人が結核に感染していたことがわかり、表面化。院内感染の疑いが出たため、福島県が調査し、29日になって、この男性患者が4月27日にすでに死亡していたことと、新たに病院職員ら7人が感染していたことを発表した。 (ボールド引用者)


但し、'98年5月になってやっと、医師会がこの点について自覚し、自己の義務を果そうとする動きを-それも、思想的な転換ではなく、医療訴訟賠償の財政難から−見せたので、ここに貼り付けておく。

98/5/10asahi.com日本医師会が医療事故予防策に乗り出す

 全国の医師の約6割が加盟する日本医師会(坪井栄孝会長、約14万人)が、これまで個々の医師にまかせてきた医療事故予防対策に組織として乗り出すことが9日、明らかになった。事故情報収集機関の設置や事故予防に関する講習の充実などを図る方向で具体的な実施案作りに入る。同医師会はこれまで、患者側が医療事故を訴えても取り上げないことが多く、「冷淡」と批判されてきた。しかし、医療訴訟が増加し、賠償金の支払い増加が医師会財政を圧迫している現状に押される形で、方向転換に踏みきった。

 医療事故の件数に関する公的統計はないが、医療訴訟は年間約500件起きており、増加傾向にある。実際の事故件数は訴訟件数の数倍といわれる。

 日本医師会は1973年、医師会員に責任があった場合の損害賠償制度として「日本医師会医師賠償責任保険」を創設した。支払額は公表されていないが増加しており、現在は年間60億円近くにまで達し、保険収支を圧迫してきた。このため昨年、保険料が含まれている医師会費を引き上げざるをえなかった。

 こうした現状に加え、医療事故防止には医師会単位で取り組むことが世界的潮流となっていることから医師会は路線転換を決意。坪井会長が昨年、医療の危機管理をテーマにした医療安全対策委員会を設置した。平山牧彦・日本医師会監事(4月から同理事)を委員長とし、横山和子・日本医大教授(麻酔科)ら大学教員3人を含む5人の委員会は米国流の危機管理手法を取り入れ、医療事故をめぐる問題点を分析。このほど、報告書を提出した。

 報告書は、基本的な考え方として「患者が医師・医療機関を信頼し、医療提供者も安心して医療を提供できるシステムを作り、患者と提供者双方が安全を確保する」「そのためにミスやエラーから学ぶことを強調。

 具体的な医療事故予防対策として(1)米国医師会の持つ財団のような、全国的な事故情報収集機関を作る(2)病院ごとに事故や事故一歩手前の事例の報告体制を整備(3)安全対策マニュアルを作成し徹底(4)上司に対しても発言できるよう医療現場の意識改革(5)医療従事者の人手不足の解消(6)医師会の生涯教育制度に事故予防に関する研修を組み込む(7)医学教育・医師養成段階から安全な医療をめざす、の7項目を提言した。さらに、事故をくり返す病院や医師への懲罰的措置、再教育制度など、今後の検討課題も示している。

 坪井会長は「医師の自己防衛的な発想ではなく、患者の立場に立ち、本当に安全な医療を実現すべき時だと思う。報告書の答申をきっかけに、日本に合った独自の制度を実現したい」と話している。

(赤字強調、ボールド引用者)

この答申通り、真に「医師の自己防衛的な発想ではなく、患者の立場に立」った医療が日本に実現するかどうかは、お手並み拝見というしかないが、現在確かに言えるのは、臓器移植法を提出する前に、その前提としてこうした「社会システム」を作っておくべきであったということだ。後から、余りのドナー数の少なさに今ごろ慌てて泥縄式で言い出してももう遅いということだ。一旦失われた信頼は戻ることはない。すぐ上にも私が述べていた通り、

「防止するため真剣な努力がなされている」といえるには、ほど遠い現状である。
「必要な医療であれば、それを認めたその悪用を防止するシステムを整備すべきだろう。」とするそのシステムは、一体どこにあるのか?

悪用を防止するシステムを実際に整備完成した後、必要な医療を認めるのが本当ではないのか?彼らは、先ず、移植医療有りとして、その絶対前提それを認めたから、すべてを敷延合理化しようとしている。

下記の同時期報道もよく読まれたい。

 

98/5/13asahi.com臓器移植提供施設2割で不整備、厚生省調査

全国で96ある臓器提供施設の2割が臓器提供施設として不整備であることが12日、厚生省の調べでわかった。臓器移植法半年を経て、厚生省が臓器提供施設を緊急調査した。

回答があったのは95施設で、臓器移植の体制を「整えている」としたのは74、今後「整える方針」としたのは20施設。1施設は「整えていない」と答えた。脳死判定医の選定も、15の施設でしていなかった。倫理委員会は大半が設置していた。

昨年10月16日から今年4月15人(ママ;引用者)までの半年間に95の施設で死亡した患者は合計1万6566人。うち、脳死状態を経た人は704人にのぼった。

98/5/14 asahi.com 脳死者は年間推計4000人、厚生省研究班が調査

 脳死での臓器移植について、臓器移植法に関する厚生省の運用指針で提供施設に挙げられている325施設のうち8割以上が脳死判定を実施し、脳死になる人は推計で年間4000人近くに上ることが13日、同省研究班(大塚敏文・日本医大理事長)の中間調査集計で明らかになった。運用指針では最初の数例の臓器提供を96施設に限定しているが、施設数の拡大を検討するため、19日に開かれる公衆衛生審議会臓器移植専門委員会に報告される。

 運用指針は、適正な脳死判定体制や倫理委員会の承認があることを条件にした上で、(1)大学病院本院(2)日本救急医学会指導医指定施設(3)日本脳神経外科学会専門医訓練施設(4)救命救急センターを提供施設に挙げている。しかし、「最初の数例の提供」は施設の充実度がより高いとして(1)、(2)の合計96施設に限るとしている。

 研究班の調査によると、脳死判定は全施設の8割以上が実施していた。(1)、(2)のうち、回答のあった55施設での昨年1年間の死者数は約9000人で脳死になる人は800人近くあった。これに対して、229施設ある(3)、(4)のうち、回答した119施設では死者数約1万7000人で脳死になる人は1300人余りだった。この結果に基づき、全施設での脳死発生数を3848人と推計した。

(ボールド引用者)

***

2割が臓器提供施設として不整備」、「脳死判定医の選定も、15の施設でしていなかった」のが「施設の充実度がより高い」と認められる日本の初期限定96施設の実態なのである。しかもこの96から325(?)に拡大した提供施設指定に当たって信じられないようなずさんさが明らかになった。

98/10/19 asahi.com「臓器提供施設」指定、厚生省が41カ所に通知せず

 脳死患者からの臓器提供指定施設を厚生省が今年6月に大幅に拡大した際に、指定したことを知らせる通達を出していなかった施設が全国で41もあったことが、18日までに明らかになった。「通達が届かなかったので、準備を進められなかった。本当に脳死移植を進める気があるのだろうか」と厚生省の姿勢に疑問の声があがっている。

 それまで96だった臓器提供指定施設を、厚生省は300以上に拡大し、「指定されたので準備を整えてほしい」との通達を、保健医療局長名で6月26日付で出した。

 だが、大学病院の本院である、救命救急センターとして認定されているなど四つの条件を一つも満たさない施設には出さなかった。全国で41に上り、すべてが大学病院の分院だった。

 同省の真鍋馨・臓器移植対策係長は「大学病院の分院は、精神病院、リハビリテーション病院など、機能が特化している場合がある。そういう病院に通達が届いて『何を勘違いしているのか』と思われては困ると考え、送らなかった」と説明する。 (ボールド引用者)

***

大学病院の分院にいる精神病者、リハビリ患者は注意した方が良い。

これらの事実を認めてもなお

「ごく一部で例外的に発生している問題を一般化し、それゆえに臓器移植は行うべきではないという議論は、妥当とはいえないだろう。」

程度で済ませるつもりなのか?


このようなずさんな有り様で移植をどうしても進めようと思うのなら、メインファイルにも述べた通り、それを推進する医師自身もしくはその家族が先ず、そのカードに臓器提供のサインをしなければ一般の信頼は得られないであろう。移植推進団体は、ドナーカードの普及が進まないと嘆く以前に先ず、医療関係者の臓器提供希望ドナーカード普及実数を調査公表すべきである。

自分が患者受容者の立場に立った時には、脳死に賛成して臓器を受け入れたその同じ人が、他者からの臓器提供を申し込まれ提供者の立場に立った時にはこれを断固として拒否するという自己矛盾を呈するのが、国民一般の態度なのではないか。

臓器移植を希望する者(レシピエント)は、自らの臓器も脳死した場合には他者に提供するドナー義務を負うという条件の下にのみ移植を受けることが許可される、逆に臓器を提供する意思を提示しない者は、いかなる場合においても延命のための臓器移植は許可されないというのが、最低限守られるべき黄金率であろう。

だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもその通りにせよ。これが律法であり、預言者である。マタイ7.12

これは、移植を推進する医学者サイドに立つ論理というものであって、医療を受ける一般市民の側からは到底受け入れがたいものである。如何にごく一部であろうとも被害を受ける市民個人にしてみれば、貧乏籤を引いたその被害を100%その身に受けたと同じ事になるからである。医者も、病を得、自ら脳死状態となり臓器被摘出患者となった時のことを考えれば直ちに分かることである。

こういう日本の医療機関にやすやすと自らの臓器まで差し出す程、日本人はお目出度くも愚かでもない、ということを示す何よりの証拠ではないか。

「みんなで渡れば怖くない」と社会全体が病的危機に突入して「異常」になっていることに全員が見かけ上堅固に無自覚であるような社会、危機管理に愚鈍極まりない社会では、アレルギーと免疫反応は、こういう自己同一性を犯す侵入者に対して我々の身体全体が備え持ち、抵抗する警告であり、拒否反応ではないのか?

また、移植を受ける、受けないは、個人の自由意志に任されるべきで、一律に禁止するべきではない、という論点については、人間の「死」に関わる社会文化問題を、趣味や嗜好と同列に個々人の自由にすれば、そのような社会はついには成り立たなくなり崩壊してしまう、と言わねばならない。

特に、今回成立した臓器移植法は、移植希望者だけに脳死を認め、そうでない者には脳死を認めないという、「死のダブルスタンダード」そのものを持ち込んだ法なのである。これでどうして、医療の現場だけに限っても社会的に致命的なエラー、混乱が生じないといえるのか。


98/3/25asahicom脳死臓器移植事件で検察が最終処理方針

 脳死した人の臓器を移植用に摘出する際に心臓を停止させたなどとして、殺人容疑で医師らが刑事告発されている8つの事件について、検察当局は、臓器提供者本人が「脳死を死と認める」という意思を明示していたかどうかを「人の死」の認定基準の一つとして重視していく事件処理方針をまとめ、3月中の最終処分を目指して詰めの捜査に入った模様だ。本人同意など臓器移植法の要件が実質的に満たされれば脳死を人の死とし、それ以外は従来の三兆候説を基本に人の死を認定する。事実上、人の死について、新たな刑法解釈を打ち出したことになる。告発された医師ら20人以上は「嫌疑不十分」などを理由にいずれも不起訴になる見通しだ。

 具体的には、本人が生前に臓器提供と脳死判定に応じる意思を明確に示していて臓器移植法の要件が実質的に備わっているケースでは、「脳死は人の死」を前提に「罪とならず」を理由に不起訴とする。一方、本人同意がないケースでは、脳死判定がなされていても、三兆候説が基本となるため、臓器摘出が殺人罪に該当する可能性がある。

(ボールド引用者)



交通ルールでさえ、個人の自由を越えて社会的に統一、強制的に決められているからこそ辛うじて事故は防がれているのであって、ましてやそれより遥かに複雑かつ、社会文化的要素を含む「死」の問題について、個人で、(あるいは同じ個人でさえ臓器を与える、受ける、その立場によって)それぞれ異なっていて良いとは決して言えないのである。

それはもう家族ですら同じ社会の成員とはいえないだろう。「死」のような根本的問題にすら社会的な合意が得られていない社会で、それ以外の社会問題につき議論の合意が論理的に得られることは最早不可能である。
つまり、民主主義の根幹である、言論による決定が不能になる。

すなわち、「脳死は死か?」ディベーティング・ルームで闘われているようには、「死の定義」は、論理的言論で決定されるものではない。「死」だけに限ったことではないが、定義の可否は論理だけでは決定不能なのだ。領土問題が、歴史的に言論で決定した、あるいは将来は出来るようになるというのと同じくらい、熱中すればするほど互いに空回りするナイーヴな意見である。(水掛け論?)

逆に、「定義」における討論者間の一致が、それ以後の「言論による決定」の前提として必要条件となるからである。

「脳死を死とする」言語システムが、「脳死を死としない」言語システム間とで議論が不能となるのは、ユークリッド幾何学とリーマン幾何学との間に、例えば「直線」の定義について、意味のある決定の議論が成立しないというのと同じである。異なる前提を持つ公理系間には、「無定義用語」についての二者択一決定議論は無意味である。


「死の定義」についてまでそうした言語不可通約的に異なったシステムが併存することが許された社会では、外部に対しては空回りするだけで、仲間内でしか通用せず、社会を統合する意味の失われた言論の代りに、強いものの圧力、多数者、反乱者の暴力が正当化され、言語が通じなくなった「バベルの塔」は自らの重みで倒れるであろう。

オウムのように、敵を殺せば(ポア)それだけ魂を救ったことになり、罪にはならないとする、タントラヴァジラヤーナの教義を実行する組織が出現しても、もはや治外法権の彼らを処罰することはできなくなるからである。

むしろ、社会の根幹を成す「死」の問題については、「言語」同様、いやそれ以上に自由は許されず、或る程度一律に強制されるべきと考える。そうした、社会的共通強制の基盤の上にこそ、個人の権利と自由は辛うじて存在することが可能だからである。

致命的なエラーが発生しました」というメッセージを出すコンピュータのOSも同じなのである。




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