「今だけは目を閉じて」

 

 

 

 「えっと……お、おにいさん……。」

 

 声が……出ません。胸がドキドキして、顔がかぁーって熱くなって、

それになんだか……お腹の奥がムズムズするみたいな感じです。

喉は……詰まってるみたいに、声が全然出せないし……ことしも……ダメ……?

 

 ううん……だめ……今年は絶対に渡そうって思ったんですから……。

おにいさんに私のチョコレート、受け取って貰いたい……。

なのに……やっぱり口が開けられません……。おにいさんは、さっきから不思議そうな顔で

私のこと、見てるんです。えっと……早く次の言葉を言わなくちゃ、なんだか段々

気まずくなってきちゃいますよぉ……いわなくちゃ……私の気持ち……!

 

 「あ、あの、おお、おにいさん! ハ……ハッピー……」

 

 そう、この調子で一気に……おにいさんに!

 

 「ハ、ハッピーバ……ハ……バースデー!」

 

 ……うわぁーーん! 

 

私のばかぁ! どうしてそんな事になるんですか!?

お、おにいさんは苦笑いしながら、「ちょっとお祝いして貰うには早いよ」なんて

言ってるし……ち、違うんです、おにいさん! ホントは私……おにいさんに……

でも……もう私は恥ずかしくて恥ずかしくて、そこに居られなくなっちゃって……。

 

 「ごご、ごめんなさい! お、お祝いにはまだ早いですよね、あは、あはは……。

そ……それじゃあ、おにいさん、ま、また……今度!」

 

 そう言って、何が何だかわからないうちに……私は、おにいさんの所から

走り去ってしまって……ぐすっ……今年もまたこの調子。毎年毎年、おにいさんの

為にチョコレートは用意してあるし、最近は手作りも始めたのに……私、まだ

一度も、ちゃんとおにいさんにチョコレート、渡せた事が無いんです……。

 おにいさんは、あんまりそういうの気にしてないみたいなんだけど……。

バレンタインデーだからって……やっぱりカンタンに……ス……スキだなんて、

言えないですよ……。どうしていつもこうなっちゃうのかな?

 

 れ、練習だってちゃんとしてたのに。2月に入ったら、毎日ハルをおにいさんだと

思って、バレンタインチョコを渡す練習してたのに……。

最初は、ハル相手でも、おにいさんだって思っただけで何も言えなくなっちゃったけど、

やっと緊張せずにできると思ったの……だけど、やっぱり本物のおにいさんは、

ハルとは全然違うから……おにいさんは、ハルとは違って私の名前を呼んでくれるし、

笑いかけてもくれる。それに、近づくだけで私をドキドキさせるちゃうの。

私のおにいさん……大好きだから……好き過ぎてダメ……。

……おにいさんが好き過ぎるから……何も言えなくなっちゃうんです……!

 

 「はぁ……ハル、練習……あんまり役に立たなかったみたい……。」

 

 暖房の消えた寒い部屋に入って、ハルに今日の報告です。去年も、おととしも、

私はハルにバレンタインの報告をして……それで毎年、ピィピィ……

「がんばって」ってハルは言うけど……。今年も私、がんばったけど……

やっぱりダメでした……どうすればいいのかなぁ……ハル?

 

 「ピィピィ……」

 「がんばって……もう、またいつもと同じ……。」

 

 私の手にあるのは、おにいさんへのチョコレート。渡せなかったチョコレート。

毎年渡しそびれて、結局私が食べるもの。……私がおにいさんに渡そうと

思って作るチョコレートは、甘い気持ちを込めたつもりで作ったミルクチョコ。

なのに自分で食べてみると……甘いはずなのに、ビターチョコみたいに

ニガくって……それになんだか、しょっぱくて……。

 

 今年もまた……えへへ、やっぱり古くしちゃったら勿体無いですから……

自分の作ったチョコレート……自分にプレゼント。

 

 「ハッピーバレンタイン、桜仔ちゃん……。」

 

 私が私にチョコレートを渡す時は、もちろんドキドキなんてしないけど……。

とっても……寂しいんです。ほんとうは、これは私が食べるものじゃないのに。

もっと私がちゃんとしてたら、おにいさんが食べてるものなのに……。

 

 だけど……しょうがないんです。だから早くラッピングを外そう、そして食べちゃおう。

きっと今年もビターだけど……しょうがないから……。

 

 「……あれ?」

 

 ラッピングのリボンをほどこうと思って、チョコレートに手を付けた時……私の手から

力が抜けて、目がぼやーってしてきたんです。おかしいなって思って、目を擦ったら……

手にはまた……しょっぱいのがついてました。

 

 しょうがないけど……毎年だけど……。

 

 「やっぱり……だめですよぉ……ぐすっ……私、このままじゃダメダメです……。

おにいさんにチョコレート渡したい……渡したいから……リボンをほどいたら……

また来年……ううん、ずっとずっと、おにいさんに渡せないまま……そしていつか

……ひっく……おにいさんが居なくなっちゃったら……もしもだけど……もしも……

そんなの嫌ですから……今年渡せなかったら……またきっとダメですから……!」

 

 涙がぽたぽた落ちてきて、ハルにでもなく誰かに向かって、私は気持ちを

話してました……。おにいさんが好き過ぎるから渡せないチョコレート、

なんだかチョコレートが私のこと、怒ってるみたいに見えるんです。

 だって……私はこのチョコレートに、おにいさんが「おいしいよ」って言ってくれますようにって

気持ちを込めたのに……なのに、食べて貰えないで、それを私が食べて、

ビターみたいに苦いなんて言われたら……きっとチョコレートも怒ります……。

 

 ねぇ、チョコレートさん……やっぱりあの時みたいに……食べて欲しいですよね?

一度だけ、たった一度だけ……おにいさんにチョコレートが渡せた日。

まだ私が今よりずっと小さかった頃。まだ、私がおにいさんのこと、「スキ」だって

ことしかわかってなかった頃みたいに……。

 

 ただ好きだった頃は、それだけだったのに……今のおにいさんは、私にとって

数え切れないぐらいのキモチをくれるから、そんなおにいさんの前に出ると、

私は胸がいっぱいになってお話できなくなって……。

 

 「でも……もし。」

 

 もしも、昔の私に戻っちゃったら、その時に渡すチョコレートはきっと、私の渡したい

チョコレートとは違います。だって、込めてる気持ちが……全然違いますから。

私は、今の私のままでおにいさんにチョコレートを渡したいんですから……。

 

 ……だったら! き、きっと今からでも遅くないから……おにいさんに……会いたい。

もう時間もいっぱいたっちゃって、もうすぐ夕日も沈むだろうけど……まだ今日は

終わって無いもの……。

 もう、今までの私じゃなくて……今の私は、おにいさんの事が……おにいさんへの想いは

今までとは違うから……私は、今年ほどおにいさんにチョコレートを渡したいって思った

ことはないんです……!

 

 おにいさんへ。

 えっと……こんばんは、桜仔です。 お昼は突然いなくなってごめんなさい。

 ……もし、今おにいさんが暇だったら また……あの公園の、噴水の前に来てくれますか?

 どうしてかっていうと……その…… それはいえないんですけど……。

 でも、よければ……来て……欲しいです。 それでは……また後で……。

 桜仔

 

 ……冬の夜風がとっても寒い公園。周りには誰もいなくて、噴水の水音しか聞こえません。

さらさら流れる水の音、真っ暗な空、静かな公園……。

そんな公園で、ひとつの電灯だけが私を照らして、その光の下でおにいさんにメールを

打ちます。……夜の公園は、なんだかどきどきします。風が胸をくすぐるみたいで、

なんだかこそばゆいっていうか……。

 

 「はぁ……おにいさん……来てくれるかな……」

 

 白い息は電灯の中でキラキラ光って……。

 

 「桜仔」

 

 ……私を呼ぶ声が聞こえて。

 

 「お……おにいさん……

 

 おにいさんは、私の後ろから優しく声をかけてくれました。いっぺんに私の顔が

お昼と同じように真っ赤になって、振り向こうと思っても……首が後ろに向かなくなって、

どうしようかなって思ったら……おにいさんは「振り向かなくてもいいよ」って……言いました。

 

 「あの……おにいさん、今日は私……わ……わたすものが……。」

 「へぇ、何かな?」

 

 おにいさんは、なんだか楽しそうにこたえます。……目が合っていないから、まだ私、

お話ができるみたい。公園で二人は背中を向けたままお話。きっと他から見れば

変だけど、私とおにいさんにとって、一番近い距離だから……。

 

 「その……バ……バースデー……じゃ、なくて……バレンタインの……。」

 

 「バレンタインのチョコレート……お、おにいさんに……受けとって欲しいんです……!!」

 

 ……面と向かってじゃなかったけど……やっといえた言葉……!

私がおにいさんに伝えたかった言葉……まだまだ沢山あるけど、でも、今はまだ

これでじゅうぶんだから……今はただ……おにいさんに気持ちを伝えたい……。

……私がそう言うと、おにいさんは一言。

 

 「……待ってた」

 

 それだけ言って、おにいさんは……ゆっくり歩いて……私の前に来ました。

私は……その時、やっぱり何も言えなかったけど……でも、なんだか安心するような、

肩から力が抜けちゃったみたいで。……そこにあったのは……嬉しさで、

胸が詰まる感じでした…… 私、嬉しいから……何も言えなくなっちゃったんです

 ……でも、言わなきゃ……。今だけは私、何も怖く無いから……。

 

 「ハッピー……バレンタイン……。これ、私が作った……チョコレートです……

 

 それと……もう一つ。……えへへ、おにいさん……私、おにいさんの事が大好きなんですよ。

好き過ぎて、私がいっぱいになっちゃうぐらい……。

 

 その……愛してますから

 

 だから今日は……もう一つ、おにいさんに受けとって欲しいものがあるんです……。

 

 おにいさん……私が今、目をつぶってるのは……目を合わせるのが恥ずかしいからじゃ

ないんですよ…… だから早く……いつもの私に戻っちゃう前に、

プレゼント……受けとって下さい

 

 

 

 

 

fin