第二夜  『幻』
 少年は歩いている。  薄暗い回廊を。ただまっすぐと歩いている。  向こう側から男が一人歩いてくる。  異様な格好の男だった。  両の腕に手がない。  肘の所から、血を垂れ流しながら男は歩いていた。  「こんにちは」  少年は場違いな挨拶をした。  男は血をしたたり落としながら、痛みを感じていただろうか?  男は少年を睨め付けただけで返事すらせずに少年の脇を通り過ぎた。  少年は歩いていく。  真っ白な床と、真っ黒な壁に囲まれた回廊を。  向こう側から老人が歩いてくる。  これもまた異様な風貌の老人だった。  本来首があるところにブツッと空間が歪んでいる。  そして小脇に抱えた荷物は、その老人のモノと思われる頭蓋だった。  「おはようございます。」  少年はまた場違いな挨拶をした。  小脇に抱えられた頭蓋の目が開いて睨み付ける。  口は歪曲して何かをつぶやいているようにも聞こえなくもない。  老人は首を持ち替えて常に少年を睨み付けながら通り過ぎていった。  少年はそれでも歩く。  真っ白な床、真っ暗な回廊。フレームのみが白く連なる単純な視覚映像の中を。  向こう側から少女がスキップしながら近づいてくる。  例によって、少女の風貌も異様だった。  顔面を血で染め上げ、眼球のあった部分には黒い闇が蟠っていた。  目は、潰れていたと言った方が適切であったかもしれない。  「こんにちは 今日はいい天気だね」  少年は場違いすぎる挨拶をする。天気などその回廊の中で分からないのに。  「こんにちは、私を………したお兄さん。 ほんとに、見えないことで見えるモノあったよ」  少女は嬉しそうに身を一回転をしてお辞儀をする。  その際、顔面の血が周りにぶちまけたというのは言わなくても良いことであったが。  少女は目が見えていないはずなのにまっすぐと杖もないのに正確に歩みを進め。  そして少年の脇を通り過ぎて、戻ってくることなく行き去ってしまった。  そして少年は少年に出会う。  真っ白な床、真っ暗な壁、連なる幻の回廊。  少年は自分自身にあった。  その少年は例によって、異様な風貌だった。 と言うわけではない、至って普通だった。  「はじめまして」  少年は少年に向かって挨拶をした。  「……………」  少年は少年の挨拶を聞き取っていたのか分からないが、脇を通り過ぎて歩き去ってしまった。  少年は振り向いた。  そこに広がるのは暗い通路、そして真っ白な床。  先も後も、真っ暗な空間のみ。  道のみ白くまっすぐ、そしてどこまでも続いている。  少年は進んできた道をさらに進んでいく。  幾千幾億の異様な者達に出会った。  少年は挨拶をする。  その者達は挨拶を返すどころか、暴言を吐いて少年の脇をすれ違い見えなくなっていく。  それでもまだ少年は歩き続ける。  真っ白な床と真っ黒な壁。 所々に染みついたシミは多分鮮血、そして枯渇する水分と成分。  歩いている少年の後ろには道がある。  歩いてきた歴史と言っても良い。  その真後ろには、死骸の山が築かれている。  【 回廊と同じ世界に。 だが違う次元軸にそれは浮かんでいる。 】  その屍の山は移動していた。幾千幾億の魑魅魍魎共を押しのけ、振り落としながら。  さっきあった男も、老人も、少女も。  古い死体共は山の下部から振り落とされる、落ちたそれらは虚空に飲み込まれる。  砂山のようだ。死体は砂の粒、山を支えている器に収まらずに流れゆく砂達。  朽ち果てた人形のように、壊されてしまった玩具のように、四肢をだらりと垂らして死んでいる。    『 では、さっきあった少年は何だった? 』  振り向けども、ただ闇と、白い床と、黒い壁が続くばかり。  真実は、幻想ではない。 まして実現したこと全てが真実でもない。  荒唐無稽かつデタラメな世界で「 全て 」と言う存在はもう死んでいる。  ………………………あぁ。 なんだ、そう言うことだったのか。  あれもまた幻影。 そしてそれは現実に起きたまやかし。 この情報、記憶、全てが。 そうだ、それこそが。  真に、幻と言うに値するモノだった。

  マエ ツギ

モドル