Vol.18護りのちから
〜アジア式のプロセス・北朝鮮編
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| 朝鮮戦争時代に用いられたもの(「戦争博物館」ソウル市内) |
“アジア式”の発展プロセス
「悪の枢軸とは、イラクや北朝鮮ではなく、貧困と、人種差別と、暴力です」
その言葉は、マーチン・ルーサー・キング牧師の未亡人から発せられたが、これを人道主義者の訴えにとどめず、実行に移す手段のひとつが、ODA
(政府開発援助)であった。2002年の日朝会談では、同様の経済援助が約束されており、経済発展の基盤となるインフラの整備が進められ、海外投資受入れによって経済成長が推し進められるはずであった。かつて日本がほかの東〜東南アジア諸国にほどこしたように。
コメ援助、重油供給。そのような米国的発想による対処療法は、まるで脆弱な病人を薬漬けに・薬物依存に陥らせるように、根本的な解決には至らない。開発経済学の常識として、貧困を解決するには、援助依存体質を脱出させること。内発的発展を促すこと。そんなアジア式の発展プロセスを、北朝鮮もたどるはずであった。
しかし実際には日本国内の「経済援助よりもまず拉致問題解決を」「核疑惑解決を」。それを背後から煽る米国発のマインド・コントロールならぬメディア・コントロールによって、実行は先送りとなっているのが現状である。この連載でも繰りかえし述べているように、
「アジア式のプロセスというものが、あるのだ」
ひとつはアジアNIES〜ASEAN 型、開発独裁による経済成長ののち、中間層の誕生によって独裁が溶解する、内発的民主化。もうひとつは中国〜インドシナ三国型、社会主義による底あげと民主化(もどき)ののち、外圧によってあらためて経済成長を促される、社会主義市場経済化である。北朝鮮は、ミャンマーやアフガニスタンと並び、その双方を遠回りしてたどることとなったが、現在、ようやっと後者を踏みだそうとしている。
いや、すでに90年代前半には、ロシア国境付近の羅津・先鋒開発区を中心に、露・中・日による豆満江開発計画が進められていた。「環日本海経済圏の出現なるか」と、新潟など日本海側を中心に期待がかけられもした。しかしロシア国境という土地柄、旧ソ連崩壊に加えて、経済インフラの未整備がボトムネックとなって、成功には至っていない。それでは、と今度は、社会主義市場経済化の実績のある中国から、変革が波及しようとしている。
前線にあたる遼寧省丹東には、すでに韓国企業専用団地の整備が進められており、これに隣する北朝鮮の新義州では、(一時期、トップの不祥事による頓挫が報道されたものの)一足飛びの開発は水面下で進められているようだ。(経済インフラの整備は日本の経済援助頼みであろうが)。電話回線も不十分であるにもかかわらず、韓国の新聞によればすでに携帯電話の使用が可能になっているという。拉致問題や核開発疑惑の影に隠れてはいるものの、知らぬ間にこつこつと積みあげられているものがある。朝鮮半島南北の鉄道連結作業は一進一退、すでに韓国側の地雷はすべて除去された。
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| 国連の統治下にある板門店JSA(共同警備区域) |
ソフト・ランディングのために
問題なのは「いっそのこと、崩壊させたほうが統一しやすいのでは」という誤解が根強いことである。たしかに現場の事情から遠いほど、このように考えがちなのだろう。火事もしょせんは対岸、海向こうの米国。「いちおう玄海灘はあるものの」メディアコントロール下に置かれた日本。しかし韓国では今世紀に入り、もはや
さきのような声は聞かれなくなった。
再建費用。南北格差。経済難民。それらのリスクばかりでなく、政権崩壊後の代替勢力の脆弱さを考えても、「破壊」はマイナスであると、多くの韓国人が気づきはじめている。彼らにとって最善なのは、「溶解」−−内部からの自然な変化であろう。
そういえば80〜90年代に東アジアが奇跡的な成長を誇るころ、出遅れた中国を、
「いかにソフト・ランディング(軟着陸)させるか」
これは国際社会の課題ですらあった。当の中国が見事に成功をおさめつつある昨今。あらためて文化大革中の中国を想起すれば?
いったい当時、幾人の日本人が、その後たったの10年で、改革開放路線がうちだされると予想しえただろう。そして30年後の現在、経済成長率は東アジア随一の10パーセント。その前線たる上海浦東地区には、新宿を上回る数の高層ビルがそびえ建つ。その数、ざっと200
本。北朝鮮もまた、文化大革命的な異様なエネルギーの中にあったものの、分岐点に立つ現在。分かれゆく可能性の股の先、30年のちの姿に、誰か、思いをはせる者はいないのだろうか。
奇妙なデジャ・ヴユ
ひとたび北朝鮮の政権が崩壊すれば、世界で最も危険かつ精鋭な特殊工作員が東アジアに散りぢりに、“前世紀の怨恨込み”の復讐劇が始まるだろう。まさにテロの拡散として。それとも韓国からは大量の避難民が、(推定10万の数値が先月、20万に上方修正された)押しよせる−−そういった恐怖心によって、のみでない。そろそろ別の形のインセンティブが芽生えはじめないものだろうか。
2002年のサッカー・ワールドカップ日韓共催と韓国ブーム効果によって、少なくとも日本人は韓国が隣人であることを確認した。韓国料理、韓国映画、Kポップス、それらを生みだした国。ソウル旅行の旅先でお世話になった地のことを。こうして第1ラウンドを終えたのち、現在は第2ラウンドに突入。「お隣りさん」である国が、半世紀以内に統一をはたす国を、どのようにとらえるか。北朝鮮が韓国人と同じ民族と言われても、まだピンとこないかもしれない。
たとえば日本人には鮮やかすぎるチマチョゴリ。または妙な肩幅の背広姿。軍隊のパレード。それらに対して、日本旧世代の韓国関係者は、奇妙なデジャ・ヴユ をおぼることがある。そっくり似た写真をかつて、韓国のものとして、目にしたことがあるためだ。そんな韓国も、ほんの30年後には、IT&ブロードバンド大国として・または大衆文化輸出国として、時には日本より秀でることもある。
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| 韓国国境付近(臨津閣)にある北の離散家族への祈祷壇 |
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バリアとノケモノ
“アジアが誇りをもって、同じアジアを擁護する”
韓国人は北朝鮮に対して、同じ民族であるというインセンティブを有する。その範囲を民族にとどめず、エリアから人種まで広げれば……五族協和(いや、少数民族も含めれば、アジアの五百族協和だろうか)。そんな理想の実現を、すでに過去の私たちは1度、めざしたことがある。かつて数百万の日本人が命を投げだすことができたのは、(たとえ上層部では大義名分であったとしても)中堅幹部から下士官、兵士達に至るまで、その言葉はきちんと響いていたからだろう。愛する国を護るため。それがひいてはアジアの開放につながると信じていたからこそ。
ところでかつてこの連載で“不可抗力”の話に触れたことがある。「なぜ協和を掲げたはずの民族同士が闘わされていたのだろう」と満洲の地から日中戦争を顧みていたのだが。ひるがえって現在、不可抗力とは、米国軍需産業という巨大な経済エネルギーによって発生する力を意味する。(景気も経済もまた、それを生みだす人間の労働まで含めた、一種のエネルギー流転運動と言える。そしてまたあまりにもその力が膨大であるとき、それ自身が発露を求めて、需要という目的を生みだすことがある。)そんな“不可抗力”を、奇跡的に避けるのは……
「護りのちから」
護る? ちから? 愛? 今の時代に笑われてもしかたがないのだが、EU的な共同体から、集団安全保障体制、APECのようなゆるやかな経済連合にいたるまで。また最近では機構によらない1国対1国のFTA
的な結びつき・その無数の積み重ねによるネットもまた、これらすべてが「護りのちから」のひとつのかたちなのだ。
そんなバリアの及ばない・もしくはそれを信頼できない、世界の3か国が今ちょうど「ノケモノ」となっている。軍需産業が自己目的化したとき、その発露の先として需要自体が産みだされる“犠牲者”たち。ひらたく言えば「イジメ」の対象とでも言おうか。
そのうち1か国が、未来の隣国である。
大変にひらたく言えば、あなたはお隣りさんがいじめられているとき、そっと見て見ぬふりをするか。
それとも体を張って時には自分もいじめの矛先を向けられる道を選ぶか。まるで現在の韓国が、米軍撤退要求を掲げる盧大統領が牽制を受けるように。米国の外資ひきあげを恐喝されているように。
せめて自分の母国には、一緒にイジメの尻馬に乗るようなことがあってほしくないと願う。
北朝鮮に住んだことのない、また日韓に移住した彼らしか知らない私としては、それ以上、語る権利はないものの、10年近く日韓交流に従事してきた者として、思わず……記さずにはいられなかった。
(02/2)
to be continued.........
バックナンバー:
16「未来に向けるベクトルの源」
17「マインド・コントロールとメディア・コントロール」
バリエーションに富んだアジア。とてもひとことでは表しつくせないので、何冊も本を書き重ねています。
詳しくは、既刊紹介

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