休題・壱 『√-1』
 「 状況は? 」  『 本体は影を除去しました〜 その後に消失して現在捜査中です 』  「 了解、そのまま進めろ 」  『 イエッサ〜です♪ 』  空洞に少女は佇む。  長く、暗く、だが暖かみのあるそんな洞窟に少女は立っている。  色は土色ではなく、赤色だった。  肌色、褐色、血の色、様々だ。所々浮きだったこぶみたいな物は血管を思わせる。  そんな場所に、少女は立っている。  「 さて、本体を蔑(ないがし)ろにした事象に存在価値はないのだが……… 」  『 「計画」は万事滞りなく進行中です  文字通り「寸分の狂い」ないです 』  白を基調とした服装に、漆黒の髪をシャギーに刈り込んでいる。  年の頃はぱっと見二十代前半。怪しげな魅力を醸しだしてる割に、妙な幼さを感じる。  緊張した面差しをしていなければ美小女の部類に入るのだろう。  同時に、殺気や障気を放っていなければの話だが。  「 『彼』を招待することに支障はないだろう、許可する。 少々泳がせておけ 」  意味不明に羅列を繰り返し、命令をとばす。  周りに従者の姿はなく、また聞こえていることが当たり前のように。  「 ………なにか? 言いたそうですね。『樂斗』さん 」  「 俺は樂斗ではない。まぁ、結果的に俺が樂斗だとしても寸分違わぬモノという保証はない 」  少年は吐き捨てた。  少女は微笑んでいる。他人を見下したその高慢きわまる瞳を少年に向けたまま。  「 今現在、この瞬間において貴方は一つの『結果』でしかないのよ 了解しました? 」  「 いいさ、何とでも呼べばいい  名前すら此処では記号に過ぎないからな 」  頭を振り少年は穏やかな表情を浮かべる。  少女は無垢、無邪気な笑みを樂斗に向けた。見ようによっては、結構良い雰囲気だ。  場所が場所で無ければの話だが。  人混みの中を僕は歩いた。  群れの中 何故みんなは歩いていられるのだろうか?  気分が悪い 吐きそうだ。  誰も彼もが歩いている。  僕のことなど気にもとめずにみんな歩き去っていく。  気分が悪い。とても、とても気分が悪い。  その空洞はドーム状になっている。  中心部に女が立っている。少年はそれを見つめている。  少女が持っていた光球を両の手で抱え込み頭上に掲げた。  球体は少女の腕を離れ、虚空に舞い上がる。  「 クスクス、達観してるわね  『結果』のもたらした『結果』と言えなくもない、かな? 」  少女を中心に球体は円を描いていく。  徐々に少女との距離を離しながら円を描き始めた。  所々にとどまり、虚空に光のラインを描き出した。  それらは光球が離れた後もその場にとどまり、ゆっくりと周りを回り始めた。  「 来なさい 君にはその資格がある 世界を維持、修正、生命総数『一千億』の管理 そして……… 」  「 自分自身の消去 あるいは………進行するルートの選定と分岐の『自由化』 」  彼は指を弾き漆黒の風を巻き起こす。黒い風柱そう言えなくもない。  その柱に自身を歩み進めて完全に入り込むと風はぴたりと止んだ。  瞬転、彼は少女の傍らに佇む。  漆黒を基調にした聖職者姿で彼は立っている。  黒のブーツに、生地の厚い黒のズボン。丈の長い黒の上着を襟まで締めている。  ただ彼が、彼として違っていた相違点は片方の目に闇が蟠(わだかま)っていた点だ。  そして、その目に宿る闇は何かを秘めている。  神秘的な、それでいて凶暴な何かを押し込めているようにも見えた。  「 聖職者? 神様なんて、縋(すが)るにも値しないわよ 」  「 ………信じる信じないは別としてだ。 支えにはなるだろ? 」  少年は言った、樂斗と呼ばれた少年は少女に言い聞かせるように言った。  壊れた箱庭。 狂った時計。 曲がりくねった立方体だったモノ。  不協和音。 歪み。 歪曲。 時間軸の剥離。 そして。  少女はクスッと微笑んだ。  無垢に、純粋に彼との会話を楽しんでいるようだ。  「 では参りましょうか『樂斗』さん 貴方自身が貴方を殺したあの日に 」  「 殺されたと思いこんだあの瞬間と、奪い返したあの瞬間へ…………… 」  噛み合ってない歯車。 旋律のない重奏曲。 裁判長のいない裁判。  死刑囚に吊される看守。 体を覆う殻のない産まれた赤子。  否定的な肯定。 悲観的な喜悦。 一線を画する世界。  ………………あるいは、絶対的に矛盾が横行する世界。  そして…………………、矛盾が横行するが故に、真実に気づかない愚劣なる人形共。  「 駒の成り上がり、か…………… 」  「 ………なにか? 」  知っている、これから起こすことも起きることも。  歪曲からは更正はされない、逆にさらに歪むこと。浸食している何かがいることも。  「 …………(俺が、初めてその世界の浸食者に魅入られたことも) 」  「 (私が、その世界の主であると共に全ての分岐を知る為に敢えて………) 」  知っていた。世界が作り物でしかなかったことも。  死んだことも、シナリオの一綴りでしかないということも。  「 介入者は存在を自身に見いだした時、存在を始めた、躍動し進化し侵略しコレを己とした 」  「 その通り。 だって貴方こそ……………… 」  そこで二人の姿は消え去る。  展開した光球の幕は二人を包み込み収縮して虚空となる。  始めからそこには何もなかったかのように。

  マエ ツギ

モドル