米空母インディペンダンス小樽寄港の意味
―日本は独立国家か#2
彼ら米空母を率先して出迎えに出た36万人一人一人の日本人こそ歴史にその名を刻まれ、行動で賛成を意思表示した主権者として、北海道が米軍軍事基地化されたことに対する結果責任をとらなければならない。
タブー|ペルー|空母|ヤクザ|脳死|カルト|酒鬼薔薇|神戸事件|動燃|カラ不正|ミステリ|林檎
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00/9/24独話 小樽など日本軍港化の責任は誰がとるのか?
米空母キティホーク小樽入港反対!!!
札幌森影依事務所 コラムニスタ 空母インディペンデンスと恥ずかしい北海道
「判明した1969年11月の佐藤・ニクソン密約の新事実」(赤旗11/14)と、
在日米軍基地からの自由出撃密約をめぐる米政府解禁文書(抜粋訳)
国内米軍機低空飛行訓練ルートもある 追跡!在日米軍
市民新党にいがた
米空母インディペンデンスの小樽入港にあたって−
| 1997年9月17日水曜日作成 | 2000年10月31日火曜日更新 |
| asahi.com99/1/1「非核神戸方式」導入で外務省が高知県に見解提示 入港する外国艦船に非核証明書の提出を義務づける「非核神戸方式」の導入を目指す高知県に対し、外務省が北米局長名で12月下旬、「外国軍艦の寄港を認めるか否かは国の事務であり、その決定に地方自治体が関与、制約することは許されない」とする見解を文書で示していたことが分かった。これに対し、橋本大二郎知事は1月1日付の年頭所感で、導入に向けた条例改正案を2月議会に提出することを表明する。導入をめぐる論議は県議会に移ることになり、4月の県議選にも影響を与えそうだ。 外務省の見解書は竹内行夫・北米局長名で、「米国軍艦は、日米安全保障条約及びその関連取り扱いに基づき我が国の港への出入りを認められている」としたうえで、地方公共団体の権限について「あくまで港湾管理者としての地位にとどまる。外国艦船の寄港に同意を与えるかどうかの国の決定を制約できない」と規定した。 橋本知事は12月下旬から1月2日までオーストラリアに滞在。出発前、「非核3原則という国の方針を地方で実現したいだけで、なぜ国が理解しないのか納得がいかない」「核兵器をなくすのは人類共通の願い。県議会にも県民の皆さんにも、必ず理解してもらえると信じている」などと話していた。 非核神戸方式をめぐっては1997年に橋本知事が導入の考えを表明。県議会も「高知県の港湾における非核平和利用に関する決議」を全会一致で可決して同調した。 (ボールド引用者) 北海道新聞98/12/5函館で非核・平和市民条例制定を求める市民会議発足 【函館】新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の関連法案に反対する「非核・平和市民条例」の制定を函館市に求める民団体が四日夜、函館市内で発足した。制定を目指す条例は自治体の港湾管理権を打ち出し、米軍艦船などによる函館港の軍事利用の拒否することなどが柱となっている。 asahi.com98/8/11 11日に横須賀配備の米空母、来月小樽に寄港へ 神奈川県の米海軍横須賀基地に11日に入港、配備される米空母キティホーク(満載排水量81、123トン)が9月上旬にも、北海道・小樽港へ寄港を計画していることが10日、在日米軍筋の話で明らかになった。小樽へは前任艦の空母インディペンデンスが昨年9月に初寄港し、民間港の有事使用を盛り込んだ新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の先取りといわれた。今回の寄港は後継空母の事実上の初任務として計画されたものであり、朝鮮半島情勢などをにらんだ米軍が、小樽を空母の拠点として位置付けているものとみられる。 同筋によると、寄港は9月5、6日の2日間を予定。表面的な寄港理由は乗組員の休息と補給という。しかし、関係者らは、寄港の目的として、朝鮮半島有事に即応するための地固めなども挙げている。また、昨年9月の空母寄港に記録的な人出があったことから、米軍は「抵抗はなく、受け入れられやすい」と判断したらしい。 昨年9月の寄港の際、米第7艦隊幹部は、朝鮮半島有事には、横須賀の空母が真っ先に駆け付けると明言。また、インディペンデンスの艦長は7月に離任した際、「小樽には2年に一度は寄港したい」と語っていた。在日米軍は日本海に面した軍港を持っていない。小樽は、米軍が有事使用を日本政府に打診した民間港のひとつでもある。 (ボールド;赤字強調引用者) 北海道新聞98/8/20米空母入港問題で小樽市に申し入れ 反対する市民の会 北海道新聞98/4/16米空母インディペンデンスの記録集を発行 小樽の市民団体 【小樽】米空母インディペンデンスの小樽寄港問題を問い続けている市民団体「米空母に反対する市民の会」(小林寛子代表)が、抗議活動をつづった手記などの記録集をまとめた。十六日から小樽や札幌の書店などで販売している。 |
9月5日から小樽港に入港していたアメリカ航空母艦インディペンダンスが、今日9月9日予定通り出港していった。単なる友好親善目的で核は搭載していないという米側の主張を鵜呑みにして繰り返す新谷昌明小樽市長の入港許可決断によるものだが、軍事専門家は誰もそれを信じてはいない。
誰が単なる友好のために、積載機がいつでも発進できる臨戦態勢を敷いた空母の巨体を、遥々莫大な燃費と維持費を使って沖縄に継ぐ米軍極東戦略の最重要拠点北海道まで動かすか。友好だけなら艦長と乗員数名が、民間航空機で成田からあるいは、軍用機で千歳から来日すれば早くしかも安価にすむことである。
空母が何か国家行動を起こすとすれば、ただ一つしかない。有事の際に直接アメリカ本土から出港、津軽海峡を通過して日本海へ展開する軍事演習行動である。
国内米軍機低空飛行訓練ルート、米軍艦寄港状況 インディペンダンスの航跡図もある 追跡!在日米軍
明らかに、着々と進行している米軍矢臼別演習場移転や今月末9月23日にも日米安保協議委員会で改訂策定される日米防衛指針、いわゆるガイドライン見直しに伴なう、極東軍事行動への既成事実を積み上げるための布石である。
本州方面でも佐世保への空母コンステレーションなど、もう2ヶ所米艦の寄港の動きが同時期に起こっているのはインデペンダンスに合わせて統合された一つの作戦行動の可能性が有り、決して偶然ではなかろう。
9月21日には第三艦隊原子力空母ニミッツが横須賀に入港、継いで22日には同港に第三艦隊旗艦コロナドが、鹿児島錦江湾には長崎佐世保にいた強襲揚陸艦ベローウッドが、それぞれ入港した。10月3日には第七艦隊旗艦ブルーリッジが函館に、ビンセンスが室蘭に寄港することになっている。(後記)
日本側が黒船騒動で慌てふためいているうちに、アメリカにとって北海道が第二の沖縄になる条件は着々と揃いつつあるのだ。
それを、何を血迷ったか、空母の一般公開された6、7日の二日間だけで、珍しいもの見たさに30万人もの周辺居住市民が小樽港に詰め掛けたという(停泊5日間で36万人「北海道新聞」報道)。黒船の時にも繰り広げられたであろう、子供並みに知性の退行麻痺したおめでたい見世物感覚しかないのだ。
WWWに今も残る、地元近郊市民の手による歴史的記録は、
塚本雅浩HPの 小樽港に米空母インディペンデンスが入港!
OPEN HOKKAIDOの、1997年9月7日
平和な日曜日小樽に訪れたインディペンデンス・デイ
札幌森影依事務所 コラムニスタ 空母インディペンデンスと恥ずかしい北海道
2000年10月13日からのインディペンダンス後継米空母キティホーク小樽寄港問題については
Artemis Organumの 00/9/24独話 小樽など日本軍港化の責任は誰がとるのか?
リムピースによるキティーホークの航跡推定図(2000.9.26-10.19)
太平洋に面した室蘭より、平和と自然に関係することを発信北海道・室蘭よりの
米空母キティホーク小樽入港反対!!!
歴史に残る貴重な現地映像、報道資料、関連文書などの宝庫
今回のキティホーク寄港にあたり小樽市民の声は、このファイルをリンクする
北海道後志掲示板の小樽ニュ−ス
口々に「平和」を叫ぶ彼らは、軍事目的だけに作られ、臨戦行動する海と空の要塞である艦体を港に出迎え、歓迎し、いそいそと乗り込んだ行動でその言葉を否定する自己矛盾に無自覚である。希に自覚している者も、「まぁ、いいか」で終わっている。
小樽はこれでもう、とり返しが付かぬ程、日本の一般港がいつでもアメリカの一言で軍港になれるのだ、というペリー黒船寄港以来の実績あるモデルケースとして、ロシア、韓国、北朝鮮、中国、台湾の極東諸外国に知れ渡ったといえるだろう。日本は独立国家ではなく、アメリカの植民地か、ハワイに継ぐ属州だとも。
asahi.com 98/12/6 第二次大戦末期に米軍がソ連と連携し、千島攻撃を計画
米統合参謀本部と海軍が、第二次大戦末期の1944年末から翌年の終戦直前にかけて、千島(クリル)列島に対する攻撃計画をつくっていたことを示す文書が米国立公文書館で見つかった。ソ連の対日参戦を前提に、ソ連支援の目的で検討が始まり、北方領土の択捉(えとろふ)島の占領も含まれていたが、戦況の変化などで計画は縮小されていった。45年7月のポツダム会談の際の米ソ軍事協議で、北千島の4島を除く千島列島は米軍の軍事作戦区域とされたが、千島攻撃計画は、米軍がこの以前から北方領土を含む千島を自らの軍事行動の範囲とみていたことを裏付けている。
米カリフォルニア大サンタバーバラ校の長谷川毅教授が発見した。米軍が千島攻撃を数次にわたり本格的に検討していたことを示す文書は初めてという。
作戦の暗号は「KEELBLOCKS」(船の竜骨を支える盤木)。44年12月の二次草案によると、ソ連参戦で日本が宗谷海峡を封鎖すると、ソ連極東への軍需物資の輸送に支障をきたすとみた米軍は、パラムシル島を占拠し、北樺太(サハリン)―アムール川の補給路を守ろうとした。立案者は、ソ連参戦は米軍の日本本土攻撃に必要だ、と位置づけていた。
草案は軍首脳陣に配られ、45年1月にはモスクワ駐在の米将軍に「ソ連軍参謀本部と協議せよ」との極秘指令が出た。修正後の三次草案は、陸軍5万4000人余、海軍8700人余を動員し、米軍基地をカムチャツカ半島に置くとするとともに、択捉、マツア両島の占拠を最も重視した。米英ソが戦後秩序を決めた2月のヤルタ会談の際、米ソの軍代表者が計画を協議している。
(赤字強調;ボールド引用者)
一旦、極東のどこかでこれら日本の対岸国レベルとの戦端が起こったら第一に、戦略核ミサイル攻撃目標とされるのが、自衛隊、米軍(レーダー)基地、(軍港化した)港湾、燃料補給所等の軍事施設であるのは常識である。一年前にインディペンダンスを歓迎した36万小樽近郊住民は次に挙げる北朝鮮からのミサイル発射の責任の一端を感じないで済むのか良く胸に手を当てて考えて見るべきであろう。
asahi.com98/8/31北朝鮮が弾道ミサイルを発射、日本海と三陸沖の太平洋に
在日米軍司令部(東京)から31日、防衛庁に入った連絡によると、同日正午すぎ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の東部沿岸から弾道ミサイル一発が発射された。防衛庁の河尻融・防衛審議官は同夜、記者会見し、ミサイルの一部は日本上空を飛び越え、三陸沖の太平洋に着弾した可能性が高いと発表した。北朝鮮が新たに開発を進めている「テポドン1号」の可能性もある。訓練や実験などのための試射とみられる。北朝鮮は1993年、「ノドン1号」を能登半島沖の日本海に試射しており、発射が確認されたのは約5年ぶり。防衛庁はこれまでも、日本の過半が北朝鮮のミサイルの射程内に入る可能性を指摘してきたが、実際に北朝鮮のミサイルが日本を飛び越えるのは初めてだ。
防衛庁が米軍側から得た情報によると、発射は正午過ぎで、着弾の予想時間は午後零時12分だった。
当初、着弾予想地域は北朝鮮東部から三百数十キロ離れた北緯40度54分、東経134度03分の地点でウラジオストク南方の日本海の公海上とされた。
その後の情報で、日本海側に落ちたのはミサイルのブースター(推進装置)部分で、弾頭と見られる一部が三陸の東方数百キロの太平洋側に着弾した可能性が高いとしている。北朝鮮東岸からの距離は千数百キロに達し、大気圏外を飛行したことも考えられ、領空侵犯に当たるかどうかは分からないという。ミサイルは2段式と見られる。
記者会見で、河尻審議官は「日本を攻撃する目的とは考えられないが、周辺を航行する船舶などにきわめて危険がある」と話した。9月1日早朝から周辺海域を捜索するという。
防衛庁などによると、北朝鮮のミサイルは、旧ソ連製のミサイルを改良したスカッドB、スカッドC、射程が1000キロとされるノドンがある。これに加え、さらに長い射程の「テポドン」を開発中とみられていた。
今回の試射について、米軍は8月に入り、北朝鮮がミサイル発射実験の準備を進めているとの情報を防衛庁に寄せた。このため、日本海周辺に海上自衛隊のイージス艦や航空機が出て、警戒を続けていた。
31日の米軍からの連絡は、ミサイル発射に関する早期警戒情報として寄せられた。96年の日米両国の取り決めによって、日本の方向にミサイルが発射された場合、在日米軍司令部は着弾に関する情報を提供することになっている。
一方、海上保安庁は、ミサイル発射に関して、北朝鮮から事前の通報はなかったとしている。
同庁によると、国際社会では、ミサイルの発射や危険沈没船の存在、こみ合った海域の長大漂流物を見つけた場合には、通報するシステムになっている。
海上保安庁は、定時の連絡がない漁船がでていないか、確認している。(ボールド引用者)
今回の北朝鮮ミサイル事件は、日本の情報能力の低さをまたまた白日のもとにさらすことになった。
朝日新聞のソウル特派員が韓国国防部筋の話として「発射されたのは2段式のテポドン1号で、1段目が日本海に落下、2段目は北緯40度11分、東経147度50分、三沢沖580キロに落下した」と東京に伝えたのは31日の午後5時ごろだった。
ところが、防衛庁は「そんな情報は聞いていない。米軍から訂正、追加情報もありません」。韓国情報の正しさを認めたのは、同夜10時過ぎだった。
米軍が、日本に対し、北朝鮮ミサイルの能力を過小評価させるような情報を流すはずはなく、防衛庁がこの件で情報を隠す理由もない。韓国も日本も、ワシントンで同じ米軍関係筋から取材したはずだ。
なぜ、日韓でこれだけの差が出たのか。情報の誤りや遅れは、情報収集能力の不足による場合もある。だが、分析・評価の段階で重要情報を軽視した結果である例も少なくない。
北朝鮮のミサイル開発に関しては、これまで、米軍や韓国国防部筋の情報が後になって過大評価とわかることが重なっていた。評価する側に、「またか」と騒ぎすぎを戒める心理が働いたことも考えうる。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が31日、弾道ミサイルを発射したとの報道について、ロシア戦略ロケット軍のヤコブレフ司令官は同日、「国際協定に従って北朝鮮から31日の弾道ミサイル発射はあらかじめ知らされていた」とインタファクス通信に語った。
同司令官はさらに「多分、発射は失敗し、弾道がそれたため、ロシアの(戦略ロケット軍)警戒システムのゾーンには入らなかった」と話した。イタル・タス通信は同ロケット軍筋によると、ミサイルの方向制御装置か水深エンジンが故障した可能性があると伝えた。
同インタファックス通信はまた、ロシア海軍司令部高官の話として、ミサイルはナホトカの南約120キロの中立水域に着水したと伝えた。同高官はミサイルの軌道を追跡していたのは、米国の早期警戒機2機と米太平洋艦隊の情報収集艦1隻だったと述べた。 (ボールド引用者)
弾道ミサイルの発射から着弾までを観測するのが主任務とされる米軍の特殊な航空機や艦船が、8月に入って各地の在日米軍基地に姿を見せていたことが31日、民間の基地監視団体の調査で分かった。団体側は「これらの航空機や艦船が確認されるのは珍しく、米軍は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が弾道ミサイルを発射するとの情報を、事前に把握していた可能性が高い」とみている。
この団体は、在日米軍基地を抱える東京・福生、神奈川・相模原、山口・岩国、長崎・佐世保の市議らでつくる「リムピース」(事務局・東京)。
リムピースの調査によると、米軍の弾道ミサイル観測機RC135Sが8月11日と同月24日に3沢基地(青森県)に駐機していた。
また、米国ハワイを母港とする弾道ミサイル監視追跡艦オブザベーションアイランド(満載排水量一七、〇一五トン)も8月28日から翌日未明にかけ、佐世保港(長崎県)に一時寄港したという。米軍は、弾道ミサイル監視追跡艦を2隻しか持っていない。今回の寄港は燃料補給が目的とみられるという。 (ボールド引用者)
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この「リムピース」という監視団体は、
国内米軍機低空飛行訓練ルート、米軍艦寄港状況 インディペンダンスの航跡図もある 追跡!在日米軍
の主宰者である。その低空飛行は訓練、米軍が認めるも参照されたい。
アメリカは自国の利益と主権を護り、自分の基地を防衛するために日本列島に駐留しているのであって、日本国と国民生活を護るために来ているのではないという50年来続いた(アメリカという用心棒を金で買ったつもりの)年間6476億円と言われる思いやり予算安保幻想、錯誤、虚偽意識、自己欺瞞の真実が、動かしがたくその時こそ露わになるであろう。
異議アリ!思いやり予算
asahi.com98/7/12沖縄返還時に米軍移転費など700億円を秘密補償
沖縄返還に日米政府が合意した佐藤・ニクソン日米首脳会談直前の1969年11月、当時の福田赳夫蔵相が米財務当局に沖縄米軍施設の移転費などを日本側が負担することを約束し、日米財務当局で秘密覚書を取り交わしていたことが、我部政明(がべ・まさあき)・琉球大教授が入手した米国立公文書館の外交文書や関係者の話で明らかになった。日本は沖縄返還協定に記載された対米補償額3億2000万ドル(当時の為替レートで1152億円)とは別に、在日米軍基地改善費などとして1億9000万ドル(同684億円)を秘密裏に米側に補償していた。公表分の補償額についても、核撤去費を実際より大幅に水増しし、核とは無関係の米軍施設移転費用などに転用することを黙認していた。
沖縄返還交渉における財政取り決めは70年6月に始まったとされてきたが、実際には返還合意に先立って日本側が金銭面で米側に大幅に譲歩していたことを裏付けるものだ。
覚書は「基地の移転費用やその他返還に関する費用」として計2億ドル(同720億円)を計5年間にわたり日本側が物品や役務で支払うことなどを定めたもので、69年11月19、20日に開かれた首脳会談の直前に合意し、11月12日に福田蔵相が米側に口頭で同意を伝えた。12月2日付で当時、大蔵省財務官だった柏木雄介氏(80)とケネディ米財務長官の特別補佐官だったアンソニー・ジューリック氏が互いの頭文字で署名した。
財政取り決め交渉が正式に始まる70年6月を前にこの2億ドルの取り扱いについて米側が協議した米陸軍作成のメモによると、米側は、日本が「沖縄を金で買い戻した」との印象を避けるため、予算計上しない形で処理することを望んでいると分析。「米議会に同じ方法を採ることは難しい」として全面非公開を望む日本側に一定範囲については公開するよう求める考えを示している。(ボールド引用者)
***
アメリカにとって、江戸時代、太平洋戦争当時から、沖縄、北海道を含む日本列島は、単に地理的に対ロシア、中国、朝鮮、台湾、東南アジアへの極東戦略行動上、燃料補給、情報収集、最前線攻撃基地として最適、最重要な位置にあるというにすぎない。
つまり、アメリカ本土外洋ハワイの外にある日本列島はアメリカ人にとって極東の戦火からアメリカ本土を防衛するあるいは、自国の利益を守る楯なのだ。
インディペンダンス=独立国家アメリカの楯はアメリカを護るために造られている。
日本を護るわけはない。有事の際の身代わり生け贄、犠牲として利用されるだけである。
親分のしたことで、子分が殴られるかもしれないのである。
もちろん、核の傘下に入ることで、ある程度の抑止効果はあろうが、それも戦緒が切って落されるまでのことである。第一、核の傘下で事実上平和を護れている国の国民が核搭載艦寄港を拒否することほどひどい自己矛盾は存在しない。
核抜き本土並みといいながらニクソンとの間に緊急時核の再持ち込みを認める密約があったことをその遺作(「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」
若泉敬著. 文藝春秋, 1994)で暴露した、沖縄復帰の陰の立役者
で前 佐藤首相補佐官 若泉
敬は沖縄問題が解決しない限り日本はアメリカの植民地であり続けると漏らしていたと言う。
日本共産党の志位和夫書記局長'97/11/13発表「判明した1969年11月の佐藤・ニクソン密約の新事実」(赤旗11/14)と、在日米軍基地からの自由出撃密約をめぐる米政府解禁文書(抜粋訳)
asahi.com99/1/11沖縄返還時の核密約関連文書を保管、米安全保障局が回答
日米両政府が沖縄の施政権を「核抜き本土並み」の条件で日本に返還することに合意した1969年の日米首脳会談で、当時のニクソン大統領と佐藤栄作首相が交わしたとされる非常時の核再持ち込みに関する「密約」の関係文書が米国家安全保障局(NSA)に保管され、現在も「極秘扱い」になっていることが明らかになった。同密約は、返還交渉当時、日本側の密使を務めた若泉敬・元京都産業大教授(故人)が94年に著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(文芸春秋刊)で存在を暴露したが、この密約に直接関連する公文書の存在が明らかになったのは初めて。現在の米戦略体系の中で、米軍が核を沖縄に持ち込む可能性は極めて低いものの、非常時に核を搭載した艦船や航空機の「寄港、通過」をめぐる問題が浮上する可能性は残っている。
密約文書は、「69年11月21日付、ニクソン大統領、佐藤首相の日米合意議事録」。若泉氏は著書で、緊急事態が生じた場合、返還後の沖縄に核兵器の再持ち込み、通過権を認める内容の同議事録草案のコピーを掲載している。94年当時の羽田孜首相は国会で「密約は存在しない」と答弁、日本外務省も存在を否定していた。
同議事録について、朝日新聞社が代理人を通じて一昨年11月に米政府機関に存在の有無を問う形で情報公開請求したところ、国防総省に所属し、安全保障関係の公文書を統括するNSAがこのほど、「請求に関し、本局の作成した関係文書がある」と文書で回答してきた。
ジョアン・グルーブNSA政策課次席名の文書回答は関係文書について、「現在も極秘扱いで、情報公開法の例外規定の適用を受ける」と説明。その理由について、「我が国の国家安全保障に極めて重大な損害を引き起こすことが合理的に予測されるため」と述べている。NSA当局者は電話での問い合わせに対し、同文書は「合意議事録」の経緯や内容について説明したプロダクトリポートと呼ばれる部内機密資料であると説明。同議事録の存在を間接的な形で認めた。
高度な機密文書の場合、請求内容と少しでも異なれば、「該当文書は存在しない」などと回答することが通例で、NSAの対応は、同議事録の内容が若泉氏の著書通りだったことを強く示唆している。
若泉氏が暴露した密約の内容は、当時すでに日本政府が掲げていた非核三原則のうち、「核を持ち込ませず」に真っ向から矛盾する。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの発達で地上に核兵器を持ち込む必要性はなくなっており、現在の沖縄に核兵器が再び持ち込まれる状況は極めて考えにくい。
しかし、戦略体系の変化で、極東に限らず、中東・湾岸などの非常事態の際にも沖縄米軍基地が運用されている実態があること、核の「通過権」については「ライシャワー発言」などで明らかになっているように米側は沖縄以外でも事実上、非核三原則の適用外としていること――などから、非常時の核搭載艦船の寄港問題や核搭載の航空機などが立ち寄る事態が生じた場合、現行の日米安保体制下でも同密約が問題になる可能性もある。
核密約については、当時の国務次官だったアレクシス・ジョンソン氏(故人)が、「(若泉氏が公表した文書は)合意内容そのものだ」と述べているほか、首脳会談前の米公文書にも「核に関する密約」との表現で言及する記述があり、複数の米当局者がその存在を示唆してきた。合意議事録自体は、キッシンジャー氏が自身の公文書を一括して寄贈した米国立議会図書館にある可能性が高い。ただキッシンジャー文書の公開は「自分の死後5年」とするよう指定されており、現時点で公開される可能性は極めて低い。
若泉氏の著書によると、日米首脳が2通署名した議事録のうち、日本側文書について佐藤首相は「処置した」と語っている。廃棄されたのか、保管されているのかは不明だ。羽田氏の後に首相を務めた村山富市氏(社民党)は、「官邸で探したが見つからなかった」と述べている。(ボールド引用者)
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asahi.com99/5/23
朝鮮有事は事前協議対象外──密約裏付ける米文書
60年安保当時
1960年の日米安保条約改定の際、朝鮮半島有事は事前協議の対象外とする日米間の密約があったことを裏付ける文書が、米国立公文書館で見つかった。64年に出された米国務省の内部文書で、例外扱いがわかると日本が混乱することを米側が認識していた様子も克明につづられている。事前協議の形がい化や「密約」疑惑は、新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案をめぐる集中審議でも指摘されたが、日本政府は「朝鮮有事でも事前協議は必要。密約もない」と否定している。
見つかったのは、米国務省内部の政策企画文書「日本の将来」(64年3月23日付)を起草した1人だったロバート・フィアリー極東局東アジア副部長代行が、同省の法律顧問に送った64年4月20日付の内部文書。琉球大学の我部政明教授(国際関係論)が今月、入手した。
文書中でフィアリー氏は「60年の日米安保条約改定の時、日米で交わされた秘密了解にかかわった。朝鮮有事で時間がない場合、在日米軍の使用には日米で『取り決め』があるが、『日本の将来』をつくる際はわざと削った。秘密裏の協議でも両国間では有効だからだ」と述べ、朝鮮有事は対象外とする秘密了解があったことを明らかにしている。
また、事前協議なしに在日米軍が出撃した場合、「日本との協議は緊急事態が終わった後に必要で、選択の自由がないことは日本側もわかっている。ただ、例外措置が知られると、日本で深刻な結果を招く」とつづっている。
我部教授は「60年の安保改定時の記録は、非公開になっている。その後、日米が解釈を改めていないなら、米側が今も朝鮮半島有事では、事前協議の必要がないと認識している可能性は大きい」と話している。
日米の事前協議は、東西冷戦のさなかでも実施されたことはなく、形がい化も指摘されている。新ガイドライン問題では、事前協議は議論の対象になっていないが、関連法案の成立を急ぐ政府の念頭には朝鮮半島情勢がある。事前協議の認識に日米間で食い違いがあれば、朝鮮有事が起きた場合、日本の提供施設がなし崩し的に使用され、日本としての独自判断ができない恐れも出ている。
朝鮮有事の際の事前協議については、59年にパーソンズ米国務次官補がフルブライト上院外交委員長に「例外を認めるという、機密度が非常に高い協定を日本政府と結んだ」と述べた記録が見つかったほか、例外措置の延長を暗に求める74年7月の米公文書の存在が分かるなど、密約が存在していた可能性が指摘されている。今年4月の衆院ガイドライン特別委員会で、高村正彦外相は「密約はない。あれば米側から言ってくるはずだが、そういうこともない」と答弁した。
◇ ◇
◆事前協議
現在の日米安保条約を改定した際の交換公文で、在日米軍の運用について(1)重要な配置の変更(2)重要な装備の変更(3)日本からの戦闘作戦行動の場合に、日米で事前協議を行うことを申し合わせた。しかし、事前協議は一度も実施されたことがなく、湾岸戦争の際に在日米軍が出動した時も、米側からは「移動中に命令を受けた」と説明され、日本側への事前協議の申し入れはなかった。 (赤字強調;ボールド引用者)
***
日本の非核三原則ほどひどいザル条項は存在しない。当事者のアメリカ側から核持ち込みの事前協議が入らないから「核は持ち込まれていない」とする日本政府の言い分は、「あなたは悪い人ですか」と事前に聞いて「いいえ」と答えたら信用し簡単に留守番のドアの鍵を開けてしまう三才児の行動様式である。
asahi.com99/8/1
核寄港・通過は事前協議対象外──同意明記の文書
63年日米会談
1963年4月に当時の大平正芳外相と米国のライシャワー駐日大使との会談で、「核兵器を搭載した米艦船の日本への寄港や通過は、事前協議の対象外」と確認していたことを明記した文書が米国立公文書館で見つかった。同大使が会談の内容を国務長官に報告した文書。会談の中で同大使が、60年1月の核搭載艦船の日本寄港に関する日米の「秘密合意」に基づき、核兵器を「持ち込む」とは「日本領土への配備・貯蔵」との解釈を提示したのに対して、大平外相が同意したとしている。存在が推測されながらも、日本政府が否定してきた「秘密合意」や「大平密約」が、米側の文書で裏付けられた形だ。
「大平密約」の存在をうかがわせる文書は、レアード米国防長官が72年にロジャーズ国務長官にあてた書簡が見つかっているが、会談当事者の一方の報告が明らかになったのは初めて。
文書は、63年4月4日にライシャワー大使がラスク国務長官にあてた電文。九州大学大学院比較社会文化研究科の菅英輝教授(日米外交史)が昨秋、米国立公文書館で入手した。
それによると、大使は「(日本に)事前協議なしに核兵器を持ち込む(イントロデュース)ことをしないし、持ち込んだこともない」と説明する一方で、イントロデュースについて、日本の領土への配備・貯蔵を意味し、日本語の「持ち込む」はこれにあたる、と明言した。大平氏は、「核搭載艦の日本への寄港・通過は(イントロデュースに)含まれない」と確認した。 (赤字強調;ボールド引用者)
asahi.com98/12/28 復帰前の沖縄に米陸軍が600発以上の核兵器を貯蔵
復帰前の沖縄で、辺野古(へのこ)弾薬庫などの米軍基地に防空ミサイル用の核弾頭など600発以上の核兵器が貯蔵されており、復帰をひかえ、米陸軍が輸送艦を使って極秘に撤去する計画を作成していたことが明らかになった。撤去計画の概要を記した文書を、琉球大学の我部(がべ)政明教授が米国立公文書館から入手した。復帰前の沖縄に米軍の核兵器があったことは知られているが、保管場所や撤去計画が文書で具体的に明らかになるのは初めて。我部教授は「米軍が当時、沖縄の基地に核兵器をいかに自由に搬入、搬出していたか。その実態がわかる」と話している。
公文書は、沖縄の本土復帰の7カ月前に当たる1971年10月15日付で、沖縄の米陸軍司令部からハワイの太平洋陸軍司令部あてに打たれた電報文。
米陸軍省が秘密指定して保管していたが、その後、公開された。
電文によると、現地部隊が「沖縄からの核兵器の撤去」計画を作成し、上級部隊に報告している。「サイト6」「サイト8」などの発射基地を指す専門用語が使われており、兵器が防空ミサイルのホークであることがわかる。
そのうえで、撤去すべき核兵器は「600発以上」と記載。本島東岸の勝連町にある港湾施設ホワイトビーチから、輸送艦を使って一度に運び出すとし、「政治的な反響が生じた際の選択肢」として、保管場所から港まで2つの輸送ルートを提案している。
「A案」は、3つの発射基地と辺野古弾薬庫から、それぞれトラック輸送隊を使って陸送する。
「B案」は、那覇基地から港まで海兵隊のヘリコプターで運び、辺野古弾薬庫から港までは別に輸送艦で運ぶとしている。
辺野古弾薬庫についてはこれまで、核兵器や化学・生物兵器が貯蔵されているのではないかとの疑惑が何度も指摘されてきた。
我部教授は「核兵器が、計画どおりの手順で撤去されたのかどうかまでは、確認できなかった。しかし、日米両政府ともあいまいにしてきた復帰前の沖縄への核持ち込みについては、事実だったことが裏付けられた」と話している。 (ボールド引用者)
asahi.com99/7/20冷戦期、米が在日基地を核戦略の拠点に指定
60〜70年代、米の内部資料を研究者が分析
【ワシントン19日=アメリカ総局】冷戦期の1960年代から70年代にかけて、米軍が当時日本国内にあった基地施設を使って、核戦争を遂行するための作戦計画を作成していたほか、横田、嘉手納両基地は少なくとも数年前までは、核戦争指揮の一翼を担う軍用機の待機基地に指定されていたなど、日本が米核戦略の重要な拠点だったことが19日、米国の民間研究機関が情報公開法によって入手した米軍の内部資料で明らかになった。日本への核兵器の持ち込みを示唆する資料も含まれている。
カリフォルニア州の安全保障問題を専門とするノーチラス研究所のクリステンセン研究員が、太平洋軍司令官の「指揮記録」などの資料をもとに論文にまとめた。
それによると、東京都府中市にあった府中空軍施設には67年、太平洋作戦連絡事務所(POLO)が設置された。72年に廃止されるまで、核戦争となった時に、潜水艦や航空機に搭載された核兵器を、統一的に運用するための「単一統合作戦計画(SIOP)」に関する会議が頻繁に開かれ、計画文書も作成された。西太平洋地域の核作戦の連絡拠点になっていたという。
同じく60年代半ばには、核戦争に関する命令を潜水艦などにリレーする、空中指揮機(EC135、ブルー・イーグル)の地上警戒待機用の基地として、東京西郊の横田基地と沖縄の嘉手納基地が、フィリピンのクラーク基地などと並んで充てられ、少なくとも92年まで嘉手納には、実際に同機が飛来していたことも明らかになった。
米軍による日本への「核持ち込み」については、今回、公表された70年代の太平洋軍司令官の指揮記録のなかには、「日本政府は、核兵器搭載艦船の立ち寄りを暗黙のうちに受け入れた」という記述があるほか、72年、空母ミッドウェーの横須賀寄港に際して、国務省が、事前に核兵器を下ろすよう求めたのに対し、海軍作戦部長が「作戦上受け入れられない」として拒否したことも示されている。搭載したまま入港したことがうかがえる。
◆外務省幹部「全く聞いてない」
外務省幹部は19日、米国の民間研究機関が入手した米軍の内部資料で、日本が米核戦略の拠点だったことが明らかになったことについて、「民間の研究所のペーパーにコメントするのは控えたいが、そのような話はまったく聞いていない」と述べた。 (赤字強調;ボールド引用者)
事前に回答を教えてある、あるいは決まっていてする監査テストというのは、日本お得意の対米核事前協議制と同じく裏の世界の口裏合わせ談合根回しによって予め結果が分かっている、不正、入札、多数決のシナリオ演劇、国会、議会、株主総会表の茶番劇と同じ表裏二重演劇構造の一角である。
上に記した佐藤・ニクソン密約存在の事実は、まさに日本の核検査体制が、日米どちらもの国民を欺く口裏合わせであることを証明している。
上層部の監督や書類審査は、下の方から上がって来、お膳立て催促された書類にこことここに判を押してくれればいいんです、といわれたままお墨付きの盲判を押すだけだからである。正に紙上だけの検査=御札に上から下まで双方が合意の上満足しているのである。
ロシア魚船から実弾30発が見つかった等と騒ぐ一方で、旗を振り入ってくるアメリカからの核弾頭は見逃しているのだ。
ひとたび起こってしまったら最期、日本は‘火だるま’の戦場とされその被害を食い止めることは誰にも出来ないのだ。
自衛隊を駆り出し協力させても敗色濃厚の時は、アメリカ本土を防衛する楯となり、前線基地の焦土となった日本列島と日本人のことはほったらかしで、いざとなったらその犠牲の楯を投げ捨て何時でも米軍はさっさとハワイかアメリカ本土に撤退して行くであろう。
来るときに勝手に押し掛けて来た者は、去る時もそこにいた主権者に許可を求めるはずはない。
核兵器反対のネット署名ができる核兵器廃絶の為
asahi.com特集 インド地下核実験の衝撃 ;Yahoo! Japanインド、パキスタン地下核実験
【参考資料】'98年1月12日 asahi.com米軍報道官「一番うるさい航空機を岩国に」
米海兵隊岩国航空基地(山口県岩国市)で9日から、地元自治体への事前通告なしに始まった米空母インディペンデンスの艦載機による夜間発着訓練(NLP)について、在日米海軍の報道担当者が「一番うるさい航空機を岩国へ送った」と語り、岩国基地の報道部長も、地元自治体が訓練の実施に理解を示したかのようなコメントをしている記事が、12日付の米軍の準機関紙「星条旗」に掲載されることがインターネット上の同紙のホームページでわかった。地元では、戦闘機の爆音が昼夜を問わず鳴り響き、訓練に対する住民の苦情が600件を超えている。米軍に対する基地周辺住民の怒りの声がさらに高まりそうだ。
記事では、在日米海軍報道官のフレッド・ヘニー中佐が、岩国基地のほか、米海軍厚木(神奈川)、米空軍横田(東京)両基地で行われている訓練の意義などを説明。その上で「空母艦載機の所属する第5空母航空団は、一番うるさい航空機のFA18(ホーネット戦闘攻撃機)を岩国に送った。そこ(岩国)は海岸沿いの滑走路が(ほかの2基地と比べ)住宅地から最も離れている」と理由を語っている。
また、訓練開始翌日の10日、貴舩悦光岩国市長らが2度目の中止要請を岩国基地にした際の印象について、ティモシー・キーフ岩国基地報道部長は「急な通告になったことを説明したが、彼らは理解したようだ」と話している。
神奈川県大和市によると、厚木基地ではF14とEA6Bの2機種による訓練が行われた。9日は午後8時、10日は午後10時47分まで続き、苦情は両日で38件。また、東京都福生市によると、横田基地では、騒音が比較的小さいプロペラ機を中心に行われた。両日とも午後9時すぎごろで終わり、苦情は36件だった。
厚木、横田両基地とも内陸部の市街地にあり、フェンス沿いに住宅が密集。基地周辺住民から夜間の米軍機飛行の差し止めや騒音被害に対する損害賠償などを求める民事訴訟が起きている。一方、岩国基地は陸地側のフェンス沿いに住宅地が密集しているが、市街地近くの海岸部にあり、騒音訴訟などは起きていない。
上記引用報道の件につき、www上の情報源始め 詳しくは
現役新聞記者が作る 記者の眼 中の記事「岩国基地夜間着艦訓練とインターネット」
を参照されたい。(後記)
'98年1月13日asahi.com米軍夜間発着訓練で外務、防衛に要請相次ぐ
米空母インディペンデンスの艦載機が事前の通告なく夜間発着訓練(NLP)を始めた問題で、12日、岩国基地を抱える山口県の二井関成知事ら、訓練が実施されている基地を抱える自治体の関係者が相次いで外務省、防衛施設庁などを訪れ、米軍に訓練を中止させるよう要請した。地元では、事前の通知がなかったことに加え、急に訓練が必要になった理由を明らかにしないことにもいら立ちが募っている。政府は、米軍に地元への配慮を求めたが、「軍の運用には関与しない」と繰り返すだけだ。
二井知事は、貴舩悦光・岩国市長らとともに、外務省、防衛施設庁を訪れ、訓練を中止させるよう文書で要請した。文書では「かつてない大規模で、深夜に及ぶ訓練は自治体として容認できない」と抗議している。二井知事は「現地に行ったが大きな騒音がしていた。地元住民は苦痛だ」と話す。また米軍の準機関誌に在日米軍側が「一番うるさい航空機を岩国へ送った」とコメントしていることについて、貴舩市長は「事実とすればとんでもない。住民が反発しても責任は取れない」と言う。
神奈川県と厚木基地周辺の各市も外務省、防衛庁、防衛施設庁に文書で中止を要請した。同県基地対策課の佐藤正幸課長は「最近は硫黄島で行われ、改善されたと思っていたが逆戻りした」。米軍が詳しい理由を明らかにしないことについて、「住民からの問い合わせにも答えられない。十分な情報提供を政府にも要請した」という。
(ボールド引用者)
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この1月13日横須賀を出港する米空母インディペンダンス艦載機の訓練は、中東への展開要請に至急間に合わせる米軍の現在における利益および意志を実現するための行動で、理由も何もそれすら拒否できない日本国民および日本政府には主権のかけらも存在しないことがこの一事だけで明白である。
主権の存在しないものには守るべき国はなく、互いに孤立自閉した村々に先祖代々住んでいるという日本列島居住地群れ意識しか育つことはない。
インディペンダンスは、国連核査察を拒み続けるイラクへの攻撃警告に伴ない既にこの2月ペルシャ湾岸に配備されていると聞く。 オルブライト米国務長官は2月8日この米軍の空爆について、「『ひと刺し』程度かという質問があるが、断じて違う。攻撃は大規模なものになる」と語り攻撃の時期に関しては「数日や数カ月ではなく、数週間以内だ。あらゆる外交的手段を尽くしたことをはっきりさせないといけない。他国がバグダッドに特使を派遣しているが、時間はなくなりつつある」と述べた。
大体、広島、長崎で態の良い市街地核投下実験を行ったことによる日本の敗戦時に
731部隊の細菌戦実験、毒ガス実験データを関東軍、ミドリ十字関係者らの免罪と引き換えに持ち帰ったアメリカ、
戦後日本の核査察三原則がザルであることを利用して核を常時持ち込んで恥じないアメリカ,
ベトナム戦争で、大量の枯れ葉剤(ダイオキシン)を製造、沖縄からの出撃機で散布した疑いのあるアメリカが、
核や生物化学大量破壊殺戮兵器を持とうとしあるいは隠そうとする他国に対し、国連協議を出し抜いてまで、事ある毎にトマホークを振りかざし武力で叩こうとする世界の警察官を演じることのできる資格は何処を探してもないのである!
ついにアメリカ人国連UNSCOM委員長が、イラクのフセイン体制転覆を企てているアメリカ側の組識的盗聴行為を容認し、UNSCOMはこれに協力していたことさえ明らかになった。
asahi.com99/1/11 バトラーUNSCOM委員長、イラク盗聴を認める
国連大量破壊兵器破棄特別委員会(UNSCOM)のリチャード・バトラー委員長は、9日付のアラブ圏紙「アルハヤト」とのインタビューで、米国の機器を利用してイラク当局への盗聴活動をしていたことを認めた。バトラー委員長は当初、ワシントンポスト紙による盗聴指摘の報道に対し、全面否定していた。
このインタビューの中でバトラー委員長は「我々が捜しているものの隠匿を指示する通信の傍受を試みた」と説明。「フセイン大統領の移動を監視する盗聴は許可していない」と述べ、盗聴があくまで生物・化学兵器などの大量破壊兵器の隠匿場所などを捜す目的だったことを強調した。
また、こうした盗聴がエケウス前委員長時代から行われていたことを認め、前委員長からバトラー氏が引き継ぐ際にも盗聴機器の使用を望むかどうか尋ねられたことを明らかにした。その上で「イラクが事実を隠そうとするなら、UNSCOMが盗聴機器を使うことも合法だと判断した」と述べ、正当性を訴えた。
asahi.com98/6/8米軍、ベトナム戦争でサリン使用
米CNNテレビは7日、米軍がベトナム戦争中に神経ガス、サリンを使用していたと報じた。ピーター・アーネット記者らCNNテレビの取材チームによる8カ月にわたる調査で明らかになり、脱走米兵が標的だったという。
CNNによると、脱走米兵の捜索・殺害を含む任務を帯びていた特殊部隊SOGが実行した「追い風作戦」で使用された。
米国はこれまで、戦闘中のサリン使用を認めたことは一度もなかったが、当時の米統合参謀本部議長トーマス・ムーア氏はCNNに対し、サリンの使用を確認、作戦の標的が脱走米兵だったことも認めた。
CNNによれば、SOGの元隊員や軍の元高官らは、ラオスと北ベトナムで20回以上サリンが投下されたと話している。SOGの元指揮官は、脱走米兵の通信や作戦に関する知識は「(米軍にとって)有害となり得る」と語っており、米軍は脱走兵からの情報漏れを警戒、致死性の高いサリンを用いた作戦に踏み切ったとみられる。(時事)
asahi.com98/7/3 「サリンで脱走兵殺害」は誤報、CNNが撤回して謝罪
米CNNテレビとタイム誌は2日、ベトナム戦争中に米軍が脱走兵殺害のため神経ガスのサリンを使用したとの6月初めの報道を全面的に撤回すると発表し、同報道が誤報であったことを認めた。
この報道は米国内外に大きな衝撃を与え、米国防総省も調査に乗り出したが、当時の米軍関係者や元政府高官が相次いで報道内容を否定するなど、その信ぴょう性に疑問が強まっていた。
国防総省のベーコン報道官は同日の記者会見で、「この報道は事実に反すると確信していた」と語り、CNNなどの報道撤回決定を歓迎した。(時事)
asahi.com98/7/3 米国防総省が沖縄に一時サリンを貯蔵
米国防総省のベーコン報道官は2日の記者会見で、CNNテレビがベトナム戦争で米軍が脱走兵殺害のため神経ガスのサリンを使用したとの報道を全面撤回したことに関連し、「ベトナム戦争当時、沖縄にサリンが貯蔵されていたが、すべて撤去された」と述べ、サリンが沖縄に存在していたことを明らかにした。
沖縄では、1969年7月に知花弾薬庫(現嘉手納弾薬庫)で、致死性の毒ガスが漏れる事故が発生。その後、毒ガスは71年1月に中部太平洋のジョンストン島(米国)に移送されたが、ベーコン報道官の発言はこの毒ガスの中にサリンが含まれていたことを認めたもので、今後波紋を広げそうだ。
同報道官は、米軍のベトナムでのサリン使用を改めて否定した上で、「わたしの知る限りベトナムに最も近いサリンは沖縄にあった。しかし、ニクソン大統領(当時)が生物兵器使用の全面禁止を宣言したことを受けて、ジョンストン島に移し破棄した」と述べた。これに関連して別のスポークスマンは「沖縄に存在したサリンはベトナム戦争中に持ち込まれたもので、少量だった」と語った。(時事) (ボールド引用者)
asahi.com98/8/25米軍兵器が日本製部品に依存する実態、内部資料で裏付け
湾岸戦争で使われたハイテク兵器など、数多くの米兵器に日本製部品が使われていることが、米空軍や米商務省の内部資料などから明らかになった。ミサイルの「目」にあたるカメラや頭脳部分の半導体を守るセラミック容器などで、兵器の主要な機能を担っている。いずれも一般市場に出回っている汎用(はんよう)品とみられ、日本の武器輸出規制が、実効性を失いかねない状態になっている。米空軍は湾岸戦争当時よりも日本製品への依存度を高めており、米国からヨーロッパや中東に輸出される兵器もある。日本製品が他国の兵器を支えている実態が裏付けられた。
空軍の内部資料は、湾岸戦争で使われ、現在も配備されているマーベリックミサイルのシーカーカメラが日本製だとしている。シーカーカメラは、ミサイルが目標を確認するのに必要な「目」に当たる。
米商務省が湾岸戦争翌年の1992年に米議会へ出した報告書「米海軍の兵器における米国内と外国の産業下請け状況」によると、湾岸戦争でイラクのレーダー基地を破壊したハームミサイルは、半導体を熱や振動から守るセラミック容器のほか、特殊ねじ、紫外線レンズなど74の日本製部品を使っている。 (ボールド引用者)
asahi.com98/7/22 ベトナム戦争でのサリン使用はなし、米国防総省が報告書
コーエン米国防長官は21日の記者会見で、米軍がベトナム戦争中に脱走兵を標的とする掃討作戦を実施したり、その過程で神経ガスのサリンガスを使ったりした証拠は「まったくなかった」とする調査報告書を発表した。国防総省は、サリンガス使用に関する米CNNテレビの報道をきっかけに調査を始めていた。CNNはすでに「裏付けを取らないまま報道した」との理由で番組を全面的に取り消し、謝罪している。
コーエン長官は「サリンガスは1971年まで沖縄に貯蔵されていたが、東南アジアに輸送された事実はない。当時、ベトナムやラオスにはなく、そこで使われてもいない」と語った。さらに「空軍が投下したのは催涙ガスだった。サリンが使われていたら、当時地上にいた米兵たちが生き残った事実を説明できない」と語った。
(後略)
[毎日新聞'98年6月13日] <外交文書>旧日本軍が毒ガス使用 中華民国判決に明記
外務省は13日、第二次大戦後、連合国が裁いたBC級戦犯裁判資料や1950年代を中心にした外交文書を公開した。この中で旧日本軍将校が中国で毒ガスを使用したとして、中華民国の戦犯裁判で有罪を宣告された判決文が初めて明らかになった。日本政府は旧陸軍が毒ガスを中国で保管していたことを認め、昨年発効した遺棄化学兵器禁止条約に基づき処理にあたっているが、実戦での使用については「公式な記録がない」(外務省筋)として認めていない。
中華民国が1946年4月から49年1月にかけて行った裁判はこれまで起訴内容の一部などを除き不明だったが、公開文書に含まれた「外地における本邦人の軍事裁判関係 中国の部」に収められた判決文などは旧日本軍の行動を体系的に記している。
毒ガス裁判の判決は47年12月、漢口の法廷で言い渡され、第39師団第231連隊長が42年5月、湖北省で中華民国軍と戦闘した際に、催眠性とくしゃみ性のガスを使ったとしている。
判決理由では、被告の連隊長が否定した作戦への参加と毒ガス使用について、「明らかに非道をごまかすもの」と断定。「我が方の強力な抵抗に打ち勝つことができなかったため、人道をも顧みず、ガス発射筒をもって」発射したことは日本人の捕虜が目撃し、別の日本人の調査でも間違いないと指摘した。
そのうえで「高級将校であるから国際公法上の毒ガス使用禁止規定を当然熟知しているべきだ」として戦争犯罪審判条例の毒ガス使用罪を構成すると、無期懲役を宣告した。
中国での毒ガス使用については、人民解放軍化学防御指揮工程学院編「日本の化学戦」で40年に39師団が湖北省で捕虜に対して使った例など125回の使用例を記述、毒ガスを使用した戦闘は判明しただけで2091回、被害者は9万4000人でこのうち1万人が死亡したと指摘している。
一方、東京裁判では、毒ガス戦が起訴状に明記されただけだった。しかし、米陸軍化学戦部隊の部長が46年5月に「日本の毒ガス戦を追及・断罪したら、米国は今後、毒ガスを戦争手段として使用できなくなる」との文書を上官に送っていたことがすでに明らかになっている。
今回、毒ガス使用を有罪とする判決文が明らかになったことについて、外務省中国課は「判決の効力は受け入れているが、判決理由に出てくる日本人の証言、調査は個人として行ったものであり、日本政府として毒ガス使用を認めていたわけではない。判決文の事実認識をそのまま受け入れるわけでないのは南京虐殺の死者の数の場合と同じだ」と話している。
▽一例でも意味ある 吉見義明・中央大教授
一例ではあっても、日本軍が毒ガス使用を認めた判決が明らかになったことは意味がある。ただ中華民国政府は、致死性の高い毒ガスを使った証拠書類を集めて東京裁判に提出しながら、なぜ追及を断念したのか、また中華民国の毒ガス裁判がこれだけならば、なぜ比較的被害の軽いこのガスの例を取り上げたのか、なぞが残る。
(ボールド引用者)
asahi.com98/7/16旧日本軍の細菌戦で2425人が感染死と、中国側調査委
旧日本軍が戦時中、中国湖南省で展開したとされる細菌戦の実態を調べている中国側の現地調査委員会は、飛行機からばらまかれた大量のノミによって、少なくとも2425人がペストに感染して死亡したとの調査結果をまとめた。調査委員会メンバーが15日夜、静岡市で開いた市民集会で調査結果を報告し、被害者リストを公表した。日本政府は旧日本軍による細菌戦の存在を公式には認めていないが、中国側の遺族ら108人が昨年8月、日本政府を相手取り、東京地裁に、損害賠償請求訴訟を起こしている。
調査したのは、湖南省の常徳ペスト被害者調査委員会。来日したメンバーの劉雅玲さん(39)らによると、細菌戦被害の実態を明らかにするため、今年3月から6月にかけて湖南省常徳市周辺の11町村で、遺族の証言を募ったり、聞き取り調査をしたりした。
調査結果によると、1941年11月4日、旧日本軍機1機が常徳市中心部の上空から、ペストに感染したノミを穀物に混ぜるなどしてばらまいた。その直後から翌42年にかけて、症状などからペスト感染者とみられる多数の患者が発生、ネズミによる2次感染や3次感染を含め、今回の調査で2425人の死亡を確認したという。また、23人が感染したものの奇跡的に回復したとしている。
asahi.com 98/10/14
中国の遺棄化学兵器処理で12回目の政府調査団
外務省は13日、旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器を処理するための政府調査団を14日から黒竜江省牡丹江市と遼寧省撫順市に派遣する、と発表した。両市で、計約330発の化学砲弾をX線で内部鑑定し、爆発を防ぐために密封こん包して30日に帰国する。調査団派遣は1991年から始まり、今度で12回目。外務、防衛両省庁の関係者や民間の専門家で構成され、中国側からは人民解放軍などが全面的に協力する。
旧日本軍が中国本土に遺棄した化学兵器の総量は、中国側によると約200万発。日本は、昨年発効した化学兵器禁止条約を批准しており、10年以内にすべての遺棄化学兵器を廃棄する義務を負っている。しかし、廃棄の方法や処理場所は決まっておらず、処理の前段階の密封こん包も、これまでに約400発にとどまっている。
asahi.com99/8/1
神奈川への勤労学徒、200工場に5万人動員
高校教師ら調査で判明、毒ガス兵器製造も
太平洋戦争の末期、旧制中学校や高等女学校などの生徒が国策で労働に駆り出された「学徒勤労動員」で、神奈川県にあった旧海軍の工場などに、東日本や沖縄、台湾などから延べ約5万人が集められていたことが高校教師らの調査でわかった。毒ガス兵器や弾薬の製造に携わり、空襲などで130人以上の少年少女が命を落としたという。動員中の実態はこれまで、資料が焼失するなどして不明な点が多かった。
調べたのは、高校教師らでつくる「神奈川の学徒勤労動員を記録する会」(会員116人)。代表の神奈川県立綾瀬西高教諭の笹谷幸司さん(41)は「動員された学徒と同じ年ごろの、いまの中学生や高校生たちが戦争について考えるきっかけになれば」と話す。
学徒の動員は、米軍の攻勢が強まるなかで労働力不足を補うため、1944年春から終戦まで約1年5カ月にわたった。文部省の資料によると、全国の動員数は300万人を超すとされる。
同会は、国民学校高等科、旧制中学、高等女学校などの同窓会名簿や校史を手がかりに、4年がかりで人数を積み上げた。「当時の様子をくわしく知るため、およそ300人から体験も聞いた」という。
学徒が働いたのは神奈川県内の200近い工場。北海道から沖縄まで24都道県と台湾の計約370校から、少なくとも延べ約5万人が差し向けられた。このうち、神奈川県内からの動員数は約3万人。武器弾薬の製造運搬のほか、零戦の翼を造ったり、「毒ガス爆弾」の組み立てを手伝ったりしたという。
山梨県の日川中学(現日川高校)に在学していた風間美和さん(70)は、神奈川県寒川町の相模海軍工廠(しょう)で「猛毒のイペリットを詰めた爆弾を1日5発の割り当てで作った」と証言。「漏れたイペリットが手につくと、洗っても一晩中痛んだ」と、ふりかえる。
こうした体験について67人が、最近出版された『学徒勤労動員の記録 戦争の中の少年・少女たち』(281ページ)に寄稿している。問い合わせは出版元の「高文研」(03・3295・3415)へ。
(ボールド引用者)
asahi.com98/7/25 旧陸軍の毒ガスの島・大久野島、汚染された土壌を撤去
旧陸軍の毒ガス工場があった広島県竹原市の大久野島の土壌が環境基準を大幅に上回るヒ素で汚染されている問題で、環境庁の山陽四国地区国立公園・野生生物事務所(岡山市)は24日、汚染された土壌を撤去するという対策を発表した。
計画では、撤去するのは島の北部にある砲台跡や西側の護岸地区と材料置き場跡の周辺で、環境基準値(1リットル当たり0.01ミリグラム)の30倍以上に当たる汚染土。総量は4500立方メートルになる見込み。9月ごろから作業に着手し、汚染土をいったん袋に詰めて保管したのち、県外の民間業者に委託して洗浄処理する。
環境庁が設置した「大久野島土壌汚染対策検討会」の島内59地点の土壌調査では、島西側護岸付近の地下4メートルのサンプルから基準値の2200倍のヒ素が検出されたのをはじめ、108のサンプルで基準値を超えていた。
医師が患者になると毒ガス製造で後遺症、元従業員の治療に力;弟子屈町屈斜路湖 旧日本軍毒ガス弾査察
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'98年2月22日、このイラク危機を回避するためバグダッド入りしてフセイン大統領らと会談、協議していたアナン国連事務総長は、イラク側代表のアジズ副首相と国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)査察受け入れで合意に達したと発表、これを合意文書にして23日調印することにより、米英によるイラクへの攻撃は当面回避される見通しが出てきた。
既に、かつての湾岸戦争で支持に回った中東諸国はおろか、ロシア、中国、フランス等からもアメリカの独断専行武力行使政策を非難危惧する声が出てきている。
こうした中で、アメリカの言うがままにインディペンダンスのアジアにおける母港横須賀を提供し、天皇家と親戚閨閥関係を結んだ元外務省事務次官 小和田恒国連大使を未だにトップエリートともてはやしている日本国及び外務省は、アメリカの腰巾着発言をする以外国際社会では何のイニシァティヴを発揮することができなかったのは当然である。
天皇の官僚は日本ではトップでも、国際社会の評価ではアナン事務総長の足元にも及ばないというのは、東大が、世界の学術、政治、文化水準からは、その歴史に三流どころの人物と業績しか残していないというのと同じだからである。血縁と閨閥、学閥で官僚になるのが一流だという国は、血縁のない国外の何処に出ても三流以上にはなれないのが相場である。
asahi.com98/2/24米空母の中東派遣、「事前協議にあたらず」と外務報道官
米軍横須賀基地を母港とする米空母インディペンデンスのイラク危機に対応するための湾岸派遣が、日米安保条約の関連取り決めで定められた日本政府との事前協議の対象になるかどうかの問題について、沼田貞昭外務報道官は24日の記者会見で「事前協議の対象の戦闘作戦行動とは、直接戦闘に従事することを目的とした軍事行動を指す。インディペンデンスの派遣は米軍の運用上の都合で、日本から別の地域への移動であり、事前協議の対象ではない」と述べた。
コーエン国防長官はインディペンデンスを湾岸に派遣する直前、横須賀停泊中の同艦上で「重要な任務で中東に向かう。米国の力を見せつけなければならない」と訓示した。「この発言はイラクへ直接、戦闘行動に向かうことを示しているのでは」との質問に対し、沼田報道官は「インディペンデンスは中東に行ったが、実際の戦闘行動をしていない」と答えた。もし戦闘行動に入っていたら事前協議の対象になりうるととられかねない、従来の日本政府の立場からは危ない言い回しで、事前協議の「空洞化」をめぐる外務省の苦しい立場を浮き彫りにした。
【参考資料】'97年9月5日に、埼玉県所沢市(斎藤博市長)において、厚生省がこの12月より緊急避難的に設定した80ng/立方mという基準(1年以内にクリア義務)を、150倍も上回る1万2000ngの高濃度ダイオキシン類がごみ焼却施設から検出され県にも報告されていたにもかかわらず、そのデータが非公開となるよう所沢市が隠蔽工作していた事実が判明したのである。
ngとは‘ナノグラム’と読む10億分の1gを表す単位で、ここに公開された値は、自然には存在しえず人類が生み出した地上最悪の毒物と言われるダイオキシンにとって、アメリカ軍がベトナム戦争で枯れ葉剤空中散布した濃度かそれ以上のものである。直接一時的に煙に混じって人体に空気中から入り込む量よりも、むしろ、一旦雨と共に近くの河川に溶け込み、海にすむ魚の体内に次々と高濃度に蓄積され、それを食べる人間へと至る環境食物連鎖のほうが親の母乳異常、生殖器障害を生み、次世代に、催奇性奇形児を増加させる等の点で、危険が大きいといわれる。
'88年ベトナムから来日、分離手術に成功した「ベトちゃん、ドクちゃん」のような下半身が一つの奇形は、このアメリカ軍が投下した枯れ葉剤によるものといわれている。しかも、その散布のための基地を提供していたのは日本の沖縄だった疑いが濃いのだ。
ダイオキシン最前線−1−ベトナム取材で戦慄〜枯れ葉剤の催奇形性告発
沖縄タイムスマングローブ植林計画(3)破壊に“加担”した沖縄
厚生省ダイオキシンのリスクアセスメントに関する研究班中間報告(本文)
全農林労働組合筑波地方本部食研分会青年部社会問題研究チーム
今、そこにある恐怖!
テレビ朝日The Scoop Internet特集「広がるダイオキシン汚染・遅すぎた規制に苦悩する自治体」
NHKの調査では、千葉県のように235g/年のダイオキシンが検出されたところも有り、暫定基準値さえクリア出来ない焼却施設等は全国で110箇所に上っている。
Artemis Sampler 地下貯蔵施設からまたも放射能漏れ!
日本人の大半がもっぱら自国の軍事政治外交教育宗教文化社会思想を欠落させ、敗戦の地の経済復興だけに熱中するようになったのは戦後アメリカの占領政策極東戦略上、実に都合の良い事であった。
アメリカに押し付けられた経済以外の戦後社会文化構造に絶対依存言いなりになって あまりに巧く行き過ぎた、その経済オンリーに狭められた官僚的視野狭窄戦後思考の限界が、最早戦後50年の間に当のアメリカからさえも変革するよう迫られるほどに、次々と隠しきれないボロとバブル腐敗となって構造的に出てきているのである。
戦前の内務省官僚主導戦時経済統制から、軍事色を薄め、戦後大蔵省官僚統制経済へと「なしくずし」に何の反省もなくシフトさせて来た明治以来の富国強兵国家社会主義統制経済主義の結果が、大蔵官僚の腐敗と日本経済の崩壊となって現れたのである。
法と言語を護るべき最高の規範はこうして、青少年たちの眼前で自壊したのである。しかも、それは同時に大蔵主導日本経済の崩壊でもあった。
自分の身を護れるのは自分だけである。これが生命維持と自己責任、危機管理と独立自治、社会文化のすべての基礎である。
日本人自身が日本を護らなくてはならない。日本の利益は誰かどこかの国に任せるのではなく日本人が自己の行動によって獲得していく他はない。それが「主権」ということの意味である。
自分では立ち上がらず(自衛できず)、犠牲、供物、賽銭、ミカジメ料、金品賄賂を払っても自分の味方につけた祖霊、守護霊、背後霊、氏神に呪力で守ってもらうというのが、日本文化に古代から温存されてきた祖霊呪術信仰の伝統だからである。古代においては、呪力こそがモノノフ<物部<モノノケ(物の怪)<モノ・タマの戦力であった。
これに賄賂、飲食、接待でもつけば完璧な談合腐敗文化構造の完成である。天下りするオカミ、御札に賽銭、まいないをやって巫女(料亭女将オカミ)の下で共食神人交歓酒盛り談合宴会を催し、下々の願事をかなえてもらうというのが揺るぎ無い日本の精神伝統文化だからである。
あるいはこの祖霊、背後霊、守護霊、氏神より進んだ形としての生きたヤクザ者を用心棒としてミカジメ料を支払い共同体で雇うという伝統がある。この構造の上に「99%がヤクザだ」と言われる総会屋が暗躍し「野武士のようだ」と言われる経営手法の野村証券を業界トップにするような日本の株式会社組織が乗っかっているのである。野武士とはいわゆるモノノフハタモノヤクザゴロツキの類である。
右翼と同じ様に、用心棒ヤクザを巧く利用するつもりで雇い入れたのはいいいが、今度は軒下を貸したつもりが母屋まで乗っ取られる危険を背負うことになる。すなわち寄生ヤクザによって宿主は癒着一体化乗っ取られ憑依自滅の運命を辿るのである。
本土に住む大半の日本人が、結局は沖縄基地の占領アメリカ軍を、プロ野球選手と同じ様に金丸信の年間6476億円と言われる「思いやり予算」金で雇った、いざという時の助っ人外人用心棒位にしか認識していないのもそのためである。
異議アリ!思いやり予算
核抜き本土並みといいながらニクソンとの間に緊急時核の再持ち込みを認める密約があったことをその遺作で暴露した若泉 敬(沖縄復帰の陰の立役者で国際政治学者から佐藤首相付き補佐官になった)は沖縄問題が解決しない限り日本は独立国家ではなくアメリカの植民地であり続けると漏らしていたと言う。
沖縄の基地問題は、実は沖縄の問題ではなく――勿論本質的にはアメリカの問題でさえもなく、敗戦とアメリカ占領によってうやむやにされたまま放置され軒下を貸したつもりが母屋まで乗っ取られる植民地化の危険を背負い続けてきた、戦後50年の日本と日本人の国家と民族独立の問題だからである。
日本政府は日本国民である沖縄の少女一人の人権、米軍アンテナ基地土地所有者 知花昌一一人の所有権を護ることすらできなかった。ついに立ち上がった沖縄県民と大田県知事の人間的な一斉抗議行動、代理署名拒否行動に対して、日本政府は慌てて敗戦占領時の土地収用法を作り直すなど、アメリカ政府直属の植民地総統府かと見まがうばかりの上意下達下請け機関の動きに終始したのではないか。沖縄問題関連市民運動リンク
以下に、この点について「日本はアメリカの属国ではない」
(ごま書房1997/7 )等の出版で明快な意見を述べている
在日アメリカ人
ビル・トッテン(株式会社アシスト代表取締役)
による「米国植民地時代の遺物・沖縄」(6/16/97)
を引用する。(ボールド、赤字;引用者)
(前略)
昨年9月8日、58%という高い投票率を上げた県民投票で、沖縄有権者は9対1で沖縄からの米軍基地の撤退を要求しました。橋本龍太郎が米国植民地の総督ではなく、独立国の首相であるのなら、次に彼がとるべき行動は、沖縄県民が圧倒的多数で撤退を望んでいる米軍基地を受け入れる都道府県が他にないかを確認することでした。他の都道府県がすべて米軍基地の受け入れを拒めば(恐らくそうなるでしょうが)、米国政府が直面しなければならない選択肢は明白です。主権国家の民主的な意志決定を認め米軍を撤退させるか、さもなければ米国が占領国の帝国主義的宗主国であることを認め、沖縄を植民地とし続けることです。
しかし、橋本は第140通常国会で、5月14日に期限切れになる沖縄米軍施設用地の継続使用のための改正駐留軍用地特別措置法を強引に成立させたのです。これは彼が米国の植民地としての日本の総督であることを示しています。また、同時に日本の法制度が、米国の帝国主義に屈する日本政府に対してほとんど無力であることを日本国民に示したのでした。
外国の軍隊に自国の領土を、このように無理矢理占領されることで日本に何か得るものがあるのでしょうか。元米海軍の高級幹部の1人は、日本は何の恩恵も受けていないと述べています。日本の新聞によるインタビューに対し、ユージン・キャロル元米海軍提督はこう答えています。
「沖縄にいる米軍は沖縄や日本を守るための駐留ではない。それは彼らが選択するいかなるところにも軍事力を投入できるようにしておくことが目的なのだ。湾岸戦争で最初に投入されたのも沖縄の海兵隊だった。これがペンタゴンのいう『前方展開』というものの意味だ。・・・(後略)」
***
何故、日本人が、こういったことを、当の占領する立場にいるアメリカ人からわざわざ教えてもらわなくてはならないのか?!
アメリカの取る世界の警察官としての戦略が、:実際にアメリカの国益、利益にかなっているかどうかは、最終的にアメリカ人の決めることである。日本は、日本人自身が護らなくてはならない。日本の利益は誰かどこかの国に任せるのではなく日本人が自己の行動によって獲得していく他はない。それが自衛で守られる「主権」ということの意味である。
安全保障というこのアメリカへの一任勘定!
日本の自衛隊は、アメリカの出動命令で体よくこき使われ、前線に狩り出される戦闘行為で自らの身すら自衛できる用意と覚悟ができているのか?
親分のしたことで、子分が殴られるかもしれないのである。
生命と身の安全は他者によって保証されるものでなく、自ら獲得し、日々創出、検査されなければ直ちに損われてしまうものである。
腐敗と病、悪と死とに直に向き合い、日夜格闘して行くのでなければ、自分一人の健全な生活や生命を一秒たりとも護ることは不可能なのだ。
沖縄の基地問題は、実は沖縄の問題ではなく――勿論本質的にはアメリカの問題でさえもなく、敗戦とアメリカ占領によってうやむやにされたまま放置され軒下を貸したつもりが母屋まで乗っ取られる植民地化の危険を背負い続けてきた、戦後50年の日本と日本人の国家と民族独立の問題だからである。
訳が分からないから、私の利益は何であるか教えてくれ、とかつての鬼畜アメリカに頼むのか?
いかに本人の意志があろうとも問われ続けなければならない売買春同様な、自己を欠損し傷つける罪(自殺はその最たるものとして法的に禁止されるべきである)が在るのだということをいちいち指摘しなければ理解できないのは、悲しむべき文化であろう。というより、そのような文化は「悪」そのものの培養器となるのだ。自己の真の利益(国益)を識別し守り切ることができずに、自己(国)を身売りし、やればやるほど却って自己を損傷破壊させついには死へと導いてしまう者、それが「悪」そのものの姿だからである。
日本人の大半がもっぱら自国の軍事政治外交教育宗教文化社会思想を欠落させ、敗戦の地の経済復興だけに熱中するようになったのは戦後アメリカの占領政策極東戦略上、実に都合の良い事であった。
アメリカに押し付けられた経済以外の戦後社会文化構造に絶対依存言いなりになって
あまりに巧く行き過ぎた、その経済オンリーに狭められた官僚的視野狭窄戦後思考の限界が、最早戦後50年の間に当のアメリカからさえも変革するよう迫られるほどに、次々と隠しきれないボロとバブル腐敗となって構造的に出てきているのである。
「こんなにひどい仕打ちを受けているのに、お前はニコニコ笑って、それでもいいのか?」と加害者から念を押され詰問されるまで自己の利益を勘案出来ない者がいるとしたら、そのオメデタサの実態は「憐れ」を通り越して「悲惨」であると言うべきだろう。
これにはクリントン大統領が自分の生い立ちでも認め、最近日本でも話題になっている「アダルト・チルドレン」が関係する。
絶対主義的権威者(カリスマ)のもとで彼を親(分)のようにして生きてきた者が、薬物依存症と同じ様な拘禁状態を好み、いくら暴力など彼からひどい被害を受けていることが明らかであるに関わらずそれを拒否して受け入れようとしないばかりか、却って自由にしようとすると禁断症状を起こして元の拘束状態に自ら戻ることを要求するのは、そのせいである。
本土に住む大半の日本人が、結局は沖縄基地の占領アメリカ軍を、プロ野球選手と同じ様に金丸信の年間6476億円と言われる「思いやり予算」金で雇った、いざという時の助っ人外人用心棒位にしか認識していないのもそのためである。
異議アリ!思いやり予算
「オメデタイにも程がある」というのはこういう事を言うのではないか?
たとえ犯罪者加害者であっても、それがカミ、親分のなした事であれば絶対的に信頼し、「犯罪」とは呼ばず「不祥事」と言いかえることによってなおも信頼回復と忠誠を強め、ついには自分の加害者に心の救済までも求めるに至るのが古代信仰というものだからである。
例えば日本の戦後創設された「自衛隊」は一体、何からなら、何を守ることができるのか。北朝鮮からの核攻撃から国土を守れないことはもとより、直下型地震、タンカー重油流出、原発からの放射能漏れ災害、オウムサリン事件、国際テロ事件どれを取っても国民生活を自衛するのになすすべはないではないか。自己の利益を勘案出来ない者は、自滅と自殺(自決)、組織解体、自己崩壊に追い込まれる他ないのである。
これは日本人のおなじみになっている、誇大自己と裏腹の、自虐的傾向にも繋がっている問題である。
彼の、その外のWWW上で読める意見は ビル・トッテンからのレター(Our World)
沖縄は、米軍基地移転問題の解決策の一環として日本政府から提示された、名護市海上ヘリポート建設計画の可否を問う初めての市民投票で、'97年12月21日比嘉
名護市長にNOを突きつけた。
普天間飛行場返還に伴ない白羽の矢をたたされた名護市民に、日本政府が経済振興との二者択一を持ち込み、地方自治に介入することによって、4択投票を迫るという異例なやり方を強いていた結果が示されたのである。
通常の「建設に賛成」、「反対」の他に「環境対策や経済効果が期待できるので賛成」、「期待できないので反対」という条件付き2項目を加えて、本来なら関係の無い別個の問題であるべき経済で住民を釣る作戦であった。
あるいは、むしろ
ヘリポート建設に反対すれば、お前たちへの経済支援は打ち切るぞ、というような言い方は、呈のいい脅迫である。
経済は、軍事基地問題と二者択一を迫られるべき問題ではない。
特に、経済大国と言われるような国でそういう「身売り」選択が日常的に行われているとすれば、大国どころか「貧困の極み」と言わねばならないだろう。
いかに本人の意志があろうとも問われ続けなければならない売買春同様な、自己を欠損し傷つける罪(自殺はその最たるものとして法的に禁止されるべきである)が在るのだということをいちいち指摘しなければ理解できないのは、悲しむべき文化であろう。というより、そのような文化は「悪」そのものの培養器となるのだ。自己の真の利益(国益)を識別し守り切ることができずに、自己(国)を身売りし、やればやるほど却って自己を損傷破壊させついには死へと導いてしまう者、それが「悪」そのものの姿だからである。
また、法治主義社会において、貧困は、倫理や論理を破っていい理由にはならない。(「貧困は、倫理を免除する十分な理由となる」という思考傾向は、「犯罪の原因は経済にある」「経済を発展させれば倫理は自然と身につく」とする戦後経済主義を裏面で支えた支柱である。)
社会統制経済主義という点では、自民(神道系国家社会主義)も共産(マルクス主義インタナショナリズム)も右から左までその価値観は一致して区別がないというのが、戦後日本を支えた基盤であった。 「衣食足りて礼節を知る」菅子思想の破綻は何処よりも戦後日本の現実に明らかである。
「公務員倫理の確立を」と公務員が、「政治倫理の確立を」と政治家が、「企業倫理の確立を」と企業役員が叫んでいる。今までは「倫理」なし、「規範」なしでやってきたと認めているのである。
戦前の内務省官僚主導戦時経済統制から、軍事色を薄め、戦後大蔵省官僚統制経済へと「なしくずし」に何の反省もなくシフトさせて来た明治以来の富国強兵国家社会主義統制経済主義の結果が、大蔵官僚の腐敗と日本経済の崩壊となって現れたのである。〔戦前天皇と軍閥を裏から操った内務官僚が、生き延びたのに使った同じ手口で戦後の大蔵官僚にシフトした。〕
国家官僚が縄張り下においた下々国民から合法的強制的に収奪したヤクザのミカジメ料にあたる年貢税金とその予算配分裁量権益一手に握っていた大蔵官僚こそが、こういう戦後国家統制経済主義日本社会では、政治家を陰から操ることで最高の権力=金権腐敗政治の実権を持ちながら、どんなに失敗、腐敗しても国民の前に責任は取らないという、陰の絶対権力の座に君臨することができたのである。この甘い汁=予算裁量権にありつこうと、寄らば大樹の陰と民が我勝ちに大蔵官僚に対し宴会接待攻勢を仕掛けて来る寄生タカリ構造が完成した。
法と言語を護るべき最高の規範はこうして、青少年たちの眼前で自壊したのである。しかも、それは同時に大蔵主導日本経済の崩壊でもあった。
貨幣が信用を失った血栓社会は、物流が鬱血し呪物交換、物々交換原始経済および所有権の消失と窃盗を常習とする闇社会へと先祖帰りするように、言語と法が崩壊した社会は、麻薬で神経系が麻痺し情報が流れなくなった結果として闇のデマと狂気、暴力が蔓延る(はびこる)であろう。
強者、持てる者の力による法の無視、特例、違反と同じく、弱者、持たざる者の、憐憫を当てにした法の無視、特例、違反も許されるものではない。
外交、防衛、独立主権において争われている思想、信条、権利の問題を、何でも経済振興開発土建問題に次元をズリ下げ、摩り替えて丸く収めようとしてしまう日本政府中央のいつもの癖である。「金ビラをちらつかせて解決和解」という成り金ワンパターンである。金で買えないものがあるのだ、という真実がいつまでたっても理解できないのは、政治家ではなくて、「成り金」というものである。
善いことは餌で釣り(タカらせ)、悪いことは誰か(この場合は親分アメリカ)にしかってもらう。これが母性原理からの教育つまりヤクザ的動物飼育経済効率原理である。
餌で釣る経済効率しつけが、一国の首相から官僚のトップにまで賄賂にタカル品性の無さを植え付けたのである。
これは、思想、信条に渉る精神的領域の価値判断(神社オカミの意志決定)においてまで、(呪)物を中心とする賽銭、供物、酒食宴会接待攻勢によって決定を変更させようとする日本の古代的贈与習慣から来る思考伝統である。
これに賄賂、飲食、接待でもつけば完璧な談合腐敗文化構造の完成である。天下りするオカミ、御札に賽銭、まいないをやって巫女(料亭女将オカミ)の下で共食神人交歓酒盛り談合宴会を催し、下々の願事をかなえてもらうというのが揺るぎ無い日本の精神伝統文化だからである。
あるいは、経済犯罪が発覚し罪を問われた公職にある者が、「返しゃいいんだろう」と開き直りの態度を見せるのもこの類である。
罪が問われているのだという意識がどこにもなく、金の貸し借りの経済(呪物交換)問題に論点が摩り替えられ、問われた側のレベルにまで意識が下落しているのである。
日本人の大半がもっぱら自国の軍事政治外交教育宗教文化社会思想を欠落させ、敗戦の地の経済復興だけに熱中するようになったのは戦後アメリカの占領政策極東戦略上、実に都合の良い事であった。
アメリカに押し付けられた経済以外の戦後社会文化構造に絶対依存言いなりになって あまりに巧く行き過ぎた、その経済オンリーに狭められた官僚的視野狭窄戦後思考の限界が、最早戦後50年の間に当のアメリカからさえも変革するよう迫られるほどに、次々と隠しきれないボロとバブル腐敗となって構造的に出てきているのである。
戦前の内務省官僚主導戦時経済統制から、軍事色を薄め、戦後大蔵省官僚統制経済へと「なしくずし」に何の反省もなくシフトさせて来た明治以来の富国強兵国家社会主義統制経済主義の結果が、大蔵官僚の腐敗と日本経済の崩壊となって現れたのである。
法と言語を護るべき最高の規範はこうして、青少年たちの眼前で自壊したのである。しかも、それは同時に大蔵主導日本経済の崩壊でもあった。
この体質はペルー大使公邸人質事件でも変わらなかった。
この事件のように人質の身の代金を要求するのでない場合には、だから、金以外の解決方法を知らぬ日本人は無為無策でおろおろするばかりなのだ。生命は保険のように金とは交換できるものではなく、金の所有以上に命を懸けた行動によって守るべき大切な価値があるのだということ、主権、権利と治安、安全――すなわち用心棒を雇うことによって守られるのではない自治、自衛は自ら立ちあがらない限り金では買えないのだということを、国家はテロリスト及び国民あるいは国際社会に対して実際に行動で示す準備が常日頃から出来ていなければならない。国家はそのつどその資格をテロによって試されているとさえ言えよう。これを国際社会に対して如実に示し一躍名声を高めたのは経済建て直しとテロにあえぐペルー国家とフジモリ大統領であって、ペルーの蔭に隠れて経済援助をしていた人質経済大国日本ではない。 Artemis Sampler 「ペルー大使公邸人質事件」
今回、日本が国家存立の試練を受けているのは、外国のテロリストに対してではなく、安保条約で沖縄に居座る在日米軍に対してだというだけである。
しかし中央政府が連日要人を送り込むなど既存行政土建産業組織を総動員すればするだけ、名護市民との間にある、この差は埋めることは出来なかった。
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確定得票は、「賛成」2562票、「環境対策や経済効果が期待できるので賛成」(条件付き賛成)1万1705票、「反対」1万6254票、「環境対策や経済効果が期待できないので反対」(条件付き反対)385票。当日有権者数は3万8176人、投票者総数は3万1477人で、投票率は82・45%だった。(asahi.com12/22より引用)
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地元市民団体「海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会」(宮城康博代表)が先頭になって支持を訴えてきた「条件付き」を含めた反対票が、賛成票を上回り投票者数の過半数約53%を占めたことで、地元の経済振興策を交換条件にした新たな基地建設は、ここに拒否されたと考えられる。
但し、反対票は全有権者数の過半数には達していないため、「条件付き賛成」を掲げて闘ってきた地元の市民運動などは、賛否がわずか2000票差という事実に「ある意味では勝利だ」と勢いついている。
結局この後も、強制力を持たない市民投票結果の行方は予断を許さず、基地の受け入れは、結果を「大きな判断材料にする」という比嘉鉄也市長の政治的判断に任され、またその市長は結局は、沖縄県全体の問題として大田昌秀県知事に判断を求める事になりそうだ。
こう書いた直後の12月24日に、動静を注目されていた比嘉鉄也市長が突然、公式にヘリポート建設受け入れを決定、自らは辞任を発表するという急展開を見せた。これは、今回の投票結果による住民の意志を息つく間も与えず踏みにじるものであるばかりか、なおさらに、市長として決断しておきながら同時に辞職するのは、公職者としてあるまじき責任回避の行為であると言わざるをえない。
決断した者は、その決断の責任を取らなければならない。
'98年1月12日には、大田沖縄県知事が、「住民投票の結果を尊重する」として、代替えヘリポート建設に初めて反対の意向を表明した。
98/2/1asahi.com報道によれば
アメリカ軍普天間飛行場の返還に伴う海上航空基地建設問題で、この受け入れを表明した比嘉鉄也前市長の辞職に伴う沖縄県名護市長選挙は1日告示され、民主、共産、社民党などが推す前県会議員で建設反対派が擁立する玉城義和氏と自民党の推薦で建設賛成派が推す前市助役の岸本建男氏ら3人が立候補を届けた。
大田知事ら県の3役は、そろって玉城候補の出陣式に出席し、大田知事が応援演説に立った。玉城候補は「建設反対」を前面に掲げており、大田知事が玉城候補の支援に乗り出したことで、事実上の反対表明とみられる。岸本候補は基地問題の「凍結」を訴えているが、知事の玉城候補支援は選挙戦に大きな影響を与えるだけでなく、政府側の強い反発を招きそうだ。
投票は8日に投票され、即日開票される。
2月6日には、大田知事が昨年の名護市住民投票の結果を尊重し、県内米軍基地移転たらい回しに反対の立場からも海上ヘリポート計画に反対の意向を公式に表明、これを受け、普天間基地返還問題は当面凍結、沖縄経済振興特例法の改正も先送りせざるをえないとする態度に出た中央政府と深刻な対立関係に突入した。
'98年2月8日、名護市長選は建設賛成派の押す岸本建男が当選するという結果を出した。〔玉城義和15103票、岸本建男16253票;有権者数3万8335人、投票率82.35%〕このままでは、基地問題をめぐって地元が賛成、県知事が反対、中央が賛成というねじれた関係が国内に生じる異常な事態となった。
そもそも、このねじれの原因は、'97年12月21日の住民投票では反対とした意志表示を、二月と立たないうちに今回の市長選挙では賛成と寝返った名護住民の、自己矛盾した態度にあると言わざるをえない。住民投票の結果を受けて「反対」の意志表明を行った大田知事は、その矛盾に翻弄されたことになるからである。
しかし、仮にここで、サンドイッチ状に一人孤立した大田知事が折れ、沖縄県民が八方穏やかに基地移転を受け入れることになったにせよ、沖縄の基地問題の本質は何も変化せず、先送りされただけであるという事実が残るであろう。
ただ、これまで「知事の判断に従う」との立場をとってきた岸本新市長は、当選後も「ヘリポートの問題はすでに決着がついている。原点に戻って、県と国で再検討したらよい」としているため、大田知事の反対の決意が揺らがない限り、従来通りの基地建設推進は相当の困難が予想される。
なぜなら、ビル・トッテンも言うように、少女暴行事件をきっかけにして起った、米軍基地をこれ以上受け入れたくないとする沖縄県民の意志が堅く、且、日本国民の総意として日米安保を破棄するつもりがないのなら沖縄以外の日本国内の何れかの県が、50年間耐えてきた沖縄の苦しみを肩代わりし、民主主義国家の国民が果すべき義務として米軍基地を受け入れるしかないであろう。その場合に基地の存在により逃れがたく生じる暴行犯罪、騒音環境破壊、人権侵害、事故被害は、甘受すべき負荷として耐えなければならない。
沖縄にこのまま基地が残ることになっても、尚、そうである。大田知事が危惧した通り、基地の不利益と被害は沖縄県、名護市民が今回は自らの意志により招いたことになり、経済振興と引き換えに基地進出は本格化し暴行犯罪は繰り返し生じるだろう。少女暴行事件の教訓は死に絶えることになろう。
そんな被害を繰り返し被るのはいやだ、日本のどの県も米軍基地を受け入れたくはない、米軍は出て行けというのなら、日米安保を破棄する以外の選択肢はない。つまり、日本は自衛隊のみと平和憲法の戦争放棄理念により東洋において戦後初めて軍事的に独立、国際社会において平和中立を貫く立場を獲得し、民族文化的にも独立を果さなければならない。
すなわち、米軍基地が自分の近くに移転して来て、さまざまな被害を被るのは御免だ、何処か山の向こうのよその土地に行って欲しいが〔本土からこの50年以上それを押し付けられてきたのが捨て石、沖縄だった〕、基地があると経済的に潤うし、いざという紛争侵略のときには我々を護ってくれる守り神だという本土地域住民エゴむき出しの態度は、余りに虫がよく矛盾しており両立しないのである。
主権の存在しないものには守るべき国はなく、互いに孤立自閉した村々=縄張りのあるシマ=(陸の弧)島;に先祖代々住んでいるという日本列島居住地群れ意識しか育つことはない。
米軍関係者、軍需産業およびその腰巾着についた日本政府などが、今回の市長選につき、代替えヘリポート計画は考えうる最上の選択でありこれ以外の基地問題についての選択肢はないかのように慌てて強調するのも、日本国民の間でこの50年間無自覚のままおざなりにされ、虚偽意識で誤魔化され塗り固められて来たこの矛盾が、その抑圧を解かれ前回の少女暴行、土地収用事件にも増して大きく露呈することを怖れたためである。
ヘリポート、普天間は沖縄県以外に移転するという選択肢を前面に提示されれば日本政府と移転先の選択地が窮地に立ち、安保条約破棄、日本からの米軍撤退という選択肢が日本国民の意識上に大きく取り上げられるようになれば、国民の意思を反映しない日本政府のアメリカ植民地従属性が際立って日米の支配層が窮地に立つことになるからである。
なぜならば、アメリカが言う通り、
米国のキャンベル国防次官補代理(東アジア・太平洋担当)は10日、名護市長選などで混迷する沖縄の普天間基地移転問題について、「日本の国内問題」と論評をさけながら、「一部で唱えられる『駐留なき安保』は現実にそぐわない」と批判した。朝日新聞記者との会見で語った。・・・(後略) asahi.com98/2/12
からである。しかしついに沖縄県が日米支配層が最も怖れていた案を本土政府に提出する日が来た。
asahi.com98/3/28沖縄県、政府に「普天間本土移設」を初めて代替案で要望
米軍普天間飛行場の返還問題などを協議するため上京していた沖縄県の宮平洋・副知事らは27日午後、久間章生・防衛庁長官と会談し、普天間飛行場の代替案として、日本本土を含む県外への移設を初めて求めた。米軍基地の本土移設について、沖縄県はこれまで「本質的な解決につながらない」として主張を控えてきた。だが、大田昌秀知事が2月、海上航空基地(ヘリポート)の建設に反対を表明後、政府側から代替案を求め続けられていたため、普天間返還の打開策として打ち出したとみられる。
(ボールド引用者)
asahi.com98/7/2大田知事、「政府が県内移設強要なら本土移設を要求」
沖縄の米軍普天間飛行場の返還が代替施設の建設地をめぐって暗礁に乗り上げている問題で、大田昌秀知事は1日、県議会の一般質問の答弁で「政府が県内移設だけを主張するのであれば、基地の本土移設を訴える必要がある」と述べた。基地の日本本土への移設は、県側が政府の審議官らとの協議で要求したことがあるが、大田知事が直接言及したのは初めて。
大田知事はこれまで、「基地の本土への移設は本質的な解決につながらない」との理由から、基地受け入れを表明しているハワイやグアムなど米国本土への移設を要求していた。
大田知事は一般質問に対し、政府で沖縄問題を担当していた岡本行夫・前首相補佐官の「日米総体としての抑止力を変えられないなら、沖縄から本土への移転しかない」という発言などを例に、日米の研究者らから本土移設論が出始めたことを挙げ、「政府が県内移設だけを主張するのであれば、我々も本土に平等に負担を分かち合ってもらいたいと率直に申し上げる必要がある」と述べた。 (ボールド引用者)
98/5/15asahi.com米国防総省資料「普天間は代替ではなく、新たな運用」
沖縄の米軍普天間飛行場返還に伴う代替施設の海上航空基地(ヘリポート)について、米国防総省は、次期主力輸送機(MV22)の導入を前提とした上、「普天間の代替でなく新たな基地運用のために必要」と考えていることが、沖縄県が入手した同省の資料で明らかになった。県は基地機能強化につながるとみて、日本政府の説明との食い違いの大きさに不信感を強めている。15日から訪米する大田昌秀知事は、これらの指摘をもとに基地の米国内などへの移転と普天間飛行場の全面返還を訴える。
県が入手したのは、一昨年12月に出た日米特別行動委員会(SACO)の最終報告をもとに米国防総省が昨年9月にまとめたリポート「普天間飛行場の移設に関する機能分析と運用構想」。
同じアメリカでも民間では態度が相当違う。
asahi.com98/6/17 米軍は条件付きで日本から撤退すべき
米ワシントンにある民間シンクタンク、経済戦略研究所(AEI=クライド・プレストウィッツ所長)は16日、米軍の日本駐留のあり方について、基地施設の自衛隊との共同使用など、一定条件が満たされれば、沖縄の海兵隊を含め戦闘部隊をすべて撤退させ、基地も返還すべきだという提言をまとめた。
プレストウィッツ氏が中心となり、チャルマーズ・ジョンソン日本政策研究所長ら、外部の研究者も招いて米国の対アジア政策を検討した報告書で、「米中関係に与える悪影響を最小限に抑えるとともに、日本国内で政治的に受け入れられる見通しが立ち次第、米軍の存在のあり方を変更する交渉を日本に持ちかけるべきだ」としている。
ただし、その条件として日本は米軍に対し▼平時での、横須賀と佐世保にある海軍施設の(自衛隊との)共同使用▼有事における日本のすべての基地施設の使用―を受け入れなければならないとしている。
報告書は、こうした方向で日米安保条約の再交渉が進めば「両国関係は政治、軍事両面で、より健全で長続きする基礎の上にたつことができる」と結論づけている。
(ボールド引用者)
asahi.com98/2/10報道によれば
米国務省のフォーリー副報道官は9日の記者会見で、先に沖縄県が普天間飛行場に代わる海上ヘリポートの建設拒否を正式決定したことについて、「沖縄県民の負担を軽減し、かつ、米軍の機能を維持する上で、代替海上へリポート建設が確実で実行可能な方法だ」と述べ、米政府としてはあくまで、海上へリポート建設が最良の選択肢であるとの認識を強調した。
また、同副報道官はヘリポート建設問題が混乱していることに関して、「日本政府が日米双方で合意できる解決策を見つけなければならない」と述べ、日本政府の指導力発揮を強く求めた。(時事)
鈴木宗男北海道・沖縄開発庁長官は9日の参院本会議で、沖縄県名護市長選で海上ヘリポート受け入れを表明して辞職した比嘉鉄也前市長の後継者として立候補した岸本建男前助役が当選したことについて「国益、さらには国策に協力いただいた場合には当然予算の傾斜配分等があってしかるべき、これが公平・公正の原則だ。そのことも頭に入れながら引き続き沖縄振興をやっていく」と述べ、名護市が海上航空基地(ヘリポート)を受け入れれば予算の重点的配分などの優遇措置をとるとの方針を示した。
鈴木長官はまた、「当然政策の継続性ははかられるものと考える」と述べ、海上ヘリポート受け入れを表明していない岸本氏が比嘉氏と同様の態度を示すことへの期待感も表明した。
一方、橋本龍太郎首相は「政府としては地元の動きを見守りながら、引き続き地元の理解を得つつ、海上ヘリポート実現に向けて全力で取り組みたい。沖縄振興策についても今後も全力で取り組む」と述べた。いずれも岡利定氏(自民)の質問に答えた。
この北海道・沖縄開発庁長官の言う「国益、国策に協力云々」は、戦前における国民不在の国家主義意識そのものである!−−未だにこういう名称の庁が存在すること自体臭飯ものだが。
本土の働きバチ日本人が経済問題以外は何も考えず(思考放棄)、無意識に米軍事植民地化の選択肢を選んでいるという事実が明白に露呈せず、このまま日本国民の間で問題化しないで済み、それが永続固定化することこそが、彼ら核持ち込み密約を交した日米支配層の意図なのである。日米安保はその虚偽意識の永続の元に、それを前提として成り立っているからである。沖縄は戦前も、戦後も、日米本土から「離れた」そのための捨て石である。
asahi.com99/6/23
米軍上陸時に敗戦予測──大本営文書で陸軍の幹部ら
沖縄「捨て石」を裏付けか
太平洋戦争末期の1945年4月、米軍が沖縄本島に上陸した直後に、旧陸軍の作戦担当幹部が「(沖縄は)敵に占領される」と述べていたことが、防衛庁防衛研究所に所蔵されている当時の大本営の文書「機密戦争日誌」で分かった。また、同研究所所蔵の別の文書には、地上戦の終了段階で、軍が本土決戦に向けて沖縄戦を詳細に分析していた記述もある。研究者らは、軍首脳部が沖縄を本土決戦の「捨て石」と想定していたことを裏付ける、と指摘している。
「機密戦争日誌」は、国防政策の立案と情勢判断を担当した大本営陸軍部の戦争指導班の参謀が業務内容を記録した。40年6月から敗戦の45年8月まで、主な戦況などがつづられている。防衛研究所が一昨年に全文公開し、その後、沖縄の研究者らが内容を詳しく分析していた。
それによると、米軍が沖縄本島に上陸した日の翌日の45年4月2日の記載に、「本日ノ作戦連絡ニ於(おい)テ 総理ヨリ琉球ノ戦況見透(みとおし)如何(いかん)トノ質問アリ 之(これ)ニ対シ第1部長ヨリ結局敵ニ占領セラレ本土来寇(らいこう)ハ必至ト応答ス」とあった。首相の質問に答える形で、作戦責任者である宮崎周一・大本営陸軍部第1部長の発言を記録したもので、地上戦の開始時にすでに勝ち目はないと判断していたことをうかがわせる。5月6日の記述は、守備軍の反撃が失敗したことにふれ、「沖縄作戦ノ見透ハ明白トナル コレニ多クノ期待ヲカクルコト自体無理」としている。
大本営の沖縄戦分析は、「沖縄作戦ノ教訓」に記載された。沖縄守備軍の司令官が自決する前の6月20日に出されている。沖縄戦を本土決戦への教訓とすると指摘。効果的な攻撃法として、少人数による敵陣への切り込みや戦車への肉弾特攻を挙げている。
沖縄戦が本土決戦に向けて時間を稼ぐ「捨て石」作戦だったことは、多くの史料や証言などが示しているが、軍の公的な文書では明確ではなかったという。沖縄県公文書館で史料編集に当たっている吉浜忍さんは「沖縄は早い段階から本土防衛の外縁部と位置づけられていた。軍にとっては本土決戦が主であり、沖縄を守るより、本土防衛の『捨て石』にする考えだったことを裏付けるもので、史料として価値が高い」と話している。(赤字強調;ボールド引用者)
名護市長選特集リンクPolitical Links!
'98年10月7日、'95年9月の暴行事件に続く悪夢が繰り返された。酒気おび運転をしていたアメリカ海兵隊員が、沖縄の県立北中城高校三年 上間悠希をひいて事故現場から逃走した挙句、彼女を死亡させ基地内に逃げ込んで沖縄県警からの身柄引き渡し要求を拒否しているのである。一週間という速さで起訴はされたものの、「日米地位協定」による特権を盾に日本の主権を無にするこの死亡ひき逃げ事件に対し、沖縄県議会は10月27日「米兵による女子高校生ひき逃げ事件に関する意見書」「同抗議決議」を全会一致で可決、採択した。
asahi.com98/10/16 日米地位協定見直し論再浮上で政府が対応に苦慮
沖縄の米海兵隊員によるひき逃げ事件で米軍が起訴前に容疑者の引き渡しを拒否した問題で、引き渡しが可能になるよう日米地位協定の見直しを求める声が沖縄県側で高まっており、政府は対応に苦慮している。協定見直しは米側の反発が必至なので、政府は「今の時点で見直しは考えていない」(小渕恵三首相)との立場だが、11月の知事選でこの問題が争点として浮上することも予想されるからだ。ひき逃げで死亡した女子高生の16日の葬儀に鈴木宗男官房副長官を派遣するなど、関係者に誠意を尽くすことで、何とか沈静化させたい考えだ。
沖縄県側は、大田昌秀知事が16日に首相官邸で開かれる全国知事会議で、地位協定の見直しを訴える予定だ。1995年に起きた少女暴行事件を受けて高まった日米地位協定の見直し問題は、凶悪事件の容疑者に限って起訴前の引き渡しを可能とするように運用することで決着がついたが、さらに日本側の要望が通りやすくさせようと求めようとしている。
知事選は、大田知事と自民党が支持する県経営者協会特別顧問の稲嶺恵一氏が対決する構図となっており、政府側には、地位協定の見直し問題を知事選に利用されたくないとの警戒も強い。このため、野中広務官房長官は15日の記者会見で、「米国に改めて強い遺憾の意を伝え、再発防止と在日米軍の綱紀粛正を求める」と、米側に申し入れたことを紹介。さらに同日の政務次官会議にわざわざ出席し、全員で黙とうするなど、遺族や県民感情に配慮する姿勢を強調した。 (ボールド;赤字引用者)
asahi.com98/7/22普天間問題のこう着を象徴、防衛庁長官の市民投票批判
久間章生防衛庁長官が海上航空基地をめぐる沖縄県名護市の市民投票に対して「衆愚政治」と関連づけて「やるべきではなかった」と発言したのは、海上航空基地の建設が沖縄県から反対され、米軍普天間飛行場の返還問題がこう着状態に陥っていることへのいらだちが表れたものといえる。住民投票はこのところ、原子力発電所などをめぐっても相次いでおり、政策に影響を与えている。政府・自民党内では住民投票の拡大に対して危機感も高まっており、久間長官の発言は、こうした空気を代弁しているようだ。
久間長官は17日、「やるべきではなかった。日本で直接民主制をとっていないのは、衆愚政治は国を滅ぼすという考えからだ」「多数の利益のために、少数の反対があっても押しつけざるをえないことはある」などと述べ、名護市だけでなく、住民投票一般を批判した。これに、基地建設に反対する住民らが反発、那覇防衛施設局に抗議をする動きもみせている。
これまで従軍慰安婦のように日本国が決して認めようとはしなかった歴史的事実を今日また一つ日本の裁判所が認めた。旧土人と呼ばれていたアイヌ人を始めて日本の先住民族であると認定したのである。アイヌ側から提訴されていた日高 沙流川をせきとめる二風谷ダム建設への取り下げ訴訟自体は既に建設された公共性優先の見地から却下されたが、その土地強制収用法の無効訴えについては違法性を認めた札幌地方裁判所一審判決中で触れられたもの。――4月8日国は控訴を断念しこの歴史的判決は確定した。(後記)
北海道開発庁の北海道開発の沿革|苫東開発|石狩湾新港地域開発
アイヌ民族ニュースのアイヌ新法
解説と資料
'94年からアイヌ民族初の国会議員となった民主党
参議員議員 萱野茂と「アイヌ新法」成立 (民主党サイト)
アイヌ文化/アイヌ 語/歴史/民族/生活 (リンク);同じくHTB(北海道テレビ)アイヌ関連リンク
沖縄に琉球民族問題、占領軍基地土地問題があるように、本土日本人にはあたかも無い物のように忘却抑圧されている先住アイヌ問題とロシアとの領土問題――
矢臼別演習場沖縄基地移転問題(96/10/14北海道新聞);琉球新報97/9/08
すらあるのが北海道なのである。矢臼別では、沖縄でもできなかった夜間演習までが、住民に何の許可も得ず強行された。矢臼別米軍反対ページ
実に土地問題こそが未だに最大の問題であるということは、日本が近代国家ではないという何よりの証拠である。核抜き本土並みといいながらニクソンとの間に緊急時核の再持ち込みを認める密約があったことを暴露した、沖縄復帰の陰の立役者 で前 佐藤首相補佐官 若泉 敬は沖縄問題が解決しない限り日本はアメリカの植民地であり続けると漏らしていたと言う。
「霞ヶ関」といい「永田町」といい「兜町」「目白」といい組織名でも、個人名でもなく、土地と場所がその呼称となっているのは、いかにも古代的な土地縄張りショバ(ヤクザ豪族荘園小作農奴奴隷)に呪縛された呪術観念(これが洗練されたものが場の論理、西田幾太郎の場所の論理、今西錦司の住みわけ理論)である。今度の土地神話バブル経済でも、住宅問題でも、農業問題、沖縄北海道土地領土民族問題でも日本の根本には、近代以前マッカーサー農地改革以前のこうした、古代土地縄張り呪術信仰が横たわっている。だからこそ、使用価値とは無関係に崖地、三角地などの土地自体が神話的投機担保対象になったり、現在でも高速道路建設に伴う墓地の立ち退き移転で地縛霊が取り沙汰され、高層ビル建設にあたり悪霊を払う地鎮祭が必要とされているのである。
日本国政府がこれほどまで頑強に事実を捻じ曲げてまで、アイヌ民族の先住権を公式に認めることを拒否する態度を貫いてきたのは、そうすることによって自分たちの既住している土地の権利を一部あるいは全部を返却しなくてはならない事態に発展ことを密かに恐れてきたためである。この事情は小渕某から「座布団地主」と小馬鹿にされた沖縄地主に対する、日本政府が使用を許可しているアメリカ軍基地用地に対する関係と本質的に等しい。法的に用地使用期限が切れるのが時間の問題となってきた現在のままでは、戦後どさくさに紛れた用地取得の時の様には、沖縄地主から出された用地返却要請を拒否するわけにはいかなくなるからである。
しかし沖縄県大田知事のようなその土地に住む住民を代表して中央政府に対峙する人物と比較した時、北海道堀知事のいかにも身内道庁をかばう「陳謝要員」と化し住民を無視した官僚上がりの対応をする一方の姿は目を覆うばかりというしかない。再調査につぐ再調査で現在42億を越え、このままだと最終的には76億('98年1月時点では77億:追記)となって福岡県を抜きワーストワンは確実と推定される道庁不正経理カラ構造腐敗で自身の尻尾に火がつきかねない知事に、それ以上の道庁の外に放置されてきたアイヌ問題基地移転問題など住民の事を考える余裕は、当選したときからあったためしはないといえるかもしれない。
MD 1997/3/27
それともウチナンチュ沖縄は未だ日本本土ではないというつもりか。旧土人アイヌの住むエゾ地北海道も。
アメリカの利益と主権を護るお先棒を担ぐ一方、自国民の利益、主権、人権を抑圧侵害して恥ない日本政府とは一体どこの国の政府なのか。
戦前日本の植民地支配
・・・・日本の場合、北海道開拓が以降の植民地支配の原型をなしたといわれる。内国植民地としてアイヌ民族に同化政策を強要してきたが、これが一つのモデルとなって、台湾、朝鮮、ミクロネシア、「満州国」、「大東亜共栄圏」と植民地の拡大に応じて、アジアの民衆に、日本語、天皇制思想、日本の慣習・文化を強要する「臣民教育」が行われていく。・・・・(庄司俊作)
| 戦争責任・戦後責任 | 栗屋憲太郎 他 | 朝日選書 | 1994 | 37ページ;ボールド引用者 |
北海道開発庁の北海道開発の沿革|苫東開発|石狩湾新港地域開発
Artemis Sampler カラ雇用不正経理に見る北海道庁腐敗構造 及び中央依存北海道経済の破綻
戦前の鬼畜アメリカを戦後は対等な相棒、味方の心強い用心棒だと思っている者は、親分の命令で、先発突撃特攻殴り込みを掛け、真っ先に命を落す鉄砲玉の子分の悲愴を味わうことを覚悟しておくが良い。
あるいは、真珠湾攻撃で日本軍が見せたように、いきなり親分に攻撃を掛ける前に、先ずその腰巾着にくっついている近くの弱そうな子分、属州、植民地の軍事基地に対して狙いを定めるのがいかなる敵であろうと考える戦略の基本であるということを知らねばならない。
親分のしたことで、子分が殴られるかもしれないのである。
なおさらに、東南アジア諸国から「黄色いバナナ」――見かけは黄色いが、心は白い――と陰口をたたかれたように、戦後は自分を常日頃から脱亜入欧したアメリカの仲間だ、ほとんどアメリカ白人WASPだと無意識のうちに錯誤して暮している日本列島の倭人は、有事の時には本国から見捨てられる植民地の痛撃を食らうであろう。
日本本土が、北海道と沖縄とをいざとなれば見捨てるように。
軍事面においてのみならず、文化面においてはさらに、その植民地化に対する無自覚;集団的錯誤;自己欺瞞;虚偽意識は自明になるほど浸透している。平安京が中国と唐、長安の、モガやモボと東京タワーがフランスとパリのエッフェル塔の模倣であったように、若者の一見新しそうな風俗流行はそのほとんどが、アメリカとN.Yの2、3歩遅れた真似=ミミックである。どうして母親は日本人である「リカちゃん」のパパが、日本人ではなくフランス人の「ピエール」となっているのか我が子に人形を買い求める前に日本人は考える必要がある。
現在でも、
鴨川にポンテザール(芸術橋)は必要か?
フランスのシラク大統領の口から飛び出た提案に京都市が乗った。京都鴨川先斗町にセーヌ川の橋を架ける?またも京都の「景観問題」
という議論が冗談ではなく本気で議論の対象となっているのだ。自由の女神のレプリカも来るそうだ!
98/8/6asahi.com 鴨川「パリ風」橋を断念、京都市「合意得られない」
京都・先斗町沿いの鴨川に、パリ・セーヌ川の「ポン・デ・ザール(芸術橋)」をモデルにした歩道橋の建設計画を進めていた京都市は6日、「市民の合意が得られない」として「パリ風」のデザインを前提にした現行計画を断念することを明らかにした。市は今後、橋の構造やデザインを見直し、市民の合意が得られる代替案をつくったうえで、計画の場所に橋を架ける方針。架橋をめぐっては、「鴨川の景観を破壊する」などの声が上がり、複数の市民団体が予算凍結署名を集めたり、住民投票条例の直接請求をする準備を進めたりしていた。
桝本頼兼市長は5日、フランス大使館や外務省を訪ね、芸術橋をモデルにした計画を白紙に戻すと伝えた。6日、市役所で記者会見した桝本市長は「計画を強引に進めることは市政を進めるうえでマイナスになる。断念という苦渋の決断をした」と述べた。
***
ここでは簡単にしか触れることはできないが、「英語を話せるようになれば国際人だ」といった程度の英語熱で母親を中心として3才児教育にまで浸透する言語の植民地化の現実は悲惨を通り越している。
戦前日本の植民地支配
・・・・日本の場合、北海道開拓が以降の植民地支配の原型をなしたといわれる。内国植民地としてアイヌ民族に同化政策を強要してきたが、これが一つのモデルとなって、台湾、朝鮮、ミクロネシア、「満州国」、「大東亜共栄圏」と植民地の拡大に応じて、アジアの民衆に、日本語、天皇制思想、日本の慣習・文化を強要する「臣民教育」が行われていく。・・・・(庄司俊作)
| 戦争責任・戦後責任 | 栗屋憲太郎 他 | 朝日選書 | 1994 | 37ページ;ボールド引用者 |
伊藤博文を初代総督にした大日本帝国朝鮮総督府がかつて、朝鮮民族に対して日本語の習得を強制した同化政策例から分かるように、幼稚園、小学校から、外国人(この場合は欧米教師)に外国語(同じく英語)で教育されるのが国際化教育だ、などというのは植民地学校のいうことである。授業は米国キリスト教信仰を持ち込んだW.Sクラーク始めお雇い外国人教師によりすべて英語で行われていた北海道大学の札幌農学校を、国際教育の走りとして手放しで自慢できるものではない。
いわば外来の遊行するカミ=占領軍GIが帰国した後に、焦土に残された植民地闇市の巫女にして遊女パンパンから産み落とされた父親のない、御子「私生児」母も名乗らない「捨て子」「浮浪児」こそがその一部がヤクザとなって今日ある日本と日本人を形成してきたのである。このパンパンは今日の援助交際と称する売春行為を餌に、金のあるオジサンにタカル女子高生になっている。 (体験記:フィリピンの買春問題にふれて で述べているようにアジア全域で見られる駐留アメリカ軍人と現地女性との間に生まれたこうした子供は‘Amerasianアメラシアン’と呼ばれている)
どうして母親は日本人である「リカちゃん」のパパが日本人ではなく、フランス人の「ピエール」となっているのか我が子に人形を買い求める前に日本人は考える必要がある。
植民地に残された母親は、現存しない擬似的父親の所属する支配国の言葉と人種と文化を尊敬しそれを私生児としての子供に覚えさせることに誇りと情熱を覚える。母親は、実の日本人の父親を労働する下僕としてしか見ていない。
3才から外国語をネイティブに話すよう教育された子供は、日本語しか話せない両親を、最早、実際の親=その国の言語文化継承者とは見なさなくなるだろう。子供にとっての母国語をたどたどしくしか話せない者は外人であり、劣等者であり、家庭内使役従僕奴隷としての軽蔑の対象だからである。
これは、
すべての社会資本と労働者、科学技術は、最終的に欲望だけ肥大させて育った全能感を持つ無能力=無責任者乳幼児=赤ん坊陛下に仕える結果になるのである。大人は、幼児の欲望を叶えるための従僕的存在と化すのである。(支配的依存)
という原理の実現する予兆であり、準備である。
家庭内で、親子のネイティブ言語が違って来、互いに意志疎通が不可能になること、子供を家庭内孤児にすることが彼ら母親のたっての希望なのである。
つい先ごろ取られた教師のアンケートにもあったように、互いに孤立自閉しサイコパス並みに自己中心的で、直ぐ切れる子供の増加、急速な精神の退行幼児化の進展により義務教育ですら既に一定の発達段階を前提としている通常の授業および学級経営、蓄積されてきた教育技術が成り立たなくなっている。
子供との対話自体が成立たないディスコミュニケイション=バビロンにおける言語の混乱バベルの兆候が現れているのだ。
こうした素地を家庭が造っているのだ。家庭で親子の意志疎通を欠いたまま大きくなった子供が、学校へあがってから見知らぬ他人同志巧くコミュニケイト出来るわけはない。
何らかの意志が明確な子供、教師は登校勤務を拒否し、学校に通ってくるのは、崩壊した地域と家庭の行き場のない子供だけということになれば、学級崩壊、学校崩壊は目前である。
そうした崩壊した学校から、細胞膜が破裂して寄生ウィルス=パラサイトが一斉に新たな宿主求めて外部に飛び散って行くように、職なく、家庭なく、欲望だけを頭に詰め込んだストリート生活者=孤児が都市に溢れ出す。
知性と精神の幼児退行麻痺、言語秩序の混乱、崩壊は、暴力の呼び水である。
もし、英語しか話せなくなった日本人−つまり、日本語が話せない日本人世代が公的教育によって育てられたならば、国際社会では彼らは、帰るべき母国を持たない珍奇な浮浪寄生の言語的根無し草(デラシネ)芸人、世界の孤児とみなされることはあっても、国際人と呼ばれることは有り得ない。
文化、言語、民族、歴史にホームグラウンドのない国際人は単なるホームレスだからである。
第一、家族の間でさえ日常的に満足な社会性のある会話も議論も意志疎通もできず、漫画とTV、電話、年賀状くらいしかない言語生活を送って恥じない者が、新たに外国語会話を習ったところで、外国人相手に笑顔で挨拶以外の意味のある何を語るのだろうか。
国際化普遍化は、自国の文化を豊富に拡大洗練研ぎ澄まし、何処までも考え抜いて深化するその果てに辛うじて開けてくる遠く高尚な道である。自宅近郊以外一生どこにも出かけなかった老人が、上なる宇宙の生成と内なる道徳律、国際連盟について思いを巡らした著作を、ドイツの田舎に引きこもった偏屈独身男の夢想と今日誰が非難しよう。哲学と同じく、文学においても世界文学というものは存在せず、それぞれの母国語で書かれたイギリス文学、フランス文学、ドイツ文学・・・があるだけである。だからと言って、彼らの思いは、その祖国と言語、民族、その時代だけに縛られていようか?
母国語における言語生活とそれに伴なう思考の質の貧しさは、新たな外国語習得によっては変化させることはできない。
よく言われることだが、独自のデータ蓄積もコンテンツも無く、バックグラウンドも感じられないホームページを勢い込んでwwwにアップロードしようが、英語に翻訳しようがどうしようが、「世界に向けて情報発信」どころか国内ですら二度と訪ねに来てくれる暇人はいないというのと事情は全く同じである。
英語が話せる能力が一種の有利な価値となり得るのは日本国内にいるときだけである。一歩外国に出てしまえば、問題になるのは、最終的に何を言ったか、であって、何語で話したかということではない。その言葉の中に、世界的に貴重な内容が含まれているならば、何語で話そうと通訳やwwwコンピュータ自動翻訳サーバが向こうから積極的に翻訳して広めてくれるであろう。
インターネットマルチメディアデジタルコンテンツのさらなる発展にとって、どうしても越えなければならないのが、言語という壁だ。しかし、この問題も、自動翻訳解析技術の発達と、サーバ、通信速度の超高速化によって、いかなる言語でも瞬時にブラウザに母国語翻訳表示する実用機能が搭載されることで解決するのは夢ではない。
現在でもIE4.0は既に多言語表示に対応し、英語を、そしてそれのみを標準国際語とする20世紀特有の言語帝国主義観念から一歩踏み込んでいるのである。こうしてネットワークの発達は日本の言語教育界を変革し、特に島国英語コンプレックスさえ過去の遺物としていくだろう。
さらに以下にも挙げるが、インターネット電子マネーの発達に伴ない、もう一つ言語の他に、商取引においてアメリカドルに植民地化される怖れが出てきたのが、日本の「円」である。もちろん、言語で見たように、ドル建てサーバの世界制覇はそう簡単には進まず、却って通貨統合を目指すEU、あるいはASEANのように複数のネットワークブロック電子マネー経済世界が形成されるとも言えようが、バブル崩壊下の現状にある日本への無邪気な電子マネー経済の導入は、それを妨げる要因をほとんど消滅させつつあるのではないか。
沖縄タイムス<1996年12月13日 朝刊 2面> 沖縄の「1年」(6) 安保体制は張り子の虎
と新崎 盛暉(沖縄大学教授)が言うよりも、
文化、言語、資本に限らず、以前から危機を伝えられて久しい食糧、エネルギー自給率の限りない下落と、都市、産業、才能の流出空洞化は、諸外国への身売り、占領植民地属国化を来らしますます経済大国日本を張り子の虎に似せてくるだろう。
これらは、持たざる者、弱者、子供、子分が、外部から訪れた鬼畜、敵、持つ者、強者、父親、親分に対して自分と同一視することによってその危険圧迫を逃れようとする「強者との同一視」として知られる心理的自己防衛規制である。虎の威を借りる、とか既存の権威や組織名を傘に着る(ヤクザの代紋)、と言われる中空=張り子の虎的態度、そして「寄らば大樹の陰」という寄生原理がこれに当たる。
その原点は、ハロウィーンの仮装が元々は、町を襲う死霊から身を守るため自分も死霊と同じ格好をしたところから来ると「強者との同一視」で説明できるように、祖霊崇拝の太古から心理的に存在する根強いものである。
自分では立ち上がらず(自衛できず)、犠牲、供物、賽銭、ミカジメ料、金品賄賂を払っても自分の味方につけた祖霊、守護霊、背後霊、氏神に呪力で守ってもらうというのが、日本文化に古代から温存されてきた祖霊呪術信仰の伝統だからである。古代においては、呪力こそがモノノフ<物部<モノノケ(物の怪)<モノ・タマの戦力であった。
これに賄賂、飲食、接待でもつけば完璧な談合腐敗文化構造の完成である。天下りするオカミ、御札に賽銭、まいないをやって巫女(料亭女将オカミ)の下で共食神人交歓酒盛り談合宴会を催し、下々の願事をかなえてもらうというのが揺るぎ無い日本の精神伝統文化だからである。
いかに本人の意志があろうとも問われ続けなければならない売買春同様な、自己を欠損し傷つける罪(自殺はその最たるものとして法的に禁止されるべきである)が在るのだということをいちいち指摘しなければ理解できないのは、悲しむべき文化であろう。というより、そのような文化は「悪」そのものの培養器となるのだ。自己の真の利益(国益)を識別し守り切ることができずに、自己(国)を身売りし、やればやるほど却って自己を損傷破壊させついには死へと導いてしまう者、それが「悪」そのものの姿だからである。
他人の迷惑になることだけはしてはいけません、という日本の母親が子供に対して提起できる唯一の倫理規定は、自己の利益欠損への禁止条項を決定的に欠落している点で、重大である。それは少なくとも、自分の身内のことならば何をやろうが自分の勝手だ、とする自由と履き違えたヤクザと同じ放縦論理をもたらす。
カタギの皆様の迷惑になることだけはするんじゃねぇ、とヤクザの親分も子分共に言うからである。
自殺心中玉砕も、母子近親相姦援助交際売買春も、臓器売買も、身内仲間どうしの腐敗談合自己壊滅も、裏で秘密裏に平穏無事に行われ表面上すべて外にいる他人には迷惑をかけてはいない以上は、巫女女将オカミ=太母が君臨教育シツケする母性社会日本では強制的に禁止することができないのである。
例えば日本の戦後創設された「自衛隊」は一体、何からなら、何を守ることができるのか。北朝鮮からの核攻撃から国土を守れないことはもとより、直下型地震、タンカー重油流出、原発からの放射能漏れ災害、オウムサリン事件、国際テロ事件どれを取っても国民生活を自衛するのになすすべはないではないか。自己の利益を勘案出来ない者は、自滅と自殺(自決)、組織解体、自己崩壊に追い込まれる他ないのである。
これは日本人のおなじみになっている、誇大自己と裏腹の、自虐的傾向にも繋がっている問題である。
広大な草原がアメリカの楯となり焦土と化す史上初の本土決戦が北海道で戦われる可能性は十分でてきたと言わざるをえない。
そして、アメリカと軍事条約を結んで核の傘に入り、北海道矢臼別はもとより全土アメリカ軍事基地化を旗を振り承認している国の国民が、基地と目と鼻の先の北海道沖に連なる北方領土返還を如何に感情的に叫んだところで、ロシアから軍事戦略上その要求資格はないと考えられ、聞く耳を持たないという反応を返されるのは、沖縄基地問題を安保破棄なしで解決しようとしても、アメリカは決して承認しないというのと同じ事なのだということを、一億日本人は知るべきなのである。
そうなった暁には、彼ら米空母を率先して出迎えに出た36万人一人一人の日本人こそ歴史にその名を刻まれ、行動で賛成を意思表示した主権者として、北海道が米軍軍事基地化されたことに対する結果責任をとらなければならない。「歓迎したのではない、珍しいからただ見に行っただけ」というのは国際社会では通用しない責任逃れの平成の寝言である。
必ず、件名の冒頭に「空母」とお書きになり、誌上公開を前提にした仮名を指定して下さい。
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