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新・アジア考

Vol.25「オーガニック・エイジア
        〜アジアの誇り3/私たち日本人の役割・その2」

チンゲン菜とうずら卵の豚モツスープ「チェーオー」。ミャンマー料理ながら中華風、さっぱりとした塩味にビーフン入りで日本人好み
生態系的循環のひとびと

 最近、とみに耳にするようになったことがある。

「なぜか肉より、魚のほうが、おいしく感じるようになった」

筆者もまた、今世紀に入るころより、ステーキを楽しむことができなくなっている。家族に合わせて無理に食べたところで、食後に気分が悪くなってしまうのだ。狂牛病を目のあたりにして、ようやく気づく。

「じつはアジアの食生活は、環境にやさしかったのではないか」

肉食の後退が、さほど苦でないのは、我が国の場合、古来の食生活を見直せば良いからだろう。

 たとえばイスラム圏においても、基本的に肉一般は、犠牲となった動物への「祈祷済」ハラール印付き=ということは、やや値段は高めで、ありがたみをともなう。豚にいたっては戒律で厳禁となっていた。仏教圏においても、とくにタイ・ミャンマーなど南伝の場合、男子は一時期、出家するのがならわしとなっている。修行中にたたきこまれる不殺生。さらに現実問題として、ミャンマー人はこう語る。

「農耕に使った筋肉質の牛よりも、小さな動物、ニワトリのほうが、おいしいから」

 それでは北伝仏教圏・東アジアはと言えば。たしかに前述の地域よりは、比較的、肉食が多い。たとえば韓国の牛の焼肉……と思いきや、これは蒙古の征服以降の外来文化。しかも現在でも家庭料理ではなく、あくまで高級な特別料理とみなされているのだ。また、こんな事実もある。中華「家庭」料理のレシピを、日本人向けと、現地向けとを比べてみた場合、なぜか日本版は肉を牛にさしかえられていることが多い。漢民族は肉といえば、より小さな動物である豚を、しかも内臓まで、くまなく活用する。(というより彼らは内臓のほうを好み、肉のほうはそれを好む日本へと輸出しているのだが。こうした使いわけから、中華圏の養豚業が成功したと言われている。)

 残るアジアと言えば、インド圏を忘れてはならない。彼らの菜食志向は、たとえば日本各地の本格カレー・レストランでもかいま見ることができる。「豆カレー」があるなんて!? 具はほとんど、ペースト化した大豆なのだ。この地で牛は神聖なる生物。もちろん食用ではない。私自身、マハトマ・ガンジーの徹底的な不殺生に影響を受け、「非肉食」に挑戦中。家族と一緒の場合はともかく、一人暮らしでメニューが自分の勝手になる分だけでも、どうせ選ぶなら……。と連日、卵&チーズぜめを試みているのだが、実際に試してみると、案外、たやすいことではない(裏をあかせば、非肉食を掲げたのは、たんに家計が苦しいからでは、という噂もアリ)。

 ともあれ東〜東南アジア人は、必ずしも欧米のような進化論・直線的な時間進行にもとづいてきたわけでなく、「円環的世界観」、輪廻に基づいた生態系循環システムを、比較的、理解しやすい。おそらくヒンズー圏やチベット仏教圏の人々にいたっては

「もしも動物に生まれかわったら」

そんな深層心理のすりこみも否定しがたいことだろう。こうしたかたちでの、自然との一体感、というものもある。


内蒙古には、砂漠化のすえ、ついに埋もれた木々が立ち枯れていた
ほどほどが、いいね

 いっぽうで、工業化いちじるしいアジア、という側面がある。

 数年前、長江中洲の島を訪れたときのこと。用水路を流れる水の赤いこと! ぎょっとするほどの赤褐色なのだ。また内蒙古・ゴビ砂漠の周辺では、こんな光景を目にした。地下水からくみあげているのだろうか、かろうじてポプラの樹は青い葉をたたえているものの、その根元をさらさらと砂漠の砂が流れている。砂漠化は目に見えて進行しており、オアシス村まで年々、刻一刻と迫りつつあった。(これは余談ながら、そのとき感じたおそろしさ、すっと血の気の引くような感覚が原体験となり、その後、大自然をテーマにした小説「天馬行空」を執筆、昨年、本サイトに連載することとなった。)

 いくらアジアが精神的に「環境に優しい」とは言え、科学的な対策が後進であるのは、自他ともに認めるところだ。やはり先発国が主導せざるをえないのだろうか。しかし工業化のかせとなるほどの対策を発展途上国に押しつけるのは、先進国のエゴだろう。第三世界は主張する。

「自分を棚にあげ、環境問題を口実に、我々の発展を阻害するのか」

さらに先進国のあいだでも、さきの環境議定書に反対した米国を筆頭に、足並みの乱れもみられる。米国在住経験のある友人いわく、

「あまりにも国土が広いと、危機感が身に迫らないのかもしれない」

すると欧米主導でもいられない? 

 10年ごとの世界環境会議が、先々回はブラジル、先回が京都で開催されたのは、必ずしも偶然ではない。先発国でない、中進国だからこそ言えるのが

「ほどほどが、いいね」

私自身、日本のペットボトル再利用が始まる前から、すでにミャンマーでビンのリサイクルが進んでいるという現実に、うらやましさをおぼえたことがある。しかしこれはあくまで、「先進」の行きづまり間近にした者だからこその感想だろう。発展途上地域が、いったん鼻先に、大量消費社会の誘惑をちらつかせられれば、欲望は行きつくところまで、行きつかざるをえない? せめて「反面教師」を前に、後発性の利益として、避けられるリスクは避けてほしいと願わずにはいられない。

 実際に台湾は、90年代、まるで大量消費社会の象徴のように、町じゅうの食堂で大量の使い捨て容器を用いていたところを、2002年よりいっせいに使用禁止。買い物のビニール袋すら姿を消した。ゴミ分別も日本以上、違反者には罰金が、逆に家電処理場への持参者には還付金がそれぞれなされている。自称「みどりの島」は先進国の例を前に、システマティックな改革に成功をおさめた。


どうせ買うならオーガニック

祝.日本のゴミ収集車復活! 日本の中古車が東南アジアへ。塗装も整えこんなところに

 誘惑と快楽第一主義の現代。現実問題として、必ずしも工業システムの否定を、全員が実行しきれるわけではない。せめていかに、既存のものを軌道修正していくか。

 飽食のすえ、ぜい肉が爛熟、腐っていく前に、そぎおとしていくということ。一段のランクダウン、二番手の勧め。あえてグランジ。各種商品が出つくしたがゆえのリサイクル。ちなみにルソーいわく、必需品とは、日々の手入れがゆき届く範囲内のものであり、使われないまま放置されるものが、奢侈品として区別されるという。

 なにもいきなりヨガ行者のように、清貧な世捨て人になれ、というわけでない。

「どうせ買うならオーガニック(自然派)を」

と消費社会のなかから、少しずつ移行するという方法もある。いわばファッション化した環境対策とでも言おうか。すでに環境対策のブランド化はある程度、成功をおさめており、企業のあいだでISO14000の取得がブームに。エコマークの表示も定着したという事実がある。

 地球に優し「かった」アジアを、思いだす。−−科学的な環境対策が後発といえども、精神の面からなされてしかるべきアプローチが、あるだろう。

 しかしそんなとき頼るべきカミを、我々はとうに見失ってしまったのだろうか。カルト教団の事件があろうと・いや、それ以前に国家神道が膨脹しようと、こうした一時期の「ゆらぎ」のために、2000年来の伝統が否定されるのは、しのびない。国粋ではない、まして狂信ではない。価値あるものが見失われている、そんな現実への純粋な憂い、

「もったいない……」

 世界環境会議・京都会議の開催国は、三大神を太陽・月・海に置いてきた。アマテラスオオミカミ。ツクヨミノミコト。スサノオノミコト。−−と言われても今となってはピンとこないだろうか。

 しかし空前のヒットを記録した、世界に名だたる日本映画、『もののけ姫』のなかで、最大の存在は「でいだらぼっち」シシ神。さらに「犬神」モロの君や、「森の精霊」コダマたちにいたるまで、自然信仰(アニミズム)の概念が、あまねく表現されている。また『千と千尋の神隠し』でも、助演として「ハク」・本名を琥珀ノ神という、河のカミが登場していた。なぜハクがあそこまで闘っていたのか。究極では自分をとりもどすため・汚染された河が本来の姿を回復するためであったにちがいない。また、お湯屋にヘドロ化した存在が、ひと風呂あびに来て、カミに戻るというエピソードもあった。

 八百神(やおろずのかみ)、こうした万物への敬意が、たとえば人へ・さらには生きとし生けるものへの、いつくしみにつながればいい。かつて本連載で、現代にゆるされるナショナリズムに触れたことがあるのだが、同じように、現代に活かされるべき神道があるとするなら、おそらくそれは自然信仰、アニミズムではないだろうか。自然への尊重は、環境対策に遠くリンクしうるのだ。

 最後にひとつ、

「アジア人は、分(ぶ)をわきまえた人々」

決して「人間による自然の支配」でも「機械論的世界観」でもない。こうした謙虚さという「美徳」を、私はひそかに誇りに思う。



バックナンバー:
16「未来に向けるベクトルの源」
17「マインド・コントロールとメディア・コントロール」(北朝鮮1)
18「護りのちから」(北朝鮮2)
19「プラスサムの追求」(台湾と大陸中国1)
20「等身大でいられるのなら」(台湾と大陸中国2)
21「自律の“背筋”としての機能」(アジア)
22「今だからできること」(アジア)
23「解決のキーを秘めた大地」(アジア)
24
「精神世界≠フ母なる大地」(アジア)


バリエーションに富んだアジア。とてもひとことでは表しつくせないので、何冊も本を書き重ねています。
詳しくは、既刊紹介

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