日本食の特徴となるタブー
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タブー|ペルー|空母|ヤクザ|脳死|カルト|酒鬼薔薇|神戸事件|動燃|カラ不正|ミステリ|林檎
| 1997年1月13日作成 | スタート・ページへ | 1999年4月22日木曜日 更新 |
T
調理油を使わない。 →植物油、動物油(豚ラード、牛ヘット、魚油、肝油)、脂肪、バタ臭い物、脂ぎった物、人を嫌う。(この結果味付けは塩に頼らざるをえない)
U炒める、揚げるなどの調理法を使わない。→火と油のない生食切るだけの生き造り、水と火のゆでもの、炊飯、鍋物、水煮物、蒸し物,火だけの焼き物、炒りものに限る。土鍋が基本であり、鉄鍋を嫌う。
V肉類は魚、鶏肉以外使わない。→島性のさっぱりした水物、海山産物を好みこってり脂肪のある大陸性四足獣を(乳、卵を含め)嫌う。
これらの特徴のうちTの嫌脂症愛塩癖が最も基本的でしかも古い嗜好を残しているのではないかと思われる。つまり後の二つはTから論理的に導かれるのでこれより新しく、派生したものとしてよい。
天ぷら、すき焼き、焼き鳥、ラーメン(豚骨スープ)、焼き肉ステーキなどは、中国、西洋、韓国料理の影響を受けこの順で日本食のタブーを破って登場した庶民に生命力を与える(精をつける)ヒーロー的例外存在であった。逆に寿司はタブーそのものの古代宮廷的嗜好を根強く今に残す食べ物といえそうである。
脂ののったうなぎを焼くのは土用丑の日に限った精一杯のタブー破りといった趣である。
もう一つのより深い解析軸は、海洋性嗜好と言うべきものである。すなわち海の水と塩と土(島、山)を好むからこそ、大陸の火と油脂と鉄を嫌悪する。これこそ水と火、(塩)水と油である。漂海民の島における海山産物の生食、生き造りこそが日本食の根底――現在でも生食が主食で有名なのはモンゴルとエスキモーのような少数民族であり、これらは日本人と同じ人種的ルーツを持つ――であるとすれば、それに次ぐのはその海水塩分濃度中での茹でる、炊飯(炊く)、鍋物、煮物、煮込み、煮付け、煮ふくめ(煮る)という煮炊き調理法である。
うどん、そば、ふろふきはここから発達してきたものであり、お吸い物は海水(羊水胎内)回帰の極致であろう。それゆえ、日本では土鍋、煮物鍋、行平鍋は発達したが、中華北京鍋、フライパンにあたる鉄製の炒め鍋、揚げ鍋は皆無である。
これは漂海民島国縄文土器での海山物煮炊き以来途切れることのない土器愛好鉄器拒否と言うべきである。海の塩分で鉄は錆びやすいと言うこともあるが、湯を沸かす鉄の鍋、茶釜や鉄瓶、油を使わずに空炒りする焙烙鍋ならばあるということは、産鉄の技術的な問題ではなく、油を使いたくないということである。
これを破って現れたのが粋な鉄火ヤクザテキヤの鉄板メニューである。
すき焼きですら関東では肉を油脂で炒めないで割り下でぐつぐつ煮込む鉄鍋の牛鍋(文明開化の安愚楽鍋)の伝統にしたがっている。日本の鍋は湯(海水)沸かし(塩釜)が根底にある、海と山に挟まれた漂海民採集島食縄文煮炊き鍋なのだ。(ヤクザの源流漁労民漂海民ヤン衆と山民、縄文の煮炊き土器;三内丸山遺跡 |WNN-J縄文ネットワーク )
この島における山と海との近接交代採集食習俗は現在でも毎年、年中行事のように繰り返されている、春秋の山菜狩りと夏の潮干狩りとに表われている。
行平 ゆきひら
焙烙 ほうろく
(すみませんが、マイペディアを引いて下さい)
蒸すのも水分で脂気を落とすという意味がある。焼くのも元はそれで始まったものだろう。4つ足を嫌うのは仏教とは関係なく単に生物進化上、母なる海から上陸した者を拒否するためである。
その魚肉でさえ、鯛、ひらめ、ふぐ、かに、えび、たこ、貝など寿司ねたにもなる白身魚が上等とされ、サンマ、サバ、いわしのように焼くともうもうとしたたる魚油から煙の出るものは青魚下魚として下賎視されている。
DHA(高度不飽和脂肪酸)などと騒ぎ出したのは外国から指摘された最近のことである。現在最高とされるマグロ、ブリ、サケのような赤身魚も本来その中間だったのではないか?
そもそも和風だしの基本ともいうべき、「昆布(北海道日高利尻)、鰹節(四国土佐)、椎茸」の取り合わせは、前二者が海の、後者が山の、海と山に挟まれた漂海民採集島食縄文煮炊き鍋を象徴するとも言うべきであろう。
日本人による「味の素」グルタミン酸ソーダの発見を言うまでもなく、昆布を食材としてこれほどまでに使用する海洋性食文化は同じアジアでも例を見ないのではないか?
この和風だしに、ちょっとでも動物性の骨、肉、内陸野菜の玉ねぎ人参、じゃが芋、ニンニクなどが入ったりすると洋風、中華風のものになるのである。
鶏を食べるのはその脂身が牛や豚よりは癖が少なく――なおさらに脂の乗っていない白身肉ささみが好まれる、進化的により海に近い島に多く生息するからともいえる。
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| 分類項目 メニュー |
陸上性 | 海洋性 | ||||||
| 油脂 油 |
炒め、揚げ 火 |
いため鍋鉄 | 陸上動物の肉 大陸 |
塩 |
生食煮炊き 水 |
煮込み鍋 土 |
類似変形メニュー | |
| 刺し身、生き造り | × | × | × | × | ○ | ○生食 | × | |
| にぎり寿司 | × | × | × | × | ○ | △ | ○ | おにぎり |
| おひたし | × | × | × | × | ○ | ○ゆでる | ○ | |
| 七草かゆ | × | × | × | × | ○ | ○炊く | 土 | 炊飯赤飯 |
| 魚介煮付け | × | × | × | × | ○ | ○煮る | ○ | 肉じゃが |
| 雑煮、お吸い物、おでん | × | × | × | △ | ○ | ○ | ○ | 茶碗蒸し、味噌汁 |
| 鯛すき、うどんすき | × | × | × | ○ | ○煮る | ○ | 鍋焼きうどん | |
| 鶏の水炊き | △ | × | ○ | ○ | ○煮る | ○ | ||
| 焼き魚 | △ | × | × | ○ | △焼く | × | ||
| 焼き鳥 | △ | × | ○ | ○ | ×焼く | × | ||
| しゃぶしゃぶ | △ | × | ○ | ○ | ○ゆがく | ○ | ||
| うなぎ蒲焼き | △ | × | × | × | ×焼く | × | ||
| すき焼き | △ | △ | ○ | ○ | × | △ | 鉄 | |
| 天ぷら | ○ | ○ | ○ | × | × | ×揚げる | × | |
| ラーメン | ○ | ○ | ○ | × | ○ | ○ | ||
| 焼肉、ステーキ | ○ | ○ | ○鉄板 | ○ | × | ×焼く | × | 鉄板焼き、お好み焼きたこ焼き |
| 野菜サラダ | ○ | × | × | × | ○ | △ | × | |
97/01/13
***
おそらく、「ヤクザ」の元を辿れば生物進化の過程と同じく、すべての故郷ともいえる「(南方の)海」へと行き着くであろう。その徴証としては次のようなものが挙げられる。
T刺青、文身習俗
その〔邪馬台国の;引用者〕南に狗奴國有り。男子を王となす。その官に狗古智卑狗有り。女王に属せず。郡より女王國に至ること萬二千余里。
男子は大小と無く、皆黥面文身す。古よりこのかた、その使の中國に詣るや、皆自ら大夫と称す。夏后小康の子、会稽に封ぜらるるや、断髪文身して以て蛟龍の害を避く。 今、倭の水人、好んで沈没して、魚蛤を補う。文身は亦以て大魚・水禽を厭う。後やや以て飾りとなす。諸国の文身各々異なり、あるいは左にしあるいは右にし、あるいは大にあるいは小に、尊卑差あり。その道里を計るに、当に会稽の東治の東にあるべし。
「魏志倭人伝」にも述べられているこうした刺青習俗は、元々南方の漁労、海民が、泳ぐ(歩く)際の自らの所属蛇トーテム誇示のため、またその全身に「鮫=蛇避け」として護身呪術的に付けていたものが伝わり保存されてきたのではないかと考えられる。鮫と蛇から、中国文化の影響で龍の彫物になっただけである。
これらは、持たざる者、弱者、子供、子分が、外部から訪れた鬼畜、敵、持つ者、強者、父親、親分に対して自分と同一視することによってその危険圧迫を逃れようとする「強者との同一視」として知られる心理的自己防衛規制である。虎の威を借りる、とか既存の権威や組織名を傘に着る(ヤクザの代紋)、と言われる中空=張り子の虎的態度、そして「寄らば大樹の陰」という寄生原理がこれに当たる。
その原点は、ハロウィーンの仮装が元々は、町を襲う死霊から身を守るため自分も死霊と同じ格好をしたところから来ると「強者との同一視」で説明できるように、祖霊崇拝の太古から心理的に存在する根強いものである。
志田諄一「風土記の世界」(教育社歴史新書<日本史>=21)によれば
・・・身を護り厄を除けるための成田山などのお守り袋が、鱗模様の布で作られているのも同じ思想からきている。かつて、出征兵士が弾丸除けになるといって、腹に巻いた千人針も白い布に赤い糸の結び目で連続三角文を表現したものなのである。(39〜40ページ)
という。
自分では立ち上がらず(自衛できず)、犠牲、供物、賽銭、ミカジメ料、金品賄賂を払っても自分の味方につけた祖霊、守護霊、背後霊、氏神に呪力で守ってもらうというのが、日本文化に古代から温存されてきた祖霊呪術信仰の伝統だからである。古代においては、呪力こそがモノノフ<物部<モノノケ(物の怪)<モノ・タマの戦力であった。
また後世より実利的になって、出雲から世界への作者がその航海技術で
現代人は刺青と聞くとヤクザを思い出すのが関の山であるが、当時は刺青が当たり前であった。もしも航海中、または漁労中に水死してしまった場合、すぐに見つかればいいが時間が経つと死人の判別がつかなくなる。その時刺青があれば死人の識別ができる。刺青は海人の知恵の産物なのである。
と言うように、純粋に個人識別のための記号となったのであろう。この縄文時代から続く孤島〔シマ=縄張り〕内地縁血縁小集団(おらがクニ、ムラ、身内、一族郎党、**組、**一家)乱立トーテム伝統が今で言えば、さすがに刺青は止めたが、互いに闘い合う野球やサッカーティームの動物シンボルともなっているのである。
日本人は未だ、個人として独立できず、寄らば大樹の陰と、一生どこか何かの組織集団の一員として、加入寄生渡り歩く(ヤクザ、渡世、渡り鳥)ことでやっと自己のアイデンティティ=日本的自我である自分(親分、子分にはさまれたヤクザ序列中の自己の身分)、自己の体面、自己の役を得ているからである。
その結果は、現在も神戸で繰り広げられている、組と組との合併吸収離散集合、血なまぐさい対立抗争、報復に継ぐ報復の果てしなき循環拡大なのではないのか。(日本の政権交代なき、特定政党間内だけでの大政翼賛派閥抗争政治といわれるものは、その親分子分兄弟分ヤクザ抗争の舞台を国会という言論の演技場、闘武場に移しただけのものである。)(後記)
これは動物社会に見られる対他集団縄張り抗争、同じ集団内での順位制をめぐっての合併吸収離散集合兄弟分序列抗争であって、理念と思想を持った人間的な政治行動ではない。
政治へ伝えられた伝統は、亡国焼け跡のストリートチーマー、モッブ同志の対立抗争に移って行くのである。
U(ねじり)鉢巻き、褌下帯、さらし胴巻き鉄火 南方常世海洋スタイル
(ねじり)鉢巻きは、しめ縄とおなじく頭部に蛇を巻き付けた憑依型シャーマン蛇巫の「蛇巻き」を真似た南方習俗であり、褌もしくは貫頭衣(>着流し浴衣;)も古代南方の水泳パンツかつ日常衣で、北方脱魂系の獣衣を着たシャーマンとは一線を画す。
伊勢神宮 日本のアマテラス=太陽=大蛇信仰を代表する、Live3Dにも気合が入ったバーチャル本宮。しめ縄は二匹の蛇のまぐわいを表現したものです。横綱のまわしやお祭りねじり鉢巻きもその流れですね。 ワラで蛇体を作る
浴衣は近世以前,蒸風呂での入浴の際着用した麻の湯帷子(ユカタビラ)の略とも言われるが、私見では「蛇の脱皮」をもどいて、再生を願い死者に着せる湯灌白装束(経帷子)にその原型がある。
従って「濡れ衣(ぎぬ)を着せる」とは、自己のツミ・ケガレ・犯罪・責任を、スケープゴート・生け贄・人形(ひとがた)に着せて転嫁させ死に至らしめることによって、ハライ・ナガシキヨメ・ヨミガエル、という意味である。
頭部につける「三角布(天冠てんかん)」は同じ蛇族を示す祖霊トーテムシンボルに他ならない。
マムシの頭が三角形;北条鱗、連続三角文、能、浄瑠璃、歌舞伎衣装(特に道成寺物)などで鬼女=蛇体を象徴する鱗紋、傘等の蛇の目文;
虎塚古墳石室等装飾古墳に見られる連続三角文、蛇の目文は、墓で再生する祖霊がイザナミ同様蛇であるからに他ならない。
志田諄一「風土記の世界」(教育社歴史新書<日本史>=21)によれば
・・・身を護り厄を除けるための成田山などのお守り袋が、鱗模様の布で作られているのも同じ思想からきている。かつて、出征兵士が弾丸除けになるといって、腹に巻いた千人針も白い布に赤い糸の結び目で連続三角文を表現したものなのである。(39〜40ページ)
という。
日本の「幽霊」に足がないのは祖霊が足のない蛇だから当然なのだ、とか、関西で「うなぎ」を言う「まぶし」「真蒸まむし」という言葉は(土用の丑の日のような)特別な祭日に「マムシ」つまり祖霊としての虫の王=「真虫」を共食していた古代カンニバリズム習俗から来ているのではないかとか、これらの蛇シンボルにまつわる実例は挙げれば切りがないが、ともかく
これが現在の(水)はっぴ半てん褌姿のお神輿担ぎお祭り野郎や、包丁(鉄器)一本さらしに巻いた海浜生食を造る(回転)寿司職人板前スタイル、引いてはヤクザのさらし胴巻きにドス(鉄)を納めた着流しスタイルに定着したのではないか?
| ヤクザ | D・Eカプラン+Aデュプロ | 第三書館 | 1991 |
数少ない関連書目の中で、戦後日本の地下帝国と現代に生きるヤクザの動向についてアメリカのジャーナリストが書いた、事実上信頼できる典拠の一つ。貴重な写真も見逃せない。「日本でだけは出版できない」といわれたこの書から是非一読することをお勧めする。K・v・ウォルフレンの指摘に驚いているようでは、この著作には腰が抜けかねない。
上掲書、ページを開くといきなり現われる
東京の夜景を背景にして日本刀を片手にポーズをとる全身刺青のヤクザ〔Photo by Seiji Kurata〕
という説明のついた口絵モノクロ写真〔しかも褌姿〕を是非参照して頂きたい。
摩多羅神はどこから来たのか?「蛇と卑弥呼」「倭人の複合性の研究」の民族映像資料も参照
だとすれば、ねじり鉢巻き、ちょいと拗ねたヤクザな板さん(スサノヲ)のお相手をする料亭の女将、オカミ、鉄火肌の姐御とは、蛇の太母アマテラスであることは明らかである。
支配人は男と決まっている西欧の高層ホテルに対し、土着(温泉=水界)旅館では女将が主人であるという明瞭な事実は、天なる唯一神の存在する父権性社会と、ウロボロス大蛇の地母神がオカミとして支配する母権性社会との相違を露わにする。
現在の寅さんに代表されるテキヤのものとして知られる「アロハ、ダボシャツ胴衣、腹巻き、ステテコ、団扇、雪駄(ビーチサンダル)、カンカン帽」スタイルも和洋折衷アチャラカ南方海洋指向であることは疑い得ない。
ねじり鉢巻きを含め、漫画では、赤塚不二夫の完全に主役を食ったキャラクター、「天才バカボンのパパ」にその典型が示されている。少し前まで富士通が使っていたPC FMVデスクパワーのキャラクター「タッチおじさん」、志村けんの「変なおじさん」というのもある。
つまりこの南方海洋スタイルが熱い海浜〔藤沢市内の片瀬、熱海の海岸あたり?〕を歩くのにちょうど良いのである。これは、古代日本人の、浦島太郎も行った死後の祖霊世界〔竜=蛇宮;乙姫=豊玉姫〕としての南海の孤島楽園「常世信仰」ー後に、仏教と習合して西方浄土補陀落渡海となったーに結びつく。
これを明示するのが、浦島太郎である。エントロピーが増大せずに永久に運動し続ける閉じた円環、閉曲線保存系=ウロボロス蛇に象徴される永久運動と永遠の少年の若さ、オメデタサは、タブーを破って玉手箱の蓋を開けると一瞬にして、老人となって失われる。
この結果は、八紘一宇の南洋の孤島=常世に進出した天皇の赤子から、昭和元禄に浮かれる戦後高度経済成長日本に帰還して、壮年期を喪失させられた横井庄一軍曹('15年生、グアム島より'72年2月2日帰還'97年9月24日死亡)、小野田寛郎 少尉('22年生、陸軍中野学校卒業、ルバング島より'74年帰還)の両大日本帝国皇軍軍人が実現した。
お爺さん、お婆さんと、超越的能力=超能力をもつ童子=幼児だけしか存在せず、成人=英雄原型が希薄極まりない「***太郎」ものに代表される日本の昔話がそれを裏付ける。
小さ子神=オメデタイ エビスの足を引っ張る、足を切って去勢身動きできなくする=ヒルコ不具奇形を生むのが、「甘」と「天」と「海」の太母である。
浦島太郎が、玉手箱をあけた時のようにこの12才の少年つまり、小さ子は、翁、つまり老人と両義的に変換できるから、その間にあるべき市民社会の成熟した大人の姿が消滅しているである。
この乙姫から開けてはいけないときつく釘をさされた玉手箱=魂箱こそが、「知らぬが仏」と情報統制される日本社会のタブーである。情報開示により、秘密を知ってしまった12才の少年は、真実に耐え切れず一瞬にして、成人を突き抜け、アナクロニズムの老人と化す。後には、大和魂が飛び出して行った、中身がカラの箱=母胎容器だけが残される。
「空、カラ」不正腐敗はこの御伽噺の中空太母「福袋信仰」中空文化構造から必然的に生ずるのである。猪瀬直樹の「ミカドの肖像」で使っているアイディアはユング心理学者の河合隼雄が「中空構造日本の深層」で提出した中空ウロボロスイメージの応用である。上山春平の「凹型文化」あるいは折口信夫が「殻、貝、ホカイ」などの中空容器に注目した論考を書いているのが先駆であろう。カラの容器、玉(手)箱に外魂が寄りつくというのが、トヨタマ姫=浦島太郎からの憑依シャーマニズムの基本原理だからである。
このカラの容器は、魂=玉=タマ=卵、蚕の繭とも変化する。
asahi.com 政治特集 大蔵支配歪んだ権力(朝刊経済面に1996年10月2日から1997年3月26日まで連載)のうち〈10〉「繭の文化」に欧米は不信感の一部を以下に引用する。
「日本は金融業界の『繭の文化(コクーン・カルチャー)』を見直していくべきだ」。良識派として知られる下院銀行金融サービス委員会のジム・リーチ委員長は、こう指摘する。
金融機関が本当の競争にさらされることなく、大蔵省の保護や仲間うちの世界で、成熟しないまま、もたれ合う不透明な姿を、「繭」という言葉で表した。一方でソロモン・ブラザーズ東京支店長などの経験を持つユージーン・ダテルさんは「外国人が陥りやすい錯覚は、邦銀を純粋な民間企業だと思っていることだ。実態は大蔵省の下部機関でしかない」と話す。
邦銀が、八〇年代後半、「繭」から飛び出し「巨大な蛾(が)」となって、国際金融市場を席巻した時期もあった。
***
中村真一郎、福永武彦、堀田善衛原作によるこの常世の祖霊虫=オシラ神イメージの現実化が、日本の危機に際して、ポリネシアの孤島インファント〔幼児の〕島から助けに訪れるという巨大な蛾moth「モスラMothra=Mother」である。
コソボ紛争のバルカン半島、パレスチナ問題を抱える中東、核ミサイル問題のインド=パキスタン、朝鮮半島の何処からでも「恐怖の大王」が降ってくる第三次世界大戦が起こってもおかしくはない1999年という時代には、日本経済がバブル崩壊した後に建った未来闇市スラムのような「スキヤキタワー」に続き、この2月からプロヴァイダ Rimnetが昭和30年代の東京下町を舞台にしてスタートさせた「リムチャット」などで、消しゴム版画でおなじみのナンシー関制作による5種類のアバターを懐かしい3Dテーマパークに登場させ、渋く不気味な会話をひそやかに交すのがお似合いというものでしょう。2001年未来志向のWorld Chat/Jも悪くないですが・・・。
特に、「オレたち ひょうきん族」時代の島崎俊郎の持ちネタ「アダモちゃん」にも負けない安室奈美恵以来の沖縄風に茶髪に花 白唇 顔黒(がんくろ)の女子高生が秀抜です。顔は、この春定時制高校に入学した大仁田厚にも似てますね。これでミニスカートの代りに腰ミノでも着ければ、ハワイアンの高木ブーバンドをバックにフラダンスが踊れます。
かつての南洋の孤島ハワイから沖縄へと米軍占領基地の中心が移った後を追って、温暖化も「太陽族」都知事の就任した、日焼けサロンと横田基地のある東京へと移りつつあるのです。
「オバン」以前の女性だけに許された特権を持つ新種の「役」として生まれ、敗戦後の日本身分制演技社会の中で、「太陽族」、「暴走族」、「ひょうきん族」、「竹の子族」などの並み居る「族」を押しのけ、永続性と市民権を獲得するに至った「怖いものなしの女子高生」が、「うらぶれた中間管理職おやじ」〔もしくはアロハシャツテキヤおやじ〕と共に、マイカル小樽に大阪吉本興業の出店した「小樽よしもと」のように時代の化身となって、WWW上の白昼夢ともいえる夕暮れ3Dチャットのアバター〔avatar〕に現れるのは理に適っているというべきでしょう。
新横浜ラーメン博物館チキンラーメンが発売された昭和33年当時の黄昏れどき屋並みを再現。
Yahoo!Japan
ディレクトリ地球温暖化
温暖化がこのまま続けば、海水面のみならず気象上の緯度が上昇し、例えば南北に長い日本列島でも東京はハワイ並みの熱帯に属し、札幌が現東京のような亜熱帯にずれ込んでくる可能性すらある。
植生まで変質したその時こそ、米、中、露に囲まれた日本の都市にハワイに継ぐ南島リゾート=ディズニーランド、ジュラシックパークを越えたテーマパーク=自殺と近親相姦、暴力と売買春と詐欺、バクチ、麻薬に溢れた太母的夢の歓楽南方孤島ヤポネシアストリートジャングル〔すなわちH・ボスの快楽の園と、その必然的結末としての地獄絵2、最後の審判〕が実現するであろう。
| 進歩の終焉 | G・Sステント | みすず科学ライブラリー | 1972 | p187〜193 |
近代を用意したファウスト人間がニーチェ=シュペングラーの世代で亡び、その後からビートニク、ヒッピーが台頭して科学と芸術の終焉を迎えざるをえないことを比較的早い時期に予測した分子生物学者の、目立たないままになっていた書。彼によればそれはまるでゴーギャンが逃げ込もうとしたタヒチ島のようなポリネシアレジャーリゾートランドにおける黄金時代だという。戦後日本ヤポネシア列島のバブル母胎に実現されたのが結局それではないのか。ホテル王黒幕小佐野、ヤクザ稲川会、観光客や芸能人もハワイ進出を果した。タヒチでは原住民が勝手に麻薬を用いていたという。
SFの中興の祖H・G・ウェルズは「タイムマシン」でこうした機械環境母胎回帰による退化に終わるものとして人類の未来を描いていた。そして「ブレードランナー」(P・K・ディック原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」)で一躍ありふれたものになった、スラム化した暗黒都市と、そこにたむろする、モッブグループ、レプリカントの群れの未来イメージはH・ボスの描いた「中世の秋」の地獄絵1、快楽の園の結末としての地獄絵2、最後の審判、に回帰する…(これらのボスの絵画のホーム;WebMusium,Paris)さらには悪魔の巣窟ソドムとゴモラ、ゴグとマゴグ、大いなる母胎バビロンの亡びへと。戦後の闇市への回帰はここリムネットの「スキヤキタワー」でも繰り返されている。これらすべてをG・キリコは80年程前にそのマヌカンで透視していたのだ。
海浜に建つヨシズ張りの季節屋台こそ、定番テキヤメニューといえる「タコ焼き、イカ焼き、貝焼き、焼きそば」を味わうにはぴったりの舞台ともいえる。つまり、日本の各地に広がったお祭り縁日露店屋台は、この夏が終わると取り壊される海浜屋台が内陸へ進出移動した結果である。
水と塩と土の日本的伝統に意気地を掛けてツッパリ「海と島から上陸」しようとする
火と油と鉄の鉄火ヤクザテキヤの鉄板メニュー
寅さんよ永遠なれと謳う市と縁日「年間予定表」にゃんぱらり Vol.3
お好み焼きの歴史から変なお好み焼きまで、オコノミマニア必見オタフクソース株式会社、たこやきらんどたこ焼きに関するページを、ジャンル別に整理したリンク集
オタフクソースTokyo
,、大阪縁日、じゅうじゅうネットタコ焼き、お好み焼き、焼きそば、など全国うまい店
その屋台の原型は、浦島伝説の竜宮乙姫、古事記に言う八尋鰐=鮫人=蛇体の蛇の依りついた巫女豊玉姫(後に安珍清姫日高川道成寺伝説<黒塚;鐘に隠れる小坊主を追いかける鬼婆民話<イザナギのイザナミ墓窟訪問呪物逃走神話;「ナギ」とは「ナーガルジュナ龍樹」に見られるようにナガ蛇を現す語彙であった)の海浜に建てられたヨシズ張りの出産後は火をつけられて燃やされる(取り壊される)「産屋」であろう。
「シヌグ」は男を崇める祭りだといわれていますが、男たちが神聖な神の子として産まれる祭りなのかもしれません。そのために男たちは一度母親の胎内に戻ります。それは墓であったり、仮小屋であったり、山の中であったりしますが、いずれも胎内であることに変わりはありません。男たちはその中で一度赤ん坊に戻るのです。赤ん坊に戻るということは神に化身をする「さなぎ」の状態の過程だったということです。神はたぶんに蛇です。なぜなのかはまだうまくいうことはできないのですが、琉球弧の神話では蛇が人間の生死の問題や性交の問題に密接にからまってきます。なにかそのような特別な存在であったことはたしかです。ですからたぶん母なる神がやどしたものは蛇なのでしょう。「シヌグ」は男たちが蛇に変身する祭りだったのかもしれません。
おきなわJOHO web 内ゆんたく講座より引用
asahi.com 99/4/21蛇ねじりじゃ――埼玉・八潮で豊作祈る
《写真》 埼玉県八潮市の久伊豆神社で20日、「蛇捻(じゃねじ)り」の行事が行われた
無病息災や豊作を願って「蛇捻(じゃねじ)り」の行事が20日、埼玉県八潮市の久伊豆神社であった。
悪い病が入ってこないように、わらの蛇を村の入り口に置いたのが始まり。わらじ形に編んだものを束ねて頭とし、目玉とまぶた代わりのビワの葉をつける。胴は境内のイチョウの木の枝にロープをわたし、3人がかりで7メートルの長さになるまで編み上げた。
W祖霊崇拝憑依シャーマニズム親分=子分関係
墓参習俗、ゴーストダンスとしての盆踊り屋台(工事中)
巫女とは憑依シャーマニズム文化での最重要な、オタク=小さ子=御子=天皇を抱く慈母(小面)=鬼母(般若;半蛇、鬼婆)の双価性を持つ太母太陽ウロボロス=アマテラスにして能面の蛇巫シャーマン、卑弥呼(日の巫女ヒノミコ)ヒミコである。
R・ブロック=ヒチコックの「サイコ」、「めまい」からロス・マクドナルド「さむけ」などハードボイルド・マザコン物を経て、S・キングの「ミザリー」、映画「危険な情事」に至るまで実にアメリカ・ミステリでも‘Great Mother’の猛威は凄まじいものがある。
「娘道成寺」における変身大蛇=般若の面、あるいは浄瑠璃のガブ人形頭と鬼婆伝承、金盛浦子「母親は首に巻きつく蛇」を見よ。日本の花嫁が文金高島田の上から被る「角隠し」はこの般若の頭に生えた蛇角を一時隠すためのものなのですよ。その変身の様子は‘能、狂言’ホームページの「変身」ムービーボタンでダウンロードすれば直に見ることが出来る。
若い時には悪魔主義を気取った戦前からのオタクの元祖、谷崎潤一郎の主題である太母的女性へのマゾヒズム的拝跪は「少年」のときから「痴人の愛」「春琴妙」(座頭市の少年時代)と何も変わっていない。
今のところ「谷崎潤一郎と映画」くらいしかお勧めできるサイトはありません。その「邪性の淫」はもちろん「道成寺」伝承の一翼上田秋成「雨月物語」中の一編を映画化したもの。千葉伸夫の著「映画と谷崎」に詳しい。
女児が(雛)人形遊びをするのはこの巫女の原型、イタコ、アイヌのイム(蛇巫)などのする憑依体験「オシラ遊び」にまで遡る。ここから、カブキ芝居と人形浄瑠璃が始まった。現代のイタコとは宜保愛子――それと対を成すのがゴミソの坊主織田無道――のことである。
これ以上詳しく知りたい方は「ウロボロス」と明記の上ここにメールをどうぞ。参考文献などをお知らせします。
この問題の「海の家」は「浦島」という名で海水浴シーズンになると藤沢市内の片瀬海岸に現れ、シーズンが終わると片づけられるという、200平方程度のいわば休憩屋台小屋である。更衣室などもあったのかもしれない。
「海の家」というのは私の思い違いでなければ、テキヤとヤクザの露天屋台シノギ(商売)である。もしこの容疑が本当ならば、資本主義の一流会社がグループで、テキヤの家に牛耳られ頭が上がらず、せっせと貢ぎ肩入れしていたことになる。Artemis Sampler4社会という談合組織による日本証券界のイカサマ
山口組の歴史に典型的にあらわれているのだが、資金源は神戸港の港湾労働者の支配からはじまっている。それは幡随院長兵衛の時代からの古典的な収奪方法で、人入れ稼業である。
昔は港湾や建設労働者だった。いまは佐川急便。トラック輸送と土建業がピンハネの最たるものである。
「日本の地下帝国」鎌田 慧27〜29ページより引用。ボールド引用者。
港湾労働者
こうわんろうどうしゃ
埠頭(フトウ)または船内で船の貨物積卸作業を行なう労働者。沿岸労働者と船内労働者,日雇と常用の別がある。従前は前近代的な雇用関係の下におかれ,沿岸労働者を浜仲仕(または単に仲仕),船内労働者を沖仲仕,総称して仲仕と呼んだ。
港湾労働法
こうわんろうどうほう
港湾運送に必要な労働力を確保し,港湾労働者の雇用安定,中間搾取の排除その他福祉の増進を目的とする法律(1965)。日雇労働者の登録制,不就労日の手当支給,職業訓練,退職金共済制度の適用などのほか,常用労働者への証書交付,および違反事業主に対する罰則などを規定。
「辞典盤」マイペディアより引用;ボールド引用者
現在も、その労使慣行や市場体質が閉鎖的だという理由で欧米非難の対象となり、この4月14日以降、アメリカ連邦海事委から一回につき10万ドルの課徴金、総額4億8千万の支払いを迫られ、危うく入港拒否を食らうところまで緊迫した、日本の港湾荷役摩擦問題(日本港湾協会)は、まさしくこうして放置された前近代的構造から逃れがたく発生してきているのである。
自称世界一金持ちのファシストで山口組組長田岡一雄と飲み友達であることを自慢の種にしていた 笹川良一が巣鴨プリズン出所後に始め、育て上げたのは「全国モーターボート競争会連合会」('51)というバクチの帝国でありそれを元に拡大した「日本船舶振興会」('62設立;'95年死去に伴ない作家の曽野綾子会長就任「日本財団」へ移行)という慈善団体(?)であった。D・Eカプラン+A・デュプロ「ヤクザ」109〜111、373ページ参照。
「よさこい(四国土佐)ソーラン(北海道)祭」予定。
その結果は、現在も神戸で繰り広げられている、組と組との合併吸収離散集合、血なまぐさい対立抗争、報復に継ぐ報復の果てしなき循環拡大なのではないのか。(日本の政権交代なき、特定政党間内だけでの大政翼賛派閥抗争政治といわれるものは、その親分子分兄弟分ヤクザ抗争の舞台を国会という言論の演技場、闘武場に移しただけのものである。)(後記)
これは動物社会に見られる対他集団縄張り抗争、同じ集団内での順位制をめぐっての合併吸収離散集合兄弟分序列抗争であって、理念と思想を持った人間的な政治行動ではない。
日本人は未だ、個人として独立できず、寄らば大樹の陰と、一生どこか何かの組織集団(縄張り、**組、**一家)の一員として、加入寄生渡り歩く(ヤクザ、渡世、渡り鳥)ことでやっと自己のアイデンティティ=日本的自我である自分(親分、子分にはさまれたヤクザ序列中の自己の身分)、自己の体面、自己の役を得ているからである。
戦後闇市ヤクザから派閥政治へ伝えられた伝統は、亡国焼け跡のストリートチーマー、モッブ同志の対立抗争に移って行くのである。
北海道新聞98/5/25 漁協組合長から五百万円を脅し取る―暴力団組長を再逮捕
【根室】根室漁協の理事が暴力団に脅迫された事件で、道警釧路方面本部捜査課と根室署は二十五日、根室サケ・マス部会長の万屋喜一郎根室漁協組合長(63)から用心棒料として現金五百万円を脅し取った恐喝の疑いで、根室市昭和町四、指定暴力団稲川会系加藤興業組長、職業不詳根塚邦明被告(53)=暴力行為処罰法違反(集団的脅迫)で起訴済み=を再逮捕した。
調べによると、根塚被告は一九九七年七月下旬から数回にわたり、万屋組合長に対し、「よそから別の暴力団が入ってトラブルにならないように、おれが地元の監視をしてお前たちを守っている。一隻二十万円だ。五百万円でも安いくらいだ」と用心棒料五百万円を要求。九月三日に三百万円、五日に二百万円の合計五百万円を同組合長から脅し取った疑い。捜査関係者によると、五百万円は金融機関の口座に振り込む形で支払われていた。
捜査の端緒は、同漁協などに所属する船主でつくる同サケ・マス部会が「暴力団に脅され用心棒代を支払っている」という風評で、道警釧本などは引き続き余罪を追及している。
万屋組合長は北海道新聞の取材に対し「癒着を断ち切るために被害届を提出した」とし、金銭支払いの事実を認めているが、五百万円の出所などについては明らかにしていない。
根室漁協は組合員二百三十一人。昨年はロシアからの輸入水産物が約六十六億円にのぼり、総取扱高二百二十三億円で道内の漁協でトップ級。加藤興業は構成員約四十人。
(ボールド引用者)
北海道新聞98/7/8“漁獲不正”で脅す 組長追起訴で釧路地検言及―根室漁協恐喝
【釧路】根室漁協組合長らが暴力団に現金を脅し取られていた事件で、釧路地検は七日、恐喝の罪で根室市昭和町二、暴力団組長、無職根塚邦明被告(53)=暴力行為処罰法違反(集団的脅迫)の罪で公判中=を釧路地裁に追起訴した。起訴状で同地検は、暴力団が「サケ・マス漁船が水揚げをごまかしている」として漁協幹部らを脅したことを初めて明らかにした。
起訴状によると、根塚被告は一九九六年六月、サケマス漁業会社の幹部が、日本のサケ・マス漁船を検査するロシア人監督官と海上で接触したことにつけこみ「特定の船のベニザケの漁獲量が多いのはどういう訳だ。違反をもみ消しに行ったろう。漁獲量の問題を新聞に発表したら大変な問題になるぞ」などと脅し、現金五百万円を脅し取った。
さらに、昨年八月中旬、全国鮭鱒流し網漁業組合連合会(全鮭連)会長や根室サケ・マス部会長を兼ねる根室漁協の万屋喜一郎組合長(63)に対し、同漁協漁船の水揚げ金額を記載した書類を示しながら「この書類が公になれば大問題だ。国際問題だ」などと脅し同九月上旬、現金計五百万円を受け取った。
同漁協をめぐる事件で、これまで捜査当局は、用心棒代などを脅し取っていたとするだけで、漁獲割当量オーバー問題に言及したのは異例。
この問題について、暴力団に金を渡していたサケマス船主は「不正に目を付けられ、昔は船主が脅されて払っていたが最近は、毎年自主的に各船から資金を集めて払うあいさつ料というか、利益供与だった」と述べている。複数の同漁協関係者によると、同漁協と暴力団との付き合いは三十年以上前にさかのぼり、かつては同漁協関係者が窓口となり、出漁する船主から一律現金を集め、数百万円単位で地元暴力団に渡していたという。
北洋サケマスの漁獲量をめぐっては、道庁、水産庁ぐるみで漁獲割当量を上回る水揚げをしてきたことが一九九二年表面化。その後、是正されたはずだった。
川淵克朗全鮭連専務は「肯定も否定もする立場にない」としている。
(ボールド引用者)
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