不正利益供与事件追加ファイル#3
ついに来た!北海道拓殖銀行の経営破綻
――日本経済国家社会主義カタストロフへの序章――
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| 1997年11月18日火曜日作成 | 1999年6月3日木曜日更新 |
[毎日新聞'98年5月26日] <拓銀破綻>不良債権2兆3433億円 営業譲渡契約も締結 昨年11月に経営破たんした北海道拓殖銀行が26日、年度ベースでは最後の決算となる1998年3月期決算を発表した。公表不良債権総額は今期から導入された米国基準で2兆3433億円にのぼり、97年9月中間期の旧基準での実績に比べ倍増した。 破たん後、優良貸出先が減り、貸出資産の劣化が進んだこともあって同3月末の貸出金残高5兆9290億円の約4割が不良債権化した。預金も前年比で3兆2922億円流出した。この結果、経常損失は1兆4743億円となり債務超過額は1兆1725億円にのぼった。 拓銀の最終処理については、北海道店舗を引き受ける北洋銀行と、本州店舗の受け皿となる中央信託銀との間でこの日、営業譲渡契約を締結、譲渡日は11月16日に決まった。 役員は常務2人を含む4人が6月26日付で退任して8人となる。このうち相川信一常務ら役員2人と外部の弁護士2人が11月の会社清算に向けた清算人候補に選ばれた。今後は営業譲渡に向けた資産査定などの作業が本格化する。【竹川 正記】 北海道新聞98/11/14 頭取ら旧経営陣11人に108億円請 求―「ずさん融資で損害」 拓銀 旧経営陣に対して経営破たんの責任追及を進めている拓銀は、十三日午後、鈴木茂元頭取ら頭取経験者三人を含む旧役員計十一人を相手取り、総額百八億円の損害賠償を求める訴訟を札幌地裁に起こした。今回提訴したのは、同行与信調査委員会が損害賠償請求訴訟の対象にすべきだとした十三融資案件中、建設・不動産業のカブトデコム(本社・札幌)や同行関連ノンバンクのエスコリース(同)など五案件に関するもので、いずれも回収の見通しが不十分にもかかわらず、ずさんな融資を行い、銀行に損害を与えたなどとしている。旧経営陣の責任追及は今回の提訴で刑事・民事両面から本格的に始まる。 訴えられたのは、鈴木茂(81)、山内宏(71)、河谷禎昌(63)元頭取三人と元副頭取、元専務、常務らで、いずれも三十億円を超す融資の決定権を持つ同行「投融資会議」メンバー十一人。この中には、与信調査委が特別背任罪で札幌地検と道警に告発している元頭取二人も含まれている。 訴えによると、カブトデコムについては、同社の第三者割り当て増資にあたり、山内元頭取ら当時の投融資会議メンバーが、株式を引き受けた同社関連十二社の返済能力を調査せず、約百九十五億円を融資するなど、一九九○年から九三年にかけて計約千百四十四億円の融資を決定、約八百七十六億円が回収不能となり、拓銀に損害を与えた。 また、エスコリース、料亭経営・不動産業者の日伯(本社・大阪)についても、担保が不十分だったり返済能力が乏しいことを知りながら、エスコへの融資のうち約百十億円、日伯への約三十九億円が焦げ付いたほか、内装・看板工事業のミヤシタ(本社・帯広)、不動産業の栄木不動産(本社・東京)については、小豆相場などへの投機資金、株仕手戦資金などとして使われることを知りながら、融資したうちミヤシタが約十四億円、栄木不動産が約六十一億円が未返済。 原告側は、これらの融資について、決定権を持つ投融資会議の役員が慎重に検討する義務があったにもかかわらず、責任を果たさなかったと指摘。今回の賠償請求額は、それぞれの融資案件における拓銀の損害額や、各融資に関与した程度など「さまざまな要素を勘案して設定した」(原告弁護団)という。 北海道新聞 99/1/11特別背任容疑で拓銀元網走支店長ら逮捕 休眠会社通じう回融資 北海道新聞99/1/13う回融資会社を自ら開拓―印鑑や決算書を偽造 拓銀元支店長
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11月17日、ホームページの更新作業中、何気なく見たasahi News Cardトップ画面に「北海道拓殖銀行、北洋に営業権を譲渡、取引一時停止命令」等の見出しが踊っている。遅まきながらついに来るべきものがきた、と予想的中の感慨を持つと同時にインターネットとActive Desktopの威力を直に感じる。
公表で9300億円の不良債権を抱えた北海道トップの都市銀行(本店・札幌市、河谷禎昌頭取)が、大蔵省主導によるナンバーツーの北海道銀行との合併救済工作にも耐え切れず、「国家、官公庁、大蔵銀行オカミは間違わない、悪いことはしない、嘘を付かない、倒産しない」という大衆神話、「都市銀行と大手20行はつぶさない」と豪語していた多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠をも突き破り、依らしむべし、知らしむべからず;皆で渡れば怖くない横並び護送船団方式が今日、ついに破局する幕開けを迎えたということだ。
戦後自由社会日本の国家官公庁官僚は大蔵省に代表されるように、本来はプレイヤーのルール違反を法により審査監督するだけの機構で在るべきなのに、自由である各プレイヤーの制服フォーム等些末な事まで「生徒指導」紛いにいちいち口出し、「規制」「行政指導」と称し要らぬお節介まですることを業務と心得る、明治国家から受け継いだ「多情な老婆」的越権行為をすることで、自らの既得権と存在理由を保ち続けてきたことで有名である。
いわば審判が、監督やコーチの役まで勝手に引き受け、時によってはゲームにまで参加しプレイしてしまう審判、コーチ、プレイヤーの未分癒着が常態になっている。これが経済行為では外国まで出向いてもインサイダー取引等商法違反を平気で繰り返す異様な商慣行、特に外国からの新規参入に対し自由競争を妨害する閉鎖的(戦時)統制経済となって現われアメリカ等の非難の的になっているのである。
'97年4月「恋愛結婚の様なもの」と両行頭取が記者団を前に手を取り、地方銀行の北海道銀行(藤田恒郎頭取)との間で和気あいあいと行った合併発表は、拓銀の不良債権処理に道銀が懸念を抱いたことが大きな障害になり、9月12日になってからの半年延期発表後は事実上凍結、道銀側は白紙撤回したものと受け取られていた。
8兆7000億円をピークとした'94年から、経営不安の拡大により本州方面を中心とした預金の解約、流出が進んだ今年'97年度には拓銀の預金額は9月末には5兆9000億円にまで落ち込んで資金繰りが苦しくなっていた。これに市場が呼応して先週、一時59円と額面50円割れ寸前にまでなった株価の凋落が重なった結果、今回の経営破綻、頭取以下の取締役全員が辞任する事態を招いたものと見られている。
譲渡されることになった第二地方銀行である北洋銀行の武井正直頭取〔日銀天下り〕も、国家経済の安定を迫る大蔵、日銀官僚からの半ば国家命令に近い強い要請で(病気持ちの花魁の身売り請け負いをいやとは言えず?)ここ数時間のうちに決定したことだと、寝耳に水の困惑した表情だ。
不良債権額は36億円と桁違いに少ない健全経営で今まで生き残ってきた中小企業相手の北洋だが、総資産額だけで比べても拓銀のおよそ1/5、従業員数でも1/3近くまでしかない銀行なのだ。「北海道経済のため」と拝み倒された「受け身の決断」だともいう。
しかも金融筋によれば当初大蔵省シナリオでは、譲渡相手は道銀であったと19日に伝えられた。(後記)
自己責任を回避した上、経営不良体質の尻拭いを何の関係もない第三者にいざとなったら債務を押し付けて切り抜け逃げ切る責任転嫁のやり方は、有力都市銀行も「健全な銀行まで足を引っ張られる仕組み」と反発している。
悪質なものを救済せず亡ぶに任せる代り、その煽りで足を引っ張られ、共倒れになりそうな質の良いものだけを選別して救済する、これが護送船団ではないノアの方舟と同じ公共の為すべき義務である。
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北洋銀行は譲渡額さえ分からないまま、大蔵省から拓銀の北海道での営業引き受けを迫られた。
拓銀を吸収して資産規模が一気に拡大する北洋は、自己資本充実のため数100億円規模の増資が必要になるとみられるが、それも当局主導の「割り当て」になる可能性がある。破たん処理の枠組みが確立されていないため、奉加帳行政を一掃する見通しはたたない。(asahi.com11月18日付け;ボールド引用者)
ほうが【奉加】
〔名・ス他〕他の人人に加わって(神仏に)寄付すること。 −ちょう【―帳】奉加する金品や寄進(寄付)者の名をしるす帳面。(岩波国語辞典)
奉加帳
ほうがちょう
神社・仏寺の勧進に応じて金品を寄進する者が,金品の量および氏名を書いて提出する文書。単独の場合は奉加状ともいい,寄進状に似る。普通は勧進帳の後に付けた帳面で,身分・金額の高低により紙面の大小があり,庶民は1行に書いた。現存最古のものは,醍醐寺文書のうち1262年の日付のあるもの。(マイペディア)
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自分では立ち上がらず(自衛できず)、犠牲、供物、賽銭、ミカジメ料、金品賄賂を払っても自分の味方につけた祖霊、守護霊、背後霊、氏神に呪力で守ってもらうというのが、日本文化に古代から温存されてきた祖霊呪術信仰の伝統だからである。古代においては、呪力こそがモノノフ<物部<モノノケ(物の怪)<モノ・タマの戦力であった。
これに賄賂、飲食、接待でもつけば完璧な談合腐敗文化構造の完成である。天下りするオカミ、御札に賽銭、まいないをやって憑依シャーマニズム巫女(料亭女将オカミ)の下で共食神人交歓酒盛り談合宴会を催し、下々の願事をかなえてもらうというのが揺るぎ無い日本の精神伝統文化だからである。
何も知らない正直者のお爺さんが預けたお金が、いつの間にか2倍、3倍になって返ってきました(それはお爺さんが正直だったからです)というのは、御伽噺の中空太母「福袋信仰」宝船幻想ではあっても、判断を誤れば一夜にして破産状態にもなるリスクと結果責任を背負った近代自由市場社会株主の「投資」行為では有り得ない。
(袋の中身を)依らしむべし、知らしむべからず。
縁起の良い日に幾許かの賽銭を投げ入れれば、必ず大きな福になって増えて返ってくるという神社オカミエビス福引き信仰には投資活動をする株主に必要な最新の知識情報と分析検証する批判的知性は必要ないからである。
そこには「メデタイ」か「メデタクナイ」か、「ツイテイル」か「ツイテナイ」かの古代呪術「富クジ」感覚しかない。
大蔵省銀行局幹部の「破たん銀行をつぶし、機能だけを残すという考え方に沿った措置」という説明を、預金者は保護するが銀行は守らないという金融制度調査会の理念にかなうとする意見もあるが、一体去年からもここまで経営危機が伝えられてきている「アブナイ銀行」に今の今迄安穏と預けてきた預金者まで保護する必要はあるのだろうか?
儲けた時に利益を分け合っているのなら、損失を出した時も、銀行とともに経営状態を知りながら預け続けていた預金者に破綻の自己責任、リスクへの結果責任を取らせるべきであり、その預金までを国家、ひいては無関係な一般国民が肩代わりして保護するべきではない。(受益者負担の原則)
山一証券破綻の記者会見上で、野沢社長は「私どもが悪いんです、社員は悪くありませんから・・・・」と、社員の就職斡旋業者のような泣き言を漏らしていたが、何も知らずに務めていたどんな下級の社員であろうとも、その悪質者=不良=ヤクザな会社組織の一員として上層部の指示命令に従い、そこから給与と名誉という利益を得ていた程度に応じて取るべき明確な社会的責任のない者は一人としていない。(後記)
「甘い汁」「おいしい話」甘い汁血税を吸い上げる公共資金投入という寄生利益は当然の如く戴く一方で、損失だけは絶対に避け、自己責任を引き受けようとしない取引一任のこのタカリの態度は資本主義社会に寄生し、その構造を根底から食いつぶし、腐敗破滅させるウィルス=バグとして法的に禁止排斥処罰されるべきものである。
高齢者の受益、若い世代が負担・旧国鉄債務処理
旧国鉄の債務を処理するため、現在20歳の人は約73万円を負担するが、60歳の人は約21万円で済む――。長い間、負担をせずに利益だけを受けていた高齢者は、これからの返済期間が短く負担が少なくてすむ。そのツケは若い人に回ることが、富士総合研究所の試算で明らかになった。調査を担当した浅羽隆史・主事研究員は「60年間にわたって返済するという処理方法は、世代間の受益と負担のバランスが悪く、公平さに欠ける」と指摘している。
(97/12/22asahi.com)
株式を所有する株主とその会社との関係と全く同じである。
トヨタが倒産したといって従業員の生活はもちろん株の損失を国が保護するか!保護するとすれば、日本は資本主義国家ではなく未だにナチスと同じ国家社会主義体制を続けている国であることを国際社会にたいし宣言しなければならない。
倒産した責任はその会社の役員以下全従業員とその経営を出資支持した株主が負うべきであって、他の一般国民に債務、債権を押し付けて逃れごまかすべきものではない。
被害を受けたくなかったら、株主総会で異議申立て、経営方針を追求糾弾するなり、さっさとその株を手放すなり、預金を他行に移すなり会社を変わるなりして自分の利益は自分で守り抜けばよいのである。
いかに本人の意志があろうとも問われ続けなければならない売買春同様な、自己を欠損し傷つける罪(自殺はその最たるものとして法的に禁止されるべきである)が在るのだということをいちいち指摘しなければ理解できないのは、悲しむべき文化であろう。というより、そのような文化は「悪」そのものの培養器となるのだ。自己の真の利益(国益)を識別し守り切ることができずに、自己(国)を身売りし、やればやるほど却って自己を損傷破壊させついには死へと導いてしまう者、それが「悪」そのものの姿だからである。
寄らば大樹と寄生し「甘い汁」血税を吸い上げる公共資金投入を吸って寄ってたかっていた虫は、いざという時、倒れる大樹の下敷きになろう。ぬくぬくと安住した<こも懸けむしろ>は、春になると、樹からはがされて火に焼かれるだろう。
穀倉(大蔵)に住みついていた古鼠さえ危ない船からは、事前に逃げだして行く。
浸水し始めた護送船に何時までもしがみついている者は、そのしがみつく力に比例して船と共に海中に捲き込まれよう。
情報・真実を開示せず、自己責任や罪も償わないで、自己破滅のときが来たらそのまま混乱紛糾のどさくさに紛れて国家に助けてもらい、ほとぼりが冷めるまで雲隠れするというやり口は、「民は由(依)らしむべし、知らしむべからず」(論語8・9)以来、戦争責任もとらずここまでやってきた戦後闇市ヤクザ(政)=オカミ(官)=テキヤ(業)「鉄のトライアングル」の懲りない面々のタカリお家芸である。
どさくさ、急場、混乱の収拾を口実に、真実、倫理(責任、罪の追求)も論理も考慮も無視して当然、「こうする他ないんだ」で‘うやむや’のまま誤魔化して押し切る責任逃れが、火事場泥棒的彼らのいつものやり口である。
悪質なものを、どさくさに紛れて質の良いものに紛れ込ませる選別の未分混同、誤認、恩情を誘うことこそ、彼らの思うつぼであることを日本人は知らなければならない。
これは、麗しい建て前からかけ離れ切り離された醜い現実が、「皆で渡れば怖くない」といよいよ膨れあがり、これ以上隠し切れなくなってしまうまで裏と蔭に隠され続ける、日本の社会文化表裏中空の張子の虎=二重演劇構造に起因する。
こうした中空の張子の虎=二重演劇構造では、カタストロフは、表に掲げられた建て前の崩壊寸前まで、告げられることなく隠し続けられるからである。常に、構造の急激な変化、突然死(ぽっくり安楽死?)の形で現れざるをえないのだ。
そのような突発的変化、激変カタストロフの場合、危機予知回避認識、罪と倫理責任反省など理性論理的思考、行動は、すべて何処かに追いやられあるいは消失して群集心理原始的ヒステリー反応が常に突出してしまうのである。
理性的判断による、事前の危機回避反省、構造の漸近的時間的変更は、こうした社会では不可能であり、無効である。
実際、「一寸先は闇」「明日は明日の風が吹く」と言うような構造激変が常に予想される社会では、理性的行動は重視されず、役に立たない。予測不能だからである。「考えても仕方が無い」一億総白痴の薦め、ノーテンキなヤクザバクチその日暮し思考放棄が生ずる。
この、何も先を見ない白痴化の日常が、常に急場シノギの自己合理化、正当化を準備し可能にする。
その、中空の張子の虎=二重演劇構造カタストロフから必然的に生ずる‘どさくさ’、心の空白、秩序の混乱に乗じて巧く立ち回ること、「何とかなるさ」で逆手に取って生き延びる急場シノギの処世術こそが、こうした建て前で生きる日本の支配層の狙い目であるとともに、それがこうした日本の社会風土にぴったりと合っているのである。
悪質なものを、どさくさに紛れて質の良いものに紛れ込ませる選別の未分混同、誤認、恩情を誘うことこそ、彼らの思うつぼであることを日本人は知らなければならない。
混乱に紛れて、自らの所まで責任追及の手が迫って来ないないうちに、一刻も早い信頼の回復を、と大衆の前に自ら名乗りを挙げ、新しい「社会秩序」という建て前を、混乱を無くすためにと、どこからか仕入れてくれば大多数から支持されるからである。
「どうせ私をだますなら、だまし続けて欲しかった」 (「おんな心の唄」)
だまされているうちは、幸福なのである。
「知らぬが仏」
一つの嘘=バブルがシャボン玉のように弾けてしまったら一刻も早く
「誰かうまい、嘘のつける、相手さがす」(「そして神戸」)のは、だまされた被害者の方である。
そうすれば、このウロボロスサイクルはまた振り出しに戻り、新たな建て前が、次のカタストロフを起こす時まで、真実も、罪も追究されることをふさぎ、現実の腐敗臭さを覆い隠す厚化粧をした蓋となる永久運動を完成するのである。
これを明示するのが、浦島太郎である。エントロピーが増大せずに永久に運動し続ける閉じた円環、閉曲線保存系=ウロボロス蛇に象徴される永久運動と永遠の少年の若さ、オメデタサは、タブーを破って玉手箱の蓋を開けると一瞬にして、老人となって失われる。
この結果は、八紘一宇の南洋の孤島=常世に進出した天皇の赤子から、昭和元禄に浮かれる戦後高度経済成長日本に帰還して、壮年期を喪失させられた横井庄一軍曹('15年生、グアム島より'72年2月2日帰還'97年9月24日死亡)、小野田寛郎 少尉('22年生、陸軍中野学校卒業、ルバング島より'74年帰還)の両 大日本帝国皇軍軍人が実現した。
さらにこの関係は、寄生憑依者が宿主に巧みに取り入って入り込んでしまうと、そのうち本領を発揮して内部から占領支配し始め、自らは増殖、ついには宿主を食いつぶし滅ぼすに至り新たな宿主を求めて外部に飛びだして行く、という生物界に普遍的な寄生戦略と見ることも出来る。
最近の日本では船長が真っ先に事故責任を放棄して下艦脱出雲隠れするのである。
そもそもこういう組織的経済犯罪が起こっても、「不祥事」と言い換えてニコニコ笑っていられる日本の「株主」が大多数を占めること自体、株主総会や総務部株式担当に暴力と怒号をもって押し掛ける総会屋、ヤクザにもまして異常かつ危険な兆候である。
たとえ犯罪者加害者であっても、それがカミのなした事であれば絶対的に信頼し、「犯罪」とは呼ばず「不祥事」と言いかえることによってなおも信頼回復と忠誠を強め、ついには自分の加害者に心の救済までも求めるに至るのがニコニコ古代信仰というものだからである。
彼ら一般投資家こそ会社が何をやっても株主総会で何ひとつ抗議発言すらできず、出した金をすべて絶対的に信頼した会社にお預けしてじっと増えるのを待っている「取引一任勘定」第一の当事者だからである。
自分の身を護れるのは自分だけである。これが生命維持と自己責任、危機管理と独立自治、社会文化のすべての基礎である。
いかに本人の意志があろうとも問われ続けなければならない売買春同様な、自己を欠損し傷つける罪(自殺はその最たるものとして法的に禁止されるべきである)が在るのだということをいちいち指摘しなければ理解できないのは、悲しむべき文化であろう。というより、そのような文化は「悪」そのものの培養器となるのだ。自己の真の利益(国益)を識別し守り切ることができずに、自己(国)を身売りし、やればやるほど却って自己を損傷破壊させついには死へと導いてしまう者、それが「悪」そのものの姿だからである。
難破しようとする船から海中に飛び込んで、自力で大洋を泳ぎきる者だけが、ノアの方舟に乗船する資格を得自らの命を救うことが出来る。泳ぐ能力のないもの、悪質な船に頼り切っていたものは、大洪水のメールシュトレームに呑み込まれその船と共に亡ぼされる。
悪質なものを救済せず亡ぶに任せる代り、その煽りで足を引っ張られ、共倒れになりそうな質の良いものだけを選別して救済する、これが護送船団ではないノアの方舟と同じ公共の為すべき義務である。
銀行ならば保護するのか?
誰が倒産した会社の株券を株主総会で何も発言せず取引を一任し黙って持っていた魯鈍な株主の損失を補填するか?!それも資本主義国家が!逮捕された小池隆一の取引一任勘定損失補填要求タカリと同じではないか!
「甘い汁」「おいしい話」血税を吸い上げる公共資金投入という寄生利益は当然の如く戴く一方で、損失だけは絶対に避け、自己責任を引き受けようとしないこのタカリの態度は!
高齢者の受益、若い世代が負担・旧国鉄債務処理
旧国鉄の債務を処理するため、現在20歳の人は約73万円を負担するが、60歳の人は約21万円で済む――。長い間、負担をせずに利益だけを受けていた高齢者は、これからの返済期間が短く負担が少なくてすむ。そのツケは若い人に回ることが、富士総合研究所の試算で明らかになった。調査を担当した浅羽隆史・主事研究員は「60年間にわたって返済するという処理方法は、世代間の受益と負担のバランスが悪く、公平さに欠ける」と指摘している。
(97/12/22asahi.com)
その根底には、米本位年貢石高幕藩体制江戸時代から骨の髄まで染み付いている高齢者米作農家;農協と政府自民党農政族議員との腐れ縁構造が存在している。自由化されるついこの間まで日本の米作農業は、米価審議会による政府買い上げ値と市場価格との二重価格制〔国家が差額を損失補填!〕を維持してきた結果ここまで国際競争力を欠落させてしまった経緯がある。
永遠にだまされやすく弱体化した赤子=老人のような存在であり続けることが、日本の天下りした官僚オカミ支配層にとっては必要条件である。民衆が成熟して成人となり、親に寄生することを止め、独立を求めて自分の足で立ち上がったら最後、オカミ=お上=女将の権威と地位が消失することは、子供が独立したら、(母)親の子どもに対する支配力と絶対的立場がその場でなくなるのと同じだからである。これが、多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠;母を絶対的権威と仰ぎ、決して疑わない信頼を置く日本の母権的支配の原型である。
そこへ来て、外圧に負けた「ウルグアイラウンド」受け入れ時にも、農家に自立競争を求めるどころか、全く逆に、ふるさとの爺さん婆さん可哀想にと国が「農業対策事業」を出して特別に農業だけを保護してしまった。
その結果が、農業振興とは名ばかりの、日本全国どこへ行っても、爺さんしかはいりに来ない田んぼの真ん中にある「温泉リクリエーション施設」飛行機発着のほとんどない「農道空港」、山中にぽつんとある「新幹線駅」、地元住民の渡りもしない「農道橋」などなど・・・認可予算権限を握った官僚への賄賂接待談合攻勢で都市部のゼネコン土建業界を潤し、一時的な農閑期失業対策<すなわちバブル>にだけ役立った珍妙な公共施設の山である。
しかもこの米作農家減反による巨額な農地売却益を吸い上げた農協〔現JA〕の目茶苦茶な住専への融資による地価急騰及びその時に政府が決めた6850億円もの公的資金投入と消費税引き上げが、今日の日本経済バブル崩壊を招いた元凶なのである!
豊作による米余りに伴ない11月18日発表された、減反農家に対する米価値下げ減収分最高80%〔10a減反につき5万円支援〕を国家が損失補填するという救済策においてすらこの構造丸出しである!
農業をしないで収入を得る主食農家〔カラ農家?全国には飛行機発着のほとんどない農道カラ空港が点在している〕を保護した国家はどうなるのか、子供にも分かる。
98/2/11asahi.com全国84農協が債務超過、総額860億円に
全国で84の単位農協が、負債が資産を上回る債務超過に陥り、事実上破たんしていることが10日、農水省の調査で明らかになった。債務超過額は計860億円にのぼる。農協を含む金融機関に対して今年4月に導入される早期是正措置で、債務超過のところは業務停止命令の対象になる。このため農水省は、これらの農協を3月末までに救済合併などで処理する方針だ。合併などを促進するため、受け皿となる農協に農水産業協同組合貯金保険機構が劣後ローンを貸し付けられる仕組みを新設することにしており、今国会に改正法案を提出する。
政府は2年前の住宅金融専門会社(住専)処理で6850億円の税金を投入し、経営の悪化した都道府県の信用農協連合会(信連)を救済したが、単位農協レベルでも経営の厳しい実態が浮き彫りになった。
農水省によると、1つの農協が100億円以上の債務超過になっているほか、超過額が50億円以上100億円未満のところも2つあった。また、経営改善計画の作成や新規業務の禁止など早期是正措置の対象となる自己資本比率4%未満の農協数は計149にのぼった。単位農協は現在、約2000ある。
(ボールド引用者)
98/4/18asahi.com
農協の債務超過、56農協明らかに
過剰融資や地域農業の低迷などにより1997年度決算で債務超過に陥る見通しとなった全国56の単位農協のリストと、各農協が都道府県に提出した経営改善の方策が明らかになった。27農協が近隣の健全な農協との合併を、2農協が事業譲渡を計画している。経営改善計画の提出で、早期是正措置による業務停止命令の発動は1年間猶予されるが、合併などに伴う損失処理のため、無利子貸し付けや利子補給などの財政支援に乗り出す自治体が増えている。
農水省は債務超過の農協の数は公表しているが、農協名は明らかにしていない。
債務超過の農協が最も多かったのは青森県の8農協。岩手県の6農協がそれに続き、畜産主産地の東北地方で、畜産農家の経営破たんが農協の財務悪化を招いている実態が浮き彫りになった。元農協幹部らの不正融資で多額の不良債権を抱えた千葉県の飯岡町農協と野田市農協は、事業譲渡や解散に追い込まれた。
(ボールド引用者)
98/6/9 asahi.com 農地減少の2010年に輸入止まったら、供給熱量は半減
農地の転用、農業従事者の減少が続くと、2010年には農地面積が現在の8割に減り、そこで万一、輸入が止まったら、国民への食料供給熱量は今の半分程度に、肉の供給量は10分の1に落ち込んでしまう。こんな試算を農水省がまとめた。新しい農業基本法の制定を検討している首相の諮問機関「食料・農業・農村基本問題調査会」に8日報告した。このカロリー供給量は終戦直後を下回る水準。輸入ゼロは「考えにくい想定」(調査会委員)といえるが、農水省は農業の重要性を訴えることを狙っている。
農地の減少は、農業従事者が95年の256万人から高齢化により2010年の147万人に42%減り、79万ヘクタールの耕作放棄地が発生するという前提。過去のすう勢通り住宅地や商業用地に29万ヘクタール転用されることも織り込んだ。
食料・農業・農村基本問題調査会は8月のとりまとめを目指して、食料自給率をどうすべきか、農地をどのようにしたら維持できるか、などの方策を検討している。
もちろん一時的に生じてくる社会の混乱は、ここまで放置してきた銀行経営の不良な状態に対する結果責任の一部として彼ら自身が当然甘受しなければならない貴重な教訓と受け取らなければならないのであって、悪質者=不良=ヤクザな会社組織の救済の口実に使うべきものではない。
ほら見てごらん、放漫体質で効率の悪い企業は銀行であれ何であれ痛い目に会い倒産するよ、これが他山の石として第三者への最高の社会抑止的戒めになるのである。
それを最後まで支持していた者も巻き添えで紙切れを食うひどい目に会うよ、誰もそれを肩代わりして助けるものはいないんだよ、すべて自分の行為の責任は自分で負わなければならないんだ、で良いのである。
時間と犠牲は払うものの、次からは、そうした行為を二度と繰り返さないようにする客観的環境が徐々に整って来るからである。社会的構造改革には痛みを伴なうというのはそういうことではないのか?
そういう徹底さを欠き、まぁ良いじゃないか、この辺で助けてやれなどど悪質者=不良=ヤクザな会社組織を悪いと認めさせず中途半端に多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠によって保護救済支持応援してしまうから、悪いものには悪いことをしたという深刻な反省とそれを元にした行動の変革が湧き起こらないのである。「赤信号、皆で渡れば怖くない」というフレーズ中に、みんなでやった悪事はどうせ罰せられることはない、悪事はやり得だ、性凝りもなく思い知ることもない、という日本人の生き方が万事染み込んでいる。
「甘」と「天」と「海」とを日本人が等しく「アマ」と呼ぶのは、これらが元々同一の語源であったことを伺わせる。
こうした絶対的信頼は元を正せば、アマテラス(海照ラス)母胎=太母に「全能感に満たされすべてを任せて甘えて眠る」胎児(もしくは12才の少年)の支配的依存大洋感情(ロマン・ロランがフロイトの「幻想の未来」に与えた答え)から来ている。母子関係を基礎とした親分=子分;親方=子方;親会社=子会社高天ヶ原天下り;下請け;元受け、孫受け自由競争を完全に拒否妨害する悪質者=不良=ヤクザな会社組織;土建組織縄張り関係における、「取引一任勘定」!
永遠にだまされやすく弱体化した赤子エビス=老人オキナのような存在であり続けることが、日本の天下りした官僚オカミ支配層にとっては必要条件である。民衆が成熟して成人となり、親に寄生することを止め、独立を求めて自分の足で立ち上がったら最後、オカミ=お上=女将の権威と地位が消失することは、子供が独立したら、(母)親の子どもに対する支配力と絶対的立場がその場でなくなるのと同じだからである。これが、多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠;母=お袋を絶対的権威と仰ぎ、決して疑わない信頼を置く日本の母権的支配の原型である。
ここに、オカミ=お上=女将=巫女=太母を頂点とし、老人=翁と、童子=小さ子とを両義的に変換可能な底辺とする日本の社会心理三角形構造が形成される。
これを明示するのが、浦島太郎である。エントロピーが増大せずに永久に運動し続ける閉じた円環、閉曲線保存系=ウロボロス蛇に象徴される永久運動と永遠の少年の若さ、オメデタサは、タブーを破って玉手箱の蓋を開けると一瞬にして、老人となって失われる。
この結果は、八紘一宇の南洋の孤島=常世に進出した天皇の赤子から、昭和元禄に浮かれる戦後高度経済成長日本に帰還して、壮年期を喪失させられた横井庄一軍曹('15年生、グアム島より'72年2月2日帰還'97年9月24日死亡)、小野田寛郎 少尉('22年生、陸軍中野学校卒業、ルバング島より'74年帰還)の両 大日本帝国皇軍軍人が実現した。
お爺さん、お婆さんと、超越的能力=超能力をもつ童子=幼児だけしか存在せず、成人=英雄原型が希薄極まりない「***太郎」ものに代表される日本の昔話がそれを裏付ける。
小さ子神=オメデタイ エビスの足を引っ張る、足を切って去勢身動きできなくする=ヒルコ不具奇形を生むのが、「甘」と「天」と「海」の太母である。
自己責任を回避した上、経営不良体質の尻拭いを何の関係もない第三者にいざとなったら債務を押し付けて切り抜け逃げ切る責任転嫁のやり方は、有力都市銀行も「健全な銀行まで足を引っ張られる仕組み」と反発している。
悪質なものを救済せず亡ぶに任せる代り、その煽りで足を引っ張られ、共倒れになりそうな質の良いものだけを選別して救済する、これが護送船団ではないノアの方舟と同じ公共の為すべき義務である。
知的倫理的判断能力も責任能力もある健全な壮年都市生活者まで、行政の中心に据えられた幼児と老人のしでかしたことの尻拭いでこれら利権構造を支えるために増税させられ足を引っ張られる仕組みなのではないのか。
だからこそ、その多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠という甘く暖かい母胎の袋=お袋からちょっとでも落されると、日本人は「不祥事」「キビシイ」と弱音を吐くのである。これに不満を抱き「プイとふくれる」「だだをこねる」「ふて腐れる」「ぐれる」(母からハグレル)反感を抱くのが、慣習化された悪質者=不良=ヤクザな会社組織の乳児性抑鬱=ヒステリー性癇癪というものである。
カンガルーの子供でもあるまいし、個人の隅々に至るまでの自己責任と罪、真相の正当な社会的追求を「キビシイ」などと言っていられるのは乳幼児だけである。母乳という「甘い汁」を吸える袋=お袋=オメデタイ福袋から既に独立し乳離れした成人には当然の義務ではないか。
料亭かクラブ、バーか何かで、いい男がキレイドコロの芸者、女将オカミ、ホステス、ママから「お酌」をされて、やに下がる日本の慣習は、喫煙の風習が、乳首に対する口唇欲求の不安解消に起因するように、この太母=オカミから母乳を貰って満足する幼児の支配的依存の記憶の延長である。
これに賄賂、飲食、接待でもつけば完璧な談合腐敗文化構造の完成である。天下りするオカミ、御札に賽銭、まいないをやって憑依シャーマニズム巫女(料亭女将オカミ)の下で共食神人交歓酒盛り談合宴会を催し、下々の願事をかなえてもらうというのが揺るぎ無い日本の精神伝統文化だからである。
乙姫にお酌され鯛や平目の舞い踊る、竜宮の宴会?
露になった悪は亡びるに任せ、隠されている善を支援する社会は健全に伸びて行くだろう。
悪質なものを救済せず亡ぶに任せる代り、その煽りで足を引っ張られ、共倒れになりそうな質の良いものだけを選別して救済する、これが護送船団ではないノアの方舟と同じ公共の為すべき義務である。
悪と病を〔甘い汁血税を吸い上げる公共資金投入〕支援保護する一方で、伸びようとする善にその儀性を押し付け抑圧して止まない社会は、皆で渡れば怖くないと、悪と病が全体に蔓延した時点で、自壊するであろう。
国家大蔵省の手厚い保護を受けた挙句、現在崩壊の憂き身に直面している放漫体質の銀行に対し、「サラ金」とさげすまれた民間小口消費者金融会社は、誰の保護をも受けない野の中から這い上がるようにして、自由競争市場を形成した結果、様々な混乱問題を乗り越えて、真に国民金融サービスの健全な中核として機能するまでに成長した。
ATM導入、無人契約機などオンライン無人省力化をいち早く推進して、印鑑の廃止、インターネット対応デジタル署名、電子マネーも青息吐息の銀行より段違いに早く実現するのではないかと期待出来るのも完全民営により活力のあるこの業界である。
TVのニュースで拓銀の倒産につき今後の心配をインタヴューされた街頭の一市民は、「大丈夫だよ、堅実な会社だから」と平然と答えていた。彼には、経営が堅実でない悪質者=不良=ヤクザな会社組織だからこそ会社は倒産するのだという資本主義の根本原理に対する認識が欠落しているのだ。この絶対的信頼!
こうした絶対的信頼は元を正せば、母胎=太母に「全能感に満たされすべてを任せて眠る」胎児(もしくは12才の少年)の支配的依存大洋感情(ロマン・ロランがフロイトの「幻想の未来」に与えた答え)から来ている。母子関係を基礎とした親分=子分;親方=子方;親会社=子会社;下請け;元受け、孫受け自由競争を完全に拒否妨害する悪質者=不良=ヤクザな会社組織;土建組織縄張り関係における、「取引一任勘定」!
たとえ犯罪者加害者であっても、それがカミ、親分のなした事であれば絶対的に信頼し、「犯罪」とは呼ばず「不祥事」と言いかえることによってなおも信頼回復と忠誠を強め、ついには自分の加害者に心の救済までも求めるに至るのが古代信仰というものだからである。
永遠にだまされやすく弱体化した赤子=老人のような存在であり続けることが、日本の天下りした官僚オカミ支配層にとっては必要条件である。民衆が成熟して成人となり、親に寄生することを止め、独立を求めて自分の足で立ち上がったら最後、オカミ=お上=女将の権威と地位が消失することは、子供が独立したら、(母)親の子どもに対する支配力と絶対的立場がその場でなくなるのと同じだからである。これが、多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠;母を絶対的権威と仰ぎ、決して疑わない信頼を置く日本の母権的支配の原型である。
「親分がカラスは白いといったら絶対に白い」という絶対服従がヤクザの世界の掟だからである。
| やくざの生活 | 田村栄太郎 | 雄山閣 | 1964 | |
| 141〜142ページ | ||||
不祥とは「めでたくないこと」であり、不祥事とは「不吉な好ましくない事、事件」の意味である。
その行き着くところは、二度も三度も甘い汁血税を吸い上げる公共資金投入を啜って同じ悪を繰り返し、何をやっても「不祥事」だ、オカミが最後には助けてくれる、つぶれたら後は誰かに追っ付けて逃げ延びれば、赤信号皆で渡れば怖くないという、ノーテンキな寄生者のお目出度さである。
さらにこの関係は、寄生憑依者が宿主に巧みに取り入って入り込んでしまうと、そのうち本領を発揮して内部から占領支配し始め、自らは増殖、ついには宿主を食いつぶし滅ぼすに至り新たな宿主を求めて外部に飛びだして行く、という生物界に普遍的な寄生戦略と見ることも出来る。
赤信号が点滅しているのに、交差点から避難撤退しようともしない者は法治主義社会では命を落して当然である。言語や信号、インターネット情報で与えられた警告を無視する者は、痛い目を逢わなければ分からない子供、幼児とされるであろう。言語による警告で理解しないものは、身体で覚えるしかないであろう。
未成年立ち入り禁止が設けられるのは、性的能力に限られた領域ではない。
何回警告を受けても、法とルールを無視したその行動に反省による変化が見られない場合には、サッカーのイエローカードと同じで、その世界から立ち入り禁止、資格剥奪、業界追放措置が取られることになろう。
言語の正しさは、力が証明する。
われわれは絶壁が見えないようにするために、何か目をさえぎるものを前方においた後、安心して絶壁の方へ走っているのである。前田陽一、由木康 訳 パスカル「パンセ」183
さて、そこからはるか離れた所に、おびただしい豚の群れが飼ってあった。悪霊どもはイエスに願って言った、「もしわたしどもを追い出されるのなら、あの豚の群れの中につかわして下さい。」そこで、イエスが「行け」と言われると、彼らは出て行って、豚の中へはいり込んだ。すると、その群れ全体が、崖から海へなだれを打って駆け下り、水の中で死んでしまった。(マタイ8・30〜32)
さらにこの関係は、寄生憑依者が宿主に巧みに取り入って入り込んでしまうと、そのうち本領を発揮して内部から占領支配し始め、自らは増殖、ついには宿主を食いつぶし滅ぼすに至り新たな宿主を求めて外部に飛びだして行く、という生物界に普遍的な寄生戦略と見ることも出来る。
集団で法を無視するということは、近代国際社会においては法に違反するより遥かに悪質な行為である。
それは、法の意義と、存在理由とを理解する能力を欠く、というだけにとどまらず罪を罪として認め、感知する文化伝統資格がなく、従って、当該行為を反省する機会をついに持たないまま、死ぬまで集団で同じ悪を繰り返して止まない、組織内部で一旦始まった悪が内部の力では止まらないということを意味するからである。
内部で止まらない悪は、外圧的力によって強制的に止められる運命を甘受すべきである。
そして、法と法治主義の存在意義を根本的に理解できず、無視敵対する者の筆頭が、ヤクザなのである。
情報化社会での最高刑は、暴力よりもむしろ、この法とルールとゲームの無視、無知、違反行為、真実の公共情報の公開妨害、隠蔽、虚偽報告、ねつ造に対して課せられるべきである。
不正利益供与、簿外帳簿のような行為は、端的に自由経済市場ゲームのルール違反、無視だからこそ、国際的非難株価下落の対象になるのであって取り立てて倫理によって取引停止されているわけではない。
ゲームにおけるルール違反,無視、フェアプレイ精神の欠如、無自覚は断じて「不祥事」ではなく、如何に無知から、文化の違いからであろうと繰り返せば退場あるいは出場停止、プレイヤー資格剥奪、業界追放を命じられる立派な犯罪行為であるという自覚は、日本にはマスコミを含め皆無であると言っていい。
だからこそ日本ではどこからとも無く流れてくる「赤信号、皆で渡れば恐くない」という、自己破滅、集団自殺に終わる集団ルール違反・警告無視をやけっぱちで喜ぶような古代ワザオギのフレーズが冗談ではなくオモテ向きの法治主義に隠れた暗い現実を追認するものとなっているのだ。
日本のトップ証券会社はすべてこのヤクザと、裏で通じ癒着し、支配的依存されてもう少しで乗っ取られるところまで行っていた闇取引会社であることが、証明されたのである。
「赤信号、皆で渡れば怖くない」という集団ルール違反・警告無視社会は、大量発生したレミングのように自殺、心中、安楽死、玉砕、自滅、自壊という形でカタストロフを迎えざるを得ないのである。
他人の迷惑になることだけはしてはいけません、という日本の母親が子供に対して提起できる唯一の倫理規定は、自己の利益欠損への禁止条項を決定的に欠落している点で、重大である。それは少なくとも、自分の身内のことならば何をやろうが自分の勝手だ、とする自由と履き違えたヤクザと同じ放縦論理をもたらす。
カタギの皆様の迷惑になることだけはするんじゃねぇ、とヤクザの親分も子分共に言うからである。
自殺心中玉砕も、母子近親相姦援助交際売買春も、臓器売買も、身内仲間どうしの腐敗談合自己壊滅も、裏で秘密裏に平穏無事に行われ表面上すべて外にいる他人には迷惑をかけてはいない以上は、巫女女将オカミ=太母が君臨教育シツケする母性社会日本では強制的に禁止することができないのである。
日本には既に、満州国支配に対するリットン調査団と国際連盟の勧告を無視して、国連を脱退して世界を敵に回した戦争に突入し、連合国ポツダム宣言の無条件降伏警告を新聞もこぞって「笑止」と無視黙殺して、原爆を投下された実績がある。
ここに、表向きには世界で一、二を争う軍事統制経済国家として名を馳せ戦艦大和並みに依らしむべし、知らしむべからず;皆で渡れば怖くない横並び護送船団方式で見栄をはりながら、その裏に隠れた(銃後の)国民生活の実態は貧しいかぎりという、戦前から続いた中空の張子の虎=二重演劇構造を構成する一つの原因がある。
(近くは、従軍慰安婦問題の国家責任について出された国際連合人権委員会クマラスワミ勧告も、日本は無視している。)
「従軍慰安婦」問題に関する国連人権委員会ラデイカ・クマラスワミの報告
市民新党にいがた 従軍慰安婦歴史教科書陳情、意見書、問題討論資料
1945年7月26日発表 ポツダム宣言
3項 前略・・・吾等ノ決意ニ支持セラルル吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本国軍隊ノ不可避且完全ナル壊滅ヲ意味スベク又同様必然的ニ日本国本土ノ完全ナル破壊ヲ意味スベシ
13項 前略・・・右以外【無条件降伏以外の;引用者注】ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス
規模は小さいながら、国と厚生省がアメリカの警告を無視することによって起ったという点では、薬害エイズ、今回新たに提訴されたクロイツフェル=ヤコブ病問題も、これと軌を一にするのではないか。
***
日本人が未だ戦後解任帰国後のマッカーサー聴聞会証言通り12才の少年であると認めるのであれば、その責任能力資格なしと見て今度は国際経済社会への進出が禁止されるであろう。
未成年立ち入り禁止が設けられるのは、性的能力に限られた領域ではない。
真実の重さと罪の深さに耐え切れる精神の成熟こそが大人には求められるのである。それに耐え切れない未成年には、常に気休めと幻想が与えられる。
何回警告を受けても、法とルールを無視したその行動に反省による変化が見られない場合には、サッカーのイエローカードと同じで、その世界から立ち入り禁止、資格剥奪、業界追放措置が取られることになろう。
常に日本の救済は、為した悪の認識と責任の特定、処罰をする以前に「社会的混乱を招く」との一言で混同されて発動される。路頭に迷う従業員や株主、預金者が可哀想だ、という恩情論と、その結果責任の特定追及とは別個のものとして分離して扱われなければならない。投資破産して生活が明日から成り立たないというのなら、生活保護を受けるべきで、だからといってその株を買った責任までをなかったことにし、補填が許されるべきものではない。
悪質なものを救済せず亡ぶに任せる代り、その煽りで足を引っ張られ、共倒れになりそうな質の良いものだけを選別して救済する、これが護送船団ではないノアの方舟と同じ公共の為すべき義務である。
悪質なものを、どさくさに紛れて質の良いものに紛れ込ませる選別の未分混同、誤認、恩情を誘うことこそ、彼らの思うつぼであることを日本人は知らなければならない。
破産、倒産、失業、恐慌が必然的に起こり得るのが資本主義社会の本質であるからこそ、社会福祉が別途、法によって整備されているのである。 倒産、失業が構造的に起きてくるというときに「起こさないように自由経済市場に恩情政治が介入する」のは、資本主義国政府の受け持つべき機能ではない。
というのは、経済行政と、社会福祉とが常に、未分癒着のまま混同された思考対象とされ続けるのが多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠というものだからである。ここに福祉行政官僚に代表される認可予算権限を握った官僚への賄賂接待談合攻勢の虫がタカッテくる太母発酵腐敗温床が存在する。
いわば審判が、監督やコーチの役まで勝手に引き受け、時によってはゲームにまで参加しプレイしてしまう審判、コーチ、プレイヤーの未分癒着が常態になっている。これが経済行為では外国まで出向いてもインサイダー取引等商法違反を平気で繰り返す異様な商慣行、特に外国からの新規参入に対し自由競争を妨害する閉鎖的(戦時)統制経済となって現われアメリカ等の非難の的になっているのである。
一部特定組織団体の目先にある社会更生福祉の問題を、21世紀国家100年の構造を決定する経済行政コスト責任サービス追及の場でそれと摩り替えて混同して論ずべきではない。もし同じ場で論じるにしても、どちらが優先するかは明らかであろう。前者を優先すれば、国家構造が崩壊するのである。
現在問題の焦点ともなっている郵政3事業民営化の議論でも、国営存続派の何かといえば持ち出してくる離島、遠隔地、過疎地の生活、利便性を奪うのか、という足枷論法は、その一例にすぎない。
受信料自由化に反対するNHKも同様である。すべての聴視者から、NHKを見ていなくても(離島、遠隔地、過疎地にすむ老人世帯のために)一律強制的に徴収するというやり方は、国民から強制的に税金を徴収するのと根本的に同じ戦前の国家社会主義的態度である。NHKが本当に民間会社であるというなら、何処までも受益者負担の原則を貫徹しなければならない。言い換えれば、NHKを観てもいない非受益者から受信料をとるのは即刻中止するべきである。
受益者だけを選別するのは、現在ですら、受像機にNHK局専用コンバータでもつければ技術的には十分可能である。さらに、21世紀に掛けてインターネットPC界と融合的に加速するデジタルネットワークマルチメディア革命=双方向多チャンネルデジタル放送Digital HDTVの普及は、アナログハイビジョンHDTV方式に固執する「皆様のNHK」を窮地に追い込むことになろう。
公共性を盾にして一律に強制的な受信料徴収をするにも関わらず、世界標準から孤立した独自のアナログHDTV放送数チャンネルというアナクロニズムに拘るNHKの矛盾は、これから極めて明快に露呈し、組織を分離解体、完全民営化によるスポンサーつき無料放送へと導くであろう。旧国鉄や山一社員の二の舞を踏みたくないNHK関係者は、今から民放など転職先を考えておくべきだ。
旧国鉄時代からの世界最速をマークしたリニアモーターカー、動燃のプルトニウムリサイクルエネルギー政策とともに、NHKのアナログハイビジョンは世界に先駆けて広がる新技術立国の突破口となるのであろうか。それともソーラーカーのように低速、クリーン低エネルギー;物流に変わるデジタル情報流通ネットの発達する21世紀には他の誰もが真似をせず、記念碑的に孤立する日本のアナクロ島国技術の象徴となるのだろうか?
民放の1局300チャンネルを越える自由契約デジタル地上波放送と、NHKは受信できないDigital HDTVの普及率が50%を割った時点で、最早「皆様のNHK」とは言えなくなるのだ。
これについてはArtemis Sampler「林檎は食われて生き残るか?」を参照。
高齢者の受益、若い世代が負担・旧国鉄債務処理
旧国鉄の債務を処理するため、現在20歳の人は約73万円を負担するが、60歳の人は約21万円で済む――。長い間、負担をせずに利益だけを受けていた高齢者は、これからの返済期間が短く負担が少なくてすむ。そのツケは若い人に回ることが、富士総合研究所の試算で明らかになった。調査を担当した浅羽隆史・主事研究員は「60年間にわたって返済するという処理方法は、世代間の受益と負担のバランスが悪く、公平さに欠ける」と指摘している。
(97/12/22asahi.com)
しかもこの全国におよそ2万5千ある郵便局のかき集めた、郵便貯金、簡易保険の金が農協同様、大蔵を経て、離島、遠隔地、過疎地の独居老人の知らぬ間に官僚放漫財政の穴埋め、旧国鉄負債処理や、破綻が明らかな林野事業へ財形投融資という形でつぎ込まれ、5千億とも言われるかなりの額が焦げ付いて回収返還できなくなってしまっているのである。
国全体では、財形投融資に当てられて未だ返ってこない国民の税金総額は、377兆円になると言われている!
この米作農家減反による巨額な農地売却益を吸い上げた農協〔現JA〕の目茶苦茶な住専への融資による地価急騰が、今日の日本経済バブル崩壊を招いた元凶なのである!
郵便局なら大丈夫、農協、NHKなら大丈夫、国のやることだからお墨付きだ、親方日の丸間違いない。
こうした絶対的信頼は元を正せば、母胎=太母に「全能感に満たされすべてを任せて眠る」胎児(もしくは12才の少年)の支配的依存離島大洋感情(ロマン・ロランがフロイトの「幻想の未来」に与えた答え)から来ている。母子関係を基礎とした親分=子分;親方=子方;親会社=子会社;下請け;元受け、孫受け自由競争を完全に拒否妨害する悪質者=不良=ヤクザな会社組織;土建組織縄張り関係における、「取引一任勘定」!
国土庁地方振興局離島振興課 HPよりコピー引用
1 我が国の島嶼の構成
2 離島地域の現況
前略
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もう一つのより深い解析軸は、海洋性嗜好と言うべきものである。…日本の鍋は湯(海水)沸かし(塩釜)が根底にある、海と山に挟まれた漂海民採集島食縄文煮炊き鍋なのだ。(ヤクザの源流漁労民漂海民ヤン衆と山民、縄文の煮炊き土器;三内丸山遺跡 )
この島における山と海との近接交代採集食習俗は現在でも毎年、年中行事のように繰り返されている、春秋の山菜狩りと夏の潮干狩りとに表われている。
Artemis Sampler「日本食の特徴をなすタブーについて」より。
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東海の離島の磯の浦島太郎が、玉手箱をあけた時のようにこの12才の少年つまり、小さ子は、翁、つまり老人と両義的に変換できるから、その間にあるべき市民社会の成熟した大人の姿が消滅しているである。
ここに、オカミ=お上=女将=巫女=太母を頂点とし、老人=翁と、童子=小さ子とを両義的に変換可能な底辺とする日本の社会心理三角形構造が形成される。
この結果は、八紘一宇の南洋の孤島=常世に進出した天皇の赤子から、昭和元禄に浮かれる戦後高度経済成長日本に帰還して、壮年期を喪失させられた横井庄一軍曹('15年生、グアム島より'72年2月2日帰還'97年9月24日死亡)、小野田寛郎 少尉('22年生、陸軍中野学校卒業、ルバング島より'74年帰還)の両 大日本帝国皇軍軍人が実現した。
お爺さん、お婆さんと、超越的能力=超能力をもつ童子=幼児だけしか存在せず、成人=英雄原型が希薄極まりない「***太郎」ものに代表される日本の昔話がそれを裏付ける。
永遠にだまされやすく弱体化した赤子=老人のような存在であり続けることが、日本の天下りした官僚オカミ支配層にとっては必要条件である。民衆が成熟して成人となり、親に寄生することを止め、独立を求めて自分の足で立ち上がったら最後、オカミ=お上=女将の権威と地位が消失することは、子供が独立したら、(母)親の子どもに対する支配力と絶対的立場がその場でなくなるのと同じだからである。これが、多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠;母を絶対的権威と仰ぎ、決して疑わない信頼を置く日本の母権的支配の原型である。
これを明示するのが、浦島太郎である。エントロピーが増大せずに永久に運動し続ける閉じた円環、閉曲線保存系=ウロボロス蛇に象徴される永久運動と永遠の少年の若さ、オメデタサは、タブーを破って玉手箱の蓋を開けると一瞬にして、老人となって失われる。
この結果は、八紘一宇の南洋の孤島=常世に進出した天皇の赤子から、昭和元禄に浮かれる戦後高度経済成長日本に帰還して、壮年期を喪失させられた横井庄一軍曹('15年生、グアム島より'72年2月2日帰還'97年9月24日死亡)、小野田寛郎 少尉('22年生、陸軍中野学校卒業、ルバング島より'74年帰還)の両 大日本帝国皇軍軍人が実現した。
この乙姫から開けてはいけないときつく釘をさされた玉手箱=魂箱こそが、「知らぬが仏」と情報統制される日本社会のタブーである。情報開示により、秘密を知ってしまった12才の少年は、真実に耐え切れず一瞬にして、成人を突き抜け、アナクロニズムの老人と化す。後には、大和魂が飛び出して行った、中身がカラの箱=母胎容器だけが残される。
「空、カラ」不正腐敗はこの御伽噺の中空太母「福袋信仰」中空文化構造から必然的に生ずるのである。猪瀬直樹の「ミカドの肖像」で使っているアイディアはユング心理学者の河合隼雄が「中空構造日本の深層」で提出した中空ウロボロスイメージの応用である。上山春平の「凹型文化」あるいは折口信夫が「殻、貝、ホカイ」などの中空容器に注目した論考を書いているのが先駆であろう。カラの容器、玉(手)箱に外魂が寄りつくというのが、トヨタマ姫=浦島太郎からの憑依シャーマニズムの基本原理だからである。
このカラの容器は、魂=玉=タマ=卵、蚕の繭とも変化する。
asahi.com 政治特集 大蔵支配 歪んだ権力(朝刊経済面に1996年10月2日から1997年3月26日まで連載)のうち〈10〉 「繭の文化」に欧米は不信感の一部を以下に引用する。(ボールド引用者)
「日本は金融業界の『繭の文化(コクーン・カルチャー)』を見直していくべきだ」。良識派として知られる下院銀行金融サービス委員会のジム・リーチ委員長は、こう指摘する。
金融機関が本当の競争にさらされることなく、大蔵省の保護や仲間うちの世界で、成熟しないまま、もたれ合う不透明な姿を、「繭」という言葉で表した。一方でソロモン・ブラザーズ東京支店長などの経験を持つユージーン・ダテルさんは「外国人が陥りやすい錯覚は、邦銀を純粋な民間企業だと思っていることだ。実態は大蔵省の下部機関でしかない」と話す。
邦銀が、八〇年代後半、「繭」から飛び出し「巨大な蛾(が)」となって、国際金融市場を席巻した時期もあった。
***
中村真一郎、福永武彦、堀田善衛原作によるこの常世の祖霊虫=オシラ神イメージの現実化が、日本の危機に際して、ポリネシアの孤島インファント〔幼児の〕島から助けに訪れるという巨大な蛾moth「モスラMothra=Mother」である。
皆揃って「海の家;うらしま」の
東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる
その時、平成日本は再び泣きぬれて「鎖国」に戻る、お得意の「浦島」離島=常世=宝船幻想の源泉である竜宮母胎退行をするのだろうか?乙姫にお酌され鯛や平目の舞い踊る、竜宮の宴会に?
もしその事実に何時までも気がつかず、「赤信号」が点滅しているのを無視し、性懲りもなく「富くじ」ならぬ「サッカー(カラ)くじ」(これは廃案になる見通し;後記)等にうつつを抜かしているのなら、日本的経営経済は景気循環の枠を越えて、二度と元には戻らないカタスロフ的に構造失速し、金融、証券市場は21世紀の世界とアジア各国から見放され、東洋の小島の磯に孤立してしまうであろう。
そもそもこういう組織的経済犯罪が起こっても、「不祥事」と言い換えてニコニコ笑っていられる日本の「株主」「預金者」が大多数を占めること自体、株主総会や総務部株式担当に暴力と怒号をもって押し掛ける総会屋、ヤクザにもまして異常かつ危険な兆候である。
たとえ犯罪者加害者であっても、それがカミのなした事であれば絶対的に信頼し、「犯罪」とは呼ばず「不祥事」と言いかえることによってなおも信頼回復と忠誠を強め、ついには自分の加害者に心の救済までも求めるに至るのがニコニコ古代信仰というものだからである。
彼ら一般投資家、小口預金者こそ会社が何をやっても株主総会で何ひとつ抗議追求発言すらできず、出した金をすべて絶対的に信頼した会社にお預けしてじっと増えるのを待っている「取引一任勘定」第一の当事者だからである。
あなた方のために、今から警告しておくが、今日明日にでも、取引先の銀行、証券、生命保険、その他公共機関の二度と開くことのないシャッターに「本日早朝**時を持ちまして、当行の取引は停止しました」との張り紙が張られることはないとは最早言えなくなってきているのだ。
何も知らない離島、遠隔地、過疎地に住む正直者のお爺さん、お婆さんが農協と郵便局に預けたお金が、いつの間にか2倍、3倍になって返ってきました(それはお爺さん、お婆さんが正直だったからです)というのは、御伽噺の中空太母「福袋信仰」宝船幻想ではあっても、判断を誤れば一夜にして破産状態にもなるリスクと結果責任を背負った近代自由市場社会株主の「投資」行為では有り得ない。
ここには、さらに貴重で大切なものは「使用」しないで「蔵の奥にくるんでしまっておく」という、正倉院=大蔵以来の「秘蔵お宝信仰」がある。(玉手箱タブー)
非公開、秘密所有、隠匿保持の古代母胎伝統を現代に持ち込むことは、近代以降の公開、開示使用、検証点検のダイナミズムにすべて反するアナクロニズムである。
金と経済だけが目的の者は、餌を集め貯えてどこかに隠したきり食べることを忘れてしまうカラスの習性のように、金を呪物として集め貯えればそれで終わりである。それ以上の金の使い方を考える能力が彼等にはそもそもないのである。正しく使わ(え)ない金は、持ち腐れる。いかに大金を持っていても、使い方を知らなかったり間違えたりばかりしているならば、その国は貧しいのである。
或る金の好きな人が彼の全財産を金に代えて、それで金の塊を作り、或る場所に埋め、そこにはまた自分の魂も心も一緒に埋めました。そして毎日出かけて行っては、それを眺めるのでした。
すると職人の一人が彼を仔細に観て、為されたことの意味を知り、魂を掘り出して持ち逃げしました。その後にまたその人がやって来て、その場所が空っぽなのを見ると、うなって髪の毛をかきむしり始めました。
すると或る人が彼のそんなに嘆き悲しむのを見て、そのわけを知り
「ね、あなた、そんなに力を落すものじゃありませんよ、実は、あなたは金を持っていると言っても持ってはいなかったのです、だから金の代りに石を取ってそこにおきなさい、そして自分は金を持っているのだと思いなさい、あなたのためには同じ務めを果たすでしょうからね。と言うのは、私の見るところじゃ、金があった時でも、あなたはその持物を利用していなかったのですからね。」
と言いました。
この物語は、所有というものは、それに利用が加わらなければ無駄である、ということを明らかにしています。
岩波文庫版「イソップ寓話集」 344金の好きな人
1200兆ともいわれる世界有数を誇る日本の個人貯蓄額は、この「石」同様「金を握り締めているだけで、使用、利用せず、循環させない」という意味で何の経済効果も現わさない。伝統的に伏在する日本の将来への社会的不安、突発的な信用不安により行き場を失った金のタンス預金−55兆円ともいわれる−はますますその生体に毒をもたらす経済的便秘=腐敗宿便?の度合いを深めるだろう。
また、過去最高に達したと報じられた3兆3416億円という'98年1月の郵便貯金の前月比増加額が示すように、アブナイ銀行から引き出されタンスに回らない分は、性懲りもなくかなり郵貯に動いた可能性もある。拓銀がつぶれた北海道では、'98年1月の郵貯増加額は、1189億円と最高を記録した。
この全国におよそ2万5千ある郵便局のかき集めた、郵便貯金、簡易保険の金が農協同様、大蔵を経て、離島、遠隔地、過疎地の独居老人の知らぬ間に官僚放漫財政の穴埋め、旧国鉄負債処理や、破綻が明らかな林野事業へ財形投融資という形でつぎ込まれ、5千億とも言われるかなりの額が焦げ付いて回収返還できなくなってしまっているのである。
国全体では、財形投融資に当てられて未だ返ってこない国民の税金総額は、377兆円になると言われている!
この米作農家減反による巨額な農地売却益を吸い上げた農協〔現JA〕の目茶苦茶な住専への融資による地価急騰が、今日の日本経済バブル崩壊を招いた元凶なのである!
郵便局なら大丈夫、農協、NHKなら大丈夫、国のやることだからお墨付きだ、親方日の丸間違いない。
こうした意識は最早アナクロニズムという他はない。
食事や睡眠、運動、栄養の摂取が、一挙に蓄積できるものではなく、日々の生活の中から少しずつ一生を掛け身体の要求に応じ行われるのが自然の営みであるように、自然の有限な欲求を破壊した結果として、無限に散乱した欲望の中で膨らんだ精神的異常=強迫妄想による金銭の大食い=資本の蓄積は摂食障害であり、肥満と消化不良と便秘をもたらすであろう。
基本的に労働の成果や利益を金という物質に代えて、「貯金」「預金」「証券」という形であれなんであれ、将来(来世?)のために保存、蓄積増資できるとい呪物経済幻想が俗世における資本主義合理的活動を支える基礎である。
M・エンデの「モモ」に出てくる「時間貯蓄銀行」にも増して、労働の成果や利益もしくは保険のように生命そのものを保存交換、蓄積増資できるというのは近代を支える幻想である。臓器移植、売買は現在その先端に位置する。「時間」を貯えられないように、すべての生命活動(食物、情報を含むエントロピー)は、エネルギーのように今を倹約我慢して働いておけば、後になってからその蓄積分で楽できるという可逆的保存的なものではない。
それができるのは、腐敗死物だけである。
一年分 、たとえ一日でさえ、食い貯めしておくことはできない。
若い時に、汗水たらし我慢したものは、老人になってから二度と取り戻すことはできない。時間と生命は保存不能にして不可逆である。そして保存不能なものは、等価交換不能、商品化不能である。
これを明示するのが、浦島太郎である。エントロピーが増大せずに永久に運動し続ける閉じた円環、閉曲線保存系=ウロボロス蛇に象徴される永久運動と永遠の少年の若さ、オメデタサは、タブーを破って玉手箱の蓋を開けると一瞬にして、老人となって失われる。
正しく使わ(え)ずに溜め込まれた過剰な栄養=金は、脂肪となって肥満成人病の原因になるか、便秘と同じく持ち腐れるか、強制的に体外に排出させられる。
ここには、さらに貴重で大切なものは「使用」しないで「蔵の奥にくるんでしまっておく」という、正倉院=大蔵以来の「秘蔵お宝信仰」がある。(玉手箱タブー)
非公開、秘密所有、隠匿保持の古代母胎伝統を現代に持ち込むことは、近代以降の公開、開示使用、検証点検のダイナミズムにすべて反するアナクロニズムである。
あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。(ヤコブ5.3)
金と経済だけが目的の者は、餌を集め貯えてどこかに隠したきり食べることを忘れてしまうカラスの習性のように、金を呪物として集め貯えればそれで終わりである。それ以上の金の使い方を考える能力が彼等にはそもそもないのである。正しく使わ(え)ない金は、持ち腐れる。いかに大金を持っていても、使い方を知らなかったり間違えたりばかりしているならば、その国は貧しいのである。
(宝)石のようなものを溜め込むだけの所有経済行為は、外部に見せる非生命的な建て前=土建だけ豪華に飾り、中身の生命的活動実質は貧しい限りという、日本社会の中空の張子の虎=二重演劇構造に合致する。
'97年に問題化した、ココ山岡宝石買い取り保証商法被害のような事件は、その象徴的な例である。
ここに、表向きには世界で一、二を争う軍事統制経済国家として名を馳せ戦艦大和並みに依らしむべし、知らしむべからず;皆で渡れば怖くない横並び護送船団方式で見栄をはりながら、その裏に隠れた(銃後の)国民生活の実態は貧しいかぎりという、戦前から続いた中空の張子の虎=二重演劇構造を構成する一つの原因がある。
ところが、こうした溜りに溜まった貯蓄、タンス預金を吐き出させるにしても、
盆暮れ正月お歳暮、暑中見舞い年賀状など、古代ポトラッチ呪物交換の固定された集団挨拶儀礼流行儀式か、さもなくば、福袋、お年玉、(年末ジャンボ)宝くじのような個人のクジ、バクチ、呪術行動だけに限られ、その間にあるべき、理性に基く近代世俗合理的投資行動という中間項が欠落しているというのが日本人の経済行動に見られる著しい特徴である。
(福袋信仰の原型は、浦島太郎が乙姫からもらった玉手箱と同じお年玉観念で、年の始めに必ずカミから頂く年魂の‘アラタマ’憑依シャーマニズム信仰にある。日本人には明治になるまで個人の誕生日という観念が存在せず、毎年元旦に全員で一斉に年を取る‘数え年’制を保存していた)
つまり、テキヤ資産家、ヤクザ成り金、バクチ投機家はいても、資本を正しく使い、動かす能力のある、投資家は日本には存在しないということである。従って、日本においては、資本主義社会の実現は不可能である。
(袋の中身を)依らしむべし、知らしむべからず。
縁起の良い日に幾許かの賽銭を投げ入れれば、必ず大きな福になって増えて返ってくるという神社オカミエビス福引き信仰には投資活動をする株主、預金者に必要な最新の知識情報と分析検証する批判的知性及び自己責任能力は必要ないからである。
そこには「メデタイ」か「メデタクナイ」か、「ツイテイル」か「ツイテナイ」かの古代呪術「富クジ」感覚しかない。
赤信号が点滅しているのに、交差点から避難撤退しようともしない者は法治主義社会では命を落して当然である。言語や信号、インターネット情報で与えられた警告を無視する者は、痛い目を逢わなければ分からない子供、幼児、老人とされるであろう。
ここに、オカミ=お上=女将=巫女=太母を頂点とし、老人=翁と、童子=小さ子とを両義的に変換可能な底辺とする日本の社会心理三角形構造が形成される。
お爺さん、お婆さんと、超越的能力=超能力をもつ童子=幼児だけしか存在せず、成人=英雄原型が希薄極まりない「***太郎」ものに代表される日本の昔話がそれを裏付ける。
何回警告を受けても、法とルールを無視したその行動に反省による変化が見られない場合には、サッカーのイエローカードと同じで、その世界から立ち入り禁止、資格剥奪、業界追放措置が取られることになろう。
責任能力を持ち得ないものは、どこであれ市民自由領域に立ち入ることを禁止される。
未成年立ち入り禁止が設けられるのは、性的能力に限られた領域ではない。
真実の重さと罪の深さに耐え切れる精神の成熟こそが大人には求められるのである。それに耐え切れない未成年には、常に気休めと幻想が与えられる。
日本人が未だ戦後解任帰国後のマッカーサー聴聞会証言通り12才の少年であると認めるのであれば、その責任能力資格なしと見て今度は国際経済社会への進出が禁止されるであろう。
浦島太郎が、玉手箱をあけた時のようにこの12才の少年つまり、小さ子は、翁、つまり老人と両義的に変換できるから、その間にあるべき市民社会の成熟した大人の姿が消滅しているである。
この結果は、八紘一宇の南洋の孤島=常世に進出した天皇の赤子から、昭和元禄に浮かれる戦後高度経済成長日本に帰還して、壮年期を喪失させられた横井庄一軍曹('15年生、グアム島より'72年2月2日帰還'97年9月24日死亡)、小野田寛郎 少尉('22年生、陸軍中野学校卒業、ルバング島より'74年帰還)の両 大日本帝国皇軍軍人が実現した。
ここに、オカミ=お上=女将=巫女=太母を頂点とし、老人=翁と、童子=小さ子とを両義的に変換可能な底辺とする日本の社会心理三角形構造が形成される。
お爺さん、お婆さんと、超越的能力=超能力をもつ童子=幼児だけしか存在せず、成人=英雄原型が希薄極まりない「***太郎」ものに代表される日本の昔話がそれを裏付ける。
永遠にだまされやすく弱体化した赤子=老人のような存在であり続けることが、日本の天下りした官僚オカミ支配層にとっては必要条件である。民衆が成熟して成人となり、親に寄生することを止め、独立を求めて自分の足で立ち上がったら最後、オカミ=お上=女将の権威と地位が消失することは、子供が独立したら、(母)親の子どもに対する支配力と絶対的立場がその場でなくなるのと同じだからである。これが、多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠;母を絶対的権威と仰ぎ、決して疑わない信頼を置く日本の母権的支配の原型である。
つまり全国に展開する農協と郵便局が、離島、遠隔地、過疎地の老人世帯から吸い取った小金が勝手な放漫投資やそれに伴なう自己失政責任の尻拭い、穴埋め資金としていいように流用されている巨大利権構造がここに存在するのである。ここにこれらを自らの利権と資金源とする自民党が、郵政事業の民営化構造改革に強硬に反対する真の理由がある。
知的倫理的判断能力も責任能力もある健全な壮年都市生活者まで、行政の中心に据えられた幼児と老人のしでかしたことの尻拭いでこれら利権構造を支えるために増税させられ足を引っ張られる仕組みなのではないのか。
ニュースステイション 高成田 享の意見
全日本空輸などの社長交代劇をみているうちに、大企業の役員たちの幼児性が浮かんできて、こんなことで、日本の企業社会は大丈夫なのか、という…・若狭氏の人事についての判断力は、自分の子どもを子会社の社長に起用しようという程度のもので、かつては、ちゃんとしていたというのなら、老人によくみられる幼児への退行現象が進んでいたということだろう。問題は、こんなわがままを社長でもない人間が通すのを許す、役員会にある。社長が自分の権限がないからといって、職を投げ出すというのは、勉強しろと親にしかられて、登校拒否を起こすようなものだ。現役の役員たちは、まだ、退行現象が起きる年齢でもないだろうから、かれらの社会性は、幼児期から進歩していないのではないか、とすら考えてしまう。いつまでも「親離れ」ができない症候群は、総会屋に多額の便宜をはかった野村証券や第一勧業銀行にもいえる。かつての社長や頭取からの「負の遺産」を、先輩たちの顔を立てるために、大事に育てたのだ。(1997/5/29「社長を誰が律するのか」より抜粋引用)
永遠にだまされやすく弱体化した赤子=老人のような存在であり続けることが、日本の天下りした官僚オカミ支配層にとっては必要条件である。民衆が成熟して成人となり、親に寄生することを止め、独立を求めて自分の足で立ち上がったら最後、オカミ=お上=女将の権威と地位が消失することは、子供が独立したら、(母)親の子どもに対する支配力と絶対的立場がその場でなくなるのと同じだからである。これが、多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠;母を絶対的権威と仰ぎ、決して疑わない信頼を置く日本の母権的支配の原型である。
ここに、オカミ=お上=女将=巫女=太母を頂点とし、老人=翁と、童子=小さ子とを両義的に変換可能な底辺とする日本の社会心理三角形構造が形成される。
お爺さん、お婆さんと、超越的能力=超能力をもつ童子=幼児だけしか存在せず、成人=英雄原型が希薄極まりない「***太郎」ものに代表される日本の昔話がそれを裏付ける。
責任能力のないものを、行政の中枢におく無責任中空張り子の虎国家が、21世紀に成り立ち行くのか?
郵便局とNHKは老人福祉局なのか?特別老人ホームに落ちる公共補助金が多額であるのをいいことに、そこにタカリ住んでいた厚生福祉担当高級官僚は誰なのか?
ATM導入、無人契約機などオンライン無人省力化をいち早く推進して、印鑑の廃止、インターネット対応デジタル署名、電子マネーも青息吐息の銀行より段違いに早く実現するのではないかと期待出来る民間小口消費者金融業界が責任能力のないものから貸し出していたらとっくに破綻していたであろう。
遅くなってから離島対応を始めた宅配便業界もそうである。衛星デジタルTV放送も老人主体のご長寿番組編成では金を払って誰も見てくれないだろう。
NHKも郵便局もそんなに僻地に住む老人のことが気に掛るというのなら、離島の隅々にまでデジタルオンライン化を実現し、老人福祉課に組み入れられることによって老人チャンネル、老人ボランティアデリバリとしてサービス特化存続生き残りを図ったらいかが?
この11月26日、徳陽シティ銀行破綻が報じられた日に、三井、三菱、住友、安田、東洋、中央の信託銀行6行が郵便局のATM・CD網との接続を郵政省に申し入れるニュースが入って来た。
日本信託銀行を加えた全体でも約1000台しかないこの業界が、米シティバンクや流通系クレジット会社の他民間金融機関とのATM接続交渉を模索してきた郵政省の求めに応じたもの。
全国に広がる2万3000台の郵貯のネットワークを取り込んで、行革で独立採算が決定した郵貯資金の自主運用を拡大することになり、運用受託機関として郵貯との関係を強化する狙いとみられる。 今年度中に合意し、来年度中にも実現する見通しということだ。
郵政省官僚最後の生き残りを掛けたデジタル化の試みかともいえるが、そうしたら消費者金融の無人契約機やMSも狙っているDPOS自動販売機と同じで、ますます一村一局「郵便局」と「特定郵便局員」自体は要らなくなってくるんじゃないの?
しかも、これら6行のうち、三井、安田、中央信託は、先ごろのムーディーズ格付けで軒並み評価を落している銀行で経営自体が危ぶまれているのである!
また格付け機関、スタンダード・アンド・プアーズは25日、増資発表を控えた安田信託銀行の社債発行格付けを「投機的」に引き下げたと発表した。株価も先週末比で50円安の129円まで急落した。 その負債額は7700億円に上るという。(12/5現在)
12月14日には、この郵便局が使用している郵便番号自動読み取り機民間受注入札に絡み、NECと東芝とで不正談合が行われていた疑惑のあることが報道された。NECは182回で385億、東芝は170回、395億とほぼ半々の受注を仲良く受けていたのは、その少なくとも69回余りの入札において、この2社のうちどちらか1社だけしか参加しないよう事前に仕組まれて競争を避けていた結果なのではないかと考えられている。
asahi.com98/5/16
ATM・CD保守会社に郵政OBが大量天下り
郵便貯金の現金自動預入払出機(ATM)や現金自動支払い機(CD)の保守点検などを独占して請け負う会社に、郵政省のOB121人が「天下り」していることが、15日の衆院逓信委員会で明らかになった。この会社は、事務次官OBの社長をトップに社員の約3割が同省OBで、売上高の約4分の3が郵政省関係で占められている。郵政省をめぐっては、先月「郵便番号自動読み取り区分機」の保守管理会社2社に同省OBが大量に天下りしていたことが明らかになったばかり。国営でありながら、「直系企業」を天下りの受け皿として運営する手法には、批判が高まりそうだ。
質問した石垣一夫衆院議員(自由)によると、問題の会社は「日本オンライン整備」(本社・東京都目黒区、従業員419人)。北海道から沖縄まで地域ごとに12の支社を持つ。全国で2万3000台設置されているATM・CD機の保守点検や設置工事を独占で請け負っているほか、ATM・CD機の各メーカーから部品を購入し、郵便局に納入するあっせん業なども行っている。
同社の年間売上高は193億円。そのうち、保守業務だけで郵政省と65億円(97年度)の随意契約を交わすなど、あわせて140億円以上が郵政省関連業務による収入になっているという。
同社の社長には元郵政事務次官の小山森也氏が就任しているのをはじめ、専務や取締役など役員4人が郵政省OB。そのほか現場管理者などの立場で、100人以上が同社に再就職している。
(ボールド引用者)
(後記)
郵便局、国鉄が、宅配便、引越し業者になったからといって大多数の国民生活が不便になるか?
それを今更、郵政3事業を、先送り現状維持した挙句 5年後に国営一体化新型公社などという逆行を行政改革の成果としているのだ!
旧国鉄ときた日には、その過去から引き継いだ経営破綻の負債額が積もり積もって27兆8千億になっているというのを聞くとあいた口がふさがらない。そのうち、これから返済するのに60年かかるという処理不能分23兆5千億は、結局子孫末代の国民が負担しなければならない。しかも、こうした国家財政の負債総額は、単純計算で476兆円、隠れ資金を加えると、520兆円にまで膨れ上がっているというのだ!
高齢者の受益、若い世代が負担・旧国鉄債務処理
旧国鉄の債務を処理するため、現在20歳の人は約73万円を負担するが、60歳の人は約21万円で済む――。長い間、負担をせずに利益だけを受けていた高齢者は、これからの返済期間が短く負担が少なくてすむ。そのツケは若い人に回ることが、富士総合研究所の試算で明らかになった。調査を担当した浅羽隆史・主事研究員は「60年間にわたって返済するという処理方法は、世代間の受益と負担のバランスが悪く、公平さに欠ける」と指摘している。
(97/12/22asahi.com)
負債の肩代わりを誰からも断られ整備新幹線計画すら断念せざるを得なくなった政府は、またぞろ、たばこ税率の引き上げなどで何とかしようなどと姑息な事しか考えていない。ヤクザのシノギ収益並みに、たばこ<ヤク>とサッカーくじ <バクチ>くらいしか思いつかないのか?それとも屋台海の家への増税〈ミカジメ料〉?
〔追記〕12月12日ついに、崖っプチにまで追いつめられた政府は、株主の意向として断固負債拒否を貫いて来たJRに対し、法を改正してでも強制的にこれらの長期負債を支払わせようという最後の手段に出た。〔追記〕
銀行をサラ金、クレジットに、NHKをCS民放に代えれば小口金融、放送サービスが低下するか?
電電公社は一応早めに民営化競争移行に成功したからこそ、大幅な通話料金の値下げサービスを現在国民全体が享受出来るのではないか。(国際競争上はそれでも遅いが、上の例よりはまし;それすらも今度の梶山清六発案による「10兆円新型国債」構想で、食いつぶそうとしている!)
強制的に入ってくる税収、受信料での国営の上にあぐらをかいて日々競争切磋琢磨のない生活をしておきながら、窮地に追い込まれてから急にどうしようなどと右往左往しても、もはや破綻自滅するしか選択肢は残らない。一夜にして民営化はできないからである。
この日のあるのを予測して予め先手を打ち徐々に民営化を準備推進していた業界こそが、健全な独立採算経営で第三の波に洗われる困難な洪水時代を乗り越えることができるのである。
難破しようとする船から海中に飛び込んで、自力で大洋を泳ぎきる者だけが、第三の波の洪水に現れたノアの方舟に乗船する資格を得自らの命を救うことが出来る。泳ぐ能力のないもの、悪質な船に頼り切っていたものは、大洪水のメールシュトレームに呑み込まれその船と共に亡ぼされる。
悪質なものを救済せず亡ぶに任せる代り、その煽りで足を引っ張られ、共倒れになりそうな質の良いものだけを選別して救済する、これが護送船団ではないノアの方舟と同じ公共の為すべき義務である。
悪質なものを、どさくさに紛れて質の良いものに紛れ込ませる選別の未分混同、誤認、恩情を誘うことこそ、彼らの思うつぼであることを日本人は知らなければならない。
国鉄、通信、農政、郵政、NHKに続きこれから、価格自由化、規制廃絶完全民営化の波は、国際社会の外圧により、今まで日本が国家社会主義官僚統制経済保護悪質者=不良=ヤクザな会社組織縄張りの下に自由価格競争を排除し続け、選択の自由を奪い
世界でトップクラスの料金を国民に強要している、航空、電力、石油小売りガソリンスタンド、道路公団、タクシー運輸の各業界
にまで、必然的に押し寄せるであろう。
旧国鉄時代からの世界最速をマークしたリニアモーターカー、動燃のプルトニウムリサイクルエネルギー電力政策とともに、NHKのアナログハイビジョンは世界に先駆けて広がる新技術立国の突破口となるのであろうか。それともソーラーカーのように低速、クリーン低エネルギー;物流に変わるデジタル情報流通ネットの発達する21世紀には他の誰もが真似をせず、記念碑的に孤立する日本の島国技術の象徴となるのだろうか?
この関係は、田中角栄列島改造土建地上げヤクザバブル経済、皇民党ほめ殺し竹下政権誕生、佐川急便事件、リクルート事件、金丸信ゼネコン汚職事件、へと繋がる一連の腐敗汚職犯罪の膿を出し続けてきたジユウミンシュ党政治家、コウミン右翼ヤクザ、日本の(証券)自由経済カブシキ・カイシャ(海外投資家からマフィア資本主義と言われて久しい)との戦前から引きずった三者癒着構造のほんの一角を暗示するにすぎない。田中の整備新幹線はもとより、金丸信が甲府実験線から手をつけたリニアモーターカー計画、世界都市博を起爆剤とする予定だった東京ウォーターフロント計画もそうだが、現在大問題となっている、動燃事故隠し構造の基盤にある日本国家のプルトニウム核燃料サイクル政策――特に青森県六ヶ所村施設――を推進したのも、竹下登を顧問として‘93年発足した「原子燃料政策研究会」と称するここから伸びた枝の一つである。 (1997/3/11)
特に、航空業界は、国営かと見まがう無競争画一料金経営とロッキード事件を引き起こした国家統制的管理態度をとり続けるならば、今度こそ破滅するであろう。
asahi.com98/1/31付けによれば、
日米間の民間航空の自由化を協議していた日米航空交渉の次官級協議は30日、両国間を自由に運航する権利のある「先発企業」を日米3社ずつとするとともに、運航地点や便数に制限ある「後発企業」に週90便を付与するなど、新たな協定を結ぶことで合意に達した。今後は、合意文書の詰めを続け、3月にも両政府の閣僚が正式文書に調印して発効する。
日米航空協定は日米間で残る最後の不平等条約といわれてきた。先発企業が米3社対日本1社から同数となり、以遠権などで機会の平等が保証されたことで、同協定は1952年の制定以来続いてきた不平等状態から脱する。共同運航の実現や、後発企業へ大幅な増便が約束されたことから、太平洋路線への参入が増え競争が激化して、運賃の引き下げにつながる可能性がある。逆に、後発企業の大幅な増便を認めたが、日本側には該当する後発企業がないため、日米間の航空会社による輸送力の差が一層拡大することにもつながる。
今回の取り決めは4年間の暫定協定とし、3年後から再び自由化に向けての協議を始める。先発企業に全日本空輸と日本貨物航空を格上げして、日本航空と合わせ3社とし、米国のユナイテッド航空、ノースウエスト航空、フェデラルエクスプレスと同じ数にする。
***
高成田 享の意見
全日本空輸などの社長交代劇をみているうちに、大企業の役員たちの幼児性が浮かんできて、こんなことで、日本の企業社会は大丈夫なのか、という…・若狭氏の人事についての判断力は、自分の子どもを子会社の社長に起用しようという程度のもので、かつては、ちゃんとしていたというのなら、老人によくみられる幼児への退行現象が進んでいたということだろう。問題は、こんなわがままを社長でもない人間が通すのを許す、役員会にある。社長が自分の権限がないからといって、職を投げ出すというのは、勉強しろと親にしかられて、登校拒否を起こすようなものだ。現役の役員たちは、まだ、退行現象が起きる年齢でもないだろうから、かれらの社会性は、幼児期から進歩していないのではないか、とすら考えてしまう。いつまでも「親離れ」ができない症候群は、総会屋に多額の便宜をはかった野村証券や第一勧業銀行にもいえる。かつての社長や頭取からの「負の遺産」を、先輩たちの顔を立てるために、大事に育てたのだ。(1997/5/29「社長を誰が律するのか」より抜粋引用)
その時がきて、国家が助けてくれると思ったら大間違いである。関係者は覚悟しておくがいい。
完全民営化により責任能力のある活力のある者を行政の中枢におく組織こそが21世紀のコンピュータネットワーク社会に生き残る資格を得るのだ。
日銀、大蔵の公的資金投入をするから預金は安心という言い草も、それを鵜呑みに出来るのは、日本には預金せず、住んでもいない【つまり沈没船に乗り込んでいない】対岸から見ている外国の投資家だけである。
元を正せばそれらはすべて日本にいる国民の税からの出費で賄われるのだから、私が預ったあなたの預金の損失補填を、後からあなたがする事になっているから安心だ、嘘ではない、信じなさいという、ヤクザ=テキヤの口にするペテン=サギ=イカサマの論理であることが明らかである。
自分では投資できず、他人、代理人に現金を預け、増資を依頼するということは、それ自体、現金に国から保証された、いつでも、何にでも使用できる自分の権利を一部、あるいは大部分放棄するということである。一旦預けたら最後、現金は運営資金に回されなかなか手元には戻ってこないという覚悟が要求されるのである。
窓口に何度足を運んでも、未だ御早いです、もう少し長くお預けなさったらとか、全額一括しておくから価値があるんです、今切り崩すと大変御損です、もっと御預けなさったら、とか上手い口車に乗せられてなるほどなと納得して帰されるのは、預金者保護のために言っているのではない。
預金者に残るのは、「将来性」「大丈夫」という信頼と安心感だけである。裏を返せば、信頼させ、預る側の口八丁手八丁ということになるのである。参院バッジひとつで信頼させ全国から億単位の金を集めた友部達夫のように、逮捕されてもなお、預った金は絶対に全額返済すると言い張ることさえできるのである。
「どうせ私をだますなら、だまし続けて欲しかった」 (「おんな心の唄」)
だまされているうちは、幸福なのである。
「知らぬが仏」
一つの嘘=バブルがシャボン玉のように弾けてしまったら一刻も早く
「誰かうまい、嘘のつける、相手さがす」(「そして神戸」)のは、だまされた被害者の方である。
真実の重さと罪の深さに耐え切れる精神の成熟こそが大人には求められるのである。それに耐え切れない未成年には、常に気休めと幻想が与えられる。
永遠にだまされやすく弱体化した赤子=老人のような存在であり続けることが、日本の天下りした官僚オカミ支配層にとっては必要条件である。民衆が成熟して成人となり、親に寄生することを止め、独立を求めて自分の足で立ち上がったら最後、オカミ=お上=女将の権威と地位が消失することは、子供が独立したら、(母)親の子どもに対する支配力と絶対的立場がその場でなくなるのと同じだからである。これが、多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠;母を絶対的権威と仰ぎ、決して疑わない信頼を置く日本の母権的支配の原型である。
たとえ犯罪者加害者であっても、それがカミ、親分のなした事であれば絶対的に信頼し、「犯罪」とは呼ばず「不祥事」と言いかえることによってなおも信頼回復と忠誠を強め、ついには自分の加害者に心の救済までも求めるに至るのが古代信仰というものだからである。
「返しますよ、100年後にね」でも良い方である。確かに預ったという文字と信用紙切れ一つが手元に残るであろう。その場で投資に使わない貨幣は、すべて呪物幻想以外のものではないからである。国家経済が破綻した時には、その国が発行している貨幣そのものが紙切れと化す。
第一、億単位に膨らんだ簿外債務の存在を、そのうち景気が上向き利益が出てくるようになれば、収支決算上なかったと同じことにできるはずという証券会社の慣習的思考は、すべて使い込んで「返せばいいんだろう」と開き直るオレンジ共済や、「返すつもりだった、盗んだのではないちょっと借りただけ」と逮捕後にうそぶく背任横領タカリ窃盗犯の紋切り型合理化とどこが違うのか!
基本的に労働の成果や利益を金という物質に代えて、「貯金」「預金」「証券」という形であれなんであれ、将来(来世?)のために保存、蓄積増資できるとい呪物経済幻想が俗世における資本主義合理的活動を支える基礎である。
M・エンデの「モモ」に出てくる「時間貯蓄銀行」にも増して、労働の成果や利益もしくは保険のように生命そのものを保存交換、蓄積増資できるというのは近代を支える幻想である。臓器移植、売買は現在その先端に位置する。「時間」を貯えられないように、すべての生命活動(情報を含むエントロピー)は、エネルギーのように今を倹約我慢して働いておけば、後になってからその蓄積分で楽できるという可逆的保存的なものではない。若い時に、汗水たらし我慢したものは、老人になってから二度と取り戻すことはできない。時間と生命は不可逆である。
いくら「失われた時を求めて」も。
あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。(ヤコブ5.3)
これはキリスト教中世世界における、永遠なる来世信仰に満たされた修道院内部の、俗世を捨てた禁欲的合理的活動が、来世の信仰を持たないその外部にまで流出浸透したその馴れの果てから来る偉大な錯誤に他ならない。
キリスト教の神が内在的に殺されたことを宣言し、その中で生を抑圧する機関へと変貌して久しい近代キリスト教会を批判した牧師の息子ニーチェは先達オマル・ハイヤームとともに、正しいのである。
或る金の好きな人が彼の全財産を金に代えて、それで金の塊を作り、或る場所に埋め、そこにはまた自分の魂も心も一緒に埋めました。そして毎日出かけて行っては、それを眺めるのでした。
すると職人の一人が彼を仔細に観て、為されたことの意味を知り、魂を掘り出して持ち逃げしました。その後にまたその人がやって来て、その場所が空っぽなのを見ると、うなって髪の毛をかきむしり始めました。
すると或る人が彼のそんなに嘆き悲しむのを見て、そのわけを知り
「ね、あなた、そんなに力を落すものじゃありませんよ、実は、あなたは金を持っていると言っても持ってはいなかったのです、だから金の代りに石を取ってそこにおきなさい、そして自分は金を持っているのだと思いなさい、あなたのためには同じ務めを果たすでしょうからね。と言うのは、私の見るところじゃ、金があった時でも、あなたはその持物を利用していなかったのですからね。」
と言いました。
この物語は、所有というものは、それに利用が加わらなければ無駄である、ということを明らかにしています。
岩波文庫版「イソップ寓話集」 344金の好きな人
金と経済だけが目的の者は、餌を集め貯えてどこかに隠したきり食べることを忘れてしまうカラスの習性のように、金を呪物として集め貯えればそれで終わりである。それ以上の金の使い方を考える能力が彼等にはそもそもないのである。正しく使わ(え)ない金は、持ち腐れる。いかに大金を持っていても、使い方を知らなかったり間違えたりばかりしているならば、その国は貧しいのである。
富むことを願い求める者は、誘惑と、わなとに陥り、また、人を滅びと破壊とに沈ませる、無分別な恐ろしいさまざまの情欲に陥るのである。
金銭を愛することは、すべての悪の根である。ある人々は欲ばって金銭を求めたため、信仰から迷い出て、多くの苦痛をもって自分自身を刺しとおした。(テモテT6・9.10)
何も知らない離島、遠隔地、過疎地に住む正直者のお爺さん、お婆さんが農協と郵便局に預けたお金が、いつの間にか2倍、3倍になって返ってきました(それはお爺さん、お婆さんが正直だったからです)というのは、御伽噺の中空太母「福袋信仰」宝船幻想ではあっても、判断を誤れば一夜にして破産状態にもなるリスクと結果責任を背負った近代自由市場社会株主の「投資」行為では有り得ない。
(袋の中身を)依らしむべし、知らしむべからず。
縁起の良い日に幾許かの賽銭を投げ入れれば、必ず大きな福になって増えて返ってくるという神社オカミエビス福引き信仰には投資活動をする株主、預金者に必要な最新の知識情報と分析検証する批判的知性は必要ないからである。
そこには「メデタイ」か「メデタクナイ」か、「ツイテイル」か「ツイテナイ」かの古代呪術「富クジ」感覚しかない。
しかし、その信じなさいという「御言葉」を何時までも信じている限り、相手を信頼している限り、「**年後には世の終わりが訪れ必ず天国、弥勒の世へ行ける」とか、免罪符、御札、国債、有価証券いつかは当たると信じて買い続ける籤、土中に埋めた金塊同様彼は主観的にはその幻想によって救われているのである。
実は、あなたは金を持っていると言っても持ってはいなかったのです、だから金の代りに石を取ってそこにおきなさい、そして自分は金を持っているのだと思いなさい、あなたのためには同じ務めを果たすでしょうからね。と言うのは、私の見るところじゃ、金があった時でも、あなたはその持物を利用していなかったのですからね。
「どうせ私をだますなら、だまし続けて欲しかった」 (「おんな心の唄」)
だまされているうちは、幸福なのである。
「知らぬが仏」
一つの嘘=バブルがシャボン玉のように弾けてしまったら一刻も早く
「誰かうまい、嘘のつける、相手さがす」(「そして神戸」)のは、だまされた被害者の方である。
真実の重さと罪の深さに耐え切れる精神の成熟こそが大人には求められるのである。それに耐え切れない未成年には、常に気休めと幻想が与えられる。
永遠にだまされやすく弱体化した赤子=老人のような存在であり続けることが、日本の天下りした官僚オカミ支配層にとっては必要条件である。民衆が成熟して成人となり、親に寄生することを止め、独立を求めて自分の足で立ち上がったら最後、オカミ=お上=女将の権威と地位が消失することは、子供が独立したら、(母)親の子どもに対する支配力と絶対的立場がその場でなくなるのと同じだからである。これが、多情の老婆的国家社会主義の太母恩情保護枠;母を絶対的権威と仰ぎ、決して疑わない信頼を置く日本の母権的支配の原型である。
たとえ犯罪者加害者であっても、それがカミ、親分のなした事であれば絶対的に信頼し、「犯罪」とは呼ばず「不祥事」と言いかえることによってなおも信頼回復と忠誠を強め、ついには自分の加害者に心の救済までも求めるに至るのが古代信仰というものだからである。
従って、金庫がもはやカラッポになっている機関、組織でも、信用という口先ひとつで不安が鎮まり取り付け騒ぎが起きなくて済むのなら、その幻想をマスコミを利用し使わない手はない。いや、必ず、使うのである。
どこの機関が、「経営状態が非常に危険です。一週間後に倒産する可能性がでてきました。全額返還に応じますので解約したい預金者の皆さんは、早めにお越しください」などと真実を予告して倒産するか。必ず、大丈夫といって気休めの幻想を振りまき、安心させておいて翌日には倒産するのである
依らしむべし、知らしむべからず。
この根底には生命のかかった病気についてすら死ぬ間際まで医師が患者に真実を出来るだけ知らせないでおくのが人間的で良いとする、日本の反インフォームド・コンセント偽りの信頼関係を自ら選択する「知らぬが仏」、「民は由(依)らしむべし、知らしむべからず」(論語8・9)の強力なぽっくり寺安楽死=自殺心中肯定文化伝統がある。「誰かうまい嘘のつける相手さがす」のは被害を受ける側の方だからである。
真実の重さと罪の深さに耐え切れる精神の成熟こそが大人には求められるのである。それに耐え切れない未成年には、常に気休めと幻想が与えられる。
ドレスナーK・B証券の経済ストラテジスト、P・タスカは、著書「不機嫌な時代」の中で、これからの日本経済が取りうる進路のひとつとして、「安楽死」シナリオ「長いさよなら」(R・チャンドラー邦題「長いお別れ」?ほぼ同題の山崎和正「不機嫌の時代」が暗示するように、乳児性抑鬱へと日本は胎児回帰するのである)を挙げている。尤も彼はこれを最悪の場合としているが、私は既に日本社会は、後戻りできないカタストロフ・アトラクタ中空太母鎖国コースに自ら吸い込まれつつあるという認識である。
たとえ犯罪者加害者であっても、それがカミ、親分のなした事であれば絶対的に信頼し、「犯罪」とは呼ばず「不祥事」と言いかえることによってなおも信頼回復と忠誠を強め、ついには自分の加害者に心の救済までも求めるに至るのが古代信仰というものだからである。
われわれは絶壁が見えないようにするために、何か目をさえぎるものを前方においた後、安心して絶壁の方へ走っているのである。前田陽一、由木康 訳 パスカル「パンセ」183
さて、そこからはるか離れた所に、おびただしい豚の群れが飼ってあった。悪霊どもはイエスに願って言った、「もしわたしどもを追い出されるのなら、あの豚の群れの中につかわして下さい。」そこで、イエスが「行け」と言われると、彼らは出て行って、豚の中へはいり込んだ。すると、その群れ全体が、崖から海へなだれを打って駆け下り、水の中で死んでしまった。(マタイ8・30〜32)
さらにこの関係は、寄生憑依者が宿主に巧みに取り入って入り込んでしまうと、そのうち本領を発揮して内部から占領支配し始め、自らは増殖、ついには宿主を食いつぶし滅ぼすに至り新たな宿主を求めて外部に飛びだして行く、という生物界に普遍的な寄生戦略と見ることも出来る。
集団で法を無視するということは、近代国際社会においては法に違反するより遥かに悪質な行為である。
それは、法の意義と、存在理由とを理解する能力を欠く、というだけにとどまらず罪を罪として認め、感知する文化伝統資格がなく、従って、当該行為を反省する機会をついに持たないまま、死ぬまで集団で同じ悪を繰り返して止まない、組織内部で一旦始まった悪が内部の力では止まらないということを意味するからである。
何回警告を受けても、法とルールを無視したその行動に反省による変化が見られない場合には、サッカーのイエローカードと同じで、その世界から立ち入り禁止、資格剥奪、業界追放措置が取られることになろう。
未成年立ち入り禁止が設けられるのは、性的能力に限られた領域ではない。
真実の重さと罪の深さに耐え切れる精神の成熟こそが大人には求められるのである。それに耐え切れない未成年には、常に気休めと幻想が与えられる。
「赤信号、皆で渡れば怖くない」という社会は、大量発生したレミングのように自殺、心中、安楽死、玉砕、自滅、自壊という形でカタストロフを迎えざるを得ないのである。
あなた方のために、今から警告しておくが、今日明日にでも、あなた方の無け無しの金を預けた銀行、証券、生命保険、その他公共機関の二度と開くことのないシャッターに「本日早朝**時を持ちまして、当行の取引は停止しました」との張り紙が張られることはないとは最早言えなくなってきているのだ。
あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。(ヤコブ5.3)
預金者は倍に近いの額を支払うことになる上、全く無関係な非預金者まで彼の分の一部を支払う義務を負わされることになる。
預金者の責任を明確にし、預金を保護しない方法では、預けた分以上の金額までを負わされることは有り得ないのであるから、いわゆる日本政府のいう「預金者の保護」 は罰すべきを罰せず真に責任を負うべきものの身代わりにされる国民犠牲の甘い汁血税を吸い上げる上に成り立つもので、真実の保護ではない事が分かるだろう。
しかもこの米作農家減反による巨額な農地売却益を吸い上げた農協〔現JA〕の目茶苦茶な住専への融資による地価急騰及びその時に政府が決めた6850億円もの公的資金投入と消費税引き上げが、今日の日本経済バブル崩壊を招いた元凶なのである!
「不祥事」を起こすそのたびに、責任をすべて押し付ける悪質者=不良=ヤクザな会社組織;寄生者から血を吸われる国民の体力が落ちてきて、慢性貧血寄生虫病になり、食欲(消費)減退、景気後退どころか、やがて動けなくなり痙攣して(安楽)死に至るのは当然である。
ここに、表向きには世界で一、二を争う軍事統制経済国家として名を馳せ戦艦大和並みに護送船団で見栄をはりながら、その裏に隠れた(銃後の)国民生活の実態は貧しいかぎりという、戦前から続いた中空の張子の虎=二重演劇構造を構成する一つの原因がある。
世界有数を誇る日本の貯蓄額は、「金を握り締めているだけで、使用、利用せず、循環させない」という意味で何の経済効果も現わさない。信用不安により行き場を失った金のタンス預金はますますその生体に毒をもたらす経済的便秘=腐敗宿便?の度合いを深めるだろう。
どさくさ、急場、混乱の収拾を口実に、真実、倫理(責任、罪の追求)も論理も考慮も無視して当然、「こうする他ないんだ」で‘うやむや’のまま誤魔化して押し切る責任逃れが、火事場泥棒的彼らのいつものやり口である。
悪質なものを、どさくさに紛れて質の良いものに紛れ込ませる選別の未分混同、誤認、恩情を誘うことこそ、彼らの思うつぼであることを日本人は知らなければならない。
これは、麗しい建て前からかけ離れ切り離された醜い現実が、いよいよ膨れあがり、これ以上隠し切れなくなってしまうまで裏と蔭に隠され続ける、日本の社会文化表裏中空の張子の虎=二重構造に起因する。
こうした中空の張子の虎=二重構造では、カタストロフは、表に掲げられた建て前の崩壊寸前まで、告げられることなく隠し続けられるからである。常に、構造の急激な変化、突然死(ぽっくり安楽死?)の形で現れざるをえないのだ。
金と経済だけが目的の者は、餌を集め貯えてどこかに隠したきり食べることを忘れてしまうカラスの習性のように、金を呪物として集め貯えればそれで終わりである。それ以上の金の使い方を考える能力が彼等にはそもそもないのである。正しく使わ(え)ない金は、持ち腐れる。いかに大金を持っていても、使い方を知らなかったり間違えたりばかりしているならば、その国は貧しいのである。
貧困なる経済大国!貧困なる精神!
この根底には生命のかかった病気についてすら死ぬ間際まで医師が患者に真実を出来るだけ知らせないでおくのが人間的で良いとする、日本の反インフォームド・コンセント偽りの信頼関係を自ら選択する「知らぬが仏」、「民は由(依)らしむべし、知らしむべからず」(論語8・9)の強力なぽっくり寺安楽死=自殺心中肯定文化伝統がある。「誰かうまい嘘のつける相手さがす」のは被害を受ける側の方だからである
「知らぬが仏」「秘すれば花」という文化伝統があるところでは成仏安楽死「ぽっくり寺」のための情報操作統制が正当化される。
真実の重さと罪の深さに耐え切れる精神の成熟こそが大人には求められるのである。それに耐え切れない未成年には、常に気休めと幻想が与えられる。
インフォームドコンセントどころの話ではない。死に至る病に対してのみならず、国家、組織の存否にかかわる危機的状況においても、実情と真実を何も知らずに騙されたまま偽りを信じて死んでいった方が「身のため」幸せとされるのである。
「知らない方が幸せ」「悲惨で醜悪な現実=真実を知るくらいなら、いっそウソ、美しいウソの方がいい、真実よりも美しい虚偽を選ぶ」痴人の幸せ、「真実を知ったもの、知りすぎた者には死んでもらう」これが日本における、一億総白痴化反知性主義、情報統制、隠蔽、虚偽報告の正当化の伝統とし現在も生きている。
「どうせ私をだますなら、だまし続けて欲しかった」 (「おんな心の唄」)
だまされているうちは、幸福なのである。
「知らぬが仏」
一つの嘘=バブルがシャボン玉のように弾けてしまったら一刻も早く
「誰かうまい、嘘のつける、相手さがす」(「そして神戸」)のは、だまされた被害者の方である。
たとえ犯罪者加害者であっても、それがカミ、親分のなした事であれば絶対的に信頼し、「犯罪」とは呼ばず「不祥事」と言いかえることによってなおも信頼回復と忠誠を強め、ついには自分の加害者に心の救済までも求めるに至るのが古代信仰というものだからである。
12月8日には大和証券の奈良(元)支店長が、架空の投資話を持ち掛けて22億円を騙し取ったとして、奈良在住の顧客2人から、詐欺罪で告訴された。
元支店長がこの2人を含む6人から計約60億円を集めたという大和証券側の調査がある。
彼は顧客の口座に手出しする「手張り」(業界規則で禁止)によって起こした数億の損失を穴埋めしようとして架空の投資話をでっち上げ資金を集めて行ったようである。告訴した顧客2人は'95年2月〜'97年8月にかけてそれぞれ18億5500万円と3億5000万円を「天下の大和証券を信用して」元支店長に預けたもの。
悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく。(テモテU3.13)
訴えられたこの元支店長は'87年から奈良、新潟、大阪・梅田の各支店長を務め、昨年2月に系列の金融会社の取締役に出向した後、今年9月に退職している。大和証券側はあくまで「詐欺行為は元支店長の個人的行為」としているが、顧客に渡した受領証や取引明細書は「偽造されたもの」にせよ、入金させられた口座は各支店の正規のものだったことなどから、組織の関与も否定できなくなっている。(後記)
「かわいそうだが死んでもらう」「早く楽にしてやるから迷わず成仏しな」「往生際が悪いぜ」というのは安楽死の殺人者の口にする常套句(殺し文句)である。
ドレスナーK・B証券の経済ストラテジスト、P・タスカは、著書「不機嫌な時代」の中で、これからの日本経済が取りうる進路のひとつとして、「安楽死」シナリオ「長いさよなら」(R・チャンドラー邦題「長いお別れ」?ほぼ同題の山崎和正「不機嫌の時代」が暗示するように、乳児性抑鬱へと日本は胎児回帰するのである)を挙げている。尤も彼はこれを最悪の場合としているが、私は既に日本社会は、後戻りできないカタストロフ・アトラクタ中空太母鎖国コースに自ら吸い込まれつつあるという認識である。
最後まで国民全体に虚偽報告を続けた科学技術庁動燃のナトリウム漏れ事故に対する秘密隠匿主義もこれとどこが違うか。
いかに本人の意志があろうとも問われ続けなければならない売買春同様な、自己を欠損し傷つける罪(自殺はその最たるものとして法的に禁止されるべきである)が在るのだということをいちいち指摘しなければ理解できないのは、悲しむべき文化であろう。というより、そのような文化は「悪」そのものの培養器となるのだ。自己の真の利益(国益)を識別し守り切ることができずに、自己(国)を身売りし、やればやるほど却って自己を損傷破壊させついには死へと導いてしまう者、それが「悪」そのものの姿だからである。
たとえ犯罪者加害者であっても、それがカミ、親分のなした事であれば絶対的に信頼し、「犯罪」とは呼ばず「不祥事」と言いかえることによってなおも信頼回復と忠誠を強め、ついには自分の加害者に心の救済までも求めるに至るのが古代信仰というものだからである。
「親分がカラスは白いといったら絶対に白い」という絶対服従がヤクザの世界の掟だからである。
他人の迷惑になることだけはしてはいけません、という日本の母親が子供に対して提起できる唯一の倫理規定は、自己の利益欠損への禁止条項を決定的に欠落している点で、重大である。それは少なくとも、自分の身内のことならば何をやろうが自分の勝手だ、とする自由と履き違えたヤクザと同じ放縦論理をもたらす。
カタギの皆様の迷惑になることだけはするんじゃねぇ、とヤクザの親分も子分共に言うからである。
自殺心中玉砕も、母子近親相姦援助交際売買春も、臓器売買も、身内仲間どうしの腐敗談合自己壊滅も、裏で秘密裏に平穏無事に行われ表面上すべて外にいる他人には迷惑をかけてはいない以上は、巫女女将オカミ=太母が君臨教育シツケする母性社会日本では強制的に禁止することができないのである。
道銀側は一度は承知した身請けを、よ〜く隅々まで蓋を開けて調べあげててみたら抱える不良債権の余りの大きさにびっくり仰天、慌ててこの話はなかったことにして腐臭の蓋を閉め直した公算が大きい。'97年7月に倒産した中堅ゼネコン東海興業の不良債権300億分を道銀側に当初知らせていなかったことも、不信を拡大させた要因になった。
12月25日大蔵監査で明らかになったところによると、実際の不良債権額は2兆2900億円、超過債務は8400億円に上るという。
身請けした自分も連鎖倒産していたら、と旦那は今ごろほっと胸をなで下ろしているのではないか?「恋愛結婚」ならぬ「花魁との道連れ心中」の結末を?
(袋の中身を)依らしむべし、知らしむべからず。
大蔵官僚も日本経済が抱える不良債権の余りの大きさにびっくり仰天、慌ててこの話はなかったことにして腐臭の蓋を閉め直した公算が大きい。つまり公表しようにも、ここまで来てしまえば今更真実を公表できないのである。「知らぬが仏」、「民は由(依)らしむべし、知らしむべからず」(論語8・9)
開けてびっくり玉手箱!?
浦島太郎が、玉手箱をあけた時のようにこの12才の少年つまり、小さ子は、翁、つまり老人と両義的に変換できるから、その間にあるべき市民社会の成熟した大人の姿が消滅しているである。
ここに、オカミ=お上=女将=巫女=太母を頂点とし、老人=翁と、童子=小さ子とを両義的に変換可能な底辺とする日本の社会心理三角形構造が形成される。
お爺さん、お婆さんと、超越的能力=超能力をもつ童子=幼児だけしか存在せず、成人=英雄原型が希薄極まりない「***太郎」ものに代表される日本の昔話がそれを裏付ける。
これを明示するのが、浦島太郎である。エントロピーが増大せずに永久に運動し続ける閉じた円環、閉曲線保存系=ウロボロス蛇に象徴される永久運動と永遠の少年の若さ、オメデタサは、タブーを破って玉手箱の蓋を開けると一瞬にして、老人となって失われる。
この結果は、八紘一宇の南洋の孤島=常世に進出した天皇の赤子から、昭和元禄に浮かれる戦後高度経済成長日本に帰還して、壮年期を喪失させられた横井庄一軍曹('15年生、グアム島より'72年2月2日帰還'97年9月24日死亡)、小野田寛郎 少尉('22年生、陸軍中野学校卒業、ルバング島より'74年帰還)の両 大日本帝国皇軍軍人が実現した。
この乙姫から開けてはいけないときつく釘をさされた玉手箱=魂箱こそが、「知らぬが仏」と情報統制される日本社会のタブーである。情報開示により、秘密を知ってしまった12才の少年は、真実に耐え切れず一瞬にして、成人を突き抜け、アナクロニズムの老人と化す。後には、大和魂が飛び出して行った、中身がカラの箱=母胎容器だけが残される。
悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく。(テモテU3.13)
大蔵日銀は即座に、日銀法25条に基づく日本銀行特別融資いわゆる「特融」過去最大規模となる6500億円の投入、及び不良債権処理のために、預金保険機構が資金を拠出することを決定、松下康雄日銀総裁、日産生命倒産時の加入者切り捨ての実績がある三塚蔵相も声を揃えて「預金の全額保護」を強調した。彼には国会でも11月25日、否決はされたものの、不信任決議案がつきつけられた。
その後日銀は追加融資を行い拓銀倒産3日にして総額1兆1200億円の特融を決めた。(追記)
その声を信用したのか、安値更新を続けていた東証は、17日一日で週末値から1200円以上跳ね上がる今年最大の猛反発を見せ、あっという間に1万6千円代を回復した(終値1万6283円)。日銀、大蔵の公的資金投入をするから預金は安心という言い草も、それを鵜呑みに利益を上げることの出来るのは、日本には預金せず、住んでもいない外国の投資家だけである。
しかし喜んだのも束の間、11月19日には今年最大の下げ幅である884円を記録して一気に1万5842円へ落ち込んだ。12月22日には2年5ヶ月ぶりの最安値、1万4797円を記録した。12月29日には1万4775円と更新。(後記)
この措置は従って彼ら外国人投資家向けの安心材料とはなれ、日本人が安心できるものではないことを明白に示すものだ。
日本人の利益を守れないで外国の利益を守る日本政府とは一体どこの国の政府なのか?
ここに、表向きには世界で一、二を争う軍事統制経済国家として名を馳せ戦艦大和並みに護送船団で見栄をはりながら、その裏に隠れた(銃後の)国民生活の実態は貧しいかぎりという、戦前から続いた中空の張子の虎=二重演劇構造を構成する一つの原因がある。
アメリカの利益と主権を護るお先棒を担ぐ一方、自国民の利益、主権、人権を抑圧侵害して恥ない日本政府とは一体どこの国の政府なのか。
いかに本人の意志があろうとも問われ続けなければならない売買春同様な、自己を欠損し傷つける罪(自殺はその最たるものとして法的に禁止されるべきである)が在るのだということをいちいち指摘しなければ理解できないのは、悲しむべき文化であろう。というより、そのような文化は「悪」そのものの培養器となるのだ。自己の真の利益(国益)を識別し守り切ることができずに、自己(国)を身売りし、やればやるほど却って自己を損傷破壊させついには死へと導いてしまう者、それが「悪」そのものの姿だからである。
以下にasahi.com11月17日付けからの基礎データを引用する。(ボールド引用者)
北海道拓殖銀行の概要
北海道拓殖銀行 都市銀行最下位。1900年、北海道開発を目的とした政府系金融機関として設立され、50年に普通銀行に転換した。店舗数は計約198道内は134店舗、本州は首都圏の59店を含めて64店ある。従業員は約5500人。今年4月の合併発表の際、海外からの撤退を発表した。バブル期に地元の不動産開発・建設会社のカブトデコム(本社・札幌市)などに巨額の融資を行ったが、バブル崩壊で大半が焦げ付き、経営不振に陥った。今年3月期の公表不良債権額は9349億円で、貸出金に占める割合は13.4%だった。
北洋銀行の概要
北洋銀行 1917年(大正6年)に小樽市で庶民金融機関の北海道無尽として設立。44年に北洋無尽となり、翌年本店を札幌市に移す。51年に相互銀行法施行で北洋相互銀行に名称を変更、89年に現在の名称になった。現在の店舗数は道内121、東京1。従業員数は約2000人。預金高は昨年度末現在で1兆5399億円。
***
18日午前東証は拓銀株は売りの47円、北洋銀株は買いの425円をつけた。 そして拓銀子会社の「たくぎん抵当証券」(本社・札幌市、川田晃社長、資本金10億1000万円)が初めての煽りを受け自己破産を申告した。5391億と言われる負債額は、北海道過去最高となった。同社の抵当証券を購入した一般投資家は約7200人に上り、証券の販売額は261億円あるという。
但し、拓銀は翌11月19日「たくぎん抵当証券」負債総額の5391億円、借入金は3568億円との発表を、3673億円で、借入金は2981億円、と訂正した。(追記)
拓銀からの預金流出は、倒産3日間で2000億円に上ったそうだ。12月12日現在では、8000億円。(追記)
折しも11月16日にはサッカーで日本代表が念願のワールドカップ出場を果した祝賀ムードに染まったが、これから年末にかけて日本人はサッカーで浮かれている場合ではない事態に直面させられるだろう。
北海道でも11月18日には今期JFL優勝の実績を受けて地元サッカーチーム「コンサドーレ札幌」(「道産子;ドサンコ」の逆さ読み)のJリーグ昇格が決まったばかりである。選手の実力はともかく以前から囁かれている、Jリーグ人気を遅れて当て込んだ札幌ドーム建設計画を始めチーム経営基盤の脆弱さを、ここまで大打撃を受けた北海道経済が支えきれるのか?
それでなくとも、北海道は、空き地だらけの苫小牧東部開発計画の破綻(カラ開発)、貨物船の着岸しない石狩湾新港(カラ港)、国際貨物線乗り入れのないハブ空港新千歳の危機('95年11月発足の民間航空会社 北海道国際航空AIR DOまで始めたが時既に遅しで離陸を待たず破綻するかもしれない;飛行機の発着しない農道空港も有るカラ空港)、カラ会食カラ雇用道庁構造腐敗、行政改革に伴なう北海道開発庁の廃止統合と相次ぐトンネル崩落事故責任、利用者の激減した青函(カラ)トンネル、新幹線の着工凍結、土建頼みの綱である公共事業割り当ての減少と、従来型産業(カラ)空洞化土建経済にとっては暗い材料ばかりである。
12月16日、今度は、北海道経済流通の中核を占めていた、「丸井今井デパート」(札幌本店)の今井春雄 社長が突然臨時取締会にて解任、地元経済界に大きなショックが走った。父の今井道雄の代から4代目を受け継ぎ同族経営を125年続けてきた老舗の現社長は、その店舗拡大路線が拓銀破綻等の金融地殻変動に耐え切れず、専務の柴田哲治と交代せざるをえなくなったもののようだ。
'88年就任以来スーパー、美術館、外車輸入販売等と、グループ会社債務だけで300億を抱える拡大経営を推し進め、全体では600億円以上の借入れがあるともいわれている今井春雄社長ワンマン体質に、いくら年商1300億を売り上げる北海道の老舗であれ、これまで資金を融通して来た拓銀のような便利な銀行が周囲には最早いなくなったということだ。
北海道フットボールクラブの会長を務め、メインスポンサーであり大株主でもある丸井今井 今井春雄社長の解任は、今年18億円の累積赤字を計上したコンサドーレ札幌の存続すら揺るがす問題に波及しそうだ。既に出資した1億円の他に予定されていた2億円分は怪しくなっている。同クラブは、年の瀬を迎え、急きょ、民間支援を呼びかけ街頭カンパキャンペーンを始めるところまで切迫してきている。
'98年1月16日、今井春雄の北海道フットボールクラブの会長辞任が、確認された。(後記)
'95年11月発足し、着々と準備を続けて来た民間航空会社 北海道国際航空AIR DOも、'98年4月の第一便離陸予定を夏まで延期することになった。(後記)
そういう中での、日本経済下落、カラ手形拓銀の破綻がどういう意味を持つか、今わからないのなら、そのうち、身に沁みて分かってくるだろう。
12月5日には'78年に設立した拓銀の子会社ノンバンク「拓銀ファイナンスサービス」が2157億(うち1637億が拓銀からの借入れ分)の負債を抱えて倒産。セントラルファイナンス等が業務を引き継ぐ事になっているという。
12月25日現在、北海道の倒産件数は925件と過去最高を記録、その債務総額は1兆887億円に達した。
また、過去最高に達したと報じられた3兆3416億円という'98年1月の郵便貯金の前月比増加額が示すように、アブナイ銀行から引き出されタンスに回らない分は、性懲りもなくかなり郵貯に動いた可能性もある。拓銀がつぶれた北海道では、'98年1月の郵貯増加額は、1189億円と最高を記録した。
'98年2月3日、この北海道拓殖銀行札幌本店に、東京地検特捜部による家宅捜索が行われた。
'98年2月17日、拓銀の63店舗、全体の70%にあたる従業員1100人、正常な債権1兆3000億円がビッグバンに備えて店舗拡大を狙う中央信託銀行に一括譲渡されることになった。
もしその事実に何時までも気がつかず、「赤信号」が点滅しているのを無視し、性懲りもなく「富くじ」ならぬ「サッカー(カラ)くじ」(これは廃案になる見通し;後記)等にうつつを抜かしているのなら、日本的経営経済は景気循環の枠を越えて、二度と元には戻らないカタスロフ的に構造失速し、金融、証券市場は21世紀の世界とアジア各国から見放され、東洋の小島の磯に孤立してしまうであろう。
98/5/20
asahi.com 日本企業、さらに格下げか
米格付け会社のムーディーズ・インベスターズ・サービスは19日、日本経済のデフレが深刻化している可能性が強いため、近く建設や金融機関を中心に日本企業の格下げが相次ぐ見通しを明らかにした。
25社を対象に格下げを検討中という。アジア経済の混乱の影響に加え、不動産や株式市場の低迷、消費意欲の後退などがデフレ圧力を高めているとしており、「終身雇用など旧来の日本的経営から脱皮しないと、企業の財務体質や格付けは下がり続けるであろう」としている。
(ボールド引用者)
北海道新聞'98年5月12日拓銀傘下のテイ・エイ・シー・テイが特別清算 負債総額千億円
拓銀傘下の不動産管理会社、テイ・エイ・シー・テイ(本社・札幌、鈴木正昭社長、従業員五人)は十二日午後、札幌地裁に特別清算を申請した。負債総額は千億円前後に上る模様で、道内では今年最大規模の倒産となる。同社は、現在もマンションや賃貸ビルなどの開発、販売、管理などの事業を続けるタクト(本社・札幌)の親会社だが、タクトはテイ・エイ・シー・テイから資金供給を受けておらず、拓銀関係者は「資金繰りの面でタクトへの影響はない」としている。
同社は一九二六年に拓銀系の不動産管理会社として「北海道土地」の名で設立され、拓銀グループの店舗や用地の管理を手掛けた。バブル期にかけ不動産仲介や開発事業を拡大、九一年にタクト(現タクトとは別会社)へ商号変更した。
しかしバブル経済の崩壊で、所有不動産の価値が急落。拓銀は九三年、不良資産の処分を迅速化させるために、同社の事業と約七百億円の資産を分割。現社名に商号変更し、約四百億円の不良資産をそのまま引き継ぐ一方、約三百億円の優良資産を同社全額出資で新たに設立した現在のタクトに継承させた。
テイ・エイ・シー・テイは当初、表向きは「ビル賃貸などを収益源に、独立採算で不良資産の売却を進める」(拓銀)としていた。しかし拓銀グループ全体の不良債権が膨張する中で、担保不動産の処分、売却の機能を担わされ、財務的には実質「死に体」状態に陥っていた。
昨年十一月の拓銀破たんで再建の道は断たれ、今月に入り資金繰りに行き詰まった。特別清算を選択したのは、借入先が拓銀など五つの金融機関に限定され、迅速な清算手続きが可能と判断したためとみられる。
同社の九七年三月期決算は、本業のもうけを示す営業損益が九億千三百万円の赤字で、経常損失も前期比一一・五%増の十九億二百万円と五期連続赤字を計上。当期損益でも九千七百万円の赤字だった。
一方、子会社のタクトの同期決算は、マンション分譲が好調で営業利益が前期比六四・四%増の十二億八千五百万円。経常利益も同四・六倍の六億三千八百万円を計上して債務超過を解消し、累積赤字額も同九七・六%減の一千万円にまで減少させた。ただ新しい株主やメーンバンクは決まっておらず、事業存続のための計画策定作業が今後、加速するとみられる。
(ボールド引用者)
必ず、件名の冒頭に「拓銀」とお書きになり、誌上公開を前提にした仮名を指定して下さい。
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