Vol.26
「南隣りとのおつきあい
〜日台交流その1〜」
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| 台湾の街なかには各地に公共芸術としての立体芸術がそびえる。写真は「欲望のなかの飛行」(黄銘哲・作/台湾鉄道「板橋」駅1階構内) | 自主性とIT駆使
ここ10年、来日する外国人として、1〜2位の座を占めてきたのが台湾人。逆に台湾側にとっても、観光客として日本人は4割と、だんとつのトップを誇る。こうして相思相愛の時代を迎えた台湾と日本。
今や国際交流の分野でも、非営利としては時事研究から政治交流やNGO 、さらに交流サロン、サイトやメールリストといった組織まで、機能するようになった。また商業ベースんほうでは、ITといったビジネスから、海外旅行のみならず、グルメや芸能といったCULTURE
ならぬ「軽チャー」路線が、メジャーの舞台に踊り出つつある。
本連載にも昨年に『台湾の両想い』なるエッセイを掲載したのだが、あらためて。日台交流は台湾自身の事情もあり、他のアジア諸国との国際交流に比べて、異なる様相を見せているようなのだ。
その筆頭が「自主性」だろう。国際社会の逆風ゆえに、日本政府の公的な援助が、日台文化交流にまで、ゆき届かない隙を補うように、自然発生的な口コミのグループが、数かぎりなく誕生している。
しかも90年代以降に限って言えば、それらの多くが「IT社会のメリットを最大限に活用」しているのだ。この背景には、台湾自身が「緑のシリコン・アイランド」としてE時代を迎えており、台湾在住日本人のIT環境を、よく整備している点があるだろう。最たるものは、やはりサイト。台湾専門ものをリストアップするだけでもうひとつ、リンクのサイトを作ることができるほどなのである。さらにML(メールリスト)の存在も欠かせない。(主に最大人数を誇ると言われる「Taiwan-JP 」のほか、「台湾の田舎を愛する人」「吟品会」など、)いずれも、情報交換から出発しており、サイト運営者が台湾在住日本人・またはメールリストへの参加者が台湾在住の日本人や逆に日本在住の台湾人であるなど、「国境がボーダーレス化」している点が特徴的だ。
また従来は(「台友会」など)親台派が、サイトの運営に取りくんでいたところが、最近では逆に台湾情報サイト(「まるごと台湾」など)が、交流会やイベントを企画するといった逆転現象も起きている。かつてのNGO 活動が、集会所の確保や会報の郵送といった作業に、頭を悩ませていたことを考えあわせれば、こうした効率化には目を見張るものがある。やはりIT時代ならでは、だろう。
(筆者注釈:各種グループについて)
・サイト&ML「台友会」台湾の日本人留学生会を核にした台湾に関心ある人々のグループ。
・サイト「まるごと台湾」日台に在住、両国に関心のある人々を対象としたもの。
・ML「Taiwan-JP 」台湾についての情報交換が目的。登録者400 名と最大規模(ただし参加者はウイルス対策を万全にする必要あり)
・ML「台湾の田舎を愛する人」台湾の地方各地にまなざしを向けた情報交換の場。登録者100 名程度で身内意識の強い集まり。
・ML「吟品会」台湾レストラン「吟品」での交流食事会を核とした台湾好きの情報交換の場
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| 人形劇「布袋戯」は台湾を代表する伝統芸能。台北にはライブカフェもある。 | 考える交流、感じる交流
それにしてもなぜ、日台交流なのか。そのインセティブとは?
先輩方の活動は政経といった硬派な分野においてであった。あるかたは戦前からの御縁(しかも旧外地であり、日中戦争もありという二重の縁)ゆえに。または旧「圏内」の国の窮地を見過ごせないために。もちろん経済的な連関を動機とすることもあるだろう。いずれにせよ「世界一、親日の国を、大切に」こうした想いは一致しているようだ。
いっぽうのバブル時代以降は、国際交流全般の潮流として、「理性より感性重視」、考えるのでなく感じるということが、前提となっているせいか、30代以下にとっての台湾とは、たとえば「海外旅行先」として。実際に台湾は(非常時を除き)常時5位以内にランクインしている。なんのけなしの旅行をきっかけに魅了されることあり。または「アジアン・エスニック」文化として。爛熟しすぎたサブカルチャーに、アジアからの新風を・時にはヒーリングを、と少しずつ身の回りに文物を増やしていく。
彼らにとってそれが、韓国製なのか、メード・イン・ホンコンなのか、選択の時点で区別はさほど重要でなく、結果的に好きになった対象が台湾ものであった……そんな若者も少なくない。こうした「いつのまにか」というかたちの浸透もある。
少数派からメジャーへ

台湾は知られざる木彫大国。
刃先の彫りから活き活きとした作品は「躍動する台湾」(楊乃◇(鬼+斗)・作) |
かつて韓国や旧ASEAN 諸国との交流に携わってきた自称「国際交流・渡(わた)らいびと」、人呼んで「国際交流屋」として、日台交流を眺めてみると、前述のような魅力と同時に、いくつかの障害にも気づかされる。
その第1は「絶対人数の少なさ」だろう。戦前からのオールドカマーを含む在日韓国人に比べて。また戦後、就学生を中心に続々と来日する在日(大陸)中国人に対して。台湾は国土が九州サイズであり、しかも日本人と共存・帰化しやすいだけに、中韓ほど確固たる勢力を形成しにくい。しかも台湾自身に内在する、出身地別対立(「台」か「華」か)ゆえに、外に向かって自らをアピールするよりは、まるで内へ内へと細胞分裂するように、団が分かれてしまい、韓国の民団に相当するような強烈な求心力に欠ける。
こうした状況に呼応するように、日本側の親台グループにも、台湾寄り〜やや中華寄り、といった色づけが、うっすらなされていたようだ。ただし現在では、ノンポリのソフトな「エイジアン」ファンが台頭、新しい勢力図を作りつつあり、参加者もまた各グループとも、微妙に重複してはいるのだが。
それでは日台交流の第2の課題とは。冒頭にも述べたような「文化面への援助不足」だろう。従来、日本政府のバックアップはビジネス交流が中心となっており、文化については台湾の大使館(台北駐日経済文化代表処)の外郭にあたる「日華資料センター」が地道に、また現在では台湾の観光省の日本支部「台湾観光協会」がキャンペーンを通じてと、いずれも台湾側からの援助が主力となっている。
従来、文化交流が二番手とならざるをえなかった原因には、台湾ならではの痛みが秘められていた。彼らの場合、韓国や東南アジアほど、「我が国の伝統文化」をうちだしにくい状況にあった。世界三大博物館の1つ「故宮博物院」は、2003年、福岡の美術館と提携を結んだことで話題になったが、すでに数十年前より、NHK の特集をはじめ、日本で認知を得ているものの、それが中華(民国)の文物でるために、大陸との「中国正統争い」といった政治的問題がからまざるをえない。
これが台湾という島の風物であれば、彼らが自らの伝統を再発見している最中であり、海外にアピールするほどの自信を持ちえていない。実際には充分な実力を有しているにもかかわらず……。たとえば人形劇「布袋戯」や軟陶像「交址」。最近ではアートとしての「木彫」や「ガラス像」、さらに「インスタレーション」や「彫刻」、「先住民の歌舞」もある。これらの芸術は、魅力を秘めながらも、そもそも商業ベースに乗りにくいジャンルであるだけに、外部からの援助が待たれる。
しかしすでに台湾の茶芸は日本列島各地にまで喫茶文化として浸透しているようだ。そういえばメジャー化の先鋒隊としては、80年代の芸術映画やリアリズム文学もあった。あんがい商業ベースに限って言えば、アジア一般との交流が現在のように活発化する以前から、同等あるいはそれ以上の往来がなされていたのかもしれない。
これは余談ながら、日台交流を概観しながら、つねに念頭に置いているのは、かつて手がけた日韓交流・日−ASEAN 交流である。そのなかでかつて提言しつづけてきたことがあった。「お仕着せでなく内発的な交流を」「遺産化した伝統でなく、現在に活きる文化を」−−じつは台湾の場合、国際社会の逆風に切磋琢磨されてきたせいなのだろうか。はからずともアジア国際交流につきものの問題については、予めクリアしているが不思議である。
(03/11 )
*台湾の秘める魅力とは、とても小論文1本では表現しきれるものではありません。だからこそ本を書きつづけているのかもしれません。本稿で触れたアート「木彫」や「インスタレーション」、人形劇「布袋戯」については近著『現代台湾を知るための60章』で、またアート「ガラス像」や「彫刻」「先住民の歌舞」については近著『台湾に行こう!元気になろう!』で、それぞれ紹介してみました。詳細については、「新刊紹介」をご参考いただければ幸いです。
バックナンバー:
25「オーガニックなエイジア」(アジア)
24「精神世界≠フ母なる大地」(アジア)
23「解決のキーを秘めた大地」(アジア)
22「今だからできること」(アジア)
21「自律の“背筋”としての機能」(アジア)
20「等身大でいられるのなら」(台湾と大陸中国2)
19「プラスサムの追求」(台湾と大陸中国1)
18「護りのちから」(北朝鮮2)
17「マインド・コントロールとメディア・コントロール」(北朝鮮1)
バリエーションに富んだアジア。とてもひとことでは表しつくせないので、何冊も本を書き重ねています。
詳しくは、既刊紹介

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