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新・アジア考

Vol.17マインド・コントロールとメディア・コントロール
 〜北朝鮮スケープゴート化に対して

韓国沖で銃撃戦の末、座礁した北朝鮮潜水艦
マインド&メディア・コントロール

 一見、他人事のようながら、じつは危険本能、そのセンスの琴線に響きあう文章がある。少々、難解で恐縮なのだが、どこがどうシンクロするのか、注意をはらってご覧いただければと思う。

「大衆には公益が何であるかが分からず、それを理解し、管理しえるのは、少数エリートの“知的階級”だけであるというのだ。(中略)民主主義にとっては、この烏合の衆が問題なのである。彼らが大声を発し、じたばたし始めないように彼らの関心をどこかよそへ逸らさなければならない。彼らはスーパーボウルやテレビドラマを見ていればよいのである。そして彼らを襲う悪魔の存在を信じさせておかなければならない。」

 スーパーボウル、つまりアメリカン・フットボールの位置に、日本のプロ野球を代入すれば……。それではいったい悪魔とは。9・11以降の米国にとってそれはビン・ラディン氏であり、現在の日本にとってはイラク・イラン、何よりも北朝鮮が挙げられることとなった。

「そうでないと(大衆は)考え始めるかもしれない。それは危険だ。なぜなら彼らは考えるべきではないからである。」

私たちは考えるべきではない。−−そんな危険性を鋭く糾弾した論文が、MIT (マサチューセッツ工科大学)のノーム・チョムスキー言語学教授による「メディア・コントロール」であり、“合意の捏造”と呼ばれる世論操作の模様が、的確に分析されている。(詳細はこちら

 くりかえし流される北朝鮮軍事パレードの模様。マスゲームのように一糸乱れず総書記を賛美する人民の映像。まるで選挙運動の候補者氏名連呼のように、サブリミナルに刷りこまれてゆく。
“北朝鮮は、怖い国。かわいそうな国”

「仕事で、そういった彼らの声に吹き替えすることもあります。なるべく強気で、なるべく辛そうに、とここでも作り手の意図が入ります。」

そう告白してくれたのは某テレビ局に勤務する知人であり、彼女自身、報道側の責任について危機感をつのらせているという。

 ところで国際社会の評価として、南北の融和ムードは金大中前大統領ノーベル平和賞受賞の形で、また2002年9月の日朝会談・国交正常化推進も、その後の国際会議で評価を受けることとなった。核開発疑惑については、査察の再度受入れを促す形で、北朝鮮の国際社会復帰への機会が開かれているはずだった。にもかかわらず、日本では「メディア・コントロール」のもと、北朝鮮がスケープゴートにまつりあげられている。たしかに国内世論をそらすため、という効果はある程度までやむをえなかった。

 ところがイラク問題について、独仏露を中心に「国連安保理決議に任せる」解決策がうちだされるやいなや、行き場をなくした“某国”の不可抗力は、次なるターゲットとしてあらためて北朝鮮に矛先を戻そうとしている。生けにえの祭壇が、怒りを鎮めるどころか、逆にさらなる怒りの神・いや魔物を呼びよせつつあるのだとしたら。さあどうする、その矛先は未来の隣国なのであった。
 

板門店から北朝鮮を臨む
他人事でなく

 隣国!? ……いや、それ以前に。これは絶対に大きな声では言えないのだが。

「彼らは、一時期、日本人であった」

北朝鮮に対してはおろか、韓国人にすら口が裂けても言えないことである。

 しかしながら、彼らの万歳三唱をニュースで眺めつつ、総書記の太陽神格化を聞きつつ、とても他人事とは思えないのだ。さらに国際社会での孤立状況、あの張りつめにいたっては、満洲国建国からアジア太平洋戦争に至るまでの我が国が想起されてしまう。

「金正日総書記は、どこでお生まれになりましたか? 」
そう問いかけるチマチョゴリ姿の女性に、子供たちは声をそろえて
「白頭山で、お生まれになりましたー」

(けっ、抗日戦線中のロシア領内で生まれたくせに)と横目であざ笑う日本の視聴者は・マスメディアは、無意識のうちに100 年前の日本人のある部分を、侵しているように思われてならない。もはや自虐ですら、あるもの。

 たとえば皇紀2600年。万世一系。
「神武天皇から順に、天皇陛下のお名前は、何とおっしゃいますか? 」
そう教師に問いかけられた、幼き日の祖父母たちは、すらすらと暗唱できていたものだ。一説によれば金日成太陽神化の思想自体、日本の植民地時代に端を発するという。(読売新聞より)
 。
大韓民国の国旗をてらいなく使った企業広告


 








ひそかな分割統治

そのような視点からあの国を見るにつけ、思うことがある。北朝鮮のたび重なる核カードの「カラ」使用は、いったい……。彼らは「危険な存在」として、ひとつの自己主張を試みているのだろうか。かつてのソ連が軍拡によって国際的なプレゼンスを確保したように。現在の中国の軍事力誇示が、多分に前世紀に侵略を受けた心理的補償であるように。

「もはや、侵されっぱなしの朝鮮民族ではない」

そう直感したのは、2002年サッカー・ワールドカップ前後の韓国の自己主張を目のあたりにしたからである。

 北朝鮮への反感があおられるさい、そこにある種の「やっかみ」が秘められてはいないだろうか。斜陽の日本を尻目に、韓国はワールドカップ共催国の日本をしのぎ、IT先進国化を進める。世界一のシェアを記録する産品は造船に液晶表示装置にとひとつ、またひとつと増やし……そんな韓国がこのまま北を吸収、日本と近しい面積・人口を誇るようになる、という未来を予想すれば、

「このまま分裂してくれたほうが、日本にとっては都合がいいのでは」
右派系サイトの掲示板には、そのような書きこみも見られるようになった。いや、すでに10年近くも前に、私自身、韓国人に直接、糾弾されたことがある。

「きみたち日本人は我々の統一を阻止しようとしているだろう!」
 つまりは、アジア全体の繁栄を、内部で牽制しあうようなものなのだろうか。

 それはひょっとすると、大東亜が共栄しないよう、欧米によって巧妙に分割統治をされてきたのだろうか。

 そんな矛盾にすでに気づいているのが、冷戦の代理戦争を、ひとつの民族同士で闘わされた、他ならぬ「韓国と北朝鮮」である。同じ構図の拡大版ながら別の形の代理戦争を、今度は「統一韓半島 対 日本」の形で闘わされようとしているとすれば? 

 少なくとも拉致被害者が、帰国当初は全く北朝鮮人の顔つきながら、次第に私たちの側の顔を取りもどしてきたように、いつか北朝鮮も顔の見える国になる日が……。日本人の側から見た北朝鮮といえば、90年代後半、テポドン・ミサイルうちこみ疑惑がもちあがったさいには「危険な国」。→その後の飢饉や2002年、拉致被害者を通じての惨状が伝わるにつれ「かわいそうな国」、−−どまりでなく、矢印→のその先に現れるの北朝鮮とは、いったいどのような姿なのだろう。

 たとえば「フロンティアとしての国」? 

               (02/2)





to be continued.........








バックナンバー:
16「未来に向けるベクトルの源」


バリエーションに富んだアジア。とてもひとことでは表しつくせないので、何冊も本を書き重ねています。
詳しくは、既刊紹介

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