Vol.29
「共生・繁栄の試み
〜東アジア共同体2」
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| 台湾伝統の、無事を祈るお守り「香り瓶」。陶磁器の郷では急須型も登場。ペンダント感覚のアロマアクセサリー。これも都市「民俗」リミックス文化の一例だろうか。 |
点と点から面、立体へ
21世紀の東〜東南アジア地域に、あらためて機能しつつあるのが、東アジア共同体という概念である。あれほど互いに異質であった、東アジア諸国が、共同体に? 前世紀の冷戦構造や、日韓の確執を御記憶のかたは、意外に感じられるかもしれない。
実際に、この存在がクローズアップされはじめたのは、1999年のこと。「ASEAN
+3(日中韓)」会議で提唱された、「日中韓首脳会談」あたりからだろうか。当初は非公式の会合であったところが、21世紀には中国の同意で、正式な会議に格上げされている。こうした流れを後押しするように、経済面でも2003年、日中韓によるFTA
(二国間の自由貿易協定)創設が提案された。さらに同年、今度は日本とASEAN
の間で、「包括的連携構想」なるものが、進められつつある。
こうした新しい共同体は、EAEC(東アジア経済協議体)構想時代のような、方針先行・グループ主体というよりむしろ、すでに存在する曖昧模糊とした実態に、名称が冠せられたと言うほうが適切かもしれない。東アジアを覆う、さまざまな2国間交流。たとえば90年代の「中・韓」国交正常化。水面下の「中・台」経済交流は、21世紀台湾の政権交代によって、「三通」カウントダウンにまで現実化している。そんな台湾が親日政策を強めているばかりでない、2002年には「日・韓」「日・中」の間で、政府レベルでの交流年イベントが実施された。こうした点と点の交流が、次第に面に・立体へとたちあがり……。
こうした現象は、ブレイン的な司令塔が主体をうちだすというより、血管のように無数のネットがはりめぐらされた結果、客体が形をもちはじめたと言うほうがふさわしいように思われる。
3度目の正直
じつはこうした提携案がうちだされるのは、なにも初めての話ではない。90年、マレーシアの前首相・マハティール氏の主唱によって、すでにEAEC(東アジア経済協議体)構想が登場していたのだが、米国の妨害によって頓挫した。過度なグローバリゼーション志向やブロック経済化を恐れる動きによるものである。しかし現実にその間、ECはEU(欧州連合)に、またNAFTA (北米自由貿易圏)も機能を拡大してきたにもかかわらず。
このたびの共同体構想、アジアとしては、2度目、それとも3度目の正直と言えるだろうか。100
年前、日本を司令塔に、資源確保を目的とした地域に、正当性として付与された「圏」。そして20年前、東南アジアから、ASEAN
というグループを踏まえたうえで、うちだされた「協議体」。さらに現在、二国間の交流を集合した結果、認識されつつあるのが、「共同体」なのだ。
1世紀がかりの暗中模索のなかで、ある識者の言葉が、今、あらためて意味をもって響く。
「苦しみをうけたアジアの民族が、どうしたらヨーロッパの強い民族に抵抗できるかという問題であります。」
そう語りかけたのは中山公こと孫文先生である。じつはアジア内の連携は、弱者の連合といった消極的な意味あいだけにとどまらない。現在、新しいインセンティブを獲得しつつあるのではないだろうか。
「ヨーロッパ武力文化の犬になるか、アジア正義文化の牙城となるか、それはあなたがた日本の国民が慎重に考えて選ぶべきところであります。」(以上、『孫文』横山英・著より)
この講演から半世紀以上後に至ってもまた、私達はしばしば、選択を迫られている。米国に促されるまま、武力文化の一端になりかけた2002年以降のこと。非常に卑近な例にたとえるなら、「ヤクザ」の金で囲われ・生かされる道を取るのか。それとも平和を脅かされながらも、正常な隣人との交わりを選ぶのかと。
アジアに向かう我々は、経済的実利だけでない、新しい動機をまたひとつ得ようとしている。
東アジア認識さまざま
韓国の見る東アジアは何よりも「統一韓半島」。大学キャンパスの観客席には、ひそかに「統一旗」のペイントと、「祖国」の文字があった。 |
じつは「東アジア」という枠組みを、当の東アジア一般市民は、必ずしも日本人と同じように認識しているわけではない。自国に関係深い国から、徐々にアジア世界をたちあげているとでも言おうか。たとえば韓国の見る東アジアは何よりも「統一韓半島」。「日韓」という視点は、旧世代にとって戦前のニュアンスを帯びがちなことから、「中国」という第三者を加えてバランスを保つ。
ところが台湾では、ときに「亜洲(アジア)」が、中国大陸世界を暗喩することがある。そんな彼らの認識する東アジアとは、まず第一に台湾海峡「両岸」。また90年代には一時的に、直接投資の文脈から、台湾から南方、東南アジアへと連なる国際関係がクローズアップされたこともある。それでは東南アジアから見たアジアとは。まずASEAN
(東南アジア諸国連合)先にありき、これに「ASEAN +3」といった形で、日中韓が加わる。
各国のとらえる東アジアは、微妙に異なりながらも、それぞれの連なりをいくつも重ねあわせたすえに、東〜東南アジア・実際に経済有機体として機能する部分が現れる。これが地理的にはアジアの東半分であり、EUや北米自由貿易圏に匹敵する潜在力をも持つ。−−そんな順序だてだろうか。アジアと言われて、東〜東南アジアが1発・ひとくくりで浮かぶ、という考えかたは、あんがい、日本人的なものかもしれない。
ともあれこの地域には共通した要素がある。列強の浸食の危機にさらされた歴史経験であり、その艱難ゆえに身につけた底力である。和洋折衷や中体西用、合弁といった「ダブル」のありかた、消化吸収能力。何より、海外の投資を集める経済力、長期にわたる世界最高水準の経済成長率。欧米的グローバル・スタンダードを身につけながらも、その上に花開かせる、オリジナルの都市民俗文化。現代文化は芸能を先行に、中華圏+日韓が融合を始め、ASEAN内部でも、マレー語圏とタイ周辺を2つの核に越境が高まる。合作事業の増加。最近ではWINDOWS 寡占に対し、日中韓が共同してシステムを開発するというニュースも聞かれている。
こうした共同作業を聞くにつけ、実感するのは、
「ようやく(東〜東南)アジアが欧米の分割統治を脱しつつある」
70年も以前より、語られていた「協和」の思想。その言葉自体をタブー視するあまりに、東〜東南アジア同士の提携「共生・繁栄」までもが、目をそむけられがちなものとなるのは、あまりにも惜しい。
プラス・マイナス双方の体験を秘めているからこそ、効果的に・かつ説得力をもって、うちだされるものもあるのではないだろうか。なにも力づくでよせ集めているわけではない、曖昧模糊としていた実態に、名づけをおこなう。その認識から、主体に生命力が注がれる。大義名分でなく、真にめざしてきたものが、各方面から少しずつ実現されつつあるプロセスを、なぜ躊躇するのだろう。
多様なアジア諸国が、グラデーション(推移)をえがきながら、より集まったすえ、輝きを増してゆく。そのとき我々はようやく胸を張って、言えるだろう。
「我々、アジア人」であると。
(04 /02)
バックナンバー:
28「アジアのグラデーション 〜東アジア共同体1」
27「アジア文化のメジャー化 その1 〜日台交流その2〜」(アジア)
26「南隣とのおつきあい」(台湾)
25「オーガニックなエイジア」(アジア)
24「精神世界≠フ母なる大地」(アジア)
23「解決のキーを秘めた大地」(アジア)
22「今だからできること」(アジア)
21「自律の“背筋”としての機能」(アジア)
20「等身大でいられるのなら」(台湾と大陸中国2)
19「プラスサムの追求」(台湾と大陸中国1)
18「護りのちから」(北朝鮮2)
17「マインド・コントロールとメディア・コントロール」(北朝鮮1)

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